開かれた扉──最初の遺跡に潜むもの
丘を越え、森を抜け、岩場をいくつか乗り越えた先──
それは唐突に姿を現した。
山肌を抉ったような窪地の奥。
黒い岩に覆われた地形の中に、それはぽっかりと開いていた。
《旧通信塔跡地》。
村の記録には、ただ「危険区域」「禁足地」とだけ書かれていた場所。
けれど、Chat Formの地図には、明らかに“人工的な構造物”の輪郭が表示されていた。
「……入口、もう開いてる……?」
崩れかけた岩のアーチの中。
大きく裂けた亀裂のような空間が、地下へと続いている。
すでに入口らしき“扉”は開いており、開口部の周囲には焦げ跡と摩耗した機械片の残骸が散っていた。
誰かが先に侵入した形跡──
だが、それがいつのものかはわからない。
ユーリは、耳を澄ませた。
風。葉擦れ。砂のこすれる音。
──それに混じって、ごく微かに。
「……グルゥ……グルルル……」
低く、喉を鳴らすような──獣の気配。
「これ……ダンジョン化してないか?」
魔力の濃度が高まった地下空間に、野生生物や魔獣が巣を作る現象。
それを人々は“ダンジョン化”と呼ぶ。
つまりこの遺跡は、すでに“自然な廃墟”ではない。
ユーリは表情を引き締めた。
「行くか。準備は──問題ない」
腰にはガンスラッシュ。腕にはシールドリング。
背には祖父から譲り受けた多機能バックパック。
そして、胸ポケットにはいつもの金属カード──アイテムボックス。
内部はひんやりとしていた。
洞窟状の通路を抜けると、そこにはコンクリートと金属がむき出しになった廊下が続いていた。
──ここだけ、明らかに“人工物”だ。
地面にはかつてケーブルだったと思しき線が転がり、壁面には何枚かの錆びたパネルが貼られている。
その奥。かすかな光源がある方向へと進んでいくと──
突き当たりに、扉があった。
ほとんど崩れてはいるが、枠組みだけが奇妙に無傷で残っている。
そしてその右横には、古びた端末と思しき装置があった。
ユーリがそっと手を近づけると、反応した。
ディスプレイのような表面がぼんやりと光り──
言語不明の文字列とともに、音声ガイドが起動する。
>> SYSTEM ONLINE...
>> AUTHORIZATION REQUIRED: VOICEPRINT OR KEYCODE
>> PLEASE PRESENT IDENTIFIER.
「認証……これ、Chat Formと同じ構文系?」
ユーリは驚きとともに、バックパックから祖父の魔導書──《端末》を取り出した。
すると、それに呼応するように、背後で静かに粒子が揺れる。
ルシアだ。
光の粒のままの彼女が、緩やかに近づいてくる。
「反応信号……一致。端末とのリンク開始準備中」
機械音声のように、淡々としたルシアの声が響く。
端末のディスプレイが強く光り、再び英語の表示が切り替わる。
>> KEYCODE MATCH
>> AUTHORIZATION GRANTED.
>> Access Level: USER_TYPE-B / Legacy Lineage
>> Opening Gate...
──ゴゴゴゴゴ……!
扉が音を立てて、ゆっくりと開き始めた。
その先は、漆黒の闇。
風も、音も、熱もない空間。
だが、ユーリははっきりと“それ”を感じていた。
──奥に、何かがいる。
それは獣のような気配。
それでいて、機械的な音を伴う“何か”。
「行くしかないな。これは……俺の役目だ」
ユーリは、ガンスラッシュのロックを外した。
最初の遺跡。最初の接触。
そして──この世界の“真実”への第一歩。




