無表情
◆
ああ、僕はまた、同じ過ちを犯そうとしている。
こんなことしても、何の解決にもならないんだよ。
お願いだ、止めてくれ、兄さん!
◇
おれと烏丸は地下室に続く階段の前に立っていた。
ここから落ちて、白鳥は骨折したんだよな。
烏丸に押されて……。
いや、烏丸に取り憑いた霊に突き落とされて……。
一人は手術室、あとの二人は地下室。
この状況は、前と同じなんじゃないのか。
でも……。
「あのさ、からす……」
そう言って、振り返ろうとした時、冷たい声がおれの声の上に覆い被さった。
「何をしてるん?」
普段の声とは別人のような冷たい声。
前に一度だけ、聞いたことがある。
「……薫?」
薫が烏丸の手を握っていて……。
いや、違う。
薫は、おれの背中を押そうとしていた烏丸の手を止めていたのだ。
そして、もっと驚いたのが、その時の烏丸の表情だった。
何の感情も感じられない、虚ろな目。
本当に、無表情であった。
「……か、烏丸?」
一体、どうしたんだ?
「も、もしかして、霊に取り憑かれたのか? でも、白鳥の祖母さんのお守りが……」
「そのお守り、凛のだけは偽物なんや」
「って、どういうことだよっ!? だって、烏丸が取り憑かれないようにするためのお守りだろ?」
「逆や。凛には霊に取り憑いてもらう。凛の中に居る『兄さん』ちゅう奴にな」
「な、何言ってんだよ。兄さんって……」
「わいは、美和子に言われた通りにやっただけやさかい、詳しいことは凛本人に聞け、言うとったで」
「つまり、白鳥がこうなるように仕組んだってことかよ」
薫が無言で頷く。
おれだと、顔に出て簡単にバレるからか……。
「……このことも知られちゃうなんてね」
烏丸が言う、悲しそうな笑顔で。
「兄さん」とはどういうことなのでしょうか?




