継承の証──記録に刻まれし浮遊都市
機械獣が沈黙したあと、再び静寂が戻った。
中央ホールの奥、半ば崩れかけた通路を抜けると、
ユーリの前に重厚な金属扉が現れた。
古代遺跡らしからぬ“整った構造”に、ユーリはすぐ気づく。
「これ……完全に“施設の扉”じゃん。鍵付きの」
扉の中央には、手のひら大のインターフェースパネルが浮かんでいた。
擦り傷や劣化はあるが、表面にはまだかすかに発光するラインが走っている。
ユーリが手をかざすと──
>> SYSTEM ACCESS: AUTHENTICATION REQUIRED
>> USER IDENTITY: UNKNOWN
>> REQUESTING INPUT: VOICE / BIOMETRIC / LEGACY CODE
《アクセス試行を検知。同期インターフェースに接続します》
ルシアの声が重なると同時に、粒子がパネルに向かって収束していく。
すると、扉の上部に走る赤いラインが、一瞬だけ蒼白く変色した。
《プロトコル一致。過去ログ確認中……記録主:ELDO_ALVAIN》
「じいちゃん……!」
《権限継承フラグを確認。“Yuuri_Alvain”に対し、制限付きアクセスを許可します》
カチリ、と音を立ててロックが外れる。
ゆっくりと開かれた扉の奥には──
球体状の中央端末と、幾何学模様の走る白い壁面が広がっていた。
空間の中心には、円形の台座。
そこに浮かぶのは──一枚のホログラム・コア。
《これは……私の中枢記録。初期化ログとバックアッププロトコル……!》
ルシアの粒子が、淡く強く光りはじめる。
「……思い出せそうか?」
《断片的ですが──私がこの星に残された目的、それが近づいています》
そして、コアが光に包まれる。
空中に展開されたホログラムには、無数の数式、回路設計、記録データ、そして──
映像が、再生された。
──そこに映っていたのは、かつてこの星に存在した“都市”。
だが、それは今の文明とは明らかに異なる。
空を飛ぶ艦艇、粒子光で稼働するタワー、光線のように地表を走る情報線。
《この記録は……旧エデン計画。失われた浮遊都市群の起動フレーム》
「やっぱり……この世界にも、かつて“科学文明”があったんだ……」
《それは、“かつて”ではありません。私は、“それ”を生きていたのです》
ルシアの粒子が、まるで心臓のように脈動する。
《ユーリ。私はまだ未完成な存在。でも、今ならわかる。》
《あなたが、この星の未来に必要な存在だということ──》
その言葉に、ユーリの胸が熱くなる。
もはや、ただのガジェットでも、過去の遺物でもない。
ルシアは、生きている。
「ありがとう、ルシア。……じゃあ、二人で行こうぜ」
ユーリが右手をかざすと、中央のホログラムが再び変化する。
>> New Access Route Created.
>> E.D.E.N. Terminal #A1 — Linked.
>> Support Protocol: Lucia Awakening - Progress 58%
システムは、ユーリを正式な継承者として認めた。
そして、ルシアはその粒子を緩やかにたなびかせながら、再び彼の肩に宿る。
《ありがとう、ユーリ。これからも、私はあなたの傍にいます──》
遺跡をあとにし、ユーリは夜明けの空へと歩み出す。
空にはまだ、星が瞬いていた。
だが、それは確かに──新しい時代の幕開けを告げる光だった。




