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エルフは猫を好くか?

 エルフとは狩猟採集民族である。

 豊かな森で自然の恵みに満ちた生活をしているため、わざわざ人間のような辛く苦しい農耕社会である必要がない。所謂原始社会主義的な構造を未だ持っており、その大きな文化の違いから人間との交流は殆ど存在しない。

 人間との交わりを持つ数少ないエルフも、人間社会の間を放浪するのみで、人間社会に定住するエルフは確認されている範囲では存在しない。

 狩猟採集民族の例に違わず、エルフは肉も食べる。一部の宗教観を持つエルフは食べないこともあるが、基本的に肉も食す。

 狩猟するにおいて必要なのが、自分たちの目や鼻の代わりとなる動物である。

 エルフは猫を飼っている。人間は犬を飼いならすことで有名だが、エルフは猫を飼う。

 定住せずウロウロするのが性に合っているエルフに合ったのかもしれない。

 音もなく移動し、夜目も聞く猫は、目は良いが夜目は聞きにくいエルフの目を補う絶好の相棒であり、双方とも耳が良いためにほんの少しの音で合図を出し合うことが可能でもある。

 何よりかわいい。

 寸胴短足へと変化をたどったイエネコと違い、エルフの猫は狩猟に特化した変化をして来た。手足はすらっと伸び、森の木々の間を飛び回れるように進化し、顔は細い枝の間を引っかからずに移動できるように細身になって行った。

 しかし大きさは殆どイエネコの原種から進化せずに、そのままの大きさを保っている。

 寿命もまた長く、これはエルフが女神から受けた祝福のおこぼれをもらったような形で、平均で一〇〇年ほどまで健康に生きる。

 このように、エルフの猫は古来――エルフにとってはちょっと昔かも知れない――から彼らと共に寄り添ってきた。

 しかし、レーゼンはその習慣を知らない。エルフは猫を飼う、という記憶がないからである。

 だが、エルフであるからには猫に触れなかったはずはない。

 だが成年後の彼女は猫を飼うことはなかった。一つは別に興味なかったということと、二つは彼女がエルフの猫という存在を知らず、一般的な猫の寿命が人間よりも遥かに短いこと。

 だから、彼女は人間以外の動物にはそれほど興味はなかった。

 しかしここで出会った。

 なぜだか、体躯がすらっとした、不思議な気配を発する猫に。


×


「ニャ〜」


 その声で、彼女は眠りから目を覚ました。

 毛布にくるまれた中で身じろぎをする。

 本来の彼女なら起きることはありえない時間帯。

 彼女の足元に、何か温かいものが触れていた。


「ん……」


 細目を開けて、ぼんやりとした視界で足元を見る。


「ゴロゴロ……」


 喉を鳴らす、茶縞の体の猫。

 線の細い顔を、彼女の足に擦り付けている。


「……レアフ?」


 彼女は自分の口から出た音節を理解できなかった。


「……?」


何なんだろう、この猫は。こんな場所に野生の猫が存在するはずはない。


「ニャー」


 猫は気持ちよさそうに、一言なにか意味のこもった鳴き声を発したが、レーゼンには理解できない言語だった。


「あっ……」


 猫がレーゼンの足から顔を離した。なぜか彼女は寂しさを覺える。

 その瞬間、猫は彼女の膝の上に跳び上がった。

 レーゼンは一瞬ビクリとした。

 すると猫は膝をたどって、彼女の腹の方へと歩く。


「ん……」


 少しの圧迫感と、猫のほんのりとした温かさ。

 ぬくい。

 猫の上に手をのせて、毛並みに沿って撫でる。

 すると猫はお腹の上で丸くなった。

 じんわりとお腹に暖かい感触が広がる。

 なぜだか安心感を感じる。

 もしかしたら、自分は成人する前には猫を飼っていたのかもしれない。

 猫の喉に手を伸ばし、指の裏で撫でてやる。

 ゴロゴロと猫は快感に喉を鳴らす。

 今までに猫の喉を撫でたという記憶は無い。

 でもひどく懐かしい感じがする。

 九〇〇年の間にこの感覚は何度か経験している。家族を弔う時に花を摘んでいるときも同じ感じがする。

 今まで猫には見向きもしなかった。その寿命は二〇年にも満たないから。愛着が湧くから、というわけではなくて、たった二〇年では愛着が湧くはずもない。

 猫が気持ちよさそうに鳴き声を発する。

 猫は繊細な生き物だと聞いたことがある。だから自分がうまくこの子を扱えているのは良いことなのだろう。

 猫がごろんとお腹の上であおむけになる。

 そのお腹を撫でてやる。

 猫が快感の喘ぎを小さく上げる。

 それからしばらく、レーゼンは猫を愛で続けた。

 顎を撫でたり、毛をつくろってやったり、尻尾の付け根をトントンしてやったり。

 ぴくぴく、と付け根をいじるたびに猫は気持ちよさそうに体を震わせる。


「レーゼン?」


 セヴァンだ。

 見回りの当番から帰ってきた彼が話しかけて来た。


「その猫は?」

「野生の猫か誰かの猫だと思うよ」

「へー。珍しいな」

「私は覚えている限り初めて猫に触るよ」


 すると彼は目を丸くする。


「なのに随分と手慣れた手つきだけど」

「覚えてないけどいつかどこかで分かったことがあるんじゃないかな」

「へえ。きっとそうなんだろうね。でないと猫はそんなに懐かないよ」


 そう言って彼は座った。


「ルチフ、交代だ」


 隣で寝ていたルチフを彼が起こす。

 するとぱちり、とまるで起きていたかのようにルチフは目を覚ます。


「おはようございます」

「おはよう」


 すると、ルチフはレーゼンのお腹の上で好き放題にされている猫の方を見た。


「エルフの猫ですか」

「なにそれ?」


 セヴァンが聞く。


「知ってるの?」


 レーゼンも聞いた。


「確証はありませんが、特徴が似ています。耳が長く、手足や胴体、顔など、全体的に細長い、すらっとした体格の猫です。その体格の特長からエルフの猫と呼ばれるようになったと言うのが有力ですが、一説によれば、エルフによって飼われていた猫の種が起源であるとされています」

「そう。じゃ、多分それが正解だね」


 レーゼンは猫をいじりながら答えた。


「ンナー」


 猫が気持ちよさそうに声を上げる。


「なんで?」


 セヴァンがきょとんとした顔で聞く。


「記憶にはないけど、この猫は懐かしい感じがしたんだよね」

「へえ。覚えてないこともあるんだ」

「とくに最初のころの方はね」

「では、私は言ってきます」

「気を付けて」

「はい」


 セヴァンの言葉を背に、ルチフが見回りへ出発する。

 今日はルチフが最後の見回りだ。まもなく数時間で夜は開ける。


「それにしてもレーゼン、こんな時間に起きるだなんて初めてじゃないかな」


 セヴァンは小声で続けた。


「くぁ……」


 レーゼンはあくびをした。


「そうでもないのかな……?」

「べつに……私だって夜中起きることだって……ある……よ……」

「レーゼン」


 レーゼンの猫を愛でる手が、少しずつトーンダウンしていく。


「……レ……アフ……」


 最後に一言、うわごとのような言葉を発して、レーゼンは眠りの世界に戻った。


「レアフ……?」


 セヴァンはその言葉を口にした。


「なんだろう……エルフ語でおやすみ……?」


 セヴァンは考える。

 が、結局何も出なかったようだった。

 彼も毛布に身をくるみ、残りの数時間の睡眠をとることにした。


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