最速で帰って、最強に甘く──全力ドリフト帰還からの、全力スイーツダイブ
太陽が最も高く昇り、草地を照らす光は鮮やかな金色を帯びていた。
短い時間だった。
治療所への薬品搬送、兵士たちの救命、魔物の群れの討伐。
そして──異常個体の悪魔の撃破。
濃密すぎる任務を終えたルシアたちは、ようやく帰還の準備を整えていた。
「それじゃ、王都に帰りましょうか」
ルシアが明るくそう告げると、クラウス隊長が深く頷いた。
「助けてくれたお礼をしたいところなんだが……あいにく、物資も余裕もなくてな。すまん」
その口調には悔しさが滲んでいた。
セラは慌てて手を振る。
「お、お気になさらずっ。わ、私たち、依頼で来ただけですからっ」
そこに、アリエルが一歩前に出て静かに提案する。
「クラウス隊長。王都へ報告に行かれるのでしたら、一緒にお乗りになりますか?」
クラウスの表情がぱっと明るくなった。
「おお、それは助かる! 王都まで三日はかかる道のりだ……急げるなら、それに越したことはない。ぜひ頼む!」
ルシアはにこりと微笑み、X-Runnerの後部ドアを指さす。
「……ただし、かなり揺れるから、しっかり捕まっててね」
X-Runnerの運転席に乗り込んだアリエルは、
ドリンクホルダーのグラスをすっと取り出し、水を地面に捨ててから元の位置に戻した。
後部座席に座ったセラが怪訝そうに眉をひそめる。
「アリエル、何してるの?」
アリエルは振り返らずに答える。
「来るときは“ヒルクライム”──つまり登りでした。
でも今回は“ダウンヒル”です。しかも荷物がありません。
つまり、“全力で”行けます。ライン取りも完璧に把握済みです」
「ヒル……ダウン……えっ、来るときが全力じゃなかったの!?」
「ふふふっ」
ルシアが助手席から愉快そうに笑う。
「ここからが文字どおりの──最短最速よ!」
兵士たちの敬礼と見送りの声に背中を押されるようにして、
X-Runnerは再び粒子駆動を唸らせ、王都へ向けて走り出した。
そして──
X-Runnerの速度は、行きの比ではなかった。
緩やかなカーブも、アリエルのハンドリングにかかればほとんど減速することなく突き抜ける。
アウトインアウトで最短ルートを正確にトレースしながら、滑るように路面を切る。
時折現れる獣道すらも、まるで戦場のように駆け抜けていった。
カーブに差しかかる。
アリエルがブレーキを踏みハンドルを切るや否や、X-Runnerの車体が滑るように斜めへと流れた。
カーブの内側をなぞるような完璧なライン取り──しかし乗っている側はたまらない。
「いやあああああああああっ!?!?!?!?」
セラの絶叫が車内を貫いた。
「う、うわッ!? な、なんだ今の角度は……!?」
クラウスは軍人らしく耐えようとしていたが、目の端がピクピクと震えていた。
さらなるS字カーブ。アリエルは迷いなくハンドルを切りアクセルを踏み込む。慣性ドリフトで右へ左へ車体を振って抜けていく。
「だめだめだめ、滑ってる滑ってるううぅぅぅ!!!」
セラは完全に目をつむって耳を塞ぐ。
「ぐっ……こ、これはもはや走行ではない。訓練された攻撃だ……っ」
クラウスの額にじわりと汗が滲む。
「これ、すごく楽しいです」
アリエルは完全にテンションが上がっていた。
「まって、ちょっと、アリエルぅぅぅううう!!」
セラの悲鳴がまた街道に響き渡った。
「クラウスさんを乗せてるんだから、もうちょっと……!」
慌てて振り返ったセラは、座席の隣に座るクラウスに目をやって──絶句した。
「……クラウスさん!? ねぇ、クラウスさん!?」
がっくりと首を垂れて、完全に気絶していた。
「そ、そんな……!」
ルシアが言った。
「セラ、あなたも気絶する前に、リリィ・アリアを貸してちょうだい。
また魔物が出てきたら、迎撃に使うから」
リリィ・アリアのコアがふわりと光り、X-Runnerの周囲に魔法式スクリプトを展開する。
──花弁が車体をぐるりと囲み、魔法式CIWS(近接防衛魔法陣)が自動展開された。
「うん、やっぱり便利。私も、似たもの作ってみようかしら」
セラはその言葉を聞きながら、ようやく限界を迎えた。
「あ、もう、むりかも……」
そのまま、彼女も静かに意識を手放した。
こうして、X-Runnerは二人の“気絶者”を乗せながらも、
最高速度を維持したまま王都への街道を駆け抜けていった。
昼過ぎ──王都アリステリオの北門前、舗装の甘い街道を突き抜けて、
一台の粒子駆動車が疾走を終えた。
X-Runnerは城門前の開けた広場でスムーズに減速し、無音のまま停車する。
粒子冷却が静かに吐息のような蒸気をあげていた。
ハンドルを握るアリエルが、背後を見ずに静かに口を開いた。
「ルシア、タイムは?」
ルシアがホログラムの時計に目をやり、短く告げる。
「38分23秒。……予想より、かなり速かったわね」
「ふふ、自己新記録です」
アリエルは満足げに小さく頷いた。
後部座席では、セラとクラウスが並んできれいに気絶していた。
「二人とも、王都に着いたわよ。ほら起きて」
ルシアは指を軽く鳴らし、温かい魔力の波動を起こす回復魔法を展開する。
ふわりと粒子が二人を包み──数秒後、セラがうっすらと目を開いた。
「うぅ……もう着いたの……?」
続けて、クラウスがビクリと反応し、反射的に身体を起こす。
「ハッ!? こ、ここは……っ」
周囲を見渡し、城壁の尖塔を目にしてようやく現実を理解した。
アリエルが淡々と告げる。
「王都アリステリオ、北門前に到着しました。
これより安全走行で、王城の執政庁に向かいます」
クラウスは額の汗を拭いながら、小さく頷いた。
「そ、そうか……た、頼む……」
さっきまでの堂々たる軍人の面影はやや薄れていた。
そのままX-Runnerは執政庁の正門前へと進み、指定の停止位置でスムーズに停車する。
クラウスが車体から降りると、ルシアが最後に一言、声をかけた。
「クラウス隊長。実はね、明日──王城で王様と謁見するの。
だから、もしかしたらまたお会いできるかもしれないわ」
クラウスは少し驚いたように目を見開いた。
「なんと……それはすごいな。
なら、今日の討伐の件で王から感謝されるかもしれんぞ。
本当に助かった。ありがとう」
彼は姿勢を正し、深く敬礼を送る。
「では、また明日、王城で──」
X-Runnerがゆっくりと発進するのを見届けながら、
クラウスはその場でまっすぐ立ち尽くしていた。
王都の空には、高く雲が流れていた。
──X-Runnerは、冒険者ギルドの裏手に滑り込むように停車した。
戦地帰還とは思えぬ速度とタイミングでの帰還だった。
ルシア、アリエル、セラの三人は、そのままギルドホールへ。
扉が開くと同時に、ホールの空気が揺れた。
「たっだいまーっ!」
ルシアの明るい声が、広いギルドホールに響き渡る。
数秒の静寂の後、冒険者たちのざわめきが広がった。
「……あいつら、もう帰ってきたのか?」
「まだ昼すぎたばかりだぞ……」
「本当に治療所まで行ったのか? 馬じゃ三日かかるはずだぞ……」
誰もが「え?」という表情のまま、三人の方へ視線を向けていた。
アリエルはまっすぐ受付カウンターに進むと、
淡々とした口調で報告を告げる。
「治療所への薬品の緊急搬送依頼、完了しました」
その横から、ルシアが笑顔で付け加える。
「ついでにね、魔物の異常発生──緊急討伐依頼もこなしてきたわ。
治療所のクラウス隊長を王都まで送り届けたから、王城に確認すればわかるはずよ。
はいこれ、“討伐証明”ね」
そう言って取り出したのは──袋にぎっしり詰まった魔物の欠片の山。
大小さまざまな、爪や牙、角、血晶化した皮膚片……。
受付嬢は口を開けたまま、数秒間固まってしまった。
すると奥から、ゆっくりと歩いてくる女性の姿があった。
艶やかな黒髪に銀縁眼鏡──ギルドマスター、リゼ・ヴァルグレイスだった。
「……みなさん。お疲れ様」
「まさか、こんな短時間で依頼をこなして帰ってくるなんて。
あのクラウス隊長が一緒に王都に来たって? 本当に驚きだわ」
ルシアはいたずらっぽく笑いながら、手を腰に当てて言う。
「ふふん、それじゃ──私たちのランク、上げてくれるわよね?」
リゼは微笑みを崩さないまま、さらりと返す。
「今すぐには無理よ。
討伐記録の確認と、王城からの報告待ち。
事実確認が取れたら、正式にランクアップと報酬を渡すわ。
それまでは待機しててちょうだい」
「えぇ~、ちゃんと倒してきたのに~!」
ルシアは不満そうに頬を膨らませて抗議するが──
「もうルシアったら……」
セラがなだめるように微笑みながら言う。
「私は猶予が延びただけで十分だから。また改めて来ましょう?」
アリエルも静かに言葉を添える。
「では、明日の“謁見”が終わったら再来します。
報告も含めて、正式に手続きが可能かと」
リゼは二人の姿勢に満足そうに頷く。
「ええ、そうしてくれると助かるわ。
じゃあ、明日──王城でいい報告が聞けるといいわね。
また会いましょう」
三人は軽く頭を下げ、ギルドホールを後にした。
その背を、まだ半信半疑の顔をした冒険者たちが見送っていた。
ギルドでの報告を終え、三人は城下町の表通りを歩く。
ルシアが真っ先に振り返って、にっこりと声を上げる。
「ねえ、お昼だし──ご飯、食べに行かない?」
陽光が真上から照りつけ始めており、時刻は正午を少し回ったところだった。
しかしその言葉に、セラはぐったりした顔で返した。
「うぅ……ご飯って言われても……」
「アリエルの運転のあとで食欲なんて湧かないよ……」
アリエルは少し表情を曇らせ、真面目に頭を下げる。
「申し訳ありません。緊急任務だったとはいえ、少々やりすぎました」
セラはため息をつきながらも、アリエルに微笑みかける。
「ううん。謝らなくていいの。
ただ──次は安全運転でお願いね?」
「はい。安全第一で参ります」
二人のやりとりを微笑ましく見ていたルシアが、ぽんっと手を打った。
「じゃあこうしましょう。せっかく王都にいるんだし──お昼はおしゃれなお店にいきましょ!」
「市場通りじゃなくて、カフェとかダイニングが並んでる裏通りもあったよね」
セラが思い出すように提案する。
アリエルも即座に頷いた。
「雰囲気の良い店舗が多く並んでいます。探索価値は高いです」
そして三人は、昼下がりの城下町へと歩き出した。
進む先に広がるのは、市場とはまた違った“おしゃれな通り”。
カフェ、ベーカリー、軒先のランチプレート。
木漏れ日と香ばしい匂いが交じり合う昼の通り。
任務の緊張を少しだけ忘れて、
心を解きほぐす“午後のご褒美”が、三人を待っていた。
──午後の陽がゆるやかに差し込む、お洒落なカフェ通り。
通り沿いには、石造りの建物を改装したダイニングや、アンティーク調のカフェが並び、
その一帯はどこか静かで優雅な空気をまとっていた。
通りを歩く客も、どこか品のある者が多い。
おそらく貴族たちが“お忍び”で訪れるエリアなのだろう。
その一角、木漏れ日の下に広がるオープンテラスのカフェが目に入った。
広々とした石畳の床に、白いテーブルクロスの丸テーブルが並ぶ。
落ち着いた音楽と、淡いラベンダーの香りが心地よい風に乗っていた。
「……いい感じね」
ルシアが立ち止まり、目を輝かせる。
入り口脇の黒板には、洒落た文字で今日のおすすめが書かれていた。
だが、肝心の料金欄には──「1時間/五千リヴェル」の文字がぽつんと一つだけ。
「……金額、これしか書いてありませんね」
アリエルが不思議そうに呟きながら、店のスタッフに声をかける。
「すみません。メニューの金額はこれだけなのですか?」
呼びかけられた店員は、アリエルの姿を見て──そして、
彼女の背後に立つルシアに気づいた瞬間、目を見開いた。
「っ……これは、これは──!」
店員は驚きと敬意の入り混じった顔で、深々と一礼した。
「女神様に、使徒様方──ようこそ、当店へお越しくださいました」
セラとアリエルがきょとんとする中、店員は丁寧に説明を始める。
「当店は“ビュッフェ形式”──つまり“食べ放題”のダイニングとなっております。
おひとり様、五千リヴェルで、当フロア内の料理をすべてご自由にお楽しみいただけます」
「えっ、すべて!?」
セラが思わず声を上げる。
店員はその反応に思わず微笑みながら、さらに続けた。
「はい。お食事に加え、追加料金をいただければ“スイーツフロア”も開放いたします。
ケーキやパフェ、焼き菓子、果物の盛り合わせ……すべて、召し上がり放題にて」
「すいーつ、たべほうだい……?」
ルシアの目がきらりと光った。
「……ここにしましょう!!」
有無を言わせぬ即決だった。
二人はそのまま女神の鶴の一声に従い、スイーツビュッフェ付きでの入店を決めた。
午後のご褒美は──想像以上に甘く、豪華な時間になりそうだった。
テラス席の奥──最も日当たりが良く、風通しも良い上座に案内されたルシアたち。
席につくや否や、店員たちは丁寧すぎるほどの所作でナプキンを配り、ドリンクを出してきた。
「女神様、冷たいハーブティーでございます」
「使徒様方には、アイスローズティーとレモンジュレウォーターを」
ルシアはおっとりと微笑み、ふわっと手を振って礼を返す。
その所作ひとつが、すでに“絵”になっていた。
「じゃあ、早速……いただきまーす!」
プレートを手に取り、ビュッフェ台へと向かう三人。
店の奥には、色とりどりのスイーツと軽食がまるで宝石のように並んでいた。
タルト、ミルフィーユ、マカロン、プリン、フルーツカナッペ、キッシュ、ミニサンド、そしてチョコレートフォンデュ。
「……すごい……夢の国……?」
セラがぽかんとした顔でショーケースを見つめる。
「どれを選ぶか迷ってしまいますね」
アリエルも目を瞬かせていたが、すでに頭の中で味覚・栄養素・糖度構成を分析していた。
しばらくしてテーブルに戻ると、三人のプレートはそれぞれの“好み”が如実に現れていた。
ルシアは──まるで芸術作品のように盛られた「スイーツの盛り合わせプレート」
華やかなストロベリーミルフィーユの横に、ラズベリームース、そして小さなガトーショコラ。飾り付けは完璧。
セラは──焼きたてのキッシュロレーヌ、キャラメルプリン、ハーブ香るサラダ
「甘すぎるのは苦手なんだよね」と言いながら、しっかりスイーツも確保していた。
アリエルは──きれいに区切られたミニサイズのタルト各種、カスタードの層構造が美しいパフェ、
そして透明なゼリー菓子を見つめて、ひとこと。
「……この“ゼリー”というもの、食感がとても気になります」
口に入れた瞬間、
「っ──ふわっ、と消える……これ、すごいです……」
人工知能である彼女が“味覚”を学んでいく過程で、またひとつ驚きを手にした。
ふと気づくと、ルシアの前のプレートは見事に空になっていた。
「……ふぅ、完璧な味だったわ。全部、パーフェクト」
紅茶を飲み干し、立ち上がるルシア。
「じゃあ、第二陣いってきまーす♪」
セラとアリエルが顔を見合わせる。
「え、まだ食べるの……?」「まさか“全制覇”する気じゃ……?」
ルシアは悪戯っぽくウィンクして、再びビュッフェカウンターへ向かった。
そこからは、まさに女神によるスイーツ行軍だった。
タルトの全種類、ムースの全フレーバー、期間限定のハーブケーキ──
ミルフィーユ、マカロン、プリン、フルーツカナッペ、キッシュ、ミニサンド、そしてチョコレートフォンデュ。
彼女は一皿ごとに丁寧に味わい、完食するとまた席を立つ。
「……あれで何周目?」
「四、いえ、五周目です」
アリエルがきっちりカウントしていた。
店員たちは、いつしかルシアの動きを見守るようになり──
厨房の料理人たちまで、そっと様子を見に来ていた。
「……あの方、女神でありながら、すべてのスイーツを“味”で評価している……!」
「残さない。崩さない。芸術を食べて、芸術を返してくれてる……!」
やがて店内の片隅に、「本日のお召し上がり数:全48種」というメモが貼られることになる。
最終的に、ルシアは小さく満足げにため息をついて席に戻ってきた。
「ふぅ……やっぱり、甘いものって幸せよね」
「これでこのお店のスイーツ、全種食べたわ!」
そう言って、胸を張る。
セラはぽかんとしていた。
「え、それってつまり……この店、“女神にすべてを食べられた”ってこと……?」
「光栄でしょ? 女神のお墨付きよ♡」
ルシアはにっこり微笑み、紅茶を一口。
「……このお店、すごく気に入ったわ」
ルシアが満足げに紅茶を啜ると、店員たちがざわっとした。
「お、お気に召しましたか、女神様……!?」
「ええ。スイーツも紅茶も、雰囲気も申し分ないわ。──ここを、私の“御用達”にするわね」
その言葉に、店のスタッフたちは一斉に目を見開く。
「お、おお……! 女神様の御用達……!」
「な、なんという名誉……!」
「すぐに新しい看板を用意しなければ……!」
たちまち店の空気が沸騰するように変わった。
厨房からもシェフが顔を出し、奥のマネージャーらしき人物が店頭に走っていく。
セラはルシアの腕を引きながら、こっそり囁く。
「ルシア、ちょっと言いすぎじゃない……?」
「いいのよ。美味しかったし。ああいうのは、お店のモチベーションになるの」
まるで大女優のように紅茶を傾けるルシア。
そんな彼女に、セラとアリエルはあきれたように、でもどこか嬉しそうに微笑み返すのだった。
──午後のひとときは、女神と使徒たちにとって、甘く、豊かな時間となった。
この日以降──この店のメニュー看板には、こう記されることになる。
「全48種、女神様 完食」──女神御用達スイーツカフェ




