王都技術展示館──記憶と技術が交わる場所で
X-Runnerが王都の石畳を滑るように走り出すと、街路の角で小さく右に曲がり、その姿を見えなくした。
「……行っちゃったな」
冒険者ギルドの前に取り残されたのは、ユーリとカイルの二人だけ。
静かになった通りに、ちょっとだけ気まずい沈黙が落ちた。
「さて、どうしたもんか……」
カイルがぼやくように言いながら、懐から煙草を取り出して火を付ける。
「カイルは依頼、受けなくていいの?」
ユーリが横目で問いかけると、カイルはニッと笑った。
「Aランクだと一年の猶予があるからな。心配すんな」
「うわ、ずる……」
肩をすくめるユーリに、カイルは肩を軽く叩いて言う。
「ま、おまえもそのうちすぐ追いつくさ。何ならSランクも見えてるだろ」
「やめてくれ、フラグ立てんなって」
軽口を交わしながら歩き出した二人。行き先も決めぬまま、のんびりと王都の街を歩き始める。
しばらく沈黙のまま並んで歩いていたが、ユーリがふと思いついたように言った。
「……そうだ。まだちゃんと街を見て回ってないな」
そしてカイルの方を向いて、にっこり笑う。
「カイル、俺、観光したい」
「……は?」
思わぬ申し出に、カイルが少しだけ目を丸くした。
「いや、せっかくの王都だしさ。観光って言っても遊ぶんじゃなくて──」
ユーリは指を折って続ける。
「“技術”とか“文化”とか、そういうのが分かる場所を見てみたいんだよ。なんていうか、この国の“今”を知っておきたいんだ」
カイルは目を細めると、少しだけ口元をほころばせた。
「なるほどな。ユーリ、おまえ……意外と勉強熱心だな」
「……え、なにその“意外と”って」
「いや、てっきりもっと破天荒なタイプかと思ってたからよ。女神に片腕預けて、遺跡をかき回して、次は商業ギルドでゲーム売るんだろ?」
「ぐ……。あー、うん、否定はしない」
二人の笑いが交差する。
そして、ゆっくりと──
ユーリの“王都探訪”が、始まった。
午前の陽光が、王都アリステリオの街を柔らかく照らしていた。
ユーリとカイルは、城下町の中央大通りから枝分かれした小道へと足を踏み入れていた。
人通りの多い通り沿いには、石造りの建物が整然と並び、その間に広がる露店や市民の活気が、王都の“生きている”空気を感じさせた。
「へぇ……思ったより、整ってるな」
ユーリは歩きながら、目を輝かせて周囲を見渡す。建築様式は中世風の石造りが中心だが、ところどころに金属の補強材や、歯車を模した装飾など、“古代技術”の残滓を思わせる意匠も散見された。
「この建物、角の部分に歯車モチーフがある……おそらく象徴じゃなくて、実際に動いてた構造体を模してるんだな」
そう呟きながら、建物の装飾をスキャンするように眺めるユーリ。
「おまえ……観光客というより完全に研究者だな」
カイルが呆れたように言うが、声に笑みが混じっている。
「じゃあ、連れてってやるか。王都の“技術の聖地”ってやつに」
「おっ、そういうの大歓迎!」
カイルが導いた先は、城下町のやや外れ──
《王都技術展示館(Royal Tech Exhibition Hall)》。
石造りの重厚な展示館の正面には、かつて都市間を繋いで走っていた“古代魔導鉄道”の先頭車両が鎮座していた。説明欄に完全再現モデルとある。
魔力を動力とする滑走式の鉄道機関で、艶のある鋼鉄の車体には王家の紋章らしき意匠が残されていた。
「ここは、古代技術の研究成果を“国家主導”で保存・公開してる博物館みたいなもんだ。学者や錬金術師がよく出入りしてるぞ」
「……ここ、住める」
ユーリがぼそりと呟き、カイルは吹き出した。
「やめとけ。閉館時間あるからな」
二人は展示館の中へと足を踏み入れる。
内部には、魔導機構の解説パネルや、透明ケースに収められた魔導回路基板、失われた文字で刻まれた錬金術装置、さらには「旧暦以前の演算端末」と呼ばれるものまで展示されていた。
ユーリは一つ一つを食い入るように眺め、時折スキャン装置で記録を取りながら、前世の知識と照らし合わせて感嘆の息を漏らした。
「これ、熱交換ユニットの機構……いや、たぶん魔力圧縮式の冷却フィンだ。しかも分離式ってことは、あの時代にメンテナンス性まで考慮してたのか……!」
「……すげぇな、おまえ。俺には全部“キラキラしてる古い機械”にしか見えねぇわ」
「それがもったいないんだって。これ全部、知識の宝庫だよ」
興奮した様子のユーリに、カイルは肩をすくめながらも、どこか満足そうにその様子を見ていた。
◆ ◆ ◆
「この地図、展示エリアが多すぎる……時間が足りないな」
ベンチに腰かけ、ユーリはパンフレットを広げる。
そこには──
高層ビル群を模した古代の都市模型、
古代の家庭や市街地の様子を再現した360度ホログラム・シアター、
“個人移動機”と記された乗り物のレプリカなど、
生活に密着した展示がずらりと並んでいた。
「移動手段だけでもいくつもバリエーションがある……。この“モノレール”って、都市の空中を走ってたのか……?」
ユーリはパンフレットの隅にある、電磁軌道らしきルートを指差しながら、思わず小さく笑った。
「……懐かしいな」
「どこ行く? まだ見てないとこ結構あるぞ」
カイルがジュースを片手にのんびりと訊ねる。
そのとき──
「よう、ユーリじゃないか」
その声に、ユーリは顔を上げた。
振り返ると、そこには長いマントを羽織った中年の男が立っていた。
目元には技術者特有の多層ゴーグル、肩には小型の球形デバイスが乗っている。見るからに“技術屋”とわかる風貌だ。
「……グラードさん! お久しぶりです!」
ユーリが立ち上がって微笑む。
──《ヘルム・グラード》。魔導工学の第一人者にして、古代遺物の修復や再起動を可能とする“起動師”。
ユーリがエインクレストで知り合った数少ない技術系の協力者だった。
「おまえが王都に来てたとはな。まったく、連絡ぐらいよこせっての」
口調はラフだが、その声に怒気はない。
ユーリは少し照れたように笑って返す。
「まさか展示館で会うとは思いませんでしたよ。グラードさんって、現場に出るタイプでしたっけ?」
「そりゃ本物が見られるなら、机の前に座ってるよりマシだろ」
ユーリはヘルムにカイルを紹介する。
「紹介します。こちらはカイル・バルナー。僕たちの仲間です」
「よろしく。ユーリが王都の技術に興味持ってな。一緒に見て回ってたとこだ」
カイルが軽く頭を下げると、ヘルムはニッと笑って頷いた。
「いいね。知識欲のあるガキは嫌いじゃないぜ」
そう言いながら、ヘルムは懐から黒いカードキーを取り出した。
「ちょうどいいタイミングだ。今から技術部の連中にちょっとした解析を頼まれてな……“とっておき”を見せてやるよ」
「“とっておき”……?」
ユーリの目が輝く。
「お前なら食いつくと思ったぜ。案内してやる、ついてこい」
そうして、三人は展示館の奥、一般来場者立ち入り禁止の研究エリアへと足を進めることになる──
◆ ◆ ◆
技術展示館の最奥──
一般来場者の立ち入りを禁じられた研究エリアへと、ユーリたちは足を踏み入れた。
そこは見た目には巨大な倉庫のような空間で、内部には魔導技術の研究員や王立学士たちが十数名、何やら慌ただしく準備を進めていた。
「この辺り一帯、展示じゃなくて本物の研究が行われてるんですか?」
ユーリが小声で訊ねると、ヘルムはニヤリと笑って頷く。
「まあな。展示館って言っても表向きだ。奥は技術部の研究施設とつながってる。ここで現物を検証してんのさ」
そして──
彼は中央に鎮座する巨大な物体の前で立ち止まった。
タープのようなシートが大きく被せられていたそれを、ヘルムが一気に剥がす。
「……とっておきってのは“コイツ”だ」
現れたのは──巨大なクリスタル状の構造物だった。
六角柱を横に寝かせたような形状。長さはおよそ6~7メートル、直径3メートル。
透明な結晶構造の中心部には、鈍く光を帯びた球体(直径1.5メートル)が埋め込まれていた。
「発見したのは北の古代遺跡の地下第六層。最深部の影の中に埋まってた。……転がってたって言ってもいいな」
ヘルムが懐かしげに語る。
「で、これが何なのかを、今日これから解析するってわけだ」
学者たちは周囲で慎重に魔力測定、構造解析、魔紋の読解などに取りかかっていた。
王都技術局所属の魔導学士たちが一斉に動き始めた。
「属性反応、始めます」
若い研究員のひとりが、結晶体の近くに設置された魔力反応計測装置の水晶を調整する。
彼は、まず火属性の魔素結晶を手に取り、ゆっくりと結晶構造へと近づけていった。
……反応なし。測定器はわずかにも動かない。
続いて水、土、風、光、闇……と順に試していくが、いずれも同様。静寂が続く。
「……ここまで無反応だと、非魔導素材の可能性も──」
主任らしき年配の学士がそう呟きかけたそのとき、
別の学者が小声で言った。
「雷を、試してもいいですか」
「構わん。やってみろ」
細身の女性研究員が雷属性の魔素石をそっと手に取り、結晶の球体に近づけた。
その瞬間──
ピッ──……
かすかに、計測装置の水晶が反応した。
ほんのわずかだったが、明らかに他の属性にはなかった反応だった。
「……今、反応がありました」
「ログを取れ。再試行」
「雷属性限定……? 高位精製雷素核との共鳴の可能性は……?」
現場がにわかにざわつく。
属性反応の中でも雷のみが鍵であるという、この遺物の“偏り”は、従来の理論では説明がつかない。
ユーリはそれを黙って見ていた。
──そして、直感的に思う。
(……雷は“トリガー”だ。けど、まだ“起動”じゃない)
研究員たちの検査が続く中──
雷属性の反応があったことに、ユーリの目がわずかに細められた。
彼は何かを確かめるように、静かに歩を進める。
「ユーリ……?」
カイルが眉をひそめて呼びかけた。
だがユーリは、結晶の中心に埋め込まれた球体を見つめたまま、ふと立ち止まる。
「グラードさん」
「……ん?」
「少し、触れてもいいですか?」
その声は静かだったが、決して軽くはなかった。
周囲の研究員たちも、思わず視線を向ける。
ヘルムは一瞬だけ驚いたように目を細め、それから口元をゆるめた。
「……チッ、やっぱりお前、そう来ると思ったよ」
そして指を一本立てて警告する。
「ただし、絶対に“力”を流すな。指先だけ、触れるだけだ。いいな?」
ユーリは頷いた。
「わかってます。……ただ、確かめたいことがあるんです」
カイルが「おい……マジでやるのか」と呟くが、止める気配はなかった。
ユーリは再び歩みを進める。
──そして、そっと、指先を球体へと伸ばした。
ピシュ──……ン……
空気が一瞬だけ震えた。
球体が柔らかな光を一度だけ放つ。
周囲が一斉に息を呑んだ。
「何だ……!?」
ヘルムが小さく叫ぶ。
けれどその光はすぐに収まり、装置はまた静かに沈黙した。
「ユーリ、大丈夫か!?」
カイルが駆け寄る。
そのとき──
ユーリの《チャットフォーム》に、文字情報が浮かび上がった。
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[Urban-Type Mana Reactor]
Status: Standby
Output: 120 MW (Nominal) / 200 MW (Peak)
Core Condition: Stable
Last Maintenance: 5129 years ago
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ユーリは手を引きながら、チャットフォームに現れた表示を見つめ、呟いた。
「……これ、発電機だ」
「都市用の、マナ・リアクター。……“まだ生きてる”」
沈黙。
ユーリの「発電機だ」という一言に、周囲の学者たちはぽかんと口を開けていた。
唯一、口を動かしたのはヘルム・グラードだった。
「……えっと、つまり魔力でエネルギーを生み出す装置ってことか?」
さすがに魔導技術に精通した職人だけあって、驚きながらも筋道を読み取る。
ユーリは頷きながら、慎重に言葉を選んだ。
「はい。魔素を内部の収束炉で処理して、安定した形の動力に変換する……いわば、都市の心臓部です」
「都市の……?」
「そうです。このリアクター一基で、都市ひとつ分の魔導機構に電力を供給できるはずです。少なくとも表示上は、定格120MW。ピーク時は200……つまり“非常に大規模な供給力”がある」
研究員の一人が驚愕の声を漏らす。
「……は? い、いや待って……いや、そんな数値、理論上すら存在しないはずだ……!」
カイルがぽつりと呟く。
「おいおい……ユーリ、どうしてそんなことがわかるんだ?」
空気が一瞬、重くなる。
だがユーリは、柔らかな笑みを浮かべて言った。
「えっと、記憶の中に似たものがあったんです。……ほら、ほら、アリエルが使ってる内部動力炉。あれと原理が似てるなって」
「……あー、なるほどな」
カイルはそれ以上深く追及しなかった。
ユーリは周囲の反応をよそに、淡々と語る。
「……ここの展示にありましたよね。古代都市の再現模型──ビル群や生活区画、水循環や照明、情報端末まで揃ってた」
周囲の研究者たちも思い出すように頷く。
ユーリは続ける。
「このリアクター一基で、あの都市全体の生活インフラを維持できる以上のエネルギーが生み出せると思います。
つまりこれは──都市一つの文明圏を支える“心臓”です」
その言葉を受けて、ヘルムは腕を組み、顎をさすりながらリアクターへと視線を向けた。
「……つまり、これが本物なら、古代文明の動力源の中でも最上位クラスってことだ。これを稼働させられれば──王都の魔導供給インフラが一気に変わる」
「……ええ。ただし、安全に動かせれば、ですけど」
ユーリはリアクターの球体を見上げながら、心の中で別の言葉を呟いた。
──(この出力値、都市単位どころか、兵器転用も可能なレベルだ)
王国のために使われるのならいい。
けれどもし──
誰かの手に渡り、暴走すれば。
それは一国の均衡すら揺るがす“力”になりうる。
「ユーリ……おまえ、やっぱ面白ぇな」
ヘルムが笑った。
「せっかくだ。……この解析、少し手を貸してくれないか?」
「──え?」
ユーリは一瞬、驚いた顔を見せる。
だがすぐに、表情を引き締めた。
「……はい、できる範囲で。協力させてください」
そう言った直後、ふと視線を横に流しながら、何かを思い出したように呟いた。
「……あ、でも……もしかしたら僕より適任がいるかもしれません」
ヘルムが首を傾げる。
「ん?」
ユーリは小さく笑みを浮かべた。
「僕たちの仲間にアリエルって子がいます。
魔導制御領域に特化したAI……というか、まあ、説明すると長くなるんですけど……とにかく、彼女ならこのリアクターの構造や起動系にも、僕以上に詳しいかもしれません」
その名前を聞いた瞬間──
ヘルムの眉がわずかに動いた。
「……アリエル、って言ったか?」
小さく呟き、顎に手を当てて思案するような素振りを見せる。
「……どこかで、聞いたことがあるような……いや、でも気のせいか……?」
その目は遠くを見るようにわずかに細められていたが、やがて首を軽く振った。
「ま、いい。会えばわかるだろ」
カイルが笑いながら補足する。
「ま、うちの天才です」
ヘルムは両眉を上げた。
「……ほぉ? へぇ~? お前以上にって……マジかよ。興味湧いてきたな」
ヘルムはリアクターとユーリを交互に見て、唇の端を持ち上げた。
「じゃあそのアリエルって子にも、ぜひ見せてやってくれ。解析が進むなら、王都の技術局ごと貸してもいいくらいだ」
ユーリは苦笑しつつも頷いた。
「はい。きっと喜びます」
◆ ◆ ◆
遺物のリアクターに関する解析協力の約束を交わし、一度その場を辞したユーリたちは、館内の案内スタッフに声をかけた。
「屋上テラスに行ってみたいんですが、見学可能でしょうか?」
「……少々お待ちください」
対応に出た職員は、奥の通信端末で許可を確認し、やがて頷いた。
「構いません。一般公開はしておりませんが、関係者としてのアクセスであれば問題ありません」
そうして通されたのは、展示館の上階──一般非公開の屋上テラスだった。
テラスの手すりに近づいたユーリとカイルは、並んで腰を下ろす。
ちょうどその頃、午前の陽は少し傾きはじめていた。
眼下には、王都アリステリオの街並みが広がっていた。高低差のある建造物と、中央を貫く運河。街道を行き交う人々と馬車。遠くには王城の塔がその頂をのぞかせている。塔の上に掲げられた王国旗が、微かに風に揺れている。
「……いい景色だな」
カイルがぼそりと呟く。
「うん。なんか、ずっと見ていられる気がする」
ユーリは膝を抱えながら、ゆっくりと街を見下ろしていた。
さっきまで展示館で見てきた“失われた技術の残骸”──魔導回路、冷却ユニット、演算装置──
それらを思い返すだけで、心がざわついていた。
「……やっぱり、この国の技術ってすごいよ」
ユーリが言う。
「でも、それって古代文明の遺跡をベースにしてるわけで……。今の技術者たちが、そこからどこまで進化させていけるのかって思うとさ、正直、わくわくするんだ」
言葉にこめられた期待と希望。その先を見据える視線。
だが、隣のカイルは腕を組み、少し違う表情で遠くを見ていた。
「進化、ね……」
低く、どこか寂しげな声だった。
「おまえがそう言うのは分かる。でも、“それ”の先には、必ず“代償”があるぞ。技術が進めば、戦争も、陰謀も、どんどん洗練される」
カイルの目には、まるで過去に何かを見てきたような、深い影があった。
──沈黙が降りる。
風の音と、遠くの鐘の音だけが、静かに響いていた。
「……ねえ、カイル」
ふと、ユーリが切り出す。
「俺さ、ずっと言ってなかったことがあるんだ」
カイルが、ゆっくりとユーリに視線を向ける。
ユーリは一度深く息を吸い、そして目をそらさずに語り始めた。
「──俺の“本当の名前”は、勇利和人」
「……?」
カイルが目を細めた。
「俺は前の世界──別の世界で生きてた。生まれた国は“日本”って言って、都市には電車が走ってて、自動車も飛行機も当たり前。パソコンやスマートフォンっていう小さな端末で、世界中と繋がれる世界だった」
言葉ひとつひとつが、ユーリの中の“過去”を引き出す。
「それから“インターネット”っていう情報網があって、知識も、文化も、映像も、会話も、全部……ただの一秒でやり取りできた」
「……想像もつかねぇな」
カイルがぽつりと呟いた。
ユーリは、静かに続ける。
「俺の仕事は、“AIプログラマー”だった。人工知能──ルシアみたいな存在を、現実に近づけるための技術を開発してた」
その目には、懐かしさと──どこか痛みの混ざった光があった。
「ルシアを見てると、なんていうか……自分の夢が、こんな形で叶ってるみたいで、すごく嬉しいんだ。でも同時に、これはもう俺の手を離れた未来でもあって……」
言いかけて、ふっと笑った。
「──俺、死んだんだ。前の世界で。仕事中、AIのログを整理してる時だった。机に突っ伏して、そのまま」
カイルは、言葉を失っていた。
「気づいたら、もうこの世界にいた。名前も知らない村で、“ユーリ”って呼ばれて……そして今、こうして、王都の屋上にいる」
長い沈黙のあと──
カイルがゆっくりと口を開いた。
「……重いな、おまえ」
「うん。自分でも、ちょっと思った」
でも、とユーリは微笑んだ。
「生きてるって、悪くないよ。たとえ死んだあとでも、誰かと出会って、また歩き出せるなら」
その笑みに、カイルはしばらく黙っていたが──最後に、肩をすくめて言った。
「……いい顔してんな、今」
「え?」
「過去より、今を見てる顔だ。ユーリ、おまえはもう“この世界の人間”だよ」
王都の風が、二人の間を吹き抜けていった。
しばらく無言で王都の風景を眺めていたカイルが、ふと隣に座るユーリに尋ねた。
「なあ……さっきのアレ、どうしておまえ、あのクリスタルが“リアクター”だってわかったんだ?」
ユーリは、ほんの少し黙ってから──苦笑を浮かべた。
「……そう来ると思ってたよ」
そして、自分の右手を軽くかざす。
「僕の固有スキル……《Chat Form》っていうんだ」
「チャット……?」
「うん。何かに触れると、その対象の情報が“文字”で浮かび上がってくるんだ。性能とか状態とか……まるでそのものが会話してくるような、そんな感覚」
「……スキルっていうより、道具に話しかけて答えてもらってるみたいだな」
カイルは腕を組んで、感心したようにうなる。
ユーリは頷いた。
「でも、万能じゃない。情報が出るのは“生きてる技術”だけ。動作してない壊れたものや、解析不能な魔力遮断物には通じない」
「なるほどな。……けど、それがあれば古代遺物の中身まで読めるってことか」
「まあ……そうなる」
ユーリは空を見上げる。
どこまでも青く広がる空の下、王都の街に風が吹き抜けていた。
「この力が、今の世界でどこまで通じるのか……まだ、僕自身もよくわかってないんだけどね」




