憂鬱な朝
三題噺もどき―ろっぴゃくきゅう。
※この吸血鬼さんは納豆が嫌いです※
「ご主人、起きてください」
ノックもなしに、開かれた戸の向こうから光が漏れてくる。
その影になって立っているアイツは、いつも通りのエプロン姿だ。
いや、その下の服装はいつもよりは綺麗めだ。
「……」
キッチンから漂う香りが、無理やり起こされた思考を刺激する。
空腹には抗えないのは、誰でも同じだ。
が。
「まだねむい……」
「……うそつきはよくないですよ」
ぼそっと呟いたその声に答えが返ってきた。
うそつきだなんて、心外な。
……まぁ、確かに眠くなんてないんだが。むしろ徐々に目が冴え始める時間なので起きて朝食を食べたいところではある。
「……」
いつもならこの時間はとうに起きている。
起きていないのは訳があって、子供じみたものではあるが、どうにも気が乗らないのだ。
誰が好んであんなところに行かないといけない。コイツだって乗り気じゃないくせに。
「……」
「……嫌なのは知っていますが、行かないといけないんですよ」
呆れを隠そうともせずにそう口に出す。
あの国を、あの家を、出たくてこうしていろんな国を転々として、今はこの国に居座って。平和に幸せに、そうでなくとも平穏に過ごしているのに。
なんでわざわざ、こうして年に一回帰らないといけないのだ……。大嫌いな正装を着ないといけないし、そもそも距離があるのに……疲れる、普通に。
「……」
「起きてください」
こちらが動かないことを見越して、すでに布団をはぎ取りにかかっている。
冷えた空気に一気に起こされ、ついでにさらに行くのを渋りたくなる。
「いいから早く起きてご飯を食べてください」
今日はもう外を眺める時間もありませんよ。
そう言って、無理やり体を起こされる。
雑な介護を受けている気分だ……。どんな従者だ。
あの至福の時間を放棄してでも籠城を決めたのに、あっさりと起こしに来る辺りコイツもまぁ、容赦がない。今に始まったことではないが。
「……」
空腹を刺激する、朝食の匂いを察する限り、今日はかなり豪華な朝食らしい。
炊きたての白米の匂いがするし、焼き鮭の匂いもする。
匂いにつられて起きる程ではないが、どちらにせよ空腹は満たさないといけない。
こちらが動くまで部屋に居続けそうなので、大人しく起きるとしよう。
「……おはよう」
「はい、おはようございます」
電気のついた廊下を歩き、リビングへと向かう。
机の上にはすでに朝食が並べられており、あとは白米と味噌汁をよそうだけのようだ。
壁にかけられた時計を見ると、もう陽が落ち切っているような時間だ。
外はすでに真っ暗なのか、カーテンがひかれている。
「ご飯はどれくらい食べますか」
「……いい、自分でいれる」
水切りラックに置かれたままの茶碗を手に取り、しゃもじを受け取る。
ぱか―と開いた炊飯器の中には、真っ白で美しい艶を持つ米がぎっしりと詰まっていた。
ふわりと漂うその香りに、思わず息を吸う。これだけでもおかずが食べられそうだ。きっと噛む度にうまみが広がって、幸せな気持ちになれるだろう。
「……」
炊飯器の中を軽くかき混ぜ、茶碗によそう。
まぁ、このくらいでいいか。
残れば保温にしておくだろうし、今日は何が何でも昼食……せめて夕食はこっちで食べられるように帰ってこよう。弾丸旅行みたいになるが、まぁ、別に出来るしいいだろう。
「はい、どうぞ」
「あぁ、」
ついでくれた味噌汁の椀を受け取り、リビングの机へと向かう。
豪華な朝食だ。シンプルだが、私はこういう朝食が好きだ。
白米に、味噌汁に、少しの漬物。アイツは納豆。焼き鮭の横には大根おろしまで添えられている。気合の入りようが見て取れる。
「……」
「……」
お互いが席に着いたことを確認し。
「「いただきます」」
そう言って手を合わせる。
この後の予定を考えると、憂鬱で仕方ないが、今は朝食に集中しよう。
食べ終えてしまえば、少しはマシな気分になっているかもしれないし。
ここまでしてお膳立てをされて、行かないわけにも行くまい。主人として。
コイツも連れて行くが。
「……どうしても行かないといけないのか」
「行かないとこちらに来るんですよ、それでいいなら行かなくてもいいですけど」
「……正装どこに直したか忘れた」
「もうだしてありますよ、食べ終わったら風呂場へどうぞ」
「…………そんなに行きたいのか」
「……納豆食べますか?」
「……いらん」
お題:うそつき・噛む・正装






