前世・後編
いつもと何も変わらない朝。
私は綿の入っていない、薄い布団から出ると桶にくんでいた水で顔を洗います。昨夜くんでおいたというのに、水の冷たさはあまり変わりありません。
水の冷たさは変わりなかったけれど、今日は少しだけ空気が暖かいような気がします。何ででしょう。
そして私は建て付けの悪い扉を開けて、外へ出ます。すると……一瞬言葉を忘れてしまったかのように、言葉が詰まってしまった私。
「えっ……?」
丘の下にある村が、燃えていたのです。
私は急いで丘を降りました。
一体どうなっているのか、わけも分からないまま走ったのです。
村を焼く火の手のせいか、すっかりと雪は溶け、地面がくっきりと見えたので足元は安定していました。転びそうになりながら、村の中央付近へやってくると私は衝撃的な光景を目にします。
村の端から、端まで家々が全て燃えていて、辺りには逃げ惑う村人の姿がそこにはありました。何から逃げているのか、火の手からだろうとぼんやりと見ていましたが、村人が逃げているのは火ではありませんでした。
それはーーーーー
硬そうな深紅の鱗を持つ、大きなドラゴンでした。
そのドラゴンは人をヒョイっと摘むと、まるで木の実でも食べるかのようにパクリと、食べてしまいます。辺りには人を噛み砕く咀嚼音と、人の血で血溜まりが出来ているようです。
「なっっ、何で!??父さんっっ!!!やめてよ!!!」
小さな子どもの叫び声が聞こえます。
え?今、父さんと呼んだのですか?あのドラゴンを?どうしてなのか考えていると、父さんと呼ばれたドラゴンの尻尾には破れた大人の着物が刺さっています。近くにも衣服らしきものが散乱していて、手に取ってみるとまるで今まで着用していたかのようにあたたかい。
「いやっっっ!あなた、やめてぇぇぇぇ!」
そう叫び声が聞こえ、後ろを振り返ってみると、そこには家の大きさほどのドロっとした泥の塊が女の人を襲おうとしています。
まるで意思があるかのように、その泥は女の人を追いかけ、やがて飲み込んでいきました。
私は恐怖で足がすくみ、ガタガタと震えてその場に立ち尽くしてしまいます。
一体、どうなって。
よくよくみると、襲われているのは昨日、私が山から下山してきた時にあの場にいた大人や子どもたちの家族やご近所の人たち。
あの人は………昨日私に枝をぶつけてきた………あっちは私を蹴ってきた子ども………?
ドラゴンや泥の他にも、村で暴れている異形のものたちはいました。
大きなナメクジのようなもの、髪の毛を束にしたような黒くてわさわさとした生き物、手足が何本も生えたような未知の生物。
これは、現実なのか。
私はまだ夢の中にいるんじゃないかと頬をつねってみますが、やはりつねった頬は痛く、痛みを感じていました。ここは現実。
今、私の目の前で起きていることは、紛れもない現実なのだと。
私は、何も考えられなくなりました。
立ち尽くしていると、逃げ惑う村人の1人から声をかけられます。
「おいっっ!そこのあんた!そんなところにいちゃ危ない!早く逃げるんだ!」
声をかけてきたのはいつも怖い顔で私を睨む、おじさんだった。
「えっ……私の事?」
「そうだ!っておメェ………」
おじさんは私の顔をみると、さらに驚いた声を上げる。
「おメェ、どこの娘だ!見かけねぇ顔だな?」
私は、おじさんが何を言っているのか分かりませんでした。
誰って、私は、私ですよ?
いつもあなた方に罵倒されている、醜い顔の私………
私は近くの家の外に投げ捨てられていた、ガラスの破片を手にとって自らの顔をみるとそこには私ではない、誰かがいました。
白かった髪と瞳は黒色に染まり、顔にあった大きな傷も無くなって以前より顔立ちが良くなっていたのです。これは、誰?
私はそんな悠長にしていられる状況じゃないのに、それよりも自分に起こった変化が信じられずにまじまじと自分の顔を見つめていました。
以前は視力も悪く、遠くのものははっきりと見えなかったのに、今ははっきりと見えます。ほんとうに生まれ変わったようです。
「私っっなんで!??」
私は訳が分からず、混乱し、走り出しました。おじさんの声を振り払って。
もしかして
もしかして
あそこで暴れている化け物たちは、皆んなこの村の人たち!??
もしかしてこれらの共通点って、昨日あの果実を食べた人たち!??私のこの容姿の変化も、あの果実が原因???
でも、なら何で私は容姿が良くなっていて、あの人たちは醜い化け物の姿に???
私はとにかく走って、かつて綺麗な湖があったとされるところまで走ってきました。
その、はずだったのですが、黒く濁っているはずの湖は透き通っていて綺麗な水へと変わっていたのです。
「え………?」
私は水をひとすくいすると、その透明度と綺麗な水に心を奪われてしまいました。
こんな状況だっていうのに、キラキラと輝くこの水から目が離せないでいたのです。
「その水、綺麗でしょ?」
そう声が聞こえた方向……湖の上をみるとそこにいたのは私の家族……妖精たち。しかし、昨日とは打って変わって違うことが一つ。
なぜだか3人とも、私と同じくらいの背丈まで大きくなっていたのです。
「あなたたち、なん、で?」
私は、ようやく出した声で妖精たちにそう問いました。
「ボクたちは昨日、あなたから頂いた木の実を食べて大きくなったんだ。あなただってそうでしょう?ずいぶんと姿が変わっているでしょう?」
「そうだよ?ワタシタチ、昨日あなたから頂いた木の実で大きくなった。あれは〝妖精の果実〟って呼ばれていてとても貴重な果実だったんだって。ワタシタチも食べてから教えられたんだけどね」
「〝妖精の果実〟っていうのは別名で、本当の名前は〝真実の果実〟って言うらしいよ。村で化け物になった村人たちを見たでしょう?あれは、あの人間たちの本質が表に出たものらしいよ?」
妖精たちは次々と説明してくれるが、とても思考が追いつかない。
じゃあ、私のこの姿は?
何でこんなことに?
「それが、あなたの本当の姿だったからです」
湖がピカッと光ると、そこにはさっきまでいなかった美しい女の人の姿がありました。
白く透き通った肌に、月のように輝く黄金色の髪。白く素敵な衣服を着た女性は、右手にシャンシャンと鳴らす大きな月のような杖を携えていました。
なんて、美しいのでしょう。
「あな、たは?」
私は女性にそう聞きました。
「私はこの湖の主、レイと申します。この度は私の眷属たちを助けていただき、ありがとうございました。そして、そこにいる妖精たちに〝妖精の果実〟を与えてくれたおかげで、なぜかこの湖にも力が戻り、以前のような美しさを取り戻せました」
女性が言うには、眷属というのは一昨日助けたあの小キツネたちの事だと言います。そして、どんな因果か、助けたお礼にその眷属から貰った果実を、妖精さんたちにあげたところ、湖に力が戻って綺麗になったと。
そう言うではありませんか。
そう言うと、湖の中からヒョコッと顔を出したのはあの時のキツネの親子。
私の方をみてキョトンと首を傾げている。
とても可愛らしい。
「あなたには助けていただいてばかりです。ほんとうにありがとうございました。何かお礼がしたいのですが………何か願いはありませんか?………そうだ、私が持っている〝宝具〟の中でどちらかお好きなものをお一つ授けましょう」
湖の主は、そう言うと持っていた杖をシャランと鳴らし、水中から2つのキラキラと輝く宝石を出してきたのです。
一つは銀色に輝く大きな石、そしてもう一つは金色に輝く大きな石でした。
「銀色の石は、ちょっと先の未来が断片的に見える不思議な石。金色の石は、幸運を招くとされる不思議な石です。どちらがよろしいでしょうか?」
私は、あまりの展開の早さについていけず、思わず、
「どっ、どちらもいりませんっ!」
そう答えてしまいました。
元々、物欲というものが皆無だった私にとって、そんな貴重なもの、とてもじゃないけれど受け取れませんでした。
でも、もし願いを叶えてくださると言うならば………
「村を……村をもとに戻すことは出来ませんか?あんな村でも、生まれ育った大事な村なんです!」
私はせめてもの願いとして、村の再生を望みました。
「あなたは、あなたにひどい扱いをしてきたあの村を救いたいと、そう願うのですか?」
「…………はい、確かにひどい扱いを受けてきました。…………けれど、決して死んでほしいとまでは思いません。助けられる命があるのならば、私は助けたい、そう思います」
両親から教わってきた事。
人を決して恨まず、憎まず。
そして慈愛と友愛と博愛をもって周りに接するべし。
その言葉だけは、裏切ることが出来ません。
「あなたという方は………」
女性は何処となく呆れたような、もしくは手のかかる子どもを見るかのような目で私を見つめてきました。
その優しい目は、何処となく両親に似ているような、そんな気がしました。
「分かりました。あなたの願い、私が叶えましょう。………そして村の再生を叶えるかわりに、あなたには本来いるべき世界へと渡っていただきます」
「………へ?本来、いるべき世界?」
私は女性が何を言っているのか、理解が追いつきませんでした。
どういう事ですか?
「………あなたは本来〝地球〟と呼ばれる世界に生まれる予定だったのです。それが何かの手違いで、こちらの〝鏡星〟という世界に生まれてきてしまったのです。世界と世界の均衡を取り戻すため、そちらの世界に生まれ直して貰いたいのです。もちろん、タダでとは言いません。元はといえば私たちの責任でもありますから………この子たちをそちらの世界に送りましょう」
女性がそういうと、私の目の前は小キツネ、そして妖精たちが並びじっと私の方を見つめます。えっっ?一緒に来たいってこと………?
それより、生まれ直すって?別の世界??
私は既に頭がパンク寸前でした。ど、どうすれば………
私が口をパクパクとさせて黙っていると、
「………大丈夫です。決してあなたにもう、悲しい思いはさせません。あちらの世界には、あなたを待っている心優しい、本当の家族が待っているのです」
「か、ぞく………」
私は、なぜだか涙が止まりませんでした。
これは、何の涙なのか。分からないけれど、とにかく涙が出て止まりませんでした。
「キュぃ?」
「大丈夫か?」
子キツネと妖精さんたちは、私を心配そうに見つめて寄り添ってくれます。こんな、こんな家族が一緒にいてくれると言うならば………
もう、私に、こちらの世界での未練は何もない。
「私、その地球という世界へ、行きます」
決心はついた。
「そうですか。ありがとうございます………この子たちと、それとこれらもあなたに、あげちゃいます」
女性はそう言うと、可愛らしくウィンクをし、宝具だと言っていた銀色と金色の宝石を、私の身体の中に入れてしまったのです。え、どうなっているの?
宝石は私の体に触れると、吸い込まれるようにスッと消えてしまいました。
「………これからの未来に、どうか幸在らんことを………」
女性は杖を振りかざすと、私を中心に、何か文字が描かれた丸い円が地面に浮かび上がりました。そして私は白い光に包まれ、
「………元気でね、ミラ」
そう微笑む女性の姿がかすかに見えたのです。
その声は………話し方は………まさか………まさか……………
「お母さまっっ!??」
私はそう叫ぶと、目の前は真っ白に染まり、意識が段々と途絶えていきました。静かに、眠るように私の意識は宙に浮かび、やがて溶けていきました。
最期に、お母さまが見せた微笑みが頭から離れず、ずっと記憶の片隅に残っていました。




