意匠会議──オセロと職人の手
冒険者ギルドでの謁見書面の記入と紹介状の受け取りを終えたユーリ、カイル、ルシアの三人は、その足で王都の中心部にある商業ギルド本部へと向かっていた。
荘厳な石造りの建物の中に足を踏み入れると、室内はすでに朝の交渉や来訪者で賑わいを見せていた。
それでも昨日顔を合わせたマルビスとの約束を告げると、受付の対応は迅速だった。
「マルビス様と、オセロの意匠についてのご相談ですね。──こちらへどうぞ。応接室でお待ちください」
案内されたのは、内装の落ち着いた木張りの部屋。壁には商標登録に関する各種賞状や、過去の商談成立案件の記念品などが並んでいる。
数分後、扉がノックされ、マルビスが数枚の書類を抱えて現れた。
「おはようございます、みなさん。お待たせしました」
にこやかに挨拶しながら入ってきた彼の背後に、もうひとりの人物が続いた。
──女性。
年齢は三十五歳前後。長めの橙色の髪をバンダナでまとめ、日焼けした褐色の肌が健康的な印象を与える。
引き締まった体つきには職人としての重みがあり、鍛えられた腕は作業服の袖からはっきりと見て取れた。
身長はカイルより少し低いが、存在感は一歩も引けを取らない。
上から紺色のエプロンを巻いたその姿は、“現場の女傑”そのものだった。
「紹介します。当ギルドの工房責任者──ディアナ・バルドロスです」
マルビスの紹介に続いて、女性は気さくに手を上げた。
「よっ。よろしくな」
短く、しかし力強い挨拶。
その眼差しは、すでにユーリたちを“依頼人”ではなく“共にものを作る相手”として見据えていた。
ディアナ・バルドロスは、腕組みを解き、腰に手を当てたままじろりと三人を見渡す。
「で、誰だ? ──あの面白いもんを考えたのは」
その声は低くも響きがあり、まさに職人の現場声といった風格だった。
ユーリは少し気後れしながらも、素直に手を挙げる。
「……僕です」
「はぁ?」
ディアナは驚いたように目を見開いた。
「おまえ……まだ子どもじゃねぇか」
そう言いながらも、じっとユーリを見つめ、ふっと小さく笑った。
「……でも、そうか。納得した」
そして、自分で言って自分で納得したように頷く。
「このへんの大人連中からは出てこねぇ発想だ。ああいうのは、“常識の外”から投げ込まれてくるもんだな。おまえ、すごいな」
「ありがと……ございます」とユーリが戸惑いながら返す横で──
なぜかルシアがドヤ顔で胸を張っていた。
「ね? ユーリはやるときはやるのよ」
「お前じゃないからな」とカイルが小声で突っ込みかけるが、空気は穏やかで和やかだった。
ディアナは楽しげに話を続ける。
「試しにな、作ってみたんだよ。“オセロ”ってやつ。そしたら職人連中が夜遅くまで夢中になってよ。『白で勝ったー!』とか『角取られたぁ!』って……もう、工房が昼の遊技場かって騒ぎでな」
「職人が夢中になるほどなら、可能性はありますね」とルシアが口を挟むと──
「……あの、そろそろ“意匠”の打ち合わせを始めてもらえますか?」
傍らに控えていたマルビスが、申し訳なさそうに口を挟んだ。
「おぉ、そうだったな。すまねぇマルビスさん」
ディアナは頭をかきながら席につき、他の三人もそれに続くように椅子へ腰を下ろす。
木製の円卓には、すでにいくつかの図案やサンプルが用意されていた。
「さて……ここからが本番だな」
ディアナの目が真剣な職人のそれに変わる。
応接室のテーブルに置かれた図面や素材サンプルを前に、ユーリが口を開いた。
「まず、基本のルールに関わる部分だけは、絶対に変えたくありません」
手元の紙に描かれた簡易スケッチを示しながら、はっきりと伝える。
「盤面は八マス×八マス──計六十四マス。その配置は固定です」
「石の数も六十四枚。裏表で白黒、またはそれに準ずる対色で、裏返して使う形式」
「でも、裏と表は“同系色”にはしないようにしてください。視認性の問題もあるし、ゲームの本質にも関わるので」
そこまでは明確に“変えてはいけない”線として伝えた。
その上で、ユーリは続ける。
「それ以外の部分──たとえば盤面の装飾とか、石の縁とか、素材なんかは、自由にアレンジしてもらって構いません」
それを聞いたディアナは、口元にニッと笑みを浮かべて頷いた。
「ふむふむ。なら、盤面は象嵌風の木製パネルにして……石は黒曜石と白磁を使ったら豪華になるな。枠に金糸の細工とか入れてさ」
「おお……それ高級感ありますね」とルシアが嬉しそうに頷いた。
だが──
「……ディアナさん。期日は“明日”の夕方なんですよ」
横からマルビスがそっと釘を刺すように言った。
「……へ?」
ディアナの顔が一瞬で固まった。
「明日? 明日って……十八日の、明日!?」
ぐわっと椅子にのけぞり、両手で頭を抱える。
「おいおい……材料の選定どころか、加工工程まで組み直しだぞ!? 使う素材によって研磨の時間も焼き入れも変わるし……無理じゃねぇか!?」
ディアナの額には本気の職人としての焦りが浮かぶ。
応接室の空気に、やや重い沈黙が漂った。
マルビスは申し訳なさそうに資料を直しながら、小さく肩をすくめる。
ユーリも少し考え込むように沈黙していたが──
そのとき、カイルがぽつりと口を開いた。
「ユーリ。昨日、おまえ言ってたよな」
「“発想を伝える”って」
ユーリは「うん」と頷く。
カイルは、目を細めて続けた。
「なら、別に“豪華に作る”必要はないんじゃないか?」
「見た目がすごいのもいいが、“どう遊ぶか”“どう楽しむか”……その発想こそが伝わればいい」
「そいつを形にできるなら、見た目はあとでいくらでも盛れる。そうだろ?」
その言葉に、ユーリもルシアも、そしてディアナも──ふと、顔を上げた。
カイルの一言で流れが変わった応接室。
ユーリは静かに頷きながら、前世で遊んでいた「オセロ」の記憶をたどる。
「──僕が知ってるオセロは、もっと簡素なものでした」
そう言って、彼は手元の紙にさらさらとスケッチを描き始める。
「盤面は木製。表面には緑色の布地が貼ってあって……その布に黒い線でマス目が引かれてます」
四角く仕切られた八マス×八マス。
「石」は円型。白と黒で裏表に色分けされた単純なものだ。
「……あとは、盤面の端に石をしまう“くぼみ”があって、使ってない石はそこに収まるようになってました」
スケッチが完成するのと同時に、ディアナとマルビスが身を乗り出す。
「……なるほど。これなら……材料もすぐ用意できる」
「加工も最小限だ。布地の貼り込みに手間はかかるけど……うん、間に合う!」
ディアナがポンと手を叩いて立ち上がった。
「よし決まりだ!」
彼女は満面の笑みでユーリの前に立つと──
「おまえ、すげぇな!」
そう言って、がっしりと握手の手を差し出す。
「ありがとよ! こっちは責任もって作るからな!」
ユーリが驚きつつも握手を返すと、ディアナは次にカイル、そしてルシアにも順番に力強い握手を交わした。
「ね。ユーリってすごいでしょ」
ルシアはなぜか再びドヤ顔で胸を張っていた。
「……うん、まあ、そうなんだけどね」とカイルがぼそっと返す。
ディアナは資料と図面をまとめると、勢いよく扉へと向かう。
「じゃ、工房に戻る! 今日徹夜で仕上げるぜ!」
そう叫んで、彼女は嵐のように去っていった。
後に残されたマルビスが、静かに一礼する。
「それでは──明日の夕方、またお会いしましょう」
一同が頭を下げると、応接室を後にし、商業ギルドの建物をあとにする。
外に出た瞬間、澄んだ青空の下、街のざわめきが耳に戻ってきた。
その通り沿いで、ユーリは歩を緩め、カイルの方へ顔を向ける。
「ありがとう、カイル。助かったよ」
素直な声だった。
カイルは口元をゆるめて片手を軽く振った。
「気にすんな。おまえが一人で抱え込むより、ちょっと背中押してやっただけだ」
「……でも、あの一言で流れが変わったよ」
「まあな」
ぶっきらぼうだが、どこか照れ隠しのようにも聞こえる声だった。
そのやり取りの横で、ルシアが再びドヤ顔で頷いていた。
「ふふん。ユーリって、やっぱりすごいのよね」
「だから、それお前の手柄じゃないからな……」
そう呟くカイルに、ユーリは苦笑しながら歩き出す。
次なる目的地──執政庁へ向けて。




