03.脳筋令嬢の趣味
バルク家は国王陛下より、特例で公爵位を賜った名家だ。
まだマスル王国が辺境の小国だった頃、国王は大国の経済施策を基盤とした王政革命という国交強化施策を行った。
結果は大成功を収め、マスル王国は小規模な国ながら大国にも引けを取らない経済能力を有するようになった。
その影で飛躍を遂げたのが、我がバルク家だ。
当時はまだ地方の辺境貴族でしかなかったバルク家だったが、施策成功の立役者となったことで公爵位を賜るまでになり、一躍大貴族の仲間入りを果たした。
そういう意味ではあのクソ親父の手腕は尊敬している。
それ以外は嫌いだが。
そんなわけで、私も公爵位を持つ令嬢として注目を浴びている。
……で、今はというと私はバトラーと共に馬車に乗っていた。
今日は午前から我が家が仕切る領土内にある街の視察があり、クソ親父たちに変わって私が出向くことになった。
「はぁ、くそめんどくせぇ」
ため息が出る。
マジでめんどくさい。
「お嬢、外でクソなんて言葉使わないでください」
スケジュール表をみながらバトラーが宥めてくる。
「だって本来はクソ兄貴がいくはずだったのに、なんで私が……」
しかも今日は休日なのに!!
「オリバー様とフェランド様は突如王城訪問をすることになったので仕方なしです。この視察も重要な仕事ゆえにお嬢に託されたのですよ」
ちなみにフェランドというのはクソ親父の名前である。
「それは分かってるけどさ……」
私にはバルク家の人間として果たすべき責務がある。
それは切っても切り離せないことだから仕方ないのも分かっている。
けど……
「めんどいものはめんどいの! この時間があれば何時間トレーニングが出来ると思っているの!」
備考、私の趣味は自らを鍛え上げることだ。
貴族社会で生きていると、嫌でも色々な闇が見えてきてしまう。
権力を持てば持つほど、人の醜さが浮き彫りになって視界に入るようになってしまうのだ。
そんな世界から身を守る為に始めたことだったが、これがまぁ楽しくていつの間にか鍛えることがメインになってしまっていた。
そして休日の今日はトレーニングに時間を費やすつもりだった。
「トレーニングって出発前もやっていたじゃないですか……」
「たったの35分しかやってない。1時間ワンセットのメニューの半分しか出来なかったのよ!」
「十分じゃないですか。お嬢はどこまで自分を鍛えるおつもりですか」
「そりゃあいけるところまでよ。人と違って筋肉は嘘をつかないからね」
「左様で……」
そんな話をしていると、目的の場所へと到着した。
バルク家の馬車が入城してきたというのもあって、民の視線が一気にこちらに向く。
「お嬢、到着しました」
しばらくして馬車は停留所に留まった。
私は再度、手鏡で自らの姿を確認すると、バトラーに頷いて見せる。
「では、お嬢……まいりましょう」
「……ええ」
瞬間、私の中でスイッチが入った。
純白令嬢と名高いフィオレンティナという人物になるためのスイッチが。