前世・前編
ざくっ、ざくっ……
白銀に輝く新雪の上を、ただ1人、踏みしめて歩く。
目の荒い、何度も何度も当て布をして縫い直した麻の着物。上に羽織るようなものは何もなく、極寒の中、薄着の私。
稲わらを編んで作られたわらじは、もう何年も履いていて底も薄く、履き物としての役割をかろうじて全うしてくれていた。
吐き出す息は白く、両手は感覚を失うほど冷えきり、真っ赤になっている。手を擦り合わせ、摩擦で温めようとするがあまり意味はなかった。
耳も赤く、冷えすぎてむしろ痛い。その痛さは頭痛になり、少し酸欠状態にもなっていた。
「……今朝も寒いわね」
そこは都会から遠く離れた、辺境の田舎の村。
山が連なる山地には十数件の家と、山から流れる生活用水にも使う川、そして田畑がそこら一帯を占めている。
今は冬の時期で木の葉も落ち、田畑でとれる作物といえば葉物野菜が少しだけ。その野菜も先日、村を襲った獣により、食い荒らされ見るも無惨なことになっていた。
それはどの家でも同じく、備蓄していた倉庫のお米や野菜類まで全てだめになってしまい、今、村は困窮と化していた。
どの家でも、食べるものがなく、生活もままならない状況なのだ。
私はそんな中、少しでも家族のために食べのものを探そうと、早朝から山へ向かおうとしていた。何も無いかもしれないが、雪が被っていないところに何か食料があるかもしれない。そう思って外へ出た。
一番良いのは野うさぎなどの肉を手に入れられれば良いのだが。捕まえられるかも分からなかったが、家にあったもので一番切れ味のまともだった包丁を持ってきている。それと、縄。
とにかく、急いで登ろう。そう決めた。
山へと続く道へ入ろうと、私は雪で埋まった木の立て看板を手で振り払い、方向を確認する。この立札の目印が無いと、迷ってしまう。
私は右の方向へ進もうと一歩踏み出す、が、一歩踏み出した時、私の後頭部に強い衝撃がおこった。私はその場に膝をつき、そこに落ちていたものを見るとそれは小石。
これが当たったのかな。
私は小石があったった後頭部をそっと触ると、大きめのたんこぶになっているのが分かった。どおりで痛いわけだ。
そして石が飛んできた方向、そこにはいつもの光景がそこにはあった。
村の、村人たち。
小さな子どもから、大人、そして老人まで。全村民というわけではなかったが、そこにはほとんどの家の住民が揃っていた。
私が振り向くと、幼い子どもが大きな声を張り上げ、私に向かってこう言った。
「おい!この、バケモノ!お前のせいで、村は獣に襲われたんだぞ。さっさとこの村から出ていけ!」
一人が声を上げると、それに続く声が次々と上がる。
「そうだ!この、白い悪魔め。お前みたいな奴がいるから、この村に不幸な事が続くんだ。俺たちの平穏な暮らしを返せ!」
「あたし達が何をしたって言うんだい。この村を呪いやがって………そんな見た目だから、人の心が無いんだろう!」
言いたい放題だった。
そう、私が〝バケモノ〟や〝白い悪魔〟だと言われるのはこの不気味な見た目のせい。
銀色の白髪の髪に、何も映していないかのような白い瞳。そして顔に出来た、獣の爪で傷つけられた大きな傷。
体も木の枝のように痩せ細り、不健康そうな容姿。
そんな容姿から、私は〝バケモノ〟だとか〝白い悪魔〟だと呼ばれ、不幸をよぶ厄介者。もしくは村を呪ったなどと言われ、村中から嫌われていた。
確かに、水面に映った自分の姿をみると、そう言われるのも納得がいく見た目で、罵倒されたり、石を投げられても仕方がない容姿をしているなと思う。
自分の周りの人達は皆、黒か茶色の髪の毛に瞳をしている。顔に大きな傷などないし、私とは大違いの見た目だった。
「さっさとくたばれ!」
「そうだそうだ!」
だから、こんな事を言われるのも、仕方がないんだ。
これは私がこんな見た目で、村人の事を不安にさせるから、あんな幼い子どもを怖がらせるから、私なんかが生まれてきちゃったから。
全部、全部、全部、
悪いのは私。
こんな見た目で村人の事を不安にさせてごめんなさい。
あんな幼い子どもを怖がらせちゃってごめんなさい。
私なんかが生まれてきちゃってごめんなさい。
私は、全てにおいて謝りながら、山を登っていきました。
あれからまたたくさんの小石をぶつけられ、あっちこっちが痛くて血も流れていましたが、私は構わず登りました。
何か、食べ物を……
山を登っていると、また雪がチラホラと降ってきました。
私は雪がそんなに積もっていない地面の雪を手でどけ、何か食べられそうなものを探します。しかし、そんなものは見つかりません。
何時間もそうやって探して歩いていましたが、結局何も見つかりませんでした。
そうこうしているうちに、雪は強さを増し、風も吹いてきてとても下山できるような天候ではなくなっていました。
私は辺りを見まわし、木々の陰に小さな洞窟があるのを見つけ、そこでこの雪をしのぐことにしました。ちょうど洞窟の前にある木々が、洞窟に入る冷たい雪や風を遮ってくれたので洞窟の中は暖かいという訳でもありませんでしたが、特段寒くもありませんでした。
これでも外にいるより、少しは良いと思いました。
暖をとるようなものは何も持ち合わせていなく、洞窟の奥でうずくまっているだけでしたが、それでも幾分かマシでした。
雪と風が吹き止むまでここでこうしていようと、黙ってじっと動かないでいると、洞窟の入り口の方から何か音が………聞こえたような。
ヒューーー
と、
強く吹く風の音でよく聞こえなかったけれど、何か聞こえたような気がし、私は恐る恐る、洞窟の入り口までゆっくりと歩きました。
するとそこにいたのは、雪で凍えている1匹の小キツネでした。小さな体をプルプルと震わせ、何とか立っているというような状況。
ひどく弱り切った白い毛のその小キツネは、何だか私と同じような気がして……助けずにはいられませんでした。
最初は警戒していた小キツネでしたが、抱っこし、包むように温めてあげているうちに警戒心を解いてくれました。
「あなたはどこから来たの?」
「キャン!」
話しかけてみると、まるで犬のような鳴き声をする小キツネ。
それでも、とても可愛らしく見えたものです。
クリクリとした目元。こちらを仰ぎ見る琥珀色の瞳。どれもかもが愛おしく見えて仕方がありません。
「親は?一緒ではないの?」
「クゥゥゥン……」
悲しそうに鳴く、小さなキツネ。
はぐれてしまったのか、親がいないのか。とても不憫に見えて、私はより一層抱く手に力がこもりました。
「大丈夫だからね。私が、一緒にいるからね。こんな見た目だけど、今は一緒にいるのを許してね」
私は雪と風が止むまで、ずっとそうしていました。
するといつの小間にかウトウトし、寝てしまっていたようで、起きるとあたりはすっかりと暗くなり、夜になってしまっていました。
雪も風も止み、辺りは静まり返って月夜が綺麗な夜です。
私は腕の中にいた小キツネの姿がなく、洞窟の中を見回してみますがそこにはあの小キツネはいません。
その代わりに近くにあったのは両腕に収まりきらないほどの、見たこともない果実のようなもの。一つ手にとってみるとズッシリと重く、丸くて黄色いその果実はとても美味しそうです。
「うわぁ……」
目の高さまで持ち上げ、果実を見ていると、洞窟の入り口から物音が聞こえ、振り返るとそこにはさっきまで一緒にいた小さなキツネと、2周りほど大きな体をしたキツネ。親だろうか。
月の光に照らさせたその真っ白な毛は、黄金色に輝いていてとても美しかった。
親と会えたんだね。良かった。
「キュイ!」
小キツネはそう鳴き、大きなキツネと共に頭をひょこっと下げると、どこかへと行ってしまった。
もしかして、この果実はあの小キツネたちが………?
私はなんだか胸が熱くなるような気がして、とても満たされた気持ちになりました。
ちょうど私のお腹の虫も鳴り、お腹が空いていたので、キツネたちからもらった果実を幾つか食べることにしました。
こんなに沢山の果実、どちらにせよ持ち帰るには多いし、ならばここに置いていかねばならない。それはもったいなかったのと、昨日から何も口にしていなかった私はその丸くて黄色い、美味しそうな果実にかぶりつきました。
するとその果実は今までに食べた事がないほどに甘く、濃厚で美味しいではありませんか。
私は夢中で食べました。
この世に、こんな美味しい果実が存在しただなんて……
私は天に感謝の意を祈りつつ、お腹がいっぱいになるまで、満たされるまで食べました。
「神よ、こんな私にこんなご慈悲を与えてくださり、感謝致します」
今日の月は今までより、丸く大きく、美しく輝いて見えたような気がしました。
私は夜が明けるのを待って、下山することにしました。
近くの茂みで大きめの葉っぱを見つけて、それに果実を包み持っていた縄で解けないようにキツく結び背中に背負って足元もおぼつかない道を一歩、また一歩と踏み締めてようやく村まで戻って来れました。
降雪量が多かったらしく、既に私の膝くらいの高さまでの量の雪があっちこっちに積もっている。とても歩きにくかったが、足元に気をつけながら山を降りていきました。
村の入り口近くまで来ると、やはり待っていたのは人々の恨むような強い視線。
ヒソヒソと話す話し声は、やはり私の悪口なのだろう。
私は縮こまりながら村の端っこを歩いていきますが、両腕に木の枝を抱えた老夫婦に、
「おっと、すまないねぇ」
そう言われて木の枝をぶつけらけ、地面に強く体を打ちつける私。
細い木の枝の一部が目の端をすり、すぅーーっと赤いものが頬を伝う。手を当ててみると、それは血。私の血だった。
「………何だいその生意気な目は。歳上に向かってそんな目を向けるなんて、親の顔を見て見たいものだよ!………おっとすまないねぇ、もういないんだったか?ほんとあの夫婦も厄介な者を遺して言ってくれたねぇ」
私は口元をキツく結び、老夫婦に言い返しそうになる口を閉ざす。
キツく閉じすぎたせいか、唇を噛んでしまったようで血の味が口中に広がりました。それは、とても嫌な感覚でした。
老夫婦は冷たい目線で私の方を見下ろすと、持っていた木の枝を全て私に向けてぶちまけた。これも、きっとわざと。
もう数ミリズレていたら、目に当たって失明していたかもしれないのに。私は背筋がゾクっとする思いでした。
そして運の悪いことに、今の衝撃でキツく結んでいたはずの縄が解け、果実がゴロゴロと地面に落ちてしまいました。
せっかく小キツネたちから貰った果実が……私はそれらを拾おうとしますが、拾おうと伸ばした手の甲を村の子どもに強く踏みつけられました。
「ぐっっっ……」
思わず声を出してしまうと、それを愉快と思ったのか何なのか、周りの子供たちも寄ってたかって私の背中を踏みつけたり、脇腹を蹴ったり、顔面に蹴りを入れたりと散々やられてしまいました。
周りで見ている大人たちも何がおかしいのか、こちらをみてニヤニヤと笑い汚いものを見るかのような目で見てきます。
あぁ、私が、私が全て悪いのでしょうけれど。私は思わずにはいられませんでした。
〝何て人とは醜いのだろう〟
と。
醜い見た目をしている私から言われたくはないでしょうが、私はこの時の子どもたちや大人が、よっぽど私よりも醜くて汚いものに見えてしまいました。
それこそここら辺に住んでいる獣よりも、ひどく歪んだ魔物のように見えたのです。
私は必死に殴る、蹴られるのを我慢し続け、ようやく攻撃が止んだ頃には子どもや大人の姿は無く、転がってしまった果実も見事に無くなってしまっていました。
あんなにあったはずの果実は、どうやら全て、子どもやあの大人たちに持って行かれてしまったようです。私は目頭が熱くなりました。
しかし、私がいた地面。雪の下には拾おうとした果実が、3つだけ埋まっていたのです。私はその残された果実をしっかりと握りしめ、ヨタヨタと走って家路へとつきました。
村の中心から少し離れた丘の上に、私の小さな家はありました。
ガタっと建て付けの悪い木の扉を開け、家の中に入るとやはり、荒らされていました。村の子どもか、大人か。土足で踏み入り、あちこち物色したのでしょう。あらゆるものが壊され、倒され、使えそうなものは持って行かれていました。
そう、半年ほど前に亡くなってしまった両親の、形見の手鏡や着物すらも残ってはいませんでした。
あぁ、
あぁ、
私はついに抑えきれず、大粒の涙をポタポタと流し始めました。どうしてこんな酷い事が出来るのでしょう。どうして人のものを壊し、盗めるのでしょう。
私が生まれてきた事で、そこまで恨まれるようなことを村人にしたのでしょうか。
私の見た目が、容姿の悪いせいで村人に害を与えたのでしょうか。
私は亡くなった両親の言い聞かせ通り、人を決して恨まず、憎まず。
そして慈愛と友愛と博愛をもって周りに接してきましたが、決してその気持ちが相手に伝わることは一度たりともありませんでした。
どうして、どうして、どうして………?
考えても考えても、答えは出ないままでした。
私は土間で日が暮れるまで、ずっと泣いていました。それこそ、涙が枯れてしまうほどに。一生分の涙を流したかもしれません。
そして日が暮れると、部屋には明るい灯火がポツポツと現れます。それは白い手のひらサイズほどの弱い灯火。
そう、両親を亡くした今、私の家族はこの子たちだけ。
この子たちは日が暮れると現れ、私の話し相手になってくれる大切な大切な家族です。両親の生きていた頃から頻繁に姿を現していましたが、何故か両親にはこの子たちの姿は見えず、姿が見えるのは私だけでした。
人間をそのまま小さくしたような姿に小さな羽をもつ彼らは〝妖精〟と呼ばれる小さな種族で、昔からこのあたりの湖に住み着いていたらしいのです。
しかし、村の開墾に伴い、湖は荒らされて今は濁った水となってしまったそうです。
「………!無事だったのね」
私は駆け寄り、彼らに話しかけます。
「ボクたちは無事だったけど……ごめんね。大切なもの、村の人に壊されちゃった」
「ごめんなさい。ワタシタチ、守れなかった。ほんとうに、ごめんなさい」
「ワタシタチ、役立たず………怖くて見ていることしかできなかった」
彼らはそう言って申し訳なさそうに謝ってくるが、そんな事よりも彼らだけでも無事で、私はホッとしました。
「いいのよ……せめて、あなたたちが無事で、私は嬉しいわ」
妖精たちも涙を流して、私の事を心配してくれる。
とっても心優しい、私の家族。この家族だけでも守らなきゃと、私は心に誓っていたのです。
「あっ……これ、山で小キツネたちに貰った果実なの。私は食べてきたから、どうぞ、皆んなで食べて」
私は何とか守りきった3つの果実を懐から取り出し、彼らの前に差し出す。
「えっ……ボクたちの食べ物を探しに、山に行ってくれていたの……?」
「こんなに、ボロボロになって……?」
「こんなに、傷ついて……?」
妖精たちは戸惑いながら、果実と私を見比べて驚いている。
「そうだよ。いいから、食べて。すっごく美味しい果実だったの。皆んなに食べてほしくて、たくさん持ってきたんだけど……ここに来る途中で村人にほとんど取られちゃって。これだけしかないんだけど、食べてくれると嬉しい」
私はそう言って、再び果実を彼らの前に差し出す。
「うううっっ………ありがとうっ。じゃあ、いただきます」
「ありがとうなの。いただきますっ!」
「ますっっ!」
妖精たちは小さな口でガブっと果実にかぶりつき、歓喜に満ちた声を上げる。
興奮からか、いつもよりも声が大きいような気がする。
「美味しい!美味しいね!」
「とっても美味しいワ!」
「なんて美味しい果実なのっっっ!」
喜んでくれて、私もとっても嬉しい。
頑張って運んできた甲斐があるというものだ。色々悲しいことも多いけれど、この時間が、彼らと過ごすこの時間は大好きだった。
こんな平穏な日々が、ずっと続けばいいのに。ずっとこの子たちと、家族といられたらいいのに。
私は思わず笑顔で、笑ってしまいました。
こんな私だけど、この幸せな時間だけは、せめて誰にも奪わせはしないと、そう思ったのです。
そんな次の日、更なる大きな事件が起きたのです。




