02.脳筋令嬢の食事
「おはようございますお父様、お母さま」
「うむ……おはよう」
「おはよう、フィオ」
身支度を終えると、私はダイニングへとやってきた。
クソ親父のいつも通りのダサい髭面を見ると、ため息が出そうになる。
それ髭なの? 鼻毛なの?
心の中でそう問いつつも、席へと向かう。
クソ親父は私の姿が見えるなり、いつものようにじっと見てくる。
これは身だしなみはきちんとしているか、というチェックをしているのだ。
いや……そうはいってもそんな鋭い眼光でこっち見んなし。
何が悲しくて朝から実の父からの視姦に耐えねばならんのだ。
「うむ……」
しばらくすると、父は静かに頷いた。
どうやら今日は合格みたいだ。
「やぁおはよう! 愛しの我が妹よ!」
クソ親父の視姦に耐えた後、更なる追い討ちが私を襲った。
「おはようございます、お兄様」
話しかけてきたのは、兄のオリバー。
それ以外に特に説明することはない。
「いや~今日もいい朝だね! 早速だけど、更に素晴らしい朝にするためにボクとおはようのチューをしないかい?」
「うふふ、お兄様ったらまだ寝ぼけていらっしゃるのですか?」
きーーーーーーーーーーーーーーーーーっしょ!!
やばい、キモすぎて口から色んなものが出そうになった。
そう、見ての通り我が兄貴はシスコンである。
それも重度で手遅れなレベルのやつ。
「オリバー、フィオが困っているじゃない。やめなさい」
「むぅ……分かったよ、ママ」
困惑しているところでお母様の助け舟が入った。
正直、この家で最も尊敬しているのはお母様だ。
ちょっと過保護なところもあるけど、このアホ野郎共と比べればオアシスのような存在だ。
そんな阿呆みたいなやり取りを交わしつつ、やたらと長いテーブルの椅子に腰をかける。
テーブルには貴族家らしい豪勢な朝食が並び、専属のシェフがカートで次から次へと料理を運んでくる。
今日の献立はパンとなんかよくわからんスープに、魚の……なんか焼いてあるやつだった。
そして周りには使用人が待機し、その様子を静かに見守っている。
これだけを見れば、裕福な家系と羨ましがられることだろう。
これから豪華な食事と共に和気藹々とした朝食が始まる……そう思うことだろう。
だが、否ッ! 断じて否である!
貴族家にとって食事は試練と同義。
一般家庭の和気藹々な食事など取れないのである。
「では、いただこうか」
クソ親父の合図で試練が始まる。
テーブルマナーという名の試練が……
「……」
静まりかえる食卓、ナイフを入れる度に食器にあたる音がダイニング内にこだまする。
会話は一切ない。
使用人やシェフまで含めると相当数の人間が同じ場所にいるのに、静寂に満ちている。
なに、この地獄の空間は……
心の中でそう嘆く。
別に慣れていないというわけではない。
日常だったのだから、むしろこれが普通なんだとさえ思っていた。
……が、私の中の食事のあり方が変わったのは1ヶ月ほど前に友人の誕生日パーティーに誘われた時だった。
その友人は貴族家の人間ではなく、ごく普通の一般市民であったのだがそこで食事を共にした時に私は信じられない光景を目の当たりにした。
様々な話題で盛り上がり、テーブルマナーなんてものはなく、各々好きなように食事をとる。
フォークで肉をぶっ指して豪快に食べるなんて、家でやったら即刻反省室行きだ。
その上、静寂なんてものはなく、むしろうるさいくらいに盛り上がっていた。
そう、まさに今起きていることと真逆の現象が起こったのである。
驚いた私は友人に我が家の食事について話したのだが、「え、貴族の食事ってそんなに厳しいの?」って苦笑いされてしまった。
その瞬間、私の中の食事の認識がガラリと変わり、我が家のルールがいかに窮屈なものかを思い知らされた。
確かにテーブルマナーは貴族にとって嗜みとも呼べるものだ。
重要な会食とかがある時はそういった所作は色々な人間に見られることになる。
現にマナーの知識で助けられた場面もあった。
……が、家にいる時までそれを強要されるのはどうかと思う。
常に予行演習を兼ねて……とか言うが、私は納得がいかなかった。
食事とは本来楽しいもの……友人との付き合いからそういう認識が芽生えたことでより今の状況に辛さを感じていた。
ここは一発かましてみるか……
何事にも革命が必要だ。
独立運動によって国が出来たりするように、凝り固まった物事を変えるには刺激がないといけない。
そして今がまさにその時だと思った。
「……ふんっ!」
決めたのなら即行動、それが私のモットーだ。
私はナイフを隅に置き、フォークのみを手にすると魚料理に突き刺し、そのまま口に運んだ。
瞬間、周りの人間からの視線が一気に私の方へと集まるのを感じた。
そして前方を座るクソ親父も私の所作は見逃さなかった。
クソ親父は驚きを隠せないようだった。
目を丸くし、思わぬ行動に言葉も出ないようだ。
それはお母様も同様だが、お母様の方はクソ親父の顔色を窺っているようだった。
クソ兄貴は……知らん。視界にも入れたくない。
「フィオ……今、お前は何をした?」
数秒ほどの沈黙の後、ようやくクソ親父が口を開いた。
「なにを……といいますと?」
とぼけてみると、クソ親父の顔色が一気に変わる。
「とぼけるな。私はお前にそんなマナーを教えたつもりはないが、どういうことだ?」
「マナーでございますか? でしたらこれも立派なマナーですよ」
「どういう意味だ?」
「以前、友人の家にお邪魔した時に教えていただいたのです。是非ともお父様にも見ていただきたいと思いまして……」
あくまで自然な流れで持っていこうとするが、クソ親父の表情は変わらない。
「フィオ……後で、執務室に来なさい」
ちっ……!
思わず舌打ちが出そうになるところを、心の中でとどめておく。
どうやら革命は失敗に終わったようだ。
「我が愛しの妹よ! 父上は反対してもボクはいつでもキミの味方だからねっ! この美しい胸毛に誓うよっ!」
そういってシャツのボタンを取り、もっさりとしたブツを見せてくる。
最悪である。
朝から最高に不快なものが目に入ってしまった。
「オリバー、お前も執務室に来なさい」
まぁ当然食事中にそんなことすればクソ親父は黙っていないだろう。
私が言えたことではないが、この男に脳みそは詰まっているのだろうか?
そんな様子を、今にも噴き出そうな表情で見ているものがいた。
クソ親父の後ろに待機しているバトラーだ。
……あいつ、後で絶対にしばき倒す!
心の中でそう誓いつつも、くっそつまらない食事を終える。
ちなみにその後、私とクソ兄貴は小1時間ほど執務室でクソ親父の説教を受けたのだった。




