17.脳筋令嬢の決闘
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酒場に潜伏してから、しばらくしてその時はやってくる。
クレストは女たちに囲まれながら酒を堪能した後、酒場を後にした。
最後に一人一人にキスまでして。
「あぁ~やばい。虫唾が走るわ」
「同意します。あんなに女性を誑かして羨ま……じゃなくてけしからんです」
「私がバカされていたことについては、ノーコメントなのね」
「ついでにそれも」
「ついでってなによっ!」
とまぁ今はそんなことを話している場合ではない。
「決定的な部分は収めたのよね?」
「バッチリでございます」
「じゃあ追うわよ」
私たちもクレストを追って酒場から出る。
またいつかここに戻ってこようとそう誓いながら……
もう私は、酒場で味わった雰囲気や料理の味の虜になってしまっているのだから。
クレストは真っすぐ新市街へと向かっているみたいだった。
恐らくそこから停留所に向かい、馬車に乗る予定なのだろう。
「バトラー、結界の準備は?」
「今起動させました。後は彼が通るのを待つのみです」
現在の立地から、旧市街から新市街へと向かうには必ず通らないといけない路地裏がある。
私はバトラーに頼み、その場所に事前に罠をしかけてもらっていた。
クレストには漁の魚の如く網に引っかかってもらうのだ。
「証拠は私が持っておく。あのタイプの男は何を潜ませてるか分からないからな。万が一もあるし」
「承知致しました」
お忍びとはいえ、婚約パーティーの後に堂々とこのような外道に走る男だ。
そうやれるのは何かしらの理由があってのことだろう。
確実に懲らしめるには最低限の用心はするに越したことはない。
クレストはそうとも知らずに暗い路地へと入っていく。
私はバトラーを背後に待機させつつも、息を潜めながら彼との距離を縮めていった。
その時だ。
結界が作動し、魔法の壁が構築される。
これで逃げ場はなくなった。
クレストも気が付いたようで、足を止める。
だが彼は至って冷静に辺りを見渡すと、
「誰かな? 僕のことをコソコソと嗅ぎまわっているいけない子は?」
どうやら気づいていたみたいで、隠者に出てくるよう訴えてくる。
伊達に騎士博士の称号を持っているわけではないというわけか。
私は彼の前に姿を見せる。
「なるほど。今回は君が新たな害虫というわけか」
「害虫……?」
よく分からない単語を発するクレストに意味を問うと、
「僕は人気者だからね。特に僕を毛嫌いする汚い人たちにはよく嗅ぎまわれちゃうんだ」
汚い人たち……だと?
どの口が言うか。
「その度に隠れて害虫排除をしないといけないものだから、大変だよ」
クレストはやれやれと言わんばかりの乾いた笑いを出す。
声のトーンもパーティーにいた時や酒場にいた時とは全然違う。
これがこいつの本性なのだろう。
「君はさっき酒場にいた人だよね? 二人組だったようだけど、もう一人はかくれんぼかな?」
「さぁ、どうだろう……?」
見られていたか。
だいぶ隠密にしていたつもりだったが、それだけ場数を踏んでいるということなのだろう。
「ま、ここで皆殺しだから関係ないんだけどね。でも一つだけ不可解なことがあるなぁ……」
「なにが言いたい?」
「普通のパパラッチならそのまま逃げるところだけど、君たちは何故か僕の前に出てきた。まぁ逃げたところで側近の衛兵を潜ましていたから無駄なんだけど、わざわざ姿を見せたことに疑問が絶えないんだ」
普通ならそうだろう。
だが私たちは目的が違う。
こいつを懲らしめるという点では一致しているかもしれないけども。
「もしかして自殺願望者か何かだったり~?」
「まぁ、あんたみたいな外道と余生を共にするくらいなら死んだ方がマシかもね」
「……?」
クレストは疑問符を浮かべる。
「ま、なんでもいいや。とりあえず後ろのお友達は捕縛したからね~」
「……」
チラッと後ろを見ると、鎧を纏った数人の衛兵がバトラーを囲んでいた。
首元には槍が突きつけられ、バトラーは両手をあげている。
計画的な行動をとっていたのは私たちだけではなかったようだ。
「わざわざ姿を見せたのは罪悪感なのか何なのか分からないが、とりあえずキミたちが収めた証拠を渡してもらおうか。さもないと……」
「さもないと?」
「後ろにいるお友達が大変な目に遭っちゃうよ? あ、心配はしなくてもいいよ。君にもちゃ~んと後を追わせてあげるからさ。あ、君の場合はちょっとだけ楽しませてもらうかもだけど……気の強い女の子は好みなのでね」
とことん最低な野郎である。
果たして気が強いだけで終わるかしら……と言ってやりたい。
そんな中で不敵な笑みを浮かべる当の本人は私がどんな反応をするか楽しみなようだった。
だが、残念だ。
私は貴方の期待に応えることはできないのだから。
「……で、話はそれだけかしら?」
「はい?」
「話はそれだけか……と聞いているの」
「な、なにをいってるんだい? 君の仲間が……」
「仲間……がどうしたって?」
「……ッ!?」
クレストもようやく気付いたみたいだ。
いつの間にか包囲していたはずの衛兵が皆、仲良く地に伏しているところを……
「バカな……いつの間に……」
呆気にとられたように目を見開く。
バトラーは何事もなかったかのように倒れた衛兵たちを縄でしばりつける。
「さて、今度はあんたの番だけど……どうする?」
「ふ、ふふふふっ!」
クレストは突然高笑いを上げ始めた。
「なるほどね。君たちが僕の前に現れたのも納得だ。それなりに腕に自信があるみたいだね。まさか僕が攻められる側の人間に回る時が来るなんて思ってもいなかったよ」
クレストはニヤリと笑うと、右手を前に突き出した。
「でも……残念ながら相手が悪かったね。いや、悪すぎたといっても過言ではないかな」
クレストは突き出した右手に魔力を込めると、光り輝く魔法剣を生成する。
それを振り回し、構えると今日何度目か分からない笑みを浮かべた。
「君は知っているかどうかわからないが、これでも魔法大学で騎士博士の称号を取得していてね。魔法剣術の分野においては右に出る者はいないとまで言われていたんだ」
「それは楽しみだ……」
知っていたけどね。
とはいえ魔法と剣術……私とは無縁のジャンルが合わさった者がどれほど強いのか……
そこに至っては非常に興味がある。
こいつと出会ってから、初めて楽しめるかもと思ったかもしれない。
「バトラー、貴方は離れてなさい。言っておくけど、横やりは厳禁よ」
「分かっております。そもそも、横やりなんて入れなくても大丈夫でしょうし……」
「なんか言った?」
「なんでもないです……」
バトラーを言いくるめると、再びクレストに視線を戻す。
「よほど自信があるみたいだね。二人でかかってきても良いんだよ? かかってきたところで無駄だと思うけど」
そう言われると、私は鼻で笑ってやった。
「戯言を言ってないで、さっさと始めましょう」
時間もないし。
「ふふっ、せっかちなんだね。僕はあまり嫌いじゃないけど……」
いちいち癪に障るセリフしか言えんのか、こいつは……
はぁ……と思わずため息が出そうになった時だった。
あいつの目つきが途端に変わった。
これは……来るな。
「じゃあお望み通りにしてあげよう。レディの望みを叶えるのは紳士の嗜みだからね!」
クレストは生成した魔法剣を構えると、刹那のうちに振りかざし、凄まじい衝撃破を発生させた。




