君は何て書いたんだい?
約一時間後。
おれは旅館だった部屋の一室で、便せんとにらめっこしていた。
「高村君、手紙書けた?」
烏丸がおれの手元を覗き込んできた。こいつと薫は、もうとっくに手紙を書き終えている。
「ちょ、見るなって。まだ途中だし……」
おれは書きかけの手紙に覆い被さる。
「人に見られると困ることでも書いてあるのかい?」
「そういう訳でもないけど……」
「あ、そう。まあいいや、どうせ君のことだから、本当にどうでもいいことしか書いてないだろうし」
烏丸はおれから離れると、今度は薫に聞いた。
「じゃあ、逢坂君。君は何て書いたんだい?」
薫は読んでいた本「吾輩は猫である」から目を離す。
「わいかて当たり障りのないことしか書いてへんよ。それに、読むんは十年後のお楽しみやろ?」
そして、またすぐに本に視線を戻す。
「そういうお前はどうなんだよ、烏丸?」
おれの方に向き直った烏丸は、輝くような王子スマイルを作って言った。
「ひたすら暗いことしか書いてないよ。それでも読みたいの?」
ただ、その表情に合う声のトーンではない。暗く冷たい、人に圧力を感じさせる声だった。
「……い、いや別に」
「賢明な判断だね、高村君。あんな遺書みたいな手紙、読んだら自殺したくなっちゃうしね」
「それは笑えない冗談だな……」
マジで笑えないぞ、烏丸。数ヶ月前、自殺しようとしてた奴が言っても冗談に聞こえない。
「ま、手紙なんてそんなに思い悩むことでもないでしょ。自分の思うように、ちゃちゃっと書きなよ。……じゃあ、君に付き合っているのも時間の無駄だし、そろそろ僕は部屋に戻って寝るよ」
「なら、わいも部屋に帰るわ。秀も一人の方が集中できるやろし」
薫は自分の部屋に帰るだけだが、烏丸の言う部屋とは隣の部屋のことだ。おれと烏丸の寝室用として与えられた部屋で、夕食後に見てみると布団が二つ並べてあった。
「ま、実をいうと、高村君にはこの部屋で徹夜して欲しいんだよ。君と枕を並べて寝るなんて気持ち悪いから」
「うわ、ヒドい言われ様。修学旅行の時、お前おれの隣で寝てたよな? 一緒に枕投げをした仲だろ、おれ達」
「ああ、あの頃は猫被ってたからね、僕。仕方なくだよ」
「そうかよ、だったらサッサと寝ちまえ」
「じゃあ、お休み~」
烏丸と薫が出て行ってから、しばらく経った。
「何で、書けねえんだよ、おれ~」
このままだと、本当に徹夜しそうな勢いだ。
「あいつらは一時間も経たない内に書き終えたのに」
十年後の自分を考えれば考えるほど、分からなくなってくる。白鳥や烏丸の言ったことも気になって、十年後が不安になるのだ。
締め切り直前なのに、スランプに陥ってしまった作家の気分……。
「十年後、おれ達はどうしてんのかな?」
烏丸君の遺書のような手紙は太宰治の「人間失格」みたいな感じだと思ってもらえれば……。




