彼はキューテイ大志望よ
その日の放課後。
おれと白鳥は本日の恋愛相談室、最後の客を見送り、いつも通り教室に二人きりになっていた。こんな風に書くと特別のことのように思えるが、まあ何も起こる訳でもなく、普通に帰宅するだけだ。
「それじゃあ、あなたの悩みをお聞きしましょうか」
帰ろうと立ち上がったおれに、白鳥が声をかける。
「え、悩みって……。もしかして今朝のやつのこと?」
「ええ。今日は特別にあなたの進路相談に乗ってあげるわ。そうね、お礼に……」
「って、見返りを求めるのかよっ」
「お返しは気持ちだけで結構です」って、恋愛相談のポスターに書いてあったくせに。
「冗談よ。……それで、何をどう悩んでいるのかしら?」
おれは相談者の位置である白鳥の正面に移動する。こうやって正面で話すのは少し緊張する。
「どう、っていうか……、不安なんだよな。上手く言えないけど。漠然としてる感じだよ」
「ふうん」
白鳥は興味があるのかないのか分からない顔をしている。おれの説明が下手過ぎて呆れているのかもしれない。
「ていうかさ、お前は不安じゃねえの? こういう自分の進路への漠然とした不安感って、全国の受験生に共通してるもんだと思うけど」
「まあ、あなたほど心配してはないわね」
そうだよな。こいつはこういう奴だ。元々頭は良いみたいだし、テスト前に焦って勉強する姿も見たことがない。高校受験の時だって、それ程勉強してないらしいのに俺と同じ学校に受かっている。
「それに、私このまま順調に行けば多分推薦がもらえるでしょうし」
「推薦! マジかよ、聞いてねえよ」
「まだ多分という段階だから言わなかっただけよ」
推薦、か。白鳥の志望大学は英語に強い所で、留学者多数らしいからな。帰国子女で成績だって申し分ない白鳥は適任だ。
「何かさ、お前といい薫といい烏丸といい、皆受験生っていう危機感がねえよな」
「そうね。薫は教員免許の取れる大学に進むらしいわ。試験に数学がないからいけるとも言ってたわね」
「あいつ、小学校の先生になりたいんだっけか。子ども好きって言ってたもんな」
あの笑顔で子どもと戯れる姿が容易に想像できる。
「あ、そういえば、烏丸はどうなんだよ。あいつこそ勉強してねえだろ」
でも学年トップ。クソむかつくぜ。
「ああ、烏丸君? 彼はキューテイ大志望よ」
「宮廷大? 何だ、あいつそんな金持ちしか通えないようなとこ狙ってんのか」
白鳥の志望大はそこじゃねえぞ。ていうか、何だその大学、聞いたことねえ名前だし。
「馬鹿ね、高村君。旧帝大よ、旧帝大。現在の東京大学」
「えっ、あの東大⁉」
「ええ、日本の最高学部の東京大学よ」
「マジかよ……」
頭の良い奴だとは思っていたが、まさか東大志望クラスとは……。勉強してないくせに、もし受かったら本でも出せるんじゃないか。「勉強せずに東大に受かる方法」的なやつ。
高村君以外は進路に迷いがないみたいですね。




