鋼の意志──集う技術
金属の軋む音が、地下施設E-17の空間に響いていた。
魔導工具が火花を散らし、ホログラムラインが複数の構造ユニットを制御する。
かつて制御中枢だったこの場所は、今や巨大な工房と化していた。
「セラ、そっちの端をもう少し引いて!」
「了解! これでいい?」
「オッケー! そのまま固定して!」
コンテナユニットの後部。ユーリとセラは、階段に変形する“開閉プレート”を取り付けていた。
パーツ同士のズレが出ないように、アリエルが投影する仮想ラインを基準にしながら、慎重にボルトを締めていく。
そのすぐ隣では、ルシアがサスペンション制御用の魔力路の通電チェックをしていた。
「ルシア、魔力流路のテスト、どう?」
「今通してるとこ。三、二、一……接続完了。流量安定、魔素伝導もOK。ちょっと振動遮断率が過剰だけど、安全側に倒すならいいわね」
「最高。サスの反応、あとで路面実験で見よう」
ユーリが親指を立てると、ルシアは満足そうに頷いた。
車体の前方ではカイル・バルナーが装甲パネルの強度確認をしていた。
「おい、これすげぇな。打撃耐性、魔獣の体当たりでもビクともしねぇぞ」
「それ、元々は防衛用ドアのリサイクル品なんです。中に高圧凝縮材が入ってる」
アリエルが静かに補足を入れる。
「制御中枢の重防護区画に使われていた素材で、車両装甲としてはオーバースペック気味ですが……旅には安心を」
「……旅には安心、か。気に入ったぜ、アンタのセンス」
カイルがニッと笑い、軽く拳でパネルを叩いた。
部品を一つ一つ組み合わせるたびに、何かが形になっていく。
それはただの“車”ではない。
彼らの手で築かれる、“動く拠点”。
旅の時間も、日常も、危機も共に過ごす──“鋼の家族”。
やがて、ユニットの骨格が完成すると、ホログラムに映し出された全体構造図が「99.4%」を示した。
「残り、最終外装と内装補助系統の接続。完了まであと少しです」
アリエルが宣言する。
「じゃあ、最後のチェックに入ろう」
ユーリは作業着の袖をまくり、少しだけ深呼吸をした。
「今ここで見てるものは、ただの“完成図”じゃない。俺たちの全部が詰まった、“かたち”だ」
「そうね。夢を積んで走る、旅の砦」
ルシアが言い添える。
「お風呂もキッチンもバッチリ動くんだよね。ああ、楽しみ……!」
セラが胸の前で手を組んで目を輝かせた。
「冷蔵保存、冷凍、魔力圧縮式コンロ、音楽再生、寝室防音、遮断フィールド……どこに出しても恥ずかしくないね、これ」
ユーリが笑いながら指を折っていくと、カイルがぼそりと呟いた。
「……マジで、どこを目指してんだ、おまえ」
「快適さと、ロマン?」
ユーリがあっさり答えると、一同の間に笑いが広がった。
「では、最終チェックに移ります」
アリエルの声が凛と響く。
「全ユニットの魔力伝導チェック。同期準備完了」
「安全領域、最終構造計測、ステータス入力……OK。アリエル、起動待機、入って!」
「了解。起動前最終ステータス:安定。動力モジュール通電準備完了」
──そして、すべての工程が終わった。
「……完成だ。《X-Runner Varia》──動く拠点、僕らの“走る家”」
地下空間に、完成直後の静けさが広がる。
アリエルがそっと一歩前に出た。
「ユニット名:X-Runner Varia。ステータスを更新し、アイテムボックスに登録します」
ユーリの手元にある金属プレート──E-AID端末が反応し、新たなデータスロットが開かれた。
【SUB-UNIT: X-Runner Varia - Status: Dormant】
「じゃあ……いよいよ、起動だな」
ユーリが深呼吸し、項目をタップした。
【Deploying: X-Runner Varia】
光が空間を満たす。
重なり合う粒子が集合し、空間に姿を成す。
そのフォルムは──まさにユーリの想像通りの“トラック”だった。
巨大な八輪駆動の車体。
黒鉄色の装甲に覆われたフロントノーズ。
背面には、白銀のラインが走るコンテナ型シェルター。
最後部には、折り畳まれた階段プレートが格納されている。
「す、すごい……!」
セラが両手を口に当てて声を漏らした。
「こりゃまた……王国軍の重輸送車両も真っ青だぜ」
カイルも感嘆の声を漏らす。
そして──
ブオン……ッ!
唐突に、エンジンのような重低音が地下ホールに響き渡った。
「えっ……!?」
ユーリが目を見開いた。
「ちょ、ちょっと待って、これってまさか──」
ブォォォン……ッッ!
さらに音が大きくなり、まるで過給器付きの大型車がエンジンをふかしたかのような轟音が室内に反響する。
「……な、なんでエンジン音が!? これ、魔力駆動のはずだよな!?」
ユーリが慌てて操作パネルを確認すると、アリエルが何気ない顔で応じた。
「ユーリの記憶ログより、イメージされた“理想のトラック”に含まれていたサウンド要素を抽出し、システムに統合しました。
実際には音を出す必要はありませんが、臨場感の演出および“魔物除け”としての効果を期待しています」
「いやいや、勝手にBGMつけないでよっ!?」
ユーリが頭を抱えると、ルシアが吹き出した。
「いいじゃない、最高よ! この音! 圧倒的な存在感!」
「わ、私もちょっと……カッコいいと思います……!」
セラが頬を染めながらも素直に肯定した。
「ふん、なるほどな。見た目だけじゃなく、“音”で威圧するか。……案外理にかなってるぜ」
カイルもどこか納得した様子で頷く。
「“魔物除けにエンジン音”って、どういう発想なんだよ……」
ユーリは半ば呆れながらも、その場に響くエンジンサウンドを聞き、胸の奥に高揚感が湧き上がるのを感じていた。
「……ま、嫌いじゃないけどさ。こういうの」




