幕末の京都
幕末の剣豪、金山与平の前世とは。いよいよ異世界で再生となります。与平に幸あれ。
幕末の京都で討幕派が台頭する中、与平は伊勢亀山領の京臨時屋敷の警備を務める中級武士ではなく、下級武士として京に送られた。十分な俸禄も与えられなかったため、護衛の仕事をしながら飢えを凌いだ。
与平の持つ心形刀流の道場師範という肩書は伊達ではなく、新選組で剣の達人と言われた永倉新八でも勝てるかどうかと組員が評するほどの腕前だった。
幕末の京都では西の薩摩、長州、土佐藩を中心とする攘夷・倒幕派と佐幕派の会津藩との争いが激しくなり、倒幕派の優位が明らかになってくると、最後まで残っていた新選組は京を出た。
それより前、討幕派が勢いを増す中、伊勢亀山領は、京臨時屋敷を畳むことになり、与平は屋敷守一行と共に伊勢へ戻ることになった。
郷里へ戻る道中、倒幕派に集合しようと京に向かう大勢の浪人達が、伊勢亀山領の旗印を見て、手土産代わりにと東海道水口宿を過ぎた辺りで切りかかってきた。
与平は屋敷守達を逃がし、孤軍奮闘するが、如何せん数が多すぎた。
屋敷守一行が逃げ延びたのを確認すると、与平は逃げた。逃げに逃げたが、野洲川の橋に追い詰められ、浪人達に囲まれた。
与平は橋の欄干を超えた。
川の水音を聞く前に、与平の意識は闇に落ちた。
与平は足が地につかない不安定な気分の中で意識を戻した。浮遊感がある。
ここはどこだろう。
何も見えない。ただ、燦爛たる光の洪水の中。
欄干から川に飛び込み、意識を失くしたのまでは覚えている。
ここは、黄泉かと思ったその時、声が聞こえてきた。
「間に合った。聞こえるか。」
「何者。」
与平は刀を抜こうとしたが、体の感覚が全くなく動ける気がしない。
「無駄じゃ。今のお前は、意識だけで実体がない。我は異空間を行き来している者じゃ。人は精霊王と呼ぶようじゃ。」
「神様ですか。」
「何もしない何も出来ない、お前たちの言う神など何の意味がある。どんな存在をも凌駕するのが精霊じゃ。ところで、お主は生きたいか。」
「当たり前でござる。死ぬにはまだ、若過ぎるでござる。」
「生きたいのなら、生かしてやる。しかし、お前の世界で再生することはできない。お前のいた世界にはマナがない。マナが足りなかったので、お前の意識と形態だけを転移させている。」
「マナとは何でござる。」
「術を発動するのに必要な魔力の素だ。魔素とも言う。力の根源のようなものだ。」
「違う世界なら、出来るというのですか。」
「そういうことだ。特に世界樹のあるこの異世界には時を選んで行き来できる。」
あの困窮生活が脳裏に浮かぶ。京に来て以来、常に飢えとの戦いだった。食うために用心棒を始め、仕官した時に抱いた武士としての誇りなどとっくに捨て去ってしまった。であれば、これは人生をやり直すいい機会だ。
「生き返れるのならそれで頼みたい。」
「わかった。では、再生させる。」
「再生すれば元通りの体になれるのでござるか。」
「なる。」
「感謝致します。」
「我が再生すれば、お主は、我の術を得ることになる。我の術を使いこなせるようになるかは、お主の能力次第だ。」
「術とは何でござる。」
「まあ、魔法と似ているのかもしれん。だが我の術は魔法の比ではない。」
「忝かたじけない。だが、いいのですか。そんな凄い術を頂いても。」
「我が再生するとそうなってしまう。お主が気にすることではない。しかし、異世界で再生させるというのに、随分落ち着いているのう。」
「元の世界の生活は厳しかった。未練はありませぬ。」
「これからは望む物は何でも手に入り、何でもできる。我の術には魔法と違う力がある。魔力がなくとも、相手の魔力を奪って、術を発動できる。」
「良くわからぬが、感謝致す。」
「お主はこの異世界で我の役目を引き継ぐことになる。それに、何処へでも行けるようになる。例え、他の世界であっても、自由に行ける。唯一面倒なのは、それぞれの世界はそれぞれの時間軸があり、しかも互いに連動も同期もしていない。つまり、他の世界の行きたい時代の時間を選んで行くことが出来ない。もちろん、何百回も試せば、出来るやもしれんが、マナが持たん。ただ、この異世界には時を選んで帰ることができる。」
「なるほど、前世の世界に行くことは出来ても、時代を選ぶことは出来ぬということですか。」
「理解が早くて助かる。」
「もう一つだけ、教えてくだされぬか。」
「何だ。」
「京にいた頃、拙者の5つ下の妹が、他の2人の娘と一緒に、婚礼を前に搔き消えてしまいました。その前に、地面と空に丸い模様が現れたと実父から文がありました。何かご存じなかろうか。」
「人間どもが、魔法を使って異世界の人間を召喚することがある。膨大な魔力がいるので、滅多なことではやれぬが。」
「調べはつきませぬか。」
「それだけの金と権力を持つ者と言えば、権力者であろう。一時期、カーナ国のエルフや神界もやっていた。しかし、特定の人間を狙って召喚することは無理だ。単に、巻き込まれたというのが真相じゃ。」
「何故、そんな無茶なことを。召喚される側の意思を蔑ろにしてまで。」
「異世界から召喚される人間は、魔力を持ち特殊能力を得ることがある。その能力を自分の欲の為に利用しようとする輩やからがいる。稀に、他の精霊達が、召喚中の人間と接触することがある。何しろ、精霊の数は多い。特に水と森の精霊は。その時、加護を受ける。召喚後、彼らは、勇者とか聖女とか呼ばれることがある。地面と空に現れた模様と言うのは、召喚の為の魔法陣だ。」
「他の世界に召喚させられるということはありませぬか。」
「何事にも相性というものがある。少ない魔力で召喚できるのは、お主の住んでいた島国の人間しかありえん。島国の古には、真の神とその子孫が住んでいた。つまり今でも神聖な塔や山がまだ幾つも残っている。召喚の儀式が行えること自体が奇跡に近いのだが、それはその山や塔の所以なのだ。」
「妹達も婚儀の式で、聖なる山の麓にある神社にいた時でした。拙者がここに来ることになったのは、偶然ではない気が致します。」
「達者で、暮らせよ。ああ、それと世界樹を頼む。この世界を維持するためになくてはならぬものだ。エルフに役目を与えて育てさせている。相当の魔力がいるから、覚悟しておくのじゃ。最後に、我の名を覚えておくと良い。太郎だ。」
世界樹ってなんだ。相当の魔力がいる?
別れる間際になって、重要なことを言われた気もする。
だが、今は生きることだ。
光の洪水から意識が再び闇に落ちた。