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最弱村人だった俺が、AIと古代遺跡の力で世界の命運を握るらしい  作者: Ranperre
第36章 「女神と英雄、謁見の舞台に立つ」

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宴の開幕──黒と白、王家の微笑み

 王城内、きらびやかな天井装飾と赤絨毯が延びる回廊。

 煌びやかなシャンデリアの光を受けながら、ユーリたちとエルナ一行はレオンハルトの案内で、静かに歩を進めていた。


 その場には、謁見の厳粛さとは違う、微かな高揚感が流れていた。

 だがその最中、カイルがふと足を止めた。


「──なあ、レオンハルト。ちょっといいか」


 声の調子に何か感じ取ったのか、レオンハルトも立ち止まり振り返る。


「……どうかしましたか? 申し訳ありませんが、ここは禁煙です。喫煙は──」


「ちげーよ、そうじゃねえ」

 カイルが苦笑混じりに肩をすくめ、続けた。


 カイルはすっとユーリの前へと歩み出て、その目を真っ直ぐに見据える。

 場に、わずかな緊張が走る。


「ユーリ、ここから先、聞かれたことに全部答えるな。正直に喋るなって意味だ」


「え……? なんで?」

 戸惑うように眉を寄せるユーリに、カイルはあえて淡々と告げる。


「お前は正直者だからな。聞かれたら全部答えちまうだろ。

 でもな──下手に何か“余計な情報”を漏らしたら、それだけで俺たちは“利用価値あり”と判断される。

 下手すりゃ、王国から狙われるぞ。法じゃなく、“権力の論理”で、な」


 その声音は、冗談でも脅しでもなく、現実に根ざしたものだった。


「……そこまで、なのか?」

 ユーリが低く問い返すと、カイルは静かに頷いた。


「自分に“うまみ”があると見たら、食いに来る連中だ。

 善意じゃなく、“得になるかどうか”で判断する奴らがな。特にこういう場所では、な」


 話を聞いていたレオンハルトが、静かに口を挟む。


「……カイルさんの意見には一理あります。

 功績として認められている部分、それ以上のことは“機密”とお考えください。

 たとえば、未報告の成果や、技術的優位性のある情報など……不用意に明かせば、それが“取引材料”になる可能性がある」


 レオンハルトの声音には、執政官としての冷静さと、個人としての誠実な忠告が込められていた。


「……わかった」

 ユーリはゆっくりと頷いた。「気をつけるよ」


 そのやり取りを聞いていたルシアが、一歩前に出る。


「まかせて。ユーリの発言は私がちゃんとフォローするわ」

 彼女の言葉は心強く、場に柔らかい空気を取り戻す。


「では、わたしはセラのフォローをしますね」

 アリエルが淡く微笑んで言うと、セラは「えっ、わたしそんなに心配……?」ときょとんとした顔をした。


「じゃあ俺は……ルシアのフォローに回るか」

 カイルが冗談めかして言うと、ルシアが眉をひそめて振り返る。


「何よ。私が“しゃべりすぎる”とでも思ってるの?」

 プライドを軽く刺激されたように詰め寄ると──


「いや、黙ってれば“女神さま”だからな」

 カイルが肩をすくめて笑った。


 次の瞬間、控えめな笑い声が一斉に湧き上がる。

 レオンハルトさえも目元を緩めていた。


 その空気の中で、カイルがちらりとエルナに目をやり、低い声で囁く。


「……そういうことだから、エルナ。あんたも“ルシアのこと”は黙っててくれ」


 一瞬だけ視線を交わしたあと、エルナは頷き、にっこりと笑った。


「ええ、もちろん。

 あなたたちは──いえ、“ユグドラシル”は、私にとって大切なお得意様だもの」


 その言葉には、商人としての現実と、彼女なりの信頼が込められていた。


 静かな回廊に、ささやかな笑いが灯る。

 それは、次に待つ祝宴の扉の前にあって、彼らの結束と信頼をそっと確かめるようなひとときだった。


 パーティ会場前の広い前室に、ユグドラシルの一行と仕立屋チームが揃って並ぶ。

 レオンハルトが近衛の一人に軽く頷くと、衛兵が前に出て宣言する。


「──パーティ・ユグドラシル、ご到着!」


 張りのあるその声と同時に、目の前の重厚な両開きの扉が静かに、しかし堂々と開かれた。


 昼の光を取り込むように、広間いっぱいに柔らかな金色の光が差し込んだ。

 その隙間から、華やかな音楽がふわりと漏れ出す。

 中で演奏されていた楽団が、来訪に気づいて音をわずかに高めたのだった。


 ユーリは無意識に息を呑み、そっと深呼吸をひとつ。

 周囲の仲間も同じように気持ちを整えるように息を揃えると──


 彼らは揃って、光のあふれる会場へと、ゆっくりと歩み出した。


 そこは、磨き上げられた白大理石の床と色彩豊かな花々で彩られた、まさに「王の祝宴」の場だった。


 会場の奥は一段高くなっており、そこに王と王妃、王女エステリナ、さらにその傍らには、7歳ほどの愛らしい少年。王子であろうか。彼の目は興味深げにユーリたちを見上げていた。そして高官たちが並び立つ。

 その手前には宰相や将軍、上級貴族たちが控え、視線を揃えて入場者を迎えた。


 広間の中央は広く空けられ、光沢を放つ床が鏡のように天井のシャンデリアを映している。

 ここが後に舞踏が行われるメインフロアであり、その周囲を囲むように五つの円卓が並んでいた。

 各テーブルには豪華な料理の数々が並び、肉料理の香ばしい匂いとフルーツの甘い香りが混ざり合って漂ってくる。


 さらに会場の両側には、花々で飾られた長テーブルが並び、そこには煌びやかなグラスや色とりどりのデザート、酒瓶が整然と並べられていた。

 給仕たちは静かに列をなし、来賓の合図を待っている。


 角の一隅に配置された王国楽団。

 ヴァイオリンの旋律が弧を描き、フルートとハープが重なり合う。

 明るくも荘厳なその調べが、広間全体を光で満たすかのように響き渡っている。


 入場口付近では、貴族たちがざわめき始める。

「彼らが噂の冒険者か」「ずいぶん若いな」──そんな声が静かに交錯する。

 その視線の波の中を、ユーリたちは真っすぐに進む。


 中央の光の道を抜けるたび、ルシアの淡い光が衣の裾を照らし、セラの白百合の髪飾りが小さく揺れた。

 アリエルは控えめな笑みを浮かべ、カイルは表情を崩さぬまま周囲を警戒する。

 そして──彼らの歩みの先、壇上に立つ王が静かに頷いた。


 王妃と第一王女エステリナは、気品ある笑みを浮かべて静かに頷き、彼らを迎える。

 王レグナスは正面から一行を見据えながらも、表情には穏やかな余裕が浮かんでいた。


 ユーリたちは王の前に進み、そろって所定の礼を取った。


「──陛下、お忙しい中、このような宴をお開きいただき、誠にありがとうございます」


 代表として一礼を述べるユーリに、王はゆるやかに頷きながら答える。


「そなたらの功績を讃えると共に、王国の友として親睦を深める場でもある。

 存分に楽しむがよい」


 その言葉と共に、近侍たちが動き出し、会場のあちこちに銀のトレイを持った給仕が滑るように歩き出す。

 ユグドラシルの一行にも、次々と美しいグラスが配られていく。


 そして──王レグナスは自らのグラスを手に取った。


「……では、皆の者。杯を掲げよ」


 空間が一瞬で静まり返る。

 全員の視線が王に注がれるなか、グラスが掲げられた。


「──王国の繁栄と、勇敢なる者たちの未来に、乾杯!」

「乾杯!!」


 その声が高らかに響いた瞬間、無数のグラスが軽やかな音を立てて触れ合った。

 新たなる祝宴の幕が、正式に上がったのだった。


 ──華やかな祝宴は、賓客たちが思い思いに語らい、笑い、食を楽しむ中で、自然な賑わいを続けていた。

 楽団は優雅なワルツを奏で、貴族たちは杯を交わし、香り立つ料理の合間をぬって、談笑があちこちで花開いている。


 そんな折──壇上の王族たちが、静かに会場へと降りてきた。

 その動きに誰もが注目こそするが、会場全体が静まり返ることはなく、空気はあくまで穏やかで優美だった。


「改めて、直接言葉を交わす機会を持てたことを嬉しく思う」


 そう言って、レグナス王がまっすぐにユーリたちへと歩み寄ってくる。

 その後ろには、王妃と第一王女、そして王妃の手を握る小さな男の子──王子の姿があった。


 王は立ち止まり、まずは隣に立つ優雅な女性を見やる。


「紹介しよう。私の妻、カティアだ」


 カティア王妃は一歩進み出て、柔らかく微笑みながらドレスの裾を軽くつまみ、上品に一礼した。


「カティア・ルイーゼ・フォン・ブラバントと申します。

 ──街道の集落におけるご支援、心から感謝申し上げます。

 あの村に暮らす人々にとって、あなた方は“王の軍”よりも早く、確かな希望をもたらしたのですから」


 その言葉に、ユーリは胸に手を当てて深々と頭を垂れた。

 後ろのルシアとセラも、表情を引き締めて軽く一礼する。


 続いて、王は穏やかな声で隣の少女に目を向けた。


「次に、我が娘──エステリナを紹介しよう」


 王女は裾を持ち上げて完璧な礼儀作法で一礼しつつ、ユーリの方を真っ直ぐに見て、微笑んだ。


「“初めまして”──

 エステリナ・フィアナ・フォン・ブラバント・アリステアです。

 どうぞ、よろしくお願いしますね。アルヴェインさん」


 その言葉には、王女らしい気品と、少女らしい柔らかさが共存していた。

 ユーリは一瞬、言葉に詰まりかけながらも、礼を返した。


 そして、王が最後に王妃と手を繋いでいた少年へと優しく声をかける。


「テオ。お前も、挨拶をしなさい」


 王子はきょろきょろと周囲を見回しながら、一歩だけ前に出た。

 小さな手はまだしっかりと王妃の指を握っている。


「は、初めまして……

 テオドール・アデルバルト・フォン・アリステアです。

 よ、よろしく……おねがい、します……」


 その一生懸命な挨拶に、場の空気がふっと和む。

 ユーリたちは皆、自然と微笑みを浮かべながら、順に名乗りを上げていった。


「ユーリ・アルヴェインです。陛下、王妃様、王女殿下、王子殿下──本日はありがとうございます」


「ルシアです。……ユーリの“保護者”を務めております」

 にこやかに言いながらも、口調にはどこか冗談めいた響きが混じる。


「セラ・ルディアです。お会いできて光栄です」

 小柄な体で、丁寧にドレスの裾を持ち、正しく礼を取る。


「アリエルです。主にユーリさんの護衛と管理を担当しています」

 淡々とした言い回しながら、その背筋には自然な威厳が漂っていた。


「カイル・バルナーと申します。再び陛下にお目にかかれたこと、大変光栄に存じます」


 全員の紹介が終わったところで、ユーリは一歩進み出て、軽く手を掲げる。


「それと──」

「今日の礼装は、こちらの『アトリエ・イリス』の皆さんにご協力いただいたおかげなんです」


 言われて、後ろに控えていたエルナと店員たちが驚いたように顔を上げ、慌てて頭を下げる。


「こ、光栄にございます……!」

「お目にかけていただけるだけで、もう……!」


 王妃はそれを見て微笑み、

 王女エステリナは興味深げにルシアたちのドレスの細部に視線を送っていた。


「ふふ、どれも本当に素敵。とくに、セラさんの髪飾り。細工が繊細で、しかも不思議な光を帯びている。どちらの工房のものかしら?」


 エステリナの関心の芽は、すでに次なる会話へと伸びていた。

 祝宴の輪は、まだ始まったばかりだった。


 微笑を浮かべながら投げかけられた問いは、まっすぐにセラへ向けられたものだった。


(──早速来たか)


 カイルは心の中で呟き、視線だけでユーリを見る。

 その一瞬後、ルシアが半歩前へ出た。さりげない仕草で、話題の受け答えを引き受ける。


「王女殿下、光栄なお言葉をありがとうございます。

 こちらの髪飾りは、“とある職人”に特別にあつらえていただいた一点物でして──

 素材も手法も、一般には流通していないものなのです。意匠はセラの希望を元に、即興で仕上げられたものですわ」


 ルシアの声はなめらかで、礼を崩さず、かつ本質には踏み込ませない。

 リリィ・アリアの正体を知られないよう、巧みに煙に巻いた。


「──王女殿下、お褒めの言葉、ありがとうございます。

 私もこの髪飾り、とても気に入ってるんです」

 セラは頬を染め、嬉しそうに微笑んだ。


 その後ろで、ルシアが右手の人差し指を耳に軽く添える。念話の合図だった。


(……いきなりだったから驚いたわよ。まさか“これ”が続くの?)


 即座に、カイルの念話が返ってくる。


(ああ、そうだ。今はそういう“場”だ。用心しろよ)


 その言葉に、ユーリ、ルシア、アリエルの三人も小さく頷き、目を合わせた。

 ただ一人、王女に髪飾りを褒められたセラだけが、嬉しそうに表情を綻ばせていた。


(……話題を変えないと)


 そう判断したユーリは、少し間を置いて、一歩進み出た。


「──陛下。本日は、献上したい品がございます。もしよろしければ、ご覧いただけますか」


「ほう? どのようなものだ?」


 レグナス王が興味深そうに身を乗り出す。

 ユーリは頷き、ジャケットのポケットに指をかける。


「これは“オセロ”という遊戯でございます。失礼します」


 小さなアイテムボックスのカードに指先が触れて淡く光る。次の瞬間──

 円形のテーブルの上に、白黒の石と盤面が美しく出現する。


「……これが、遊戯?」


 レグナスの眉がわずかに上がる。

 王妃と王女、そして王子・テオドールまでもが興味深げに近づいてくる。


 ユーリは手早く、しかし丁寧に説明を始めた。


「これは二人用の陣取り遊戯です。

 手番ごとに石を置き、相手の石を挟んだ分だけ裏返す。

 すべての石を置き終えたときに、表の色が多い者が勝者となります」


 盤面に黒と白の石が並び、ユーリが試しに石を一枚置いて見せると、王の目が見開かれる。


「──ふむ。なるほど、理で制す遊戯か。実に興味深い」


「……僕も、やってみたい!」


 王子・テオドールが身を乗り出してきた。無邪気なその声に、場がまた一段と和む。


 レグナス王は柔らかく笑みを浮かべると、手を差し伸べた。


「よし、テオ。やってみようか。父が相手をしよう」


「うん!」


 そうして──王と王子の“オセロ初対局”が始まった。


 盤面を囲んで寄り添う親子の姿を見つめながら、王妃・カティアはそっと胸元に手を添える。


「……あの子が、こんなにも興味を示すなんて」

 声は驚きと、わずかな安堵が滲んでいた。


 隣でその様子を見ていたエステリナも、微笑を浮かべながら囁く。


「元気になって……よかった。本当に」


 楽団の音は変わらず優雅に流れ、パーティはなおも華やかに続いていた。

 その一角で、ただ一つ──盤面に向かう父と息子の真剣勝負が、静かに熱を帯び始めていた。


 レグナス王とテオドール王子──父子の対局は、意外にも拮抗していた。


 王は鋭い眼差しで盤面を見つめ、王子は夢中で石の配置を考えている。

 時折、テオドールは小さく唇を噛みながら迷い、王は腕を組みながらにこやかに見守っていた。


 その様子を見たユーリは、給仕に声をかける。


「すみません。陛下と王子に、椅子をご用意いただけますか」


「かしこまりました」


 すぐに会場の隅から運ばれてきた二脚の椅子が、盤面の左右に据えられる。

 レグナスは苦笑しながら腰を下ろした。


「おお、ありがとう。ユーリ君は気が利くね。これでじっくり腰を据えて対局できる」


 父と息子が静かに座し、盤を挟んで向かい合う──

 その姿はまるで、国家の象徴たる王と、その未来を担う継承者の縮図のようだった。


 やがて周囲の参列者たちが、ふたりの対局に興味を引かれて集まり始めた。

 貴族たちの会話が漏れ聞こえてくる。


「これは何という遊戯だ?」

「陣取りの要領で競うらしい」

「黒の石……あれは陛下の番か」


 静かに、しかし着実に――「オセロ」は王国の上層階級にインパクトを与えていた。


 そしてついに、最後の石が盤に置かれた。


「──これで、終わりだね」


 テオドール王子が緊張した面持ちで石を数え始める。

 その横で、レグナス王も楽しげに指で数を追っていった。


「……え? ……やった! ぼくの勝ちだ!」


 王子の顔がぱっと輝き、周囲からどっと笑いと拍手が沸いた。


 レグナス王は目を丸くし、そして嬉しそうに笑う。


「まさか、息子に遊戯で負けるとはな。これは一本取られたわ」


 悔しさはまったくなく、そこには確かな誇りと、父親としての喜びがにじんでいた。


 その隣で、王子がすぐに新たな対戦者を見つける。


「王子、次は私と勝負していただけますか」

 名乗りを上げたのは、宰相だった。威厳ある年配の男が、柔らかな口調で言葉を掛ける。


「うん、いいよ!」

 テオドール王子が嬉しそうに答えると、盤を前にふたりが向かい合う。


 そんな息子の姿を、少し離れた場所から静かに見守るカティア王妃が、ふと呟いた。


「……あの子は小さい頃から身体が弱くて、自室に籠もることが多かったの。

 長く立っていられないこともあるし、熱が続く日もある。だからこうして笑っている姿を見ると……胸がいっぱいになりますわ」


 彼女の声は、王妃であると同時に、ひとりの母親としての本音に満ちていた。


 その隣でエステリナ王女も、弟を見つめながら眉を曇らせる。


「……最近はずっと良くなってたんだけど、完治ってわけではなくて。

 医師にも何度も診せたけれど、結局“何が原因なのか”が分からないの」


 その言葉に、アリエルが一歩進み出る。


「何か、ご病気を患っておられるのですか?」


 エステリナは小さく頷いた。


「ええ。でも、わたしたちにも……“名前のつかない病”としか言われていなくて」


 言葉を濁す王女の横で、カティア王妃はもう一度、テオドールを見つめる。

 盤面に向かって真剣に考えるその姿は、確かに「元気な男の子」そのものだった。


 やがて対局の勝敗がつき、再び会場に笑い声が満ちる。


 けれど、ユグドラシルの面々──特にアリエルとユーリの視線は、

 盤面よりも、テオドールという少年の背に向けられていた。


(……あの子に何があるのか。探る必要があるかもしれない)


 ユーリは黙って、自らのグラスに口をつけた。


 対戦相手が変わりテオドール王子と将軍の対局が続くなか、カティア王妃がふと、ユグドラシルの面々に向き直って柔らかく微笑んだ。


「皆さん、どうぞお料理を召し上がってくださいな。

 ──せっかくの宴ですもの、気兼ねなく楽しんでいただきたいわ」


 その隣で、エステリナ王女も小さく頷いた。


「どれも料理長の自信作よ。食べなきゃ損、って言ってたわ」


 その言葉に背を押されるように、ユーリたちは一礼して会場中央の料理台へと歩を進めた。


 料理台の上には、まるで宝石箱のように色とりどりの料理が並んでいた。

 黄金色に焼かれたローストビーフ、王国産のチーズと果実のオードブル、湯気の立つ濃厚なポタージュ、ハーブで香りづけされた魚料理。

 そのひとつひとつが、まさに芸術品だった。


 まずは一皿ずつ取り分け、メインディッシュと思しき肉料理を口に運ぶ。


「……いただきます」


 ユーリはナイフとフォークで肉を切り分け、ひと口──


「……うまっ」


 思わず声が漏れた。


「柔らかい……脂も甘いし、ソースの香りもすごい。これ、本当に同じ“肉料理”なんですか……?」


 素直な驚きが、思わず言葉になる。


「……ほんと、おいしいわ」


 隣のルシアも頬に手を添えて感嘆の息を漏らす。


「白鷲亭の料理も好きだったけど、これは……ちょっと衝撃かも」


 その言葉に、アリエルが小さく目を瞬かせる。


「この食感……温度……素材の組み合わせ……“今までにない体験”です」

 いつも理知的な彼女が、言葉少なに驚きを示すほどだった。


 そして──セラ。

 小さくナイフで切り分けた肉を口に運ぶと、彼女は一瞬で動きを止めた。


「………………っ」


 目をぱちぱちと瞬かせ、頬が紅潮していく。

 しかし、言葉は出ない。ただ、ぎゅっと胸元に手を当てて、感情を噛みしめるように口を閉じた。


「セラ、大丈夫? 言葉、出ない?」


 ユーリが覗き込むと、セラは小さくこくりと頷いて、ほんの少しだけ笑った。


「こりゃあ……酒が欲しくなるな」


 そう言ったのはカイルだった。グラスのスパークリングウォーターを見つめながら、肩をすくめる。


「でも今日は我慢するか。せっかくの王城、酔って転ぶわけにゃいかねぇ」


 その様子を見ていたカティア王妃は、微笑ましげに笑った。


「お口に合ってよかったわ。ふふ……料理長も喜んでいるでしょうね」

 視線の先には、会場端でそっと料理の様子を見守る白衣の料理長の姿がある。

 その表情は、誰よりも緊張と誇りに満ちていた。


 エステリナ王女が一つの皿を指して囁く。


「そっちは“アリステア風のきのこパイ”。父が子どもの頃から好きだったの。おすすめよ」


 ルシアがそっと手を伸ばし、セラとアリエルにもすすめる。


 皿が広がり、会話が増え、音楽が軽やかに流れる。


 まるで、異なる世界に迷い込んだかのような、優美なひとときだった。

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