キモい高村君
「おーい、そろそろ起きろー」
目が覚めると、高村君がいた。しかもハートのエプロン姿だった。新婚ホヤホヤの時に着るみたいなフリルの付いた可愛いエプロン。……あれ、これまだ夢の中なんじゃないかな。悪夢だよね、これは。……ていうか。
「……キモ」
本音がただ漏れした。
「起きて一番に言う台詞がそれかよっ」
「……ああ、おはよ。キモい高村君」
逆に、起きて一番にこんなゲテモノを見せられた僕の気持ちを考えてみて欲しい。目覚めは最悪だ。
「で、今何時?」
高村君が壁に掛かっている時計を見る。
「う~ん、十時半くらい」
「十時半! 何でもっと早く起こしてくれないの⁉」
寝過ごした。
「起こしてくれなんて言わなかっただろうが」
「余裕で、起きれると思ってたんだよ」
白鳥さんと一緒に朝食を食べたかったのに。白鳥さんは今日、住吉さんとデートらしい。十時集合らしいから、もう既に家を出てしまっている。それにしても、いいなあ、住吉さん。羨ましい。
「ていうか、そこは察して、もっと早い時間に起こしてくれるべきだったと思うよ」
「無茶いうな。お前の事情なんざ、知らねえよ」
布団を片付け、顔を洗い、服を着替えて、食卓に着いた。かなり遅めの朝食だ。ご飯と味噌汁がご丁寧に温め直してあった。
「お前でも寝過ごすなんてことがあるんだな」
「春休みだしね。学校行く時は、ないんだけど」
食卓で朝食を食べているのは僕だけだった。高村君と弟は、もうとっくに食べ終えているのだろう。白鳥さんも食べ終えて出掛けてしまった。どうでもいいが、逢坂君は、東京でネット仲間とオフ会なるものに参加するため六時前に家を出て行ったそうだ。
「ねえ、何で高村君はそんなエプロンを着ているんだい? そういう趣味なの?」
朝食を食べている目の前で、フリルエプロンがちらついて、イラッと来たので聞いてみる。
「ああ、これか。白鳥に着ろって言われたんだよ」
「……君さ、それ自分で似合ってると思う?」
「白鳥は似合ってるって言ってたぞ」
それ多分、似合ってる(笑)だと思う。本当、高村君は最近、様々な面で開き直っているなあ。
「あれ、そういえば僕の弟は?」
朝から姿を見ていない。僕が起きた時、隣の布団は既にたたんであったから、僕より先に起きたのは間違いないのだけれど。
「お前の後ろにいるだろうが」
「え?」
反射的に後ろを振り向く。……うわ、本当にいた。気配をまるで感じなかった。そして、相変わらずの無表情。
「この子、何時くらいに起きた?」
「正確には知らねえけど、おれより早く起きてたから、少なくとも七時より前だな」
早起きだった。
「ふうん。で、それからはずっと君が世話してたの?」
「ああ、まあな。小さい子の世話は慣れてるし」
「その格好で?」
「ああ」
新婚の妻風、ハート&フリルエプロン。
「こんな小さい子に変なトラウマを植え付けないで」
「おい、それどういう意味だ」
「とにかく、その格好は似合ってない。気持ち悪い」
「何だと? 裸エプロンじゃないだけ有難いと思え」
「そんな格好したら、僕はわいせつ罪で君を訴える」
こんな下種な会話をしている裏で、ぷぷぷ、という声がした。え、声? 後ろを見ると、弟の頬がほころんでいた。まるで笑っているような……。あ、戻った。無表情に戻った。気のせいかな。
「君、さっき笑った?」
弟に問い掛けてみる。
「………………」
無言。無表情。
「やっぱり気のせいか」
まだ寝惚けてるのかも。もう一度、顔洗って来よう。
「え、弟君、笑ったの?」
「あ、多分それ僕の気のせいだと……」
「気のせいじゃねえって。……ほら、もう一回」
高村君は弟に駆け寄ると、いないいないばあとかをし始めた。トラウマの上塗りだ。……いや、でも泣かないってことは別に怖くはないのか。
やっぱり、子ども心は分からないな。
ハートのフリルエプロンを何の疑いもなく着る高村君です。




