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馬車の代わりにファーストクラス!?――目指せ!お姫様仕上げ

 夕暮れの街を歩きながら、白鷲亭への帰路をたどる一行。


 その途中、通りに面した馬車屋の前で、カイルがふと立ち止まった。木枠の掲示板には、豪華な装飾馬車から手頃な街道用の荷馬車まで、さまざまなモデルの紹介図が掲げられている。


「……そういや、手配してなかったな」


 カイルがつぶやくと同時に、ユーリが小首をかしげた。


「何を?」


 カイルはじとっとした目でユーリを見た。


「まさかと思うが……明日の謁見、美女三人を歩かせて王城まで行くつもりだったのか?」


「……あ」


 ユーリの間の抜けた反応で、全員が察する。


 セラは額に手を当ててため息をつき、アリエルは首をかしげて考え込む。


「さすがに正装で徒歩は非効率です」


 そしてルシアは、馬車屋のウィンドウに飾られた白銀の豪華馬車を見つけて目を輝かせた。


「こういうの、いいわねぇ……私たちのイメージにもぴったりじゃない?」


 キラキラした目で振り返るルシア。しかし、ユーリの財布は──すでに空である。


 ユーリ(ルシアのスイーツ代+オセロの製作費+昼食……いろいろ詰んでる)


 沈黙のまま固まるユーリを見て、カイルが肩を叩いた。


「もう金ないんだろ? 顔に書いてあるぞ」


「……うぅ。何か手が……あっ」


 そこでユーリの頭に、ぴかっと何かがひらめく。急いで懐からアイテムボックスのカードを取り出し、車両保管リストをスクロールする。


「そうだ……そういえば、X-Runnerの“車種選択”って機能があったはず──!」


 彼の指が画面の一つに触れる。


 【Vehicle Type:ミニバン】


 カードの表面が淡く輝き、そこから粒子が噴き出すように広がっていく。

 やがて光の幕が形を持ち、ユーリの目の前に巨大なシルエットが浮かび上がった。


 ──艶やかな漆黒のボディ。

 フロントには鋭角的なメッキグリルが鎧のように構え、左右に伸びるLEDヘッドライトは獣の眼光を思わせる。

 ミニバンとは思えぬ威圧感と高級感を放ちながら、それは静かに着地した。


 サイドには流線形のプレスラインが走り、磨き抜かれたアルミホイールが光を反射する。

 大きなスライドドアの縁にはクローム装飾が施され、乗り込む者を迎えるかのように淡く光が走った。


 まるで王族の馬車を現代に再構築したかのような存在感──。

 ただの移動手段ではなく、威厳を纏った「走る居城」がそこにあった。


「……すげえな」

 カイルが呆れたようにつぶやく。


 ユーリが後部スライドドアのボタンを押すと、スーッと滑らかにドアが音もなく横に滑り、室内の光景があらわになる。


 ──そこは、まるで小さなラウンジだった。

 上質な黒の本革シートが二列に並び、肘掛けには木目調のパネルと銀色のアクセント。

 座席はまるで王族用の玉座のように厚みがあり、背もたれを少し倒すだけで体を包み込む。


 天井には柔らかなLEDの間接照明が走り、星空のように点在する光が淡く瞬いている。

 床には深い色合いのカーペットが敷かれ、踏み込む足をやわらかく受け止めた。


 後部座席の間には折りたたみ式のテーブルが備わり、ドリンクホルダーとコンソールには冷温切替可能な収納が組み込まれている。

 さらに前方の天井からは大画面のモニターが静かに降りてきて、映像を投影できるようになっていた。


 異世界の馬車では到底あり得ない豪奢さ──。

 旅の移動手段であるはずの車内は、まるで高級ホテルの一室のようだった。


 ルシアの目がキラキラと輝く。


「この内装……最高じゃない……? 私の“女神らしさ”を完璧に引き立ててくれるわ」


 セラはシートにそっと手を伸ばして、「なにこれ、すご……」とつぶやく。


 ユーリはその様子を見て、心の中でガッツポーズを取った。


 (よし、豪華感は完璧……でも追加料金ゼロ。これなら誰も損してない!)


 カイルはX-Runnerミニバンを見ながら笑った。


「未来から来た乗り物で王城に行くってのも、粋じゃねえか」


 ルシアはスカートを軽く整えながらうなずいた。


「女神が乗るのに相応しいわね。明日はこの“神の車”で王様に会いに行きましょう♪」


 ◆  ◆  ◆


 ユーリたちは、その足でさっそくX-Runner 《Varia》ミニバン型の”試乗”を始めることにした。


 運転席には、きりりとした表情のアリエル。

 助手席に座ったユーリがナビパネルを確認し、後部座席にはルシアとセラが仲良く並ぶ。さらに最後部の三列目シートには、背の高い男――カイルがどっかりと構えていた。


 アリエルがエンジンボタンを押すと、低く滑らかな駆動音が車内に満ちる。

 同時に、メーター類が一斉に光を帯び、正面のフロントガラスに淡い光の帯が浮かび上がった。


 ──カラーヘッドアップディスプレイ。


 速度、回転数、燃料残量。さらにルート案内を思わせる矢印までもが、運転者の視界に直接投影される。

 しかも情報は立体的に見え、まるで風景と一体化しているかのようだった。


「な……ガラスに……映ってる……?」

 ユーリは思わず目を凝らす。

 ウインドシールド越しに見える街道の景色に、鮮やかな色付きの数値やアイコンが重なっている。


 自分の目の錯覚かと疑ったが、視線を動かすと表示も自然に追従する。

 その緻密さに、背筋が粟立った。


「……じいちゃんって、こんな代物……どこで手に入れたんだよ……」


 自分の手でカードから呼び出したはずなのに、その完成度と洗練された快適さに、ユーリ自身が圧倒されていた。

 異世界の村人が乗るにはあまりにも場違いな、未来の馬車。

 祖父エルドの謎は、またひとつ深まるばかりだった。 


 アリエルは指先でパネルを操作しながら、ハンドルを軽く回す。


「視界が広いですね。車幅の認識もしやすく、応答性も良好です。バックミラーはカメラの映像ですね」


 車両後方カメラの映像をインナーミラー内のディスプレイに表示されている。切替レバーを操作することで、鏡面ミラーモードからデジタルミラーモードに切り替えられる。ヘッドレストや荷物などで視界を遮られずに後方を確認することが可能だ。


 車体が滑るように静かに動き出す。街の通りをゆっくり走るその姿は、まるで王都の景色に溶け込む未来の幻のようだった。


「なにこれ……すっごく柔らかい!しかも、背中までふんわりしてる!」

 セラが目を輝かせて跳ねるように座り直す。シートに体を預け、思わずうっとりとした声を漏らす。

 クッション性のある革張りのシートに、吸い込まれるように身を沈めながら、彼女の目はとろんと潤んでいる。


「脚も伸ばせて快適だわ。揺れも少ないし、これは良い移動空間ね」


 ルシアは窓辺に寄りかかりながら、目を細めて満足げに微笑んだ。髪を揺らす風は魔力制御による室内循環で、外気を含まない心地よい風だった。


「ふふ……なるほど、こういう仕組みなのね」


 ルシアは横の肘掛けに並んだボタンに気づき、次々と押してみた。

 背もたれが静かに倒れ、オットマンが伸びて脚を支える。さらにライトの明るさが変化し、ドリンクホルダーに青白い光が灯る。


「ちょっ……ちょっと、ルシア!? なんか勝手に動いてるよ!?」

「大丈夫、大丈夫。ただの制御システムよ。……あら、これはマッサージ機能まで?」

 ルシアは楽しそうに笑い、まるで玩具を与えられた子どものように操作を続ける。


 一方その頃、アリエルは運転席で、操作系と計器類に驚いていた。

 流線型のパネルに浮かぶメーターはすべて電子表示。

 シフトノブは短く握りやすく、ボタン式の操作系統が並んでいる。


「……信じられません。ここまで洗練された制御系を、まるで日常品のように組み込んでいるなんて。

 運転者の負担を最小限に抑える設計……これは、クロスカントリー型の操縦席以上の効率性ですよ」


 アリエルの声は感嘆に満ちていた。


「……けどよ」


 三列目からカイルのぼやき声が聞こえた。


「俺にはここ、ちょっと狭いな。足が当たるし、頭も……」


 確かに、長身のカイルには三列目はやや手狭らしい。頭が天井に軽く触れそうになっていて、膝も前のシートに当たっているようだった。


 振り向いたユーリは笑って言う。


「明日は助手席に座るといいよ、カイル」


「おう、助かる。ついでにナビ役でもやってやるよ。王都の道はだいたい分かるしな」


「本当? 頼りにしてるよ」


 セラとルシアがその会話を聞いて笑い合い、車内に和やかな空気が流れる。


「この感じ……なんだか、ちょっとした旅に出る家族みたいだね」


 ふと、セラがぽつりと呟いた。

 それにルシアがくすっと笑って、からかうように言う。


「じゃあ、セラがお母さんで、アリエルがお姉さんかしら?」


「ええっ!? じゃ、じゃあユーリは……お父さん?」


「なんでそうなるんだよ!?」


 ユーリが反射的に突っ込むと、車内は笑い声に包まれた。


「では、私はお嬢様ポジションでいいでしょうか?」


「……いや、お嬢様は運転しないと思うけど」


 冷静なツッコミを入れるユーリに、アリエルは少し得意げに口元を緩めた。


「んじゃあ俺は? 家族ってんなら、俺のポジションも決めてくれよ」


 三列シートからカイルが肩をすくめて割って入る。


「うーん……厳しいけど頼れる叔父さん?」


「おい、年齢の話かそれ!? もっとこう、兄貴分とかでいいだろ!」


「……頼れる“おじさん”は確定なのね」


 にやりとするルシアに、カイルは不満そうにそっぽを向く。


「それじゃあ、私が妹ポジションってのはどう? セラ姉様?」


「ええっ!? ルシアが妹!?」


「やめてくれその呼び方!」


 ユーリが両手を上げて止めに入った。


「どいつもこいつもポジションがカオスすぎるだろ! この家族、まとまりなさすぎじゃないか!?」


 そんなユーリの叫びにも構わず、車内にはさらに明るい笑い声が広がっていった。


「こうして会話が弾むのも、この車のおかげかもしれませんね」


 静かに走るX-Runner《Varia》のミニバンは、まるで彼らの旅の始まりを祝福するかのように、陽光にきらめいていた。

 そのまま彼らは、白鷲亭へと、ゆっくりと帰路を進めていった。


 ◆  ◆  ◆


 X-Runner Variaが《白鷲亭》の前に静かに停車した。


 現代車風のミニバン形態のまま、違和感なく街に溶け込んでいたが、その滑らかなボディと煌めくヘッドライトは、やはりどこか異質な雰囲気をまとっていた。


「ふぅ……帰ってきたな」


 ユーリが助手席から降りて伸びをする。


 続いて後部スライドドアからルシアとセラ、運転席からアリエルがそれぞれ降りる。続けて狭い三列目シートから、ようやく身体を抜け出したカイルが、肩をぐるりと回して全身を大きく伸ばした。


「……あー、狭い牢獄から解放された気分だ」


 その一言に、セラが思わず笑い、ルシアはくすりと微笑む。


「ごめんな、カイル。次からは助手席、ちゃんと用意しておくから」


 ユーリが苦笑しつつそう言うと、カイルは肩をすくめながらも頷いた。


「頼むぜ、父さん」


「まだそのネタ引きずる!?」


 再び、白鷲亭の前に賑やかな笑いが戻ってきた。


 宿の入り口が開いてロビーの声が外に漏れた。


「ロイさん、ただいま」


 ルシアが軽やかに手を振ると、カウンターにいた宿の主人が顔を上げる。


「おー、おかえり」


 ロイが笑顔で出迎えるその手前、受付のロビーには見慣れた女性が立っていた。


「……あれ? エルナさん?」


 セラが思わず目を丸くする。


「こんばんは。明日のことで相談があってね」


 上品に微笑んだのは、仕立屋アトリエ・イリスの店主、エルナ・クロスレインだった。


 その姿を見たカイルは、やや驚いたように声をあげる。


「エルナ!? なんでこんなところに……って、まさか、先回りして待ち伏せか?」


 苦笑しながらローブを整えると、エルナはやんわりと首を傾けた。


「先回り……なんて言い方は心外ね。わたし、ただのお洋服屋さんよ?」


 彼女の手には、上品な化粧箱のような荷物がひとつ。明日の準備だと察したユーリは、思わず小さくため息をつく。


「これはまた……嵐の前の静けさ、ってやつかもな」



 白鷲亭のラウンジの一角――今夜の集まりのために空けてもらったテーブルに、上質な革表紙の画集を広げた。


「相談っていうのは、明日のメイクとヘアアレンジのことなの」

「資料があった方がイメージしやすいと思ってね。こういうのは“目で見る”のが一番なのよ」


「おお、さすがエルナさん。準備万端ね」

 ルシアが嬉しそうに身を乗り出す。


 アリエルも無言で画集に目を落とし、まるでスキャナーのようにページを捲っていく。

 セラは、興味はありつつも緊張していたようで、遠慮がちに画集を覗き込みながら言った。


「メイクなんて……したことないなぁ、私」


 そのつぶやきに、エルナが顔を上げた。


「ええっ? こんなにかわいいのにもったいない! なら……これなんかどうかしら?」


 彼女が差し出したのは、柔らかい色味のアイメイクと血色の良いナチュラルリップを使った、どこか気品のある“王都風姫君メイク”のページだった。


「最近、王城のお茶会でも流行ってるスタイルよ。上品だけど、堅すぎない。セラちゃんにぴったり」


「えっと……じゃ、じゃあ……エルナさんに、お任せします」


「うん、任せて! 明日はセラちゃんを“王都一かわいいお嬢様”にしてみせるわ!」


 エルナが目を輝かせて宣言すると、セラは赤面しながら「お嬢様……」と口元を押さえていた。


 その頃、ルシアとアリエルは画集を見ながらすでにセルフアレンジの実演に入っていた。


「これもいいわね。でも、こっちの編み込みも捨てがたいわ……」


 ルシアの髪がゆるくウェーブを描いたかと思えば、すっとロングのストレートへと変化する。


「ナノマシン制御って便利ね。ああ、神々しさが滲み出てる気がするわ」


 手鏡を見ながら、まるで魔法のように髪型を変えていくその姿は、まさしく“女神のセルフスタイリング”。


「……髪型を自在に変えられるのか。ナノマシンすごいな」


 ユーリが呆れ半分に言うと、ルシアはドヤ顔で「ふふん☆」と笑っていた。


 一方、アリエルは微動だにせず、静かに画集を閉じる。


「私はこのままで構いません」


 そう断言しかけたアリエルだったが、エルナはそれを許さなかった。


「ダメよ、アリエルちゃん。あなただってヒロインなんだから。だったらこれとかどうかしら?」


 ページを開いて提示したのは、シンプルながらも洗練されたモダンスタイル。タイトにまとめたサイド編み込みと、ラインを整えたクール系のメイク。


 アリエルが試しにそれを再現してみると――


「……完成しました」


 その姿は、知性と気高さを備えた戦乙女のようだった。


「か……かっこいい……!」

 セラが思わず見惚れて呟いた。


 アリエルは照れたように視線を逸らしつつ、少しだけ口元を緩めた。


「セラに褒められて……うれしいです」


 そう言ったアリエルの頬が、わずかに赤く染まっていた。

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