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02. 魔女とドライブ

 僕のベッドの上で、王女が全裸で正座している。


 窓から差し込む日差しに照らされた王女。

 すっとんつるりんなので陰影が乏しい。


 仕事から帰って来ると、妻が全裸で正座をしている。

 夫婦の生活とはこういうものなのだろうか。


 旅の荷造りをすると言って、ドラゴン研究所を先に出たはずだけど。

 荷造りは終わったのだろうか。


 ドラゴン研究所は僕の家と同じ敷地内。

 家と研究所は渡り廊下で繋がっている。

 通勤時間は徒歩0分。

 満員電車とは無縁の生活。

 実に素晴らしい。


 たまに、深夜や休日に呼び出されてしまうのが難点ではある。

 残業も休日出勤もしないように言ってあるのだが。

 研究者という生き物は、集中すると時間を忘れてしまうからね。


「荷造りは終わったの?」


 そう問いかけたのだけど、すぐに返事はなく。

 王女は僕をじっと見て、何か言いたそうにしている。

 何か言いたい事なり、したい事があるのだろうけど。

 僕には察する事が出来ない。


「終わってますよ」


 王女は溜息をつくとベッドから降り、もそもそと服を着た。

 Tシャツに短パン、短い靴下にスニーカーの様な革靴。

 王女らしからぬ格好だと言えよう。


 対して僕は、ゴスロリというには地味だけど、メイド服としては派手。

 そういう感じの黒いドレス。

 僕の方がずっと派手な格好をしている。


「このカバン全部持って行くの?」

「そうですよ。ドラゴン爵なのだから衣装は沢山必要でしょ」


 床には大きな旅行カバンが3つ。

 王女が丸ごと入りそうなリュックが1つ。


 ドラゴン爵だからといって、見栄を張る必要は無い。

 こんなに沢山の荷物は要らない。

 必要なものは旅先で買ってもいいだろう。


「王室に寄って行く?」


 王女こそ、着飾る必要があると思うのだけれど。


「いいえ。私は、明日のパンツさえあれば十分なので」


 明日のパンツに限らず、この部屋には彼女の服も沢山ある。

 度々、泊まりに来るからだ。

 もはや住んでいると言ってもいいくらいに入り浸っている。

 なので、この部屋のものだけで、彼女の荷造りも出来たというわけだね。


「王と王妃に挨拶しなくてのいいの?」

「結婚することは言ってから出て来たので」


 ちょっとドラゴン爵と結婚してくるー、ってそんな感じ?

 王室の婚姻が随分とカジュアルだね。


「服は旅行先で買ってもいいし。リュックだけにしよう」

「そうしましょうか。旅先でお金を使うのも貴族の義務ですからね」

「義務はともかくとして、こんなに沢山は車に積めないからね」


 帰りには荷物は増えるだろうし、バスや列車では厳しい。

 なので自動車で行く事にしよう。

 自分よりも大きなリュックを背負った王女を伴ってガレージへと向かう。

  

 今の僕達には従者が一人も居ない。

 だからと言って、王女が荷物持ちをする事は無いのだけど。

 これが自分の仕事だから、と言って譲らない。

 

 王女は、この国のトップなのにね?

 ドラゴン爵という地位がそれだけ特殊なものだという事かな。


「旅行先は決まっているのかな?」


 ガレージには何台か車がある。

 行き先によっては車種の選択が変わってくる。


「王国に行きます。王室に招待されているので」

「王女の外交を兼ねた新婚旅行というわけか」

「どちらかと言えば、ドラゴン爵の外交ですね」


 僕には旅行先を選ぶ自由すら無いと言うのだろうか。

 それは贅沢な悩みというものだね。


「じゃあ、この車で行こう」


 僕は、2シーターのオープンカーのトランクを開ける。


「これ新型ですね」


 その通り。

 ドラゴン研究所の研究成果は、自動車にも反映される。

 この車の点火プラグ、サスペンション、シフトやブレーキを制御するワイヤーなど。

 ドラゴンの素材を研究した成果だ。


 この旅行は、路上テストに丁度いい。


 新婚旅行というよりも、仕事だね?


 王女はリュックをトランクに詰めると、助手席に座った。

 自動車の運転は僕の仕事。

 彼女が運転すると魔法を使ってしまうので、テストにならないから。


 シートの後ろには、リアシートではなく荷物を置くスペースがある。

 財布なんかを入れたカバンなどはそこに置く。


 鍵を差し込んで回す。

 エンジンを始動するスイッチは鍵とは別にある。

 まず完全装置を解除してから、始動するスイッチを押す。

 ゴロゴロという音を響かせてクランクが回り、エンジンに火が入る。


 こういう仰々しい作法も嫌いではないけど。

 開発中のキーレスエントリーシステムが完成すれば、もっとシンプルになる。


 シフトはオートマチック。

 デュアルクラッチの7段変速、手動で変速する事も可能。

 エンジンの出力は低域トルクとレスポンス重視。

 スピードを出す事は優先していない。

 それでも、舗装された道路であれば、時速300キロ近くは出せる。 

  

 完全に趣味に寄せた車両なので、多くは売れない。

 利益を支えているのは実用車だ。

 この車両は技術力を世間に誇示する事が目的で作られた。

 僕の趣味、というのもおおいにある。


 アクセルをそっと踏み込み、ゆっくりと走り出す。

 僕は、自動車でスピードを出す事には魅力を感じない。

 ドラゴンの背に乗って飛行する事に比べてしまうから。

 スピードを上げても「事故ったら死んじゃうなあ」としか思わない。

 助手席に人を乗せていれば尚更だ。


「どこか寄ってく?」

「いえ。夕方までに向こうの王宮に着きたいので」


 僕達の居る帝国と目指す王国の間は、3つの小国を挟んで500キロくらいの距離。

 海岸沿いの道路を進めば、カーブもなだらかで信号も少ないけど遠回り。

 山を越えれば距離的には短いけど、高低差もあるし、見通しの効かないカーブも多い。

 どちらも沿道に数軒のガソリンスタンドがあるので、給油の問題はない。


 移動時間を優先するなら山越ルート。

 安全を優先するなら、どちらだろうか。

 運転上のリスクだけを考慮するなら、海岸沿いを通るべきなのだけど。


「海岸沿いに行くと軍隊が居るんだっけ?」

「今朝受けた報告だと、国境を越えたそうです」


 それは、隣国の軍隊ではなく、王国の軍隊だ。

 王女の外交の目的は、王国に軍事侵攻の意思があるかを探る事だろう。


「じゃあ、山越えのルートを行こうか。そっちの方が早いし」

「海岸の方へ行って、王国の軍隊を蹴散らしてもいいですよ?」

「この車は軍事用じゃないからね」


 魔女という最終兵器を助手席に積んではいるけどね。

 今の王女は、兵器である前に、僕の妻だ。

 離婚を前提とした奇妙な結婚ではあるけどね。

 王宮に着いてからはともかく。

 せめて道中は、魔女ではなく妻であって欲しいもの。


 山越えのルートであれば、通過する隣国はまだ王国側についていない。

 当然、王国の軍隊は居ない。


 だから山越えの峠道を進むよ。


 国境を越えて、山の中腹を越えた。

 ここから先しばらくは、先の見通しの効かない峠道。

 季節は秋、紅葉に染まった沿道の風景は絶景だ。

 運転している僕には眺めている余裕はないけどね。


「あまり揺れを感じないし。曲がる時に横に体が持っていかれる感じがないですね」

「うん。ドラゴン由来のサスペンションと車体構造の効果だね」

「内側に傾いている? 飛行中のドラゴンってこんな制御してるんですか?」

「そうだよ。乗った事なかったっけ?」

「ドラゴンに乗った事のある人間は、ドラゴン爵だけですよ」


 僕はドラゴンに育てられたから、ドラゴンに乗って移動するのは日常だった。

 王女も一時期、僕と一緒にドラゴンの所に居たのだけど。

 ドラゴンに乗った事はなかったっけな?


「私は自分で飛べますからね」

「そういえばそうだった」


 王女は魔女、あるいは魔法少女。

 箒に跨って空を飛べる。


 別に箒が無くてもいいみたいだけど。

 飛行中の風圧や衝撃波から守るための防御壁を展開するのに都合がいいらしい。

 箒の先端を中心に防御壁を展開すると効率がいいのだとか。

 刷毛部分は着地する際に接地させて衝撃を吸収させるのに有効。

 如何に接地面を傷つけないかが、魔女の腕前を表すらしいよ。


 箒ではなく、専用の道具があった方がいいと思う。

 ドラゴン研究所で王女専用に開発中だ。

 試作機がこの車のトランクに積んである。

 旅行中に出番があるかは分からないけど。


「後ろに変なのが居ますね」


 後方にピックアップトラックが迫って来ている。

 中々のスピードだね。

 ドンツクドンツクと、大きな音で音楽が漏れている。

 確かに変なのだ。


 変なのはあっという間に車間を詰めると、対向車線に出て並走を始めた。

 ちょっと長めの直線ではあるけども、その先は見通しの効かないカーブだ。

 大型トラックが来たらどうするつもりなのだろうか。


 控えめに評価しても想像力の欠如した低能だ。

 そんなのが、どうして高価な自動車を手に入れられるのか。

 知能と収入に相関関係が無いのが、この世の不思議のひとつだね。


 もしかして魔法が使えるとか?

 

「時速55キロに落として並走させてやれば、この先のカーブの手前で対向車に激突しますよ」


 この王女みたいにね。

 彼女には、見えるはずのない対向車が見えているらしいよ。

 千里眼なのか未来予知なのか、どういう魔法なのかは知らないけど。


「魔法じゃないですよ。もっと手前で対向車線が見えたから。それと音」


 なるほど。

 理屈では理解出来るけど、僕にはそんな観察力は無い。


 並走するピックアップトラックには男が3人乗っている。

 こっちを見てニヤニヤ笑いながら、何か話しているね。

 

 王女と貴族に絡むなんてね。

 まさか王女が護衛も連れずにうろついているとは思わないのだろうけど。

 Tシャツと短パンだしね。

 僕の方も、ドレスとはいえ黒くて地味な装いだし。

 二人共、装飾品の類は身に付けて居ないし。


 若い女の2人連れにしか見えないのかも。


 でも、ただの小娘がこんな車に乗ってるわけが無いんだけどな。

 屋根が無い分安い車だとでも思っているのかな?


 一人が手に持っている酒瓶をこっちに投げようとしている。

 予測は出来たので、減速して回避しようとしたのだけど。


 王女が魔法で弾き返してしまった。

 それも運転手のこめかみにゴスっと。


 痛そうな音がこっちにまで聞こえて来た。


 面倒な事をしてくれる。

 一国の主が、こんなに気が短くていいものか。

 王国でどんな外交をするつもりなんだろうか。


 外交じゃなくて、軍事侵攻で行くつもりなのかも知れないね。


 もしそうならば、僕も覚悟を決めないと。


 もとより彼女とは一蓮托生の間柄だけど。

 今は、夫婦なのだ。

 更に運命を共にすべき度合いが深まっている。


 彼女に加勢すべきか、押し留めるべきか。


 どうせ前者になるんだろうな、そんな事を考えながら。


 フル加速でピックアップトラックを遥か後方に置き去りにした。

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