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最弱村人だった俺が、AIと古代遺跡の力で世界の命運を握るらしい  作者: Ranperre
第36章 「女神と英雄、謁見の舞台に立つ」

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謁見前──静けさと緊張と紅茶と

 白い石畳の通路を進み、執政庁の荘厳な扉の前に立った。

 朝の光がステンドグラス越しに差し込み、静かな気配が空間を包んでいる。


 ユーリが一歩前に出て、扉の取手に手をかけた。


 ──ギィ……。


 重厚な扉が静かに開くと、柔らかな光と冷たい空気が交差するように流れ込んできた。


 受付カウンターの奥には、清楚な制服を身につけた若い受付嬢が控えていた。

 彼女は一行に目をやると、軽く会釈をする。


「パーティ、ユグドラシル。謁見に参上しました」


 ユーリは懐から召集状を取り出し、丁寧に差し出した。

 受付嬢は手早く受け取り、書状を目で追いながら頷く。


「……はい。少々お待ちください」


 彼女は手元の装置を操作し、奥へと連絡を送った。


 数分後──


 革靴の音が石の床に響き、奥の廊下から現れたのは、端正な執政官──レオンハルト・グレイヴだった。

 朝の光を受けて青みがかった髪が揺れ、銀縁の眼鏡が理知的な光を宿している。


 彼は姿勢正しく歩み寄り、ふと視線を上げてユーリたちを見た瞬間──


 目を見開き、数歩分ほど足を止めた。


「……まるで、王都の舞踏会か何かかと……」

 小さな独り言が、彼の口元からこぼれる。


 そのまま少し笑みを浮かべると、背筋を伸ばして一礼した。


「みなさん、おはようございます。今日はよくいらっしゃいました」


 視線を女性陣に移すと、思わず声が漏れる。


「……お美しい。まるで神話から抜け出た使節団のようですね」


 ルシアはふふんと笑みを浮かべ、軽く会釈した。

「ありがとうございます。でも、パーティドレスはもっとすごいですよ?」


「それは……楽しみにしております」

 レオンハルトがわずかに頬を緩める。彼にしては珍しく、完全に本音が出た一瞬だった。


 ふと視線を横に向けると、後方に控えていたエルナと店員たちの姿が目に入る。


「彼女たちは……?」


 エルナが一歩前へ出て、優雅に一礼した。


「エルナ・クロスレインと申します。彼女たち──パーティ“ユグドラシル”のスタイリングと、謁見後の着替えのお手伝いに同行しております」


 レオンハルトは眼鏡を押し上げ、彼女の顔と服装を観察すると──すぐに理解したように頷いた。


「なるほど、クロスレイン……なるほど。ご同行、感謝いたします」


 レオンハルトは手を軽く上げると、近くに控えていた騎士らしき人物に指示を出す。


「彼らを控え室へ案内してあげてください」


 部下が一礼し、「こちらへ」と身振りで導くと、ユーリたちは整列し、ゆっくりと歩き出した。


 その様子を見届けたレオンハルトは、時計の懐から取り出した手帳を確認しながら、静かに言った。


「私はこれより、謁見の最終準備がございますので──ここで失礼します」


 深く一礼を交わすと、彼は再び奥の通路へと姿を消していった。



「こちらでお待ちください。時間になりましたら、お呼びいたします」


 そう告げた騎士に導かれて、ユーリたちは重厚な扉の奥へと案内された。


 控え室と呼ぶには、あまりに豪華すぎる空間だった。

 大理石の床には深紅の絨毯が敷かれ、金の縁取りが施された調度品が並ぶ。シャンデリアは朝の光を受けて淡く輝き、壁際には装飾彫刻と絵画が並んでいる。


 王城の格式──それを目の当たりにしたユーリは、思わず息を呑んだ。


「……これが“控え室”?」

 小さく呟いたセラも、居心地の悪さにそわそわと指を絡めている。


 部屋の中にはすでに、給仕役のメイドが一人待機していた。

 黒と白の礼装をきっちりと着こなし、きちんと背筋を伸ばして一礼する。


「皆さま、おはようございます」


 その丁寧な挨拶に、ユーリとセラも思わず背筋を伸ばして頭を下げた。


「おはようございます。今日はよろしくお願いします」


 その様子を見たメイドは、にこやかに微笑むと、すぐに本来の給仕業務へと戻った。


「お待ちの間、紅茶はいかがですか?」


「ええ、いただくわ」

 ルシアが答え、隣でカイルも頷く。

「俺ももらうよ」


 二人は部屋の中央にあるソファへ腰を下ろし、銀のポットから注がれた紅茶を受け取る。

 ふわりと立ちのぼる香りに、ルシアは思わず瞳を細めた。


「……おいしいわ。香りも温度も完璧」


「さすが王城ってとこだな。……ただ」


 カイルはカップを口に運びながら、周囲を見渡し、ぽつりと呟いた。


「……この対応、普通じゃないな」


 彼は少し間を置いて、穏やかに説明を始めた。


「本来、一般市民が謁見する場合なんて、椅子もない狭い待機室で立たされたまま、時間までずっと待たされるんだ」

「騎士も付かないし、給仕なんてまず来ない。こんな応接間を貸し出されるなんて……」


 彼の視線は再び紅茶とソファを往復する。


「……つまり、今回の謁見は“特別扱い”されてるってことだ」


 カイルの分析に、ユーリは小さく頷いた。

 (おそらく、ノード調査報告と──あの“都市型マナ・リアクター”の件か)

 国の根幹に関わる発見。それを王へ直接報告できるという意味は、思っていた以上に重いのかもしれない。


 ユーリとセラは、次第に緊張を隠しきれずにそわそわと動き始めていた。


「うぅ……手が冷たくなってきた」

「セラ、だいじょうぶ……あ、ボタンが……」


 それを見たエルナがすぐに近寄ってきて、ふたりの服を軽く整えながら言った。


「落ち着いて。服がしわになっちゃうわよ」


 けれど彼女自身も、普段の落ち着きがどこか抜けていた。指先にわずかな震えがある。


「……エルナさんも、緊張してる?」

 ユーリの問いに、エルナは小さく苦笑した。


「当たり前でしょう? 私の店の服が“王城で披露”されるのよ。これ、実は商売的にもとんでもないチャンスなの」


「それもそうだな」

 カイルが納得したように顎をなでる。


 そのときだった。

 窓のそばに立っていたアリエルが、小さく目を細めた。


「……声が、聞こえます」


 ユーリが振り返る。

「アリエル、声って……誰かの話し声?」


「いえ、違います。音声ではありません。……念話に近い波形。

 いま、私たちに向けて……何か、信号が送られてきています」


 その言葉に、ルシアもハッとしたように目を閉じ、集中する。

 薄紅の光粒子がわずかに揺れた。


「……アリエルが言っていたノードね。確かに感じるわ」

 彼女の声は低く静かだったが、どこか緊張を含んでいた。


「ここに在る。……この王城の“地下”よ」


 思わぬ情報に、一同は静かに息を飲んだ。


「ノードがあるってことは……」

 ユーリは小さく息を整えながら、静かに呟いた。

「……ここにもAIがいるってことか」


 アリエルが頷く。

「ええ。信号の波形と内容から判断して、間違いありません。明確に“こちらへ”向けて送られています」


 ルシアも腕を組み、瞼を閉じたまま続けた。

「ただし──“友好的”かどうかは別問題だけどね」


 その言葉に、場が少しだけ沈黙した。

 王城という場所の重みと、地下に存在する未知の存在。慎重にならざるを得ない。


「……遺跡調査に“それ”も加えておいたほうがいいかもな」

 カイルがソファにもたれながら、重い口を開いた。

「王家が気づいてるかどうかも分からねぇ。だが、こういうのは早めに押さえておくに限る」


 セラは椅子の上で背筋を伸ばし、不安げに声を漏らした。

「……王様たち、そんなこと許してくれるかな……」


 その時、ユーリの視線がふと控え室の隅──静かに立つメイドの姿に向かう。

 彼女は紅茶を静かに片付けているだけで、こちらの会話に注意を払っている様子はない。だが──

 この部屋は王城の中。何気ない会話一つも、軽々しく口にするのは危険かもしれない。


 ユーリは一呼吸置くと、そっと目を閉じて《念話》に切り替えた。


(……もしかして、地下にノードがあること自体、王城では“機密扱い”なんじゃないか?)


 思考に応じるように、すぐ隣からカイルの念話が返ってくる。


(十分ありえるな。城内には、遺跡由来の装置や端末があちこち使われてる。

 ……ただの制御装置と思ってる可能性もあるが、実態を知らなきゃそれで済む)


 ルシアも軽い調子で会話に乗る。


(でも“AI”って言葉自体、ここの人たちには多分理解されてないでしょ? だからセーフじゃない?)


 アリエルは、少しだけ距離を取った位置から理知的な補足を入れる。


(問題は──“王城側がこのノードをどこまで把握しているか”です。

 知っていて黙っているのか。知らずに放置されているのか。それ次第で、今後の対応は大きく変わります)


 緊張と共に交わされる静かな念話。

 言葉を交わさなくても、空気がひりつくような圧を帯びていた──その瞬間。


「……あ」


 ふと、小さく間の抜けた声が控え室に響いた。


 視線を向けると、セラが給仕のメイドから紅茶を受け取り、そっと口をつけたところだった。


「おいしい〜……!」


 セラはほわっと頬を緩め、湯気の立つカップを両手で包み込みながらうっとりと笑っている。


 ユーリは思わず目を丸くし──カイルは苦笑。

 ルシアは呆れたように息を吐き、アリエルは「よかったですね」と静かに頷いた。


 ピリついた空気が、少しだけやわらいだような気がした。


 そのとき──


 コン、コン、コン


 控え室の扉が静かにノックされた。


 その音と共に、空気がぴたりと張り詰める。

 念話を中断し、全員がそろって視線を扉へ向けた。


 ──扉が開き、端正な姿のレオンハルト・グレイヴが姿を現す。

 完璧に整えられた制服に、光沢ある手袋と銀縁眼鏡。その姿からは、公務に向けた気概と緊張がにじみ出ていた。


「みなさん──お待たせしました」


 彼は軽く一礼し、穏やかに口を開く。


「準備が整いましたので、参りましょう」


 その言葉を合図に、ユーリたちの胸の奥で、再び心拍が高鳴った。


 レオンハルトの言葉を受け、一同が立ち上がる。


 そのとき、控え室の後方──壁際に控えていたエルナと店員たちが、静かに一歩前へ出た。


「ここから先は、私たちはご一緒できません」

 エルナは胸の前で手を重ね、まっすぐにユーリたちを見つめた。


「どうか、自信を持っていってらっしゃい」


 その言葉は、衣装の制作者としての誇りと、母のような眼差しを内包していた。


 セラは小さく手を握り、

「はいっ……! ちゃんと、着こなしてみせます」と頷く。


 ルシアは軽くウィンクし、

「これだけ整えてもらったら、もう引き返せないわね」と笑う。


 アリエルは静かに一礼し、カイルも片眉を上げて言う。

「王様に服の名前くらい覚えてもらえるよう頑張るさ」


 そして──ユーリは深く頭を下げた。


「ありがとうございます、エルナさん。……本当に、心強かった」


 エルナは微笑んで、小さく首を振る。

「いえ……これが私の“晴れ舞台”でもあるんだから」


 その言葉を最後に、ユーリたちは踵を返し、玉座の間へと向かうレオンハルトの後を追った。


 扉が閉まりゆく中、エルナたちは誰もが手を胸に添え、

 その背中をまっすぐに見送っていた。


 ──いよいよ、玉座の間へ。


 執政官レオンハルト・グレイヴに先導され、ユーリたちは王城内の白亜の回廊を歩いていた。

 床は磨き抜かれた大理石、天井には王家の紋章を模したステンドグラスがはめ込まれ、朝日が色彩豊かな光を差し込んでいた。


 靴音が石に反響し、五人の一歩一歩がまるで儀式のように響く。

 誰もが言葉少なに歩を進め、目の前に近づく“その扉”を見つめていた。


 やがて、一行は玉座の間へと続く巨大な扉の前へとたどり着いた。


 高さ三メートルはあろうかという大扉は、厚く装飾が施された黄金の文様が刻まれており、中央にはアリステア王家の紋章──翼を広げた白鷲が刻まれていた。


 扉の前には、近衛兵が二名、直立不動で待機していた。

 彼らはユーリたちを一瞥し、敬礼のように剣を垂直に立てて構える。


「こちらでお並びください」

 レオンハルトが柔らかく告げる。


 ユーリを中心に、ルシア、セラ、カイル、アリエル、全員が整列した。


 レオンハルトは玉座の間の扉に歩み寄り、近衛兵に小さく頷いた。

 兵の一人が口を開く。


「──“パーティ・ユグドラシル”一行、ご到着」


 その声は、玉座の間の向こうへと響き渡った。


 次の瞬間──


 ギィ……ギィィ……


 左右の扉が、荘厳な音とともにゆっくりと開かれていく。


 白と金を基調とした巨大な謁見の間。

 幾重にも連なる大理石の柱、上部にはフレスコ画が描かれ、壁面には王家の歴史を語る絵画とタペストリーが整然と飾られていた。


 広間の両脇には王城の高官たち、貴族らしき人々、そして整列した近衛兵たちが居並んでいる。

 視線が一斉に、扉の向こう──ユーリたちへと向けられる。


 緊張に思わず喉が鳴った。


 その奥、壇上の中央。

 黄金の玉座に威厳ある姿で座るのは──アリステア王国国王。

 その隣には王妃。そしてやや下手には第一王女の姿も見える。


 ユーリは無意識に手のひらに力が入るのを感じながら、小さく呟いた。


「……練習通りに、だな」


 それは自分自身への確認でもあり、仲間たちへの合図でもあった。


 ゆっくりと歩を進める五人。

 赤絨毯の上を真っ直ぐに進み、所定の位置まで到達すると、揃って一礼し──


 そして、跪いた。


 荘厳なる謁見の儀式が、今──始まろうとしていた。

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