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最弱村人だった俺が、AIと古代遺跡の力で世界の命運を握るらしい  作者: Ranperre
第32章 「王都への道と優しき轍」

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焔灯る夜──語られる信念と懸念

 太陽が西の空に沈み、空が茜から群青へと変わるころ。X-Runner Variaは街道脇の広場に停車していた。周囲には森が静かに広がり、時折風に揺れる木々のざわめきだけが響く。


 巨大なコンテナ型シェルターが展開され、旅の一行はそこに宿を構えていた。


 広々としたリビングには暖かな照明が灯り、キッチンからはセラが作る夕食の香りが漂っていた。

 湯気を立てるスープに、香ばしく焼き上げられた肉──昼間仕留めた牛肉のステーキだ。


「うまい……!」


 カイルは目を見開き、豪快に肉へと食らいついた。


「なんだこれは……」


 初めてコンテナ型シェルターの設備に触れたカイルは、目を見開いたまま個室のベッドに身を沈めた。マットはふかふかで、掛け布団は人肌のように温かい。

 そしてリビングの奥には、ゆったりとした浴室と広い浴槽が完備されていた。


「ここは……まるで天国だな」


 湯船に浸かった後、薄く赤らんだ頬のままグラスを傾けながら、満足げに呟いた。キッチンにはアルコールのボトルも少量だが用意されており、カイルの心もすっかり緩んでいた。

 頬を緩ませたまま、カイルはワイングラスに注がれた琥珀色の酒を口に運ぶ。やや果実の香りが漂う、甘口の軽い酒だった。


「冷蔵庫にはまだ何本かあるわよ。あんまり飲み過ぎちゃダメだけど」


 ルシアが微笑みながらグラスを指差し、アリエルは黙って頷いた。


 夕食後、お風呂を済ませたユーリとセラは、それぞれのベッドに身を横たえ、すぐに安らかな寝息を立て始めた。


 夜が更けていく中、リビングにはカイル、ルシア、アリエルの三人だけが残っていた。薪ストーブのような温調器が部屋をほんのりと暖めている。


 カイルはグラスを片手に、ふと呟く。


「なあ、ルシア。アリエルも……少し聞きたいんだが」


 テーブル越しに向かい合った二人のAIは、それぞれ柔らかに目を向けた。


「アイツ……ユーリって、いったい何者なんだ?」


 ルシアがグラスを置き、顔を上げた。


「どういう意味かしら?」


「ときどき“前世がどう”とか言ってただろ。最初は冗談かと思ったが……今日の講義や装備、それにあの乗り物や食料……どう考えても常識の外にいる」


 カイルは少しだけ視線を落とし、真剣な声で続けた。


「オレは、信じるぜ。あいつが“何か”を背負ってるってことを」


 しばしの沈黙。


 やがてルシアは、少しだけ柔らかな声で口を開いた。


「そうね……全部を話すことはできないけれど。ユーリは、“世界の外”から来た記憶を持ってるの。けれど、その記憶とこの世界をつなぐ鍵は……彼自身もまだ全部は理解していないのよ」


「ふむ……記憶の継承か。それとも……魂が巡ったってことか?」


「それは、私たちにも断言はできない。でも一つ言えるのは、彼はこの世界の誰とも違う“視点”を持っているということ」


 アリエルが補足するように口を開く。


「判断軸が過去の文明、あるいは異なる理論体系に基づいています。今の世界の常識にとらわれない設計と論理展開は、時として予測不能です」


「……だろうな」


 カイルは苦笑しつつグラスを置いた。


「で、さっきの“現代魔法講座”ってやつだが……あれ、要するに“魔力”ってもんが存在しないって理屈だったよな?」


「その通りよ」

 即座に答えたのはルシアだった。アリエルも静かに頷く。


「正確には──“魔力”というのは、人が便宜上まとめた概念であって、本来の構造には存在しない」


「今この世界で言われている“魔力”は、本来“魔素”を操作する能力や適性を、誤って一括で言い表した表現なの」


「魔素はこの世界の粒子的エネルギー体。感情や意志、意図によって引き寄せられ、作用を及ぼすもの。『魔力』というのは、それを扱う際の主観的な“重み”のような誤認識なのよ」


 アリエルがスライドのように指先を動かすと、空間に淡く魔素構造の立体図が浮かび上がった。


「術式の組み立て、発動条件、効果時間、すべてが魔素の流動と制御に依存します。“魔力”という概念を使うと、それがブラックボックス化してしまうのです」


「そいつは……根本からひっくり返る話だな」


 カイルは深く息を吐き、天井を見上げた。


「今の魔法学者が聞いたら、卒倒しかねねぇ。」


「下手すりゃ、魔法学院も、王家の術師団も──全部再教育が必要ってことになる」


「だが……オレは信じるぜ。アイツとおまえらが話すならな」


 静かな夜。光はほのかにゆらめき、外では風が木々を鳴らしている。


 ルシアは微笑みながら、立ち上がって小さく言った。


「きっとそのうち、彼自身の口からも話すことになるわ。あなたになら、きっとね」


 カイルは一瞬目を閉じ、再びグラスを傾けた。


「……まあ、それまでゆっくり待たせてもらうさ。こんな天国のような旅路の中でな」


 ◇  ◇  ◇


 夜も更け、炎のような照明が落ち着いた光を落とすシェルターのリビング。

 ワイングラスに残った最後の一口を飲み干し、カイルはふと話題を変えた。


「……なあ、あの村のことなんだが」


 ルシアとアリエルが静かに顔を向ける。


「ユーリがあそこに置いていった食料と、あの“種”……あれ、確かにありがたいだろうさ。だが、ちと気になっててな」


 カイルは少し視線を落とし、ゆっくりと言葉を選びながら続ける。


「やりすぎると、あの村の連中は“ユーリがいれば何とかなる”って考えちまうんじゃねぇか? そういう依存ってのは、長い目で見ると危ねぇ」


 アリエルはその言葉を受けて、無感情な声で答えた。


「理論的には、援助によって外部支援に過度に依存するリスクは確かに存在します。特に組織体制や教育基盤の再建が伴わない場合、長期的な復興は困難になります」


 ルシアは頷きながらも、口元に柔らかい笑みを浮かべた。


「でも……あのときのユーリの顔を見たでしょ。彼は“あの子たちを見捨てない”って、決めてた。そんな彼を止めるつもりはないわ」


「そうか……」


 カイルはグラスを置き、背もたれに体を預けた。


「アイツは優しい。人に手を差し伸べることを、躊躇わない。でもな、世の中には、その手を握ることすら忘れちまった連中もいる。そういうのに、いつか裏切られるかもしれねぇと思うと、少し心配なんだよ」


 アリエルは一瞬沈黙し、目を細めるように言った。


「裏切られるリスクを恐れて行動をやめるよりも、希望の火を灯す方が“未来を変える確率”は高い……と、ユーリ自身が語っていました」


 ルシアも穏やかな声で続ける。


「それに、彼がくれた“あの種”はただの食料じゃない。“自分たちの力で立ち上がるチャンス”なのよ。……きっと彼は、そのことも分かってた」


 カイルは小さく笑い、肩をすくめる。


「……おまえら、ほんとアイツには甘いな」


「信頼してるのよ。無条件じゃなく、ちゃんと“選んで”信じてるの」


 ルシアのその言葉は、どこか深い決意を帯びていた。


 その場の空気が再び静まり返る。

 ストーブの奥で焚かれた人工火炎の炎が、ゆらゆらと赤く揺れていた。

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