2 猫と朝の忘れもの
制服へ着替え、準備を済ませて、パタパタと階段をおりる私。
1階のリビングへと行くと、ソファーの物陰から勢い良く飛び出してくる黒い物体があった。
私はそれを見事に振り向きざまにキャッチし、モフっとした小さな体を捕まえ抱きしめる。いやぁ、今日もモフモフですなぁ〜。
物陰から飛び出してきたのは、うちで飼っている猫の黒狐。オスだ。
何で猫なのに〝狐〟という字が入っているかって?それは非常に単純な話、母が大のキツネ好きだからという理由に過ぎない。
ならば猫ではなく、狐を飼えばいいんじゃないかって?
そうなのだが、この子は1年ほど前に家の前にいた子で、玄関のドアを開けたらするっと入ってきてしまって、それ以来住み着いてしまったのだ。
押し掛け妻ならぬ、押し掛け猫?
黒狐の見た目も何だかキツネに少し似ている。尻尾の形もそうだし、顔つきも猫というよりキツネっぽい。
でも鳴き声は、
「にゃー」
と鳴くので、おそらく猫なのだろう。
「ん?なぁに?黒狐。って、鞄の中漁っちゃダメだってば〜」
黒狐は鞄の中に頭をズボッと突っ込み、鞄の中をゴソゴソとし出す。こうしてみると黒い毛玉が動いているようで何とも可愛い。
頭隠して、尻隠さず……ぷぷっ。
私は黒狐を持ち上げ、ダメでしょって叱る。
「ナァ〜〜……」
時々、人間の言葉が分かっているんじゃないかと思うほど、黒狐は聞き分けが良かった。
この家に来た当初も、ご飯〜って言えばついてきたし、名前を呼べば走ってきたし、おトイレの場所を教えたら一回で覚えるし。
何なら私は先週、目撃してしまったの。黒狐が自分で人間用のトイレのドアを開けて、便座に座っておトイレをしている姿を………!
しかも用を足した後にはちゃんとレバーを下げて、ブツを流していたし………
私は思う。
〝うちの子、天才なのでは!???〟
と。
「あらあら、朝から仲がいいのねぇ〜」
ベランダから顔を見せたのは、私の母。
この猫……キツネもどきに黒狐っていう名前をつけた張本人だ。母はおっとりとした性格で、ガーデニングが趣味だ。
今も庭の花に水やりをしていたのだろう。
顔にちょっとだけ、土がついていた。
私は黒狐を抱え、母のもとへいくと指でグイッと土を拭ってあげる。うん、ちゃんと取れてる。
「おはよ、母さん。またガーデニング?」
母はあらあらと恥ずかしそうに笑うと、頬に手をあてて首を傾げる。
そんな仕草も可愛らしいんだから。
父さんはきっとこの笑顔に、ハートを撃ち抜かれたのね。
子持ちとは思えないほど若々しいし、大学生って言っても通じるんじゃないかな。よく一緒にスーパーに買い物に行くと、親子じゃなくてて姉妹って間違われる事が多いし。
何なのだろう、この若さの秘訣というやつは。
「おはよう。ほら見て、マリーゴールドにチューリップが見頃よ?あっ、朝ごはんはテーブルの上にあるから食べていきなさいね〜」
テーブルの上を見るとサラダに目玉焼きとウィンナー、ご飯にわかめの味噌汁が用意されていた。
ご丁寧にふりかけまであった。
いつもと変わらない朝だ。
私は黒狐を床におろすと、テーブルに座り朝のニュースを見ながらご飯を食べる。
父は今、単身赴任中で世界各国を飛び回っていて家にはいない事が多い。寂しくないのかと聞かれれば嘘になるが、頻繁に電話やチャットを送って寄越すし何だか父も家にずっといるような、そんな気がするから不思議。
「ーーー次のニュースはーーー」
父と母も大の仲良しで、いまだにラブラブなのだ。
子どもの前でイチャイチャするのは勘弁してもらいたいのだが、父も帰ってくるのが月に1度というペースでは仕方ないのかなと、目を瞑ってあげている。
帰ってくる度にあっちこっちで買ってきたお土産で、部屋の中がいっぱいになるのは控えてもらいたいけど。
この前もよく分からない謎の壺や置き物を買ってきたし……もう物置きの中もいっぱいよ。
「続いてのニュースはーー………あっ、ただいま速報が入ってまいりました。◯◇県の◇◯市、◯◯区にてーーー」
って、テレビの時間を確認すると、もうこんな時間!
電車に間に合わなくなっちゃうわ。今日日直だったのにっっ。
やばいやばい。
「ご馳走様ーーー!それじゃ、行ってきまーーーす」
私は急いで食事を済ませると食器を台所に持って行き、鞄をとって家を出る。少し走れば1本前の電車に乗れるかもしれない。
朝から坂道をダッシュする私であった。
*****
「………あらぁ?凪彩ちゃんってば、お弁当忘れていって………」
母はテーブルに置きっぱなしになっていたお弁当を見つけた。
お弁当を抱えて、すぐに外に出るが娘の姿はもう見当たらない。相変わらずおっちょこちょいで、その割に足が速いんだから〜。
なんて母は考えていたが、おっちょこちょいの部分は凪彩は母似だ。
母もよく何かしら忘れたり、うっかりミスをしたり、ドッジっ子属性をお持ちの母なのだった。母はそれに気が付いていない。
天然だ。
仕方がないわね、と諦めて家の中に戻ろうとした時、隣の家の門からキィーという扉を開く音が聞こえた。
振り向くと、
「あれ?スミレさん?こんな所でどうしたんですか?」
隣の家から出てきたのは天草 さん家の 蛍火くん。
すっかり大人びて身長も伸びて、格好良くなったわねぇ。こんなに格好いいんじゃ、学校でモテモテなんじゃないかしらぁ〜。
うちの娘と並べばお似合いだと思うのにねぇ〜〜〜
昔はよくお互いの家を行ったり来たりして、遊んでいたのに。あの頃は凪彩ちゃんの一番の親友って呼べる存在だったんじゃないかしら。
高校生になってからは、あまり話しているのを見かけなくなっちゃったけど。母親としてはちょっと寂しいような気がしていたのよね。まるで子どもがもう一人いるみたいで、嬉しかったものよ。
またあの頃のように、家を出入りしてくれてもいいのにぃ。
「あら、おはよう蛍火くん」
「おはようございます。………ん?もしかしてその手に持っている物って………」
蛍火くんは、母が手に持っているお弁当の包みを指差します。
「………!そうだわっ!蛍火くん、悪いんだけれど〜………」
スミレさんは持っていたお弁当箱を掲げ、片目を瞑って申し訳なさそうな声でお願いをした。そんな姿もあざと可愛い親子なのだがら、きっと血筋なんだろうな。
蛍火は心の中でそう思った。
「気をつけてね〜。行ってらっしゃ〜い」
蛍火くんには申し訳ないけれど、凪彩ちゃんのクラスまでお弁当を届けるように頼んで、預けたわ。
ちょっと複雑そうな顔をしていたけれど……ごめんね、蛍火くん。今度何かご馳走様用意するから、許してねっっ!
母は蛍火を見えなくなるまで見送ると、母は家の中に入った。
今日も良い天気になりそうねぇ〜。




