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最弱村人だった俺が、AIと古代遺跡の力で世界の命運を握るらしい  作者: Ranperre
第34章「女神の降臨と王都に響く噂」

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記入と記録──君の知らないファイルの話

 白い光に包まれて転移した先は、宿《白鷲亭》の二階にある、セラたちの部屋だった。

 ベッドの上にふわりと降り立ったルシアは、そこで力尽きたようにごろんと横になる。


「……ちょっと、疲れたわ。少し眠るわね……」


 彼女はそう言うと、ふかふかの枕に頬を埋めた。いつもの“神様モード”とは打って変わり、完全に消耗しきった表情だった。


「……ルシア、大丈夫……?」


 セラがそっとその横に座り、心配そうに彼女の髪を撫でる。

 それに対し、アリエルはいつも通りの冷静な調子で答えた。


「魔素と演算処理の並列負荷が大きかったようです。小一時間の休息で回復する見込みです」


「……そう、よかった」


 セラは安堵の息を漏らし、ルシアの寝顔をそっと見つめた。


 一方その頃、ユーリとカイルは隣の部屋に戻り、テーブルの上に置かれた分厚い紙束と格闘していた。


「これが……謁見申請書類、だよな」


 ユーリが読み上げる。


「《第七様式 王国執政庁・謁見資格確認及び謁見申請情報記入書面 二部一式》……名前からして面倒そうだ」


「まあ、王様に会うんだからな。これくらいは通過儀礼だ」


 カイルは腕を組みながら椅子にふんぞり返っている。


 用紙は手書き記入が基本で、項目は膨大だった。ユーリは丁寧にペンを走らせていくが、途中で眉をひそめる。


「……これ、分かんないところいくつかあるんだけど」


「どこだ?」


 ユーリは該当箇所を指さす。


 ・冒険者登録番号


 ・職業(もしくは社会的所属)


 ・同行者の正式情報(登録名・階級・年齢)


 ・貴族・公的機関との関係性


 ・王への問上もんじょう内容


「……最後の、問上内容ってのは“何を王に訴え出るか”って意味か?」


「だな。まあ、こういうのは“調査報告と協力の申し出”みたいな形式的な文でいいさ」


 カイルはそう言いながら、ふと思い出したように指を鳴らした。


「そうだな……昨日、ギルドでリゼがパーティファイルを確認してただろ。あれに細かい情報が記載されてるはずだ」


「つまり、それを確認しにギルドに行けってこと?」


「そういうこと。ついでにリゼから紹介状をもらっておくと、手続きがスムーズになるかもな」


 ユーリは納得して席を立ち、隣室を覗いた。


 セラがルシアのそばに座り、アリエルは窓の外を眺めていた。


「ちょっと、ギルドに行ってくる」


 声をかけると、目を閉じていたルシアがぱちりと瞼を開けた。


「……行くなら、私も行くわ」


「え、大丈夫かよ?」


「もう平気よ。それに、あのギルドマスターに見せつけたいし」


 やや不穏な動機も含んでいるが、ルシアの瞳にはいつもの光が戻っていた。


 セラはそれを見て小さく笑い、ユーリに言った。


「私は、アリエルと一緒に城下町を散策してくるね。……あの、昨日見つけた市場通り、もうちょっと見たいなって」


「……分かった。気をつけて」


 アリエルが小さく一礼する。


「ユーリ。お戻りの際は通信を」


 こうして──


 ユーリ、カイル、ルシアの三人は《冒険者ギルド》へ。

 セラとアリエルは《城下町・市場通り》へ。


 それぞれの目的地へと、足を向けていった。


 王都の冒険者ギルド──エインクレストのものと比べても規模が大きく、建物も石造りの重厚な造りだった。

 通りに面した大きな掲示板には無数の依頼書が貼られ、受付カウンターの前では何人もの冒険者が列を作っていた。


「ここも賑わってんな……」


 ユーリが小さく呟きながら扉を押し開けた瞬間、周囲の視線が一斉にこちらに向いた。


 ──というより、ルシアに向いた。


 ルシアはこの日のために選んだ、エインクレストの高級通りで手に入れた白を基調としたドレープのあるワンピースに、淡い金細工のアクセサリーを身につけていた。

 軽く巻かれた髪が肩で揺れ、背筋を伸ばして歩くその姿は──まさに王都の貴族か、あるいは本当に“女神”そのもの。


「やっぱり目立つな……」


 ユーリが小声でつぶやくと、カイルがニヤリと笑った。


「いい宣伝になるだろ。さ、行こうぜ」


 二人に連れられ、ルシアはやや得意げに胸を張ってカウンターへと進む。


「失礼、昨日閲覧したパーティファイルを確認したいんだが」


 カイルが受付嬢に話しかける。


 応対したのは、控えめな茶髪を一つに結んだ落ち着いた雰囲気の女性スタッフだった。書類を捌く手を止めて、ぴしっと対応する。


「かしこまりました。パーティ名をお願いします」


「ユグドラシル。こっちがそのメンバーの一人だ」


 カイルが顎でユーリを指すと、受付嬢は軽く頷いた。


「では、身分確認のため、冒険者カードをご提示ください」


 ユーリとルシアがそれぞれカードを提示する。受付嬢は専用の小型端末にカードを通して、確認を取った。


「問題ありません。少々お待ちください」


 間もなく、彼女は背後の資料棚からファイルを一冊持って戻ってきた。


「こちらが《ユグドラシル》の登録ファイルになります。……申し訳ありませんが、持ち出しはできませんのでご了承ください」


「はい、ありがとうございます」


 ユーリが頭を下げて受け取ると、三人は隅の空いたテーブルに移動した。


 分厚いファイルを広げ、記載内容を一つ一つ確認する。


「よし……登録番号、ここだな」


 ユーリは自分の欄に目を通し、用紙の該当項目に書き写していく。


「職業、同行者情報……うん、これで」


 彼の視線はファイルに記された内容を順にたどっていく。


 ■《ユグドラシル》登録情報(抜粋)


 ユーリ:自由探索型冒険者/Bランク/15歳


 セラ:薬師/Dランク/16歳


 アリエル:防衛機構/Fランク/年齢不定


 ルシア:アイドル(特殊支援)/Fランク/17歳


 カイル:冒険者/A+ランク/25歳


 登録ファイルを見ながら、ユーリはふとある項目に目を留めた。


「……えっ、セラって……年上だったんだ」


 さらりとした事実確認のつもりだったが、その言葉の後に小さく続けたひと言が場の空気を変えた。


「……お姉ちゃん、か……」


 その瞬間、ルシアの眉がピクリと跳ね上がる。


「それ、本人の前で絶対言わないでよ。絶っっっ対に」


 勢いのある忠告に、思わずユーリは背筋を伸ばす。


「……え、そんなマズい?」


「マズいなんてもんじゃないわよ。あんた、“小さい頃にお兄ちゃんって呼んでくれそう”って言われたらどう思う?」


「うっ……」


 ユーリは黙り、隣でカイルも深く頷いていた。


「女の年齢は、冗談でも踏み込むな。命が惜しけりゃな」


「肝に銘じます……」


 空気を立て直すように、ユーリは次の項目へと視線を移す。


「アリエルのこの“年齢不定”って、よくギルド通ったな……」


「うん。本人はちゃんと年齢言ったのよ」


 ルシアが、どこかおかしそうに笑いながら説明する。


「でもね、端末で処理したら“エラー:範囲外です”って出たの」


「……デジタル神話かよ」


 ユーリが苦笑しながらため息をつくと、ファイルの隣の列に目を走らせ、思わず吹き出しそうになった。


「で、ルシア。これ。“アイドル”って何だよ」


「えっ? ちゃんと私の役職よ?」


「見た目は……まぁ、確かに俺の前世で好きだったアイドルにそっくりだけどさ」


「神様にしようとしたら“ギルド規定外です”って言われたの。だから近いもので」


「それで“アイドル”?」


「アイドルって……“人々の信仰を集め、光のステージに立つ者”でしょ? ほら、ほとんど神様じゃない?」


「どんな詭弁だよ……」


 やや呆れながらも記入を続けるユーリ。

 すると最後の項目──


 **「貴族・公的機関との関係性」**の欄に目をやった瞬間、ある違和感に気づいた。


「……あれ? カイルのここ……黒塗り?」


 ファイル上のカイルの欄だけが、不自然に塗り潰されていた。薄い墨でなぞられたような処理で、内容が見えない。


 カイルはその指摘に一瞥をくれ、あっけらかんと答えた。


「あー……あれだ。従者部隊の時の記録だろ。もう辞めてるから、修正入ったんじゃねぇか?」


「なるほど。じゃあ今はもう“元”ってことか」


 ユーリは特に気にせず、さらっと受け流した。


 ──だが、ルシアは違った。


 書面とカイルの顔を交互に見比べながら、腕を組んでじっと睨みつける。


 目線は、いわゆる“ジト目”。


「……黒塗りって、なによ。誰に隠してるつもりなのよ」


「いやいや、別にそっちに関係ある話じゃねぇって」


「関係ないなら堂々と書けばいいじゃない」


「ギルドの規定でな。俺のせいじゃねぇ」


 小声での応酬が続く中、ユーリはひとまず謁見申請書の記入を進めながら、なるべく見ないふりをしていた。


(こういうのは……深入りしないのが正解だな)


 記入を終えた書類を軽く振って乾かしていると、ギルドの奥から優雅な足取りで近づいてくる人物がいた。


 落ち着いたロングスカートに黒いロングコートを羽織り、細身の銀縁眼鏡をかけた知的な女性──ギルドマスター、リゼ・ヴァルグレイスだった。


「あら。あなたたち、来てたのね」


 受付越しに視線を送るでもなく、まっすぐこちらのテーブルへと歩み寄る。


「今日はどういった要件かしら?」


 カイルが軽く片手を上げて応じた。


「謁見の書類を作っててな。細かい情報を確認してたところさ。……そうだリゼ、紹介状をお願いしてもいいか?」


「ええ、構わないわ。あなたたちなら、その資格は十分にあるもの」


 微笑を浮かべながら、彼女は視線をユーリへと移す。


「それじゃ、ユーリ君。執務室まで来てくれる?」


「はい」


 立ち上がりながら返事をすると、ユーリはルシアに軽く手を振る。


「ちょっと行ってくる」


「気をつけて。……変な書類にサインさせられたら教えてね」


「怖いこと言うなよ……」


 そんなやり取りにリゼがくすっと笑いながら、ユーリと共に奥の執務室へと歩いていった。


 ギルドの奥、重厚な扉を抜けた先にある執務室。

 室内は整然としており、大理石の床に深い木の机と書棚が並ぶ。

 窓辺には厚手のカーテンがかけられ、外の喧騒とは無縁の静けさが広がっていた。


 その中心で、ギルドマスター──リゼ・ヴァルグレイスは、羊皮紙を机の上に広げていた。


 羽根ペンを手に、流れるような筆致で紹介状を綴っていく。


 ユーリは隣に控え、静かにその手元を見つめていたが──ふと、胸の内に浮かんだ疑問を口にしてしまった。


「……あの、リゼさん」


「なにかしら?」


「……昔、カイルと──お付き合いしてたんですか?」


 ペン先が一瞬だけ止まり、わずかに空気が張り詰めた。


 リゼは目を伏せたまま、ひと呼吸置いてから答えた。


「……突然ね。プライバシーの詮索は良くないわよ?」


「あっ、ごめんなさい。でも……少し気になって」


 リゼはくすっと小さく笑った。


「もう、ずいぶん昔のことよ。そういう時期が“なかった”とは言わないけれど」


 その言い回しに、ユーリは不思議そうに首を傾げた。


「でも昨日、食事の約束してましたよね?」


「……ええ。久しぶりの再会だったから。食事くらい、普通でしょう?」


「……僕には、恋愛の駆け引きとか──そういうの、よく分かりません」


 ユーリの言葉に、リゼは手を止め、彼の方にゆっくりと視線を向けた。


 その瞳は、少し驚いたようでもあり、どこか楽しげでもあった。


「……ふふ。そうね、あなたはそういうのが得意なタイプじゃないかも」


 そう言って、彼女は最後の一筆を記し、羊皮紙に封蝋を押した。


「──はい、これで完成。これを持って執政庁に提出すれば、面会手続きが円滑に進むはずよ」


「ありがとうございます」


 ユーリは両手で丁寧に受け取り、深く頭を下げた。


「……それと、ユーリ君」


「はい?」


「恋愛って、駆け引きじゃないのよ。タイミングと、誠実さ。最後に残るのは──“信頼できるかどうか”」


「……信頼、ですか」


「そう。だから、焦らずにね。あなたはあなたのままで、きっと大丈夫」


 柔らかな微笑みを湛えながらそう言う彼女の姿に、ユーリは一瞬、何か言葉を返そうとして──けれど黙って、もう一度だけ深く頭を下げた。

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