童話ワケアリ不動産 メルヘン事故物件『お菓子の家』
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お菓子の家はおかしな家です。
クッキー、キャンディー、チョコレート。だってだって屋根も壁も窓だってお菓子なのですから。
しかしこのすてきなお菓子の家、じつはいわゆる事故物件なのでございます。
事故物件とは、さてなにか。
もののほんによれば、おそろしかったりかなしかったりする不吉な死に方をだれかがしてしまった建物や場所のことを事故物件といいます。
とても素敵なおうちがお手頃な値段だったとしても、そこでだれかが亡くなっていたら「いやだなぁー」とか「おばけが出たらこわいなー」とかんがえるひとは多いことでしょう。
こうした事故物件であることを、ちゃんと教えずにおうちを売るのは悪いことです。犯罪です。
土地や建物を売ったり買ったりする不動産屋さんというおしごとには守るべきルールがあり、そのひとつがちゃんとこれは事故物件であるとお客さんに説明することなのです。
弊社、童話ワケアリ不動産はそうした事故物件をこのんで売ったり買ったりしているお店です。
さて、さて。
今回の事故物件はそのようなわけでお菓子の家にございます。
どうぞ、しばしお付き合いください。
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深い森の中、えんとつ屋根からケムリがもくもくたちのぼっております。
あのケムリの下に、かの有名なお菓子のお家がございます。
「こちらが本日ごあんないいたします事故物件“ヘクセンハウス”でございます。ドイツ語で魔女の家を意味します通り、こちらは亡くなる迄とある魔女が住んでおりました」
わたくしは見学ツアーのお客様にうやうやしくあたまをさげ、説明いたします。
童話ワケアリ不動産名物、メルヘン事故物件ツアーでございます。
わたくしどものご紹介する物件はしばしば柴犬お買い上げになる方もいらっしゃるものの、多くは「怖いもの見たさ」の冷やかし客でございますれば、もういっそ観光ツアーを兼ねて面白おかしく案内してしまおうというわけでございます。
本日はメルヘン事故物件ツアーへのご参加、ありがとうございます。
わたくしは童話ワケアリ不動産の社長――ワケアリと申します。この愛くるしいスイートポテトのように黄色い毛皮がチャームポイントの、メギツネにございます。
では、では本題へ。
「まずご注目いただきたいのはわたくしの肉球つきの右手ではなくて、その先にあるお菓子の家の壁でございます。お菓子の家の基本建材はジンジャーブレッドとレープクーヘンという甘く焼き上げたスパイス入りの焼き菓子でございます。魔女のまじないのおかげで雨風に濡れても汚れたり崩れたりすることもなく、築七百年余りが過ぎた今でもこのように見目麗しいものです。耐震設計もしっかりとしておりますし、防火性も保証いたします」
わたくしは魔法の火炎放射器を背負って、引き金をカチリ。
大蛇のような炎が吹きつけられても焼き菓子の壁には焦げ跡ひとつ残りません。
それどころかほんのりと甘いはちみつや香ばしい香辛料の匂いがするだけでございました。
「このように山火事くらいはどうということもなく、核シェルターとしての購入もおすすめいたしております。奥深いしずかな森の中、お菓子の家なら食べるものには困りませんので。ガラスは透明な砂糖菓子ですが、こちらもおなじく素晴らしい強度を誇ります。これらのお菓子は野生動物などに食べられることもありません。もしも食べたい時はひみつの魔法のじゅもんを唱えてくださいね」
わたくしはつづいて、屋内へとみなさまをいざないます。
ご安心ください。
お菓子の家にさそいこんだとて、とじこめてしまおうだなんてたくらんではおりませんよ。
お菓子の家のはまさに童話の魅力たっぷりの、ほんのり甘い香りのする可憐で夢のある空間でした。そこはそれ、もはやつぶさに語る必要もなく、みなさまの思い描く通りのお菓子の家でございます。
「お菓子の家の物語は1315年頃の大飢饉でみなが食べるものがなく苦しんでいた時代だとされます。食うや食わずの時代ですからまさに夢のおうちですね。しかし不思議なことに、この椅子や机や棚はまだ当時にはなかった新しいお菓子が多く見られます。記録によれば、魔女のまじないのお菓子はその時代その時代のお菓子のイメージにアップデートされているそうでなつかしさがあるおうちなのに古臭さを感じさせません。ほら、花瓶にはマリトォッツォの花が咲いておりますよ」
ツアーにご参加のみなさまは興味深そうにご覧になります。
ただし、誘惑に負けてお菓子を食べてしまう方はいらっしゃらないようでした。
それもそうでしょう。
ここは事故物件なのですから。
魔女の焼かれた大窯がすぐそこにあるのですから。
「さて、ここがなにゆえ事故物件かといえば、この大窯でヘンゼルとグレーテルというふたりのこどもらに家主の魔女がごうごうと焼かれて死んでしまったからだとはみなさんご存知かと。なにせ七百年も昔のことですから当時なにがあったのかの詳細な記録はございません。事件当時、なにがあったのか。それは名探偵でも学者でもないわたくしが解き明かす事はできないものの、ここに魔女の家とまじないのみが残り、魔女も財宝もヘンゼルとグレーテルもいないことは確かにございます。……おや、魔女の財宝をご存知でない? 童話では、魔女の家にはたくさんの財宝が隠されていたとされ、実際にこのお菓子の家の地下室にはそれらしき空っぽの保管場所がございました。ポケットいっぱいに宝石や真珠を入れてヘンゼルとグレーテルは持ち帰ったそうですよ」
わたくしはつまびやかに童話をまじえて説明いたします。
「生活が苦しくて耐えられなくなった母親は、我が身かわいさに食べざかりのこどもらを森に捨ててしまったそうで。ふたりが財宝を手に帰ってみれば母親は病で亡くなり、口減らしに反対していた父親といっしょにふたりは豊かで幸せな暮らしを送ったそうです。さぞ生きるのに必死な時代だったのでしょうね」
魔女の焼け死んだ大窯。
ヘンゼルの閉じ込められた敷地内の家畜小屋。
グレーテルの働かされた台所。
素敵でかわいいお菓子の家をお求めの方にはいささか不評ですが、残酷な童話をお求めの方にはなかなかご好評いただいけるポイントでございます。
「わたくしがかんがえるに、目の悪い魔女はさぞ生活のひとつひとつに苦労があったことでしょう。よく見てみれば床は段差がなるべく少なく、手すりもつき、いわゆるバリアフリー化が施されておりますので老後の余生を暮らすのにも快適かと。魔女は目が悪かったので、香りの異なるお菓子の家具を嗅ぎ分けることで生活していたのでしょうか」
すんすんすん。
想像ふくらむ香りがいたします。
「父親にしてみると不思議な話ですよね。森に捨てられた子どもたちが金品を手に帰ってきて“お菓子の家と魔女を見た”というのですから。もしここにお菓子の家が実在すると知らなければ、目の不自由なおばあさんを殺して金目の物を奪ったことをごまかすための作り話だと思うところですが……しかし父親の立場ならば、子供のことを信じたくなるのでしょうかね。一説に、魔女はじつは母親と同一人物だった、なんて語られることも」
ふふふ、とわたくしは笑います。
古い建物に歴史の、いえ、童話のロマンを感じるのはわたくしの趣味でして。
「ひとつご注意いただきたいのは、この大窯でございます。このパン窯はかんぬきを施してあり、その上に封をしてあります。けして開けてはなりません。魔女はこの窯で亡くなったものの、童話では、その焼け焦げたむくろをヘンゼルとグレーテルが確かめたというはなしはございませんので。――ここにまだお菓子の家が在り続けているということは、魔女のまじないはまだ息づいているわけで」
黒い。重い。鉄のパン窯。
目の見えない悪い魔女をだまして、グレーテルという娘はパン窯に閉じ込め、焼き殺した。
それ以来、このパン窯が開いたことはない。
「魔女は今、どうなっているのでしょうね。黒炭といっしょに灰に還ったか。はたまた、じつはまだ生きていて、今か今かとかんぬきが開くのを待っているのか、ふふふ」
わたくしは笑います。
みなさまの表情は、さてどうでしょうか。
ああ、今回の事故物件ツアーも買い手がつきそうにはありませんね。
「さて、これでツアーはおしまいです。残念ながら金銀や宝石のお土産はございませんが、この家にあるお菓子でしたら記念にお持ち帰りくださってもかまいませんよ。不思議なことに、いつまでもお菓子が尽きることはないものですから」
わたくしはうやうやしく頭を垂れて、ごあいさついたします。
「童話メルヘン事故物件ツアー、またのご参加をお待ちしております。もしご購入を考えてらっしゃるお客様がおりましたら、ぜひ、ご連絡あれ」
深い森の中、帰り道ふと振り返れば煙突屋根からケムリがもくもくたちのぼっております。
このケムリの下に、かの有名なお菓子のお家がございます。
「はて、そういえば一体だれが窯に薪をくべたのでございましょうか。魔女がパン窯に入ってしまったのは、窯の奥に薪木を置くお手本をヘンゼルに見せてくれるよう頼まれたからであるというのに。それから七百年余、薪木はとうに灰なれば、一体なにが燃え続けているのやら」
ふしぎもふしぎ。
お菓子の家はおかしな家です。
お読みいただきありがとうございます。
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ツアーへのまたのご参加、おまちしております。
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