出発前の確認──街道と遺跡の情報を求めて
柔らかな朝の陽射しが、冒険者ギルドの前に止められた《X-Runner Varia》の装甲を鈍く光らせていた。黒鉄色のボディに刻まれたギアと翼の紋章が、まるで出発を告げる旗印のように凛としている。
ユーリはその堂々たる車体を見上げながら、隣に立つアリエルへと問いかけた。
「アリエル、今から出れば……王都には、あと何日で着けそう?」
アリエルは一瞬だけ瞳を伏せ、次いで光を帯びた視線を浮かべた。
「……現在、2月12日午前9時。指定された謁見日は19日朝。王都アリステリオへは、通常移動であと6日残されています」
「ってことは、18日には着いてないとアウトだよな」
「はい。18日夜までに到着できれば、安全圏です。途中、道路状況や予測外の停滞がなければ問題ありませんが……」
「トラブル回避も含めて、早めに動くか」
ユーリはひとつうなずき、X-Runnerの側面を軽く叩いた。
「おーい、お前ら!」
太く響く声に振り返ると、ガンゾーがギルドの入口に立っていた。肩に外套を引っ掛け、煙草を吸っているようだった。
「街道は広いが、あの化け物みたいな車で走るなら特に気をつけろ。……くれぐれも人を轢いたりすんなよ?」
にやりと笑って言い残すと、ガンゾーは手を挙げてギルド内へと消えていった。
「……人轢いたら、洒落になんないな」
ユーリが苦笑すると、すぐ隣で別の声が弾んだ。
「じゃあ、準備も終わったし、出発ね!」
ルシアだった。人型の姿でエネルギーに満ちた声を上げ、すでに助手席へと歩き出していた。
「ちょ、ちょっと待った!」
ユーリがあわてて彼女を止める。
「まだ確認しておきたいことがあるんだ。ちょっとだけ、我慢して」
「えええーっ!? もう、せっかくスイッチオンな気分だったのに……」
不満げに口を尖らせるルシアをなだめながら、ユーリはギルド受付に立つカリナのもとへ向かった。
「カリナさん。王都への街道、今ってどんな感じなんですか? 魔物とか、山賊とか……危険はありますか?」
カリナは少し意外そうな表情を見せてから、すぐに真面目な顔に戻った。
「今のところ、大きな危険報告は来てないわ。ただ、森沿いの中継地点で“獣の気配が強い”って報告がひとつ。魔物というより野生の群れかもね」
「なるほど……十分警戒は必要ってわけか」
ユーリは納得したように頷くと、今度はアリエルの方を向いた。
「アリエル。王都までの道沿いで、近くに遺跡っぽいのがある場所って分かる?」
「検索中──街道から半日圏内にアクセス可能な未確認ノードがひとつ。正確な用途不明。ただし現在は封鎖されていない可能性があります」
「おおっ、それは寄り道の価値ありそうだな」
ユーリがほのかに目を輝かせたそのとき──
「また寄り道……? だから遅くなるのよ……」
ルシアが後ろからぼやくように言った。
「文句を言うな。情報収集と準備を怠る者は旅の途中で泣く羽目になるって、昔の誰かが言ってた」
「……誰よ、それ」
「……さあ、誰だったかな?」
ユーリがはぐらかすと、アリエルが静かに補足する。
「ルシア。移動の最適化も重要ですが、探索型行動には常に予備情報とリスク管理が伴います」
「うぐ……アリエルまで説教くさい」
不満そうにしながらも、ルシアはしぶしぶ車体の傍へ戻った。
──出発は、もうすぐ。
だがその前に、すべての地図を開き、道を選ぶことがこの旅には必要なのだ。




