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白鳥さんの黒歴史  作者: 夢水四季
あの空に捧げる回想録
169/221

楽しいからさ、生きることが

◆◇◆◇





 晴れやかな秋空の下、青年はハンモックの上でうたた寝をしていた。


 ふと鼻先を柑橘系の匂いが掠め、青年は目を覚ました。


「せんぱ~い、おばあちゃんがミカンどうぞって。一緒に食べよっ」


 六歳くらいの少女が青年の鼻先に蜜柑の入った籠を押し付けている。


「……うぅ、ふぁ……」


 青年が目を擦り欠伸をした。少し寝惚けているようだ。


「起こしちゃって、ごめんなさい、せんぱい」


 少女の横で、彼女によく似た少年が頭を下げる。


「いや、そろそろ起きようと思っていた所だ。……ほう、今日は蜜柑か。祖母君に後で礼を言わねばな」


 そう言って、青年はハンモックから降りる。


「お礼なんていいって、おばあちゃん言ってたよ~」


「いや、そうもいかん。こっちは……ラン君だな。そっちはレン君か。済まんな、起きたばかりで目がぼんやりする」


「せんぱいの目は、いつもぼんやりでしょ」


「ラン君」と呼ばれた少女が勝気な声で言った。


「……目がぼんやりするなら、メガネをかければいいよ。おばあちゃんも新聞よむときとかにかけてるよ」


「レン君」と呼ばれた少年が遠慮がちに言った。


「祖母君が掛けておられるのは老眼鏡だろう。私は、目は悪いが、まだ老眼ではないのでな」


 青年の声は淡々としているが、何処か優しい。


「だったらさ~、ふつうのメガネかければいいじゃん」


「……眼鏡は遠くに置いて来てしまったのでな」


 青年は少し遠くを見るような目をした。


「どれくらいとおく?」


「……さあな」


 青年は、わざとはぐらかすように言った。


「……あの、僕、前からせんぱいに聞きたいと思ってたことが、いろいろあるんだ」


 少年があくまで控えめに聞く。


「何だ、言ってみたまえ」


「……えっとね……。せんぱいはなんで、おねえちゃんに『君』をつけて呼ぶの? おねえちゃん、女の子なのに。それに、せんぱいの言葉ってなんかヘン……」


 少年は青年の顔を窺うようにして聞いた。相手に嫌な思いをさせていないだろうか、という幼いなりの心遣いである。


「これは直らん。口癖だからな」


 青年の答えは単純であった。


「あのさ~、せんぱい、さっきどんな夢みてたの~?」


 少女は早々と話題を変えた。


「……昔の夢だ。私に可愛らしい後輩がいた頃のな」


 青年は実に懐かしそうに、何かを慈しむような笑顔で言った。


「むかしって?」


「こーはいって?」


 少年と少女は同時に質問した。


「まあ、待て。この話をすると長くなる。いつか話してやる」


「いつかっていつ~?」


「いつかは、いつかだ」


 質問を先延ばしにされるのが嫌な少女は、むすっとした顔を浮かべ、言った。


「せんぱいって、ほんっとうにヘンだよね!」


「ああ、よく言われる」


 青年は満面の笑顔でそう言った。


「……あの、もうひとつ、いい?」


 少年がまた控えめに質問をする。


「なんで、せんぱいは、いつも笑っているの?」


 青年は即座に答えて言った。


「楽しいからさ、生きることが」


 本当に楽しそうな笑顔で。




 晴れやかな秋空の下、青年は縁側に座っていた。


 隣には昼寝をしている、双子の少女と少年。


 青年は本当の意味で「先輩」と呼ばれていた頃を回想しながら、誰にも聞こえないように歌った。


「ハッピバースディ、トゥーミー」


 

謎の青年の正体は、まあ分かりやすいですかね。

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