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最弱村人だった俺が、AIと古代遺跡の力で世界の命運を握るらしい  作者: Ranperre
第35章 「王都の空と戦場の翼」

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異常個体殲滅任務──少女たちの戦場交響曲

 光が消え、静寂が戻った治療所に、誰もが言葉を失っていた。修復された身体、癒された痛み──そして、彼らを包んでいた“命の光”。


「……信じられん……」


 呟いたのは、治療所の隊長だった。

 自らも傷を負いながら、現場の指揮を続けてきた男。その鋭い目が、まるで神の顕現を見たかのように揺れていた。


 しばしの沈黙ののち、彼はハッと我に返る。


 そして、まっすぐにルシアたちの前へ進み出た。


「……これは奇跡だ。本当に、神が我らを見放していなかったということか……」


 そう言って彼は、背筋を伸ばし──


 ビシッ!


 右手を額に当て、深く、敬意を込めて敬礼した。


「第三前線治療所・防衛隊長、クラウス・エンデル。貴殿らに心よりの感謝を。」


 その動きに呼応するように、周囲の兵士たちも一斉に敬礼の姿勢を取った。


 セラはその光景に圧倒されつつ、ルシアの横で小さく身を引いた。


 アリエルは前へ進み出ると、冷静に口を開く。


「クラウス隊長。お言葉を返すようで恐縮ですが……ここまで負傷者が多いとは、王都側には伝わっていませんでした」


「……ああ、そうだろうな」

 クラウスは深く頷くと、苦々しい顔で答えた。


「原因は“魔物の大量発生”だ。今月に入って急に数が増えた。しかも質も悪い。連携して動くやつまで現れた」


「連携……?」

 アリエルが眉をひそめる。


「そうだ。獣型と飛行型が連動して前線を分断し、負傷者の回収すらままならなくなった。まるで、何かに統率されているかのように……」


 それは通常の魔物の生態からはかけ離れた動きだった。


 ルシアが鋭く反応する。


「それって、自然発生じゃなくて“何か”が原因で暴走してる可能性があるってことね」


「俺も、そう睨んでる」

 クラウスは拳を握る。


「だが、今は人手も、時間も足りない。生き延びるだけで精一杯だ」


 治療所の奥から、再び兵士たちの声と動きが聞こえる。

 歌の余韻が消えた今、また“現実”が顔を出していた。


 その場に立つ三人の少女たちは、それを静かに受け止めていた。


 緊迫感が戻った治療所の空気の中、ルシアは一歩前に進み出た。


「つまり──その原因を排除できれば、ここも平穏を取り戻せるのかしら?」


 鋭い視線が、クラウス隊長に向けられる。


 その問いに、クラウスは一瞬だけ戸惑いを見せた。


「……たしかに、そうだろう。だが……」


 彼は苦い顔で頭を振る。


「だが、我々だけでは無理だ。戦力が足りない。動ける兵も、回復に専念すべき者ばかりだ。今動けば……再び死傷者が出る」


 その言葉を受けて、ルシアの瞳に決意の光が宿る。


 ふわりと風が吹き抜けた瞬間、彼女の姿が再び“神の衣”をまとう。


 淡紅色の髪、透き通る羽、神聖な装束に包まれたその姿は、ただの少女ではなかった。


 女神降臨──ルシア、顕現。


 その圧倒的な気配に、兵士たちが再び息を呑む。


 ルシアはまっすぐに前を見据え、そして宣言した。


「私たちが、その原因を排除します」


 その声は、澄んでいて、強くて、どこまでも届く。


「だから、皆さんはここで休んでいてください。もう十分に戦ったのだから」


 ──静寂。


 まるで空気すら、言葉を忘れたかのような沈黙が流れた。


「……えっ」


 ぽつりと、セラが口を開いた。


「え、私たちだけでやるの?」


 あまりに自然に“私たち”と言われたことに驚きながらも、完全に置いていかれていた彼女は、慌ててルシアの肩を掴む。


「ま、待って待って待って! ちょっとスケール大きすぎない!?」


 だが。


「大丈夫です」

 アリエルが淡々と、まるで今朝の天気を報告するかのような声で告げる。


「私たちは強いので」


「……そんな理由!?」

 セラが泣きそうな顔で叫んだ。


 周囲の兵士たちは困惑しながらも──誰一人、その“言葉”を否定しなかった。


 なぜなら、彼女たちはすでに“奇跡”を見せた後だったからだ。


 ルシアの言葉に、疑いを挟む者など──もういなかった。


 クラウス隊長が、唇を引き結びながら、静かに頭を下げた。


「……この命、あの光に救われた者の一人として言わせてもらう。ありがとう。気をつけてくれ」


「任せておいて」

 ルシアは微笑む。


「女神の名において、必ずこの地に平穏を──」


「ま、待って、私の同意は!?」


「──もたらしてみせるわ」


「聞いてないよぉぉぉ!」


 かくして。

 女神とAIと歌姫による、国境異変掃討作戦が、今──始まろうとしていた。



 アリエルは治療所の外へ出る前に、クラウス隊長に接触した。


「魔物の出現場所と、可能な限りの情報を教えてください」


「……ああ。場所はここだ」

 隊長は地図を開き、街道から南東に外れた丘陵地帯を指差す。


「もともと何もない野営地跡だが、今は魔物が集まってる。規模は……ざっと見ても五十体以上。中型の獣型に混じって、大型の飛行型も確認されてる」


「出現タイミングは?」


「ここ三日、ほぼ毎夜。同じエリアから湧いて、街道沿いに移動してる」


 アリエルは即座に地図をスキャンし、ルートと魔物の軌道を演算、ルシアとセラにも共有した。


「了解しました。それが“原因”の根に近いはずです。出発しましょう」


 X-Runnerは再び粒子駆動を起動し、曇天の空を切り裂くように走り出す。


 風を割くような加速。ルシアは助手席で魔力を集中させ、セラは後部でリリィ・アリアを膝に抱えながら、しっかりとシートベルトを締めた。


「今度は……吐かないように頑張る……!」


「頼もしいわね、セラ」

 ルシアが微笑む。


「次が本番よ」


 ──そして、数分後。


 X-Runnerは指定されたポイント、丘陵地帯の頂上にたどり着いた。


 アリエルが車体をブレーキで滑らせるように止め、ナビ画面を切り替える。


「前方、視認距離内に魔物:多数。移動型・獣型・飛行型、複数体確認」


「……思ったより、いるわね」

 ルシアが呟いた。


 セラは窓の外を見て、息を飲む。


 丘の下には──びっしりと、まるで黒い海のように魔物の群れが広がっていた。


 動きの鈍いもの、戦闘態勢をとっているもの。

 中には、夜を待たずに這い出している個体すら確認できる。


「……あれ、クラウス隊長の話じゃ“50体以上”だったはずよね」


 双眼スクリプトで索敵をしていたルシアが、眉をひそめて呟く。


「数えてみたけど──ざっと100体以上はいるわ。

 ……何か、状況が変わった可能性が高いわね」


 その声に、セラが緊張の面持ちで言葉を返す。


「倍……って、ちょっと待って……聞いてない……」


 アリエルはハンドルを握ったまま、冷静に告げる。


「こちらの戦力がそれだけ見込まれてるということでしょう。だったら、期待に応えましょう」


「……アリエル。中心、あれ見える?」


「はい。中心部に異常個体一体。おそらく、この事象の“核”」


 魔物の群れがまるで一つの意志を共有しているかのように、同じ方向に視線を向けている。


 そこにいたのは──


 人型に近い輪郭を持ちながら、どこか歪んだ“悪魔”のような異形。


 黒く硬質な外殻のような肌に、背中からは折れ曲がった双角がねじれながら伸びていた。

 目は血のように赤く、爛々と輝き、口元には牙を含んだ笑みのような裂け目が刻まれている。


 その両手の爪は鋭く黒く、まるで斬撃の武器。

 瘴気を帯びた翼の名残のような突起が背中にわずかに残っており、宙に漂う魔素がその周囲だけ不規則に歪んでいた。


 他の魔物たちがその存在の周囲に自然と集まり、まるで崇拝するかのように従っている。

 王のように立ち、支配者のごとき静寂をまとう姿。


 その圧倒的な気配に、セラは思わず息を呑んだ。


 ──分類不能。明らかに、これまで見たどの魔物とも異なる。


 それは“魔物”の域を超えた、“悪魔”そのものだった。


「……あれが、“原因”ね」

 ルシアの目が鋭くなる。


 丘の上から魔物の大群を見下ろしながら、ルシアは腕を組んで唸るように呟いた。


「……全体に大魔法を叩き込めば一掃できるけど、それじゃ討伐証明が残らないのよね」


 その視線は群れの中央──異常個体に向けられていた。


「かといって、一体ずつ潰してたら日が暮れるどころか、こっちの方が先にバテちゃうわ」


 作戦を立てるルシアは、ふとセラの方に視線を向けた。


「セラ、プリムローズ・コード。今なら、何回撃てそう?」


 問いかけられたセラは、ぎこちなくリリィ・アリアを見つめた。


「え、えっと……わかんない。そんなの──」


 だがその瞬間、リリィ・アリアのコアが淡く光り、セラの脳内に“声”が届く。


 『魔法適正の判明、および訓練進捗により最大展開数を更新。現在、発動可能回数:5回です』


「リリィが……5回って……」


 セラの報告に、ルシアはぱっと表情を明るくした。


「えらいっ! あの難しい魔法を5回も撃てるようになるなんて、セラ、ほんとによく頑張ったわね」


 照れくさそうに俯くセラの肩に、ルシアは軽く手を添えると作戦を口にした。


「じゃあ、最初の一撃──異常個体の真上にぶち込んで。そこで全体を分断するの」


「私とアリエルで周辺を削って、動きが鈍った群れをセラのプリムローズ・コードで掃討。連携すれば、殲滅まで持っていけるわ」


 その声に、アリエルも静かに頷いた。


「了解。援護射撃と拡散火力は任せてください」


 三人は同時に、X-Runnerのドアを開いて外へと出た。


 ルシアは指を鳴らし、粒子の光をまといながらその姿を変えた。


 神聖な鎧を纏い、風になびく蒼いスカート、そして戦乙女の羽翼──彼女は“戦闘形態”のルシアへと変貌を遂げた。


 アリエルは両手を上げて起動スクリプトを展開。

 次の瞬間、彼女の両腕は変形し、重斬型ビーム兵装とマルチランチャーへと変化。

 さらに、背中と腰からは流線型の飛行ユニットがせり出すように出現した。


 そして、セラはリリィ・アリアの先端の花弁を自分の周囲に展開、ぎゅっとその杖を握りしめた。


 小さく深呼吸をして──その瞳を、群れの中心へと定める。


「それじゃ──」

 ルシアが微笑んだ。


「セラの一撃が、戦闘開始の合図よ☆」


 丘の上、セラはそっと息を吸い──祈るように歌い始めた。

 それは彼女の中に眠る歌魔法、《プリムローズ・コード》の旋律。


「──ひかり、つなげて──命にかえる──」


 リリィ・アリアの花弁がふわりと宙へ舞い上がり、背中に翼のように展開していく。

 花弁の先端では、スクリプトの円環が滑らかに回転し、魔素の粒子を集めていく。


 セラは長杖を異常個体──あの“悪魔”に向けて、構えを取った。

 そのまま杖を振り下ろす瞬間、回転していたスクリプトが杖の先に収束する。


「──プリムローズ・コード、発動!」


 淡紅色の光が、奔流となって空を裂く。

 直線状の魔素砲撃が悪魔がいた中心へと突き刺さり、直後に轟音と爆炎が地を揺らした。


 煙が立ち上る中──


「いいわよ、セラ!」

 ルシアの声が弾けるように響く。


「アリエル、私たちも行くわよ!」


「討伐数は負けませんよ。ルシア」


 二人は同時に駆け出す。


 どうやら、いつの間にか二人の間で討伐数の競争が始まっていたようだ。


「むしろ本気でいくわよ、演算解放──“制御コード・ルシア”、起動」


「“戦術演算補助型アリエル”、サブブロック展開──射線クリア」



 片腕を吹き飛ばされ、煙の中から姿を現した悪魔は、赤く光る瞳をぎらつかせながら辺りを見回した。


 混乱──

 何が起きたのか、何を撃たれたのか、理解が追いついていない。

 だが目前に迫りくるルシアとアリエルの存在に、咄嗟に周囲の魔物たちへ指示を飛ばす。


「ギャァアアアアアッ!!」

 耳に障るような咆哮が、指揮命令として群れに伝達された。


 複数の魔物たちが、ルシアとアリエルを包囲しようと動き出す。


 だが──


 それを待っていたかのように、ルシアは剣を手に踊り出す。

 アリエルも武装を切り替え、浮遊機動から跳躍へ移行。


 魔法と剣術、飛翔と斬撃が絡み合い、舞踏のように敵を次々と切り崩していく。


「──次、マーキングするわ。セラ、準備して」

 ルシアが戦場に向けて魔法スクリプトを展開し、ホログラムで敵集団の座標をマークする。


 そのホログラムを確認したセラが、再びリリィ・アリアを胸に掲げる。


 花弁が宙を舞い、淡い魔素の光が空間に花びらのように広がる。

 再び旋律が紡がれ、詠唱が再起動する。


「──プリムローズ・コード、発動!」


 二撃目。

 ルシアがマーキングした魔物の集団に向けて、淡紅色の魔力砲が丘を貫き、魔物たちを飲み込むように爆裂する。


「命中確認。セラ、いいタイミング」

 アリエルが短く告げた。


「次、マーク送るわ。セラ、いける?」

 ルシアが立ち位置を変えながら、別方向の集団を指定する。


 セラは震える手でリリィ・アリアを構えたまま、小さく頷く。


「……っ、大丈夫……!」


 三撃目。


 再び円環が杖先に集束し、花弁が光の羽のように展開する。


「プリムローズ・コード、発動!」


 閃光と共に、三度目の魔力の奔流が丘を駆け下りるように走り抜けた。

 その衝撃に、魔物たちはひるみ、幾体もの影が灰となって崩れ落ちる。


 セラの額には汗が浮かび、肩はわずかに揺れていた。


「……はあ……はあ……あと、2回……っ」


 けれどその瞳は、まだ揺れていなかった。


 戦場では、ファンタジーと未来が交錯していた。


 ルシアは魔導の光をまとった細剣で、魔物たちを華麗に切り裂く。

 彼女の動きは舞のように軽やかでありながら、すれ違いざまに一閃する剣閃は容赦なく命を奪っていた。


 アリエルはビーム兵装による遠距離射撃と精密斬撃を併用しながら、立体機動のように空間を駆ける。

 背部ユニットの推進を利用したスラスターステップで、地上と空中を自在に行き来していた。


「次のターゲット、マーク完了」


 アリエルがホログラムで新たな集団の座標をセラに送信する。


 セラは息を整えながら、もう一度リリィ・アリアを高く掲げる。


「……プリムローズ・コード、発動──!」


 四撃目。淡紅の魔力光が音を置き去りにして放たれ、アリエルがマーキングした敵陣を薙ぎ払う。

 地面が爆ぜ、魔物たちが爆風に飲み込まれて消えていく。


「はあ……はあ……はあ……あと……1回……」



 だが──その時。


 煙の中から、異常個体の悪魔が、音もなく飛び出した。


 目標はただ一人。

 ──セラ。


 風を裂くような速さで、一直線に砲撃の発射地点へ駆け出す。


「セラ、危ない!」


 ルシアの声が響く。


 同時にアリエルも状況を察知し、急加速で悪魔を追うが──届かない。悪魔の方が速い。


「えっ」


 セラは、ルシアの声でようやく気づいた。


 だがその瞬間には、もう赤い目の悪魔が目前にいた。


 鋭く伸びた腕が振りかぶられ、漆黒の爪がセラの胸元を引き裂こうと迫る。


 ──その刹那。


 リリィ・アリアの花弁たちが、一斉にセラの前へと集まり、白百合のような光の盾を形作った。


「きゃあっ!」


 爪が閃光に弾かれ、火花が走る。


「ギャァアアアアアアッ!」


 悪魔は咆哮を上げ、さらに爪でその盾を叩き割ろうと全力で腕を振るう。


 しかし。


 その横から、アリエルが粒子スラスター全開で飛び込み、回し蹴りのようなドロップキックを叩き込んだ。


「セラに、触れるな──!」


 悪魔の体が横に吹き飛ぶ。


 空中でバランスを崩し、仰向けに回転したその背後に──


「こっち向きなさいっ!」


 ルシアが叫びながら突っ込んできた。


 そのまま、勢いを乗せた跳躍回し蹴りが悪魔の腹部に炸裂。


 重い音とともに、悪魔は弾丸のように丘を滑り落ち、

 元いた位置へと逆戻りする形で地面に叩きつけられた。


 爆煙が立ち上り、土が舞う。


 だが──その中で、まだうごめく気配があった。


「……私たちの攻撃を受けて生きてるなんて…しぶといわね」


 ルシアが険しい目で煙を睨む。


 悪魔は、確かに深手を負っている。

 だがその身にはまだ──“執念”のような魔素の塊が、燃え続けていた。


 戦場に、静寂が戻りつつあった。


 周囲にいた魔物たちは、すでにすべて討伐された。

 ルシアとアリエルが、それぞれの手段で確実に殲滅していた。


「……今、ちょうど並んだわね」

 ルシアが軽く息をつきながら、アリエルに視線を向ける。


「討伐数、四十対四十。これは――引き分けですね」


 二人はそれぞれに微笑み、同時に、視線を残る“ただ一体”へと向けた。


 ――異常個体の悪魔。


 その姿は、もはや立っているのがやっとだった。


 ルシアとアリエルの連続攻撃で、その肉体は破壊され、内部は損壊状態。

 黒い血のような液体が、胴から腕から滴り続けている。

 それでもなお、悪魔は足を引きずるように立ち上がろうとしていた。


「終わりよ」


 ルシアがそう呟くと同時に、地面に魔法陣が展開され、悪魔の両脚を地中に縫い留めるように光の鎖が絡みついた。


 悪魔の身体が揺れる。動けない。もう、逃げ場も抵抗も残されていない。


 その瞬間、ルシアとアリエルの身体が、空へと飛翔した。


「──みんな、最後、キメるわよ」


 空中でホバリングしながら、ルシアが微笑む。

 空は雲に覆われ、戦場の上空にだけ光が差し込む。


 ──彼女たちの間に、言葉は要らなかった。


 セラは丘の上で立ち上がり、最後の魔力を振り絞って歌い出す。

 リリィ・アリアの花弁が再び翼のように舞い、淡紅色の魔素が空へと伸びていく。

 セラの唇から、祈りのような旋律が再び紡がれる。


「プリムローズ・コード──」



 アリエルは胸部の装甲を解放し、コアユニットを露出させる。

 ビーム砲のバレルのように変形した両手を前方に掲げ、多重展開されたスクリプトの円環がその腕の先に展開されていく。


「エネルギーライン、全段直結。アームバレル正常加圧中。ライフリングスクリプト回転開始…」


 それはまるで、天の矢を収束する魔導砲塔のような神々しさ。



 ルシアは、静かに目を閉じると、足元に魔法陣が現れ神技の詠唱を始めた。


「――汝、命の環を繋ぎしもの……汚れし魂を浄化せよ──」



 空に、三つの光が集う。

 歌声、魔力砲、神聖詠唱。


 それぞれの光が収束し、地上でうなだれる悪魔を真っ直ぐに見下ろした。


 悪魔は、もはや逃げようとしなかった。

 顔を上げ、ただ静かに、その“終焉”の輝きを見上げていた。



 そして――


「神技・三重奏トリニティ・コード、展開!」


 三人の放つ光が、同時に解き放たれた。


 その瞬間、空から地へと、巨大な柱状の閃光が降り注ぐ。三方向から放たれた光の奔流が、悪魔を包み込む。

 紅、蒼、そして白──三つの光柱が重なり合い、天へと突き抜けた。


 閃光と振動が一帯を包み、空が、丘が、世界そのものが一瞬、白く染まった。


 まばゆい白光は、丘を貫き、

 悪魔の身体を飲み込み、その存在を、影ごと空へと溶かしていった。


 それはまさに、天から下された“浄化の光”。


 轟音が大気を裂き、爆風があたりを洗うように吹き抜けた。


 ──閃光、轟音、爆風。そのすべてが終わった時、曇天は晴れ上がり、戦場に静寂が戻った。



「はあ…はあ…はあ…」

 ──五撃目の砲撃を終え、戦場に静寂が戻った時、セラの身体がふらりと揺れた。


 力尽きるように、そのまま膝を折り──がくん、と地面に倒れ込む。


「セラ!」


 すぐに駆け寄ったルシアが、セラの身体を優しく抱き上げる。


 肌は少し冷たく、呼吸は浅いが──しっかりと生きていた。


「魔力切れね。これだけ撃てば、当然よね……」


 そう呟いたルシアは、セラをそっとX-Runnerの後部座席に寝かせた。そして、その額に手を添え──静かに微笑む。


「本当によく頑張ったわ、セラ。……えらい子」


 愛おしそうに、そっと頭を撫でてやった。


 その傍らで、アリエルが淡々と作業を始めていた。


 戦場に転がる魔物の亡骸の上を、小さな粒子機械──アリエル製の小型ドローンが数体、飛行していた。


「討伐証明の回収を開始します。破損率3%未満で収集可能」


 一方のルシアも、光の粒子を複数展開し、魔素の残滓を検知して指定部位のみを回収していた。


 彼女の動きはまるで手品のように軽やかで、戦場を汚さぬよう細心の注意が払われていた。


「ふふ、見事にバラバラね」


「これだけあればギルドのランクアップは確実ですね」


 互いに言葉を交わしながら回収を続けていたが、ふとアリエルが何かに気づいて足を止めた。


「……ルシア、そこ、光ってます」


 アリエルの視線の先──異常個体の悪魔が倒れていた地点に、ひときわ強く輝く光の粒が散っていた。


 ルシアが歩み寄り、そっとその中心を手に取る。


 掌の上に現れたのは──拳大ほどの魔石だった。


 深い紫を帯びたその魔石は、通常の個体が残すものとは明らかに異なっていた。


「……大きいわね。それに、濃い」


 淡く脈動するような光。まるで、まだ中に“何か”が残っているかのような、異質な気配。


 アリエルがそばに寄ってくる。


「高濃度魔素反応。通常魔石の9.8倍の密度です。……あとで解析しましょう」


 ルシアは頷き、魔石をそっと布に包んでかばんへと収めた。


「……じゃあ、戻りましょう。みんなが待ってるわ」


 高く昇りはじめた陽が、空を静かに照らしていた。

 照りつける前の光を受けて、X-Runnerは戦場を後にし、静かに治療所への道を駆ける。


 ◆  ◆  ◆


 X-Runnerが治療所の前に到着したのは、ちょうど陽が天頂へと差しかかる頃だった。


 クラウス隊長をはじめとする兵士たちが迎えに出てきた。


「討伐、完了です」


 アリエルが静かに言うと、クラウスの表情が強張り──そして、驚きと安堵にゆっくりと緩んでいった。


 治療室の奥、ベッドのひとつにはセラが眠っていた。


 浅い寝息を立てながらも、その顔は穏やかで、どこか安らいでいた。


 ルシアとアリエル、クラウス、そして数人の兵士たちがその周囲に集まる。


 アリエルは自身の右手首から投影装置を起動し、空中に戦闘記録の映像がホログラムで展開された。

 その中には──淡紅の光、女神の飛翔、そしてあの悪魔の姿が、克明に記録されていた。


「この魔物で、間違いありませんか?」


 アリエルが淡々と尋ねると、クラウス隊長は映像に食い入るように目を凝らしながら、深く頷いた。


「ああ……間違いない。こいつだ。まさか本当に──たった三人で討伐してしまうとはな……」


 ちょうどそのとき、セラが小さく身じろぎして、うっすらと瞼を開いた。


「……あれ……? どう……なったの……?」


 その問いに、アリエルが微笑を浮かべたまま応える。


「お疲れさまでした。作戦は完璧に成功しました。私たち三人による三重奏──《トリニティ・コード》で決着がつきましたよ」


「トリニティ……コード……?」

 セラは半分寝ぼけながらも、語感を繰り返した。


「それにセラは、もはや薬師ではありませんね。

 魔法少女──いえ、“魔砲少女マジカルキャノンガール”ですね」


「えっ、なにそのネーミング……

 かわいいけど、なんか……なんかやだーっ!」

 セラは目を覚ましきらぬまま、毛布を頭までかぶってしまった。


 その様子に、ルシアはくすくすと笑いながら肩をすくめる。


「でもね」


 ルシアがベッド脇に腰を下ろしながら、静かにセラの肩を撫でる。


「いちばんたくさん倒したのは、セラのプリムローズ・コードよ。本当にすごかった。誇っていいわ」


「うぅぅぅ……うれしいけど、恥ずかしい……」


 その言葉に、兵士たちがどっとどよめいた。


「英雄だな……」

「いや、聖女様かもしれん」

「姫騎士より強いんじゃないか?」

「今の歌、記録してないのか……」


 次々に飛び交う称賛の言葉に、セラは顔を真っ赤にして毛布をぎゅっと引き寄せた。


「や、やめてぇぇぇ……!」


 そんな中、クラウス隊長が再びルシアたちに向き直る。


「この討伐の証明だが……あなたたちで持ち帰ってくれて構わない。冒険者ギルドに届けて、正当な報酬と評価を受けてくれ。我々は王城に、討伐完了の報告だけで十分だ」


「それでは──」


 アリエルは静かにポーチから、異常個体の角の一部を取り出し、クラウスの前へ差し出した。


「言葉だけでは信憑性に欠けるでしょうから。この部位を証拠としてお使いください」


 クラウスはそれを両手で受け取ると、深く息を吐いてから──まっすぐに敬礼した。


「……何から何まで、本当にありがとう」


 兵士たちも、それに倣って敬礼の姿勢を取る。


 ルシアはふわりとスカートを揺らし、女神のような口調で労いの言葉を贈る。


「その勇気と献身に、心から感謝します。

 皆さまの平和と未来に、祝福を──」


 アリエルは無言のまま、兵士たちと同じ形式の敬礼で応える。


 セラはといえば──相変わらず毛布の中で、小さく頭だけ下げていた。

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