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魔王の過去語り

「私の住んでいた場所は魔族に支配されていた領域でした」


 街の中心部の宿の酒場で、ルチフは静かに言った。


 勇者パーティーに静かなどよめきが走る。


「私の住んでいた場所は最も南に位置する人間の国の南端よりさらに南。かつては魔族の少ない、それなりに肥沃な場所でした。しかし、今ではもう魔族の支配領域です」


 ルチフは努めて、少し悲しそうな顔をしていた。


 嘘は一つとして言っていない。


「そこにいた人間は、魔族によって支配されました。 ほんの数百人の小さな集落ですが、そこにいた人々は魔族によって実験台にされたり、あるものは魔族の食料とされました」


 多くのものが眉をしかめた。


 セヴァンは明らかに不快感を顔に示し、テルンはその人間たちを想像して、憐れみの表情を見せた。ディエンは特に顔を変えなかった。レーゼンはわずかに目を泳がせた。


「そんなにひどいことを……」


 セヴァンがルチフと目を合わせて言った。


 ルチフが言葉を続ける。


「魔族の開発した魔法が人間に使えるかどうかの実験が、そこで行われました。私はそれに参加した人間の一人でした。あの魔法はその時に習得したものです」


「そんなことが……」


 今度はテルンがつぶやいた。


「魔法の才があると判断された私は、魔族の軍に参加することを検討されました。私だけでなく多くの他の人間も戦力として判断されました。人間はそれ以外の何者としても見られませんでした。魔族に監視されながら、食事と睡眠と、残された少しの自由時間以外は、日々魔法の訓練をするばかり」


 ルチフがそこで言葉を切ると、他に誰も喋るものはいなかった。レーゼン以外は真剣にルチフに視線を集めていた。


「私はそこから抜け出しました。その後、人間の文明圏を目指して、各地を転々としながら北へ北へと移り住んでいきました。そして最後にカルラーム王国にたどり着き、今に至ります」


 ここまで嘘は一つとして言っていなかった。 最後まで全て事実を用いて述べた。


 少しの沈黙の後、勇者がそれを破った。


「辛い出来事だったろうね」


 同情の眼差しをルチフに向けていた。


「遅くなったけど、ありがとう。さっきは君に助けられた。君の助けがなかったら、あそこでひどいことになっていたかもしれない」


 勇者は慰めの気持ちがこもった微笑みを浮かべた。


 テルンも優しい顔をルチフに向ける


「私からも、お礼を言います。ありがとうございました、ルチフさん」

「俺は何がなんだかわからんかったが……」


 エルフとドワーフは我関せずと言った感じだった。


「ディエンがかかったのは隔離魔法の一種だよ」


 全員の視線がレーゼンに集中した。


「ディエンというよりかかってたのはこっちかな。あれは全く別の空間に人や物を移動させる魔法だ」

「あの魔法がわかるのか」


 ディエンが少し驚いたように聞いた。


「結構難解な魔法なんだけどね……。あの場合、私たちがその空間に転移させられていた。町の人が消えたんじゃなくてね。その作り出された隔離空間は使用者の力量によるけど、好きに内部を構築できるから、あの魔族は町の外観をそのまま隔離空間に構築したんじゃないかな」


 〚メヴダード〛。魔王はその名前を思い当たった。


「その魔法の名前は、〚メヴダード〛と言うんだけど、かなりわけのわからない魔法だよ。その魔法陣には他のどの魔法でも見られない、わけのわからない部分が存在するんだ。分かっていないから他の魔法への応用が効かないし、おまけに魔法の起源もわかっていない。私は正直、気味が悪いから、あんまり使いたくない魔法だね」


 確かそれは人間の産物でも魔族の産物でもない。レーゼンの言うことに反して、収納魔法の式にも類似点があったはずだが、気づいていないのだろうか。


「よく知っているな。あんな訳の分からないものを」


 ディエンが感嘆の声を上げた。


「長年生きているといろんなことがあるんだよ。わけのわからないものぐらいいくらでも遭遇する。生きてる中でわかるようになるものもあるけど、あれはそうじゃないものの中の一つかな。その中でも、さらによくわからない部類に入ると思う」


 レーゼンは半ば昔を懐かしむようにしゃべっていた。


 するとセヴァンが思いついたようにレーゼンに話しかけた。


「レーゼンって、今いくつなんだい?」


 するとレーゼンが初めて見るじとりとした目でセヴァンを見た。


「女性に年齢聞くもんじゃないでしょ。エルフだからって、気にしないとでも思った?」


 ちなみに魔王はレーゼンが一〇〇〇歳ほどであると見積もっている。


「あっいや……ごめん。悪気はなかったんだ。ただ、ちょっと気になって……その、生まれたばかりだからさ」


 冗談か皮肉か、それら混じりのセリフだった。


「そういえば、まだみんなの年齢も知らないし。僕だけ先週言ったけどさ」

「なら私から言いましょうか。私は二十三です」

そう言ったのはテルンだった。

「ディエンさんはどうなんですか?」


 ディエンは少し前を泳がせる。


 彼は見た目的には初老に差し掛かったあたりのように見える。


「俺は……隠してるわけじゃないんだが……その、あんまり実年齢言うとイメージが……」


 ちなみに魔王はディエンが六十歳ほどではないかと推測している。それにしては見た目が若々しいが、ドワーフの特性というものだろう。ドワーフはその寿命が現代の一般の人間より倍ほど長い。


「長命種族はあまり年齢言いたくないものなのかな〜?」


 セヴァンが椅子の上で伸びをする。外ではすでに太陽が沈み、薄くではあるが星が輝き始めていた。


「そういえば、ルチフは何歳なんだい?」


 そう聞かれてルチフは一瞬たじろいだ。


 魔王としての年齢を素直に答えるならば、三〇〇〇と少しである。


 ここでそんなことを答えるわけにもいかない。体の年齢を答えよう。


「私は二十五歳です」


 髪型や格好のせいで少し高く見積もられるだろうが、肉体の年齢は正真正銘二五である。問題は十年も二十年も、それが変わらないことであるが。


 セヴァンが少し驚いて反応する。


「へえ。薄々感じてたけど、人間の中では最年長か。そんなんなら敬語なんて使わなくても」


「いえ。私にとって敬語とは、敬意を表すための言葉です。形式的に使うものではありません。私は本当にあなた方に敬意を払っています。それを伝えるための手段なのです」


「はは、そっか。考えてみれば、それが当たり前だよな」


 セヴァンは微笑んだ。


「それにしても、みんなめっちゃくちゃ年齢バラバラだな。僕なんて未成年だし、レーゼンとかは何百歳かもわかんないし、ディエンはドワーフなだけに年齢が一番推測しにくいな」


 テルンはそれにつないで行った。


「こう言ってしまっては何ですが、歳なんて関係ないんじゃないですか。 一緒に寝て、一緒に食事をして、何週間もずっと同じ時間を過ごして……同じ歳の者たちより、密接な時間を過ごしているんじゃないですか?」


「確かにな……。今までいくつかの冒険者 パーティーに入ったことはあるけど、こんだけずっと長い時間過ごすことになるのは初めてだな」


 この旅が何年かかるのかは分からないが、それは人間にとって人生の大半を占める時間となるだろう。


 すると今度はディエンが話し始めた。


「俺は今までずっと一人だった。それで今まで困らなかったからな。しかしどうだ。信頼できる仲間に背中を任せられるってのは、寝る時に見張りがいてくれるってのは、なかなかどうして安心するな」


 そういうディエンの言葉は淡々としていたが、二週間を共に過ごした仲間には、そこにある彼の感情を感じ取ることができた。


 ルチフにとっても、この旅で久しぶりに眠るという面白い体験ができた。その点では感謝ができる。


 セヴァンとテルンは、それに微笑んだ。相変わらずレーゼンは感情を表に出さなかったが、彼女にとっても一人の旅より信頼できる複数人の旅の方が安心するだろう。少なくとも彼女の穏やかな寝顔からはそれが伺える。


「お客様」


 宿屋の職員が、席に近づいてくる。何やら神妙な顔をしていた。


「ど、どうしたんですか」


 セヴァンが返事をする。


「勇者パーティーの方々ですね?」


「そうですけど……」


 ちらと職員の後ろに目を向けてみれば、何やら杖をついた老齢の男が立っていた。どうやらただならぬ雰囲気である。


「村長からお話があるそうです」


 その老人は村長であるらしかった。齢は七十を超えていそうである。あごに立派な白いヒゲを蓄えていた。


 カッと杖をつき、前に出てくる。


 こんな時になぜ村長が出てくるのか。皆目検討もつかない。しかしただ事ではないのは確かである。金がないのにただ宿屋でたむろしているだけなのがバレたか。


 いよいよ村長が開く。ごくりとつばを飲む。


「感謝いたします!」


 その言葉と共に、元々少し曲がっていた腰が綺麗に九十度に曲がった。


「へっ?」

「この村に潜んでいた魔族を討伐してくださり、誠にありがとうございます!」

「えっ!?」


 この後に続く長い会話を要約すると次のようになる。

 つい数週間前、村長の家にあの魔族が現れた。そして、命欲しくば私の存在は黙っていろ、そして私を匿え、と言ってきたのだそうだ。


 目的は分からなかったが、黙っているしかなかった。 恐怖に怯えて数週間を過ごした後、勇者パーティーがやってきて、魔族を討伐してくれたのだと。


「本当に感謝いたします。この数週間で誰も被害者が出なかったのは幸いでした。あなた方はこれからの村の人々の命も守ってくださった。本当に、本当に感謝いたします」


 村長は勇者の足元で泣いて感謝していた。普通の人間にとって魔族は殺意の塊である。そんな恐怖が数週間も続けば、安心で泣いてしまうのは無理はなかろう。


「どうか何かお礼をさせてください。小さな村ですが、命の恩人に報いるためならばできるだけのものを用意いたしましょう」

「まずは立ってください。みんな、どうする?」


 村長の手を引きながらセヴァンが聞いた。


 全員良識をわきまえている人間(類)であった。特に欲があるわけでもない。答えはおおむねすぐに出た。

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