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疑うエルフ

お久しぶりです。

書きます、続き。

 千年生きたエルフが動揺し、それに少し気を取られ気にかけていたら、こちらの脚がつかまれてしまうとは。


 少し舐めていたな。千年生きる中で、こういうことがあるとは。


「魂……何のことですか」


 流石に、バレるわけには行かない。


「本当に見えていないの?」


 エルフの目が、しっかりと私を見据える。


「……私はただ、精神安定の魔法をあなたにかけようとしただけです。それとも、お気に召しませんでしたでしょうか」

「……いらない、そんなもの。かなり古い術式だ。私にそれは効かないよ」

「……そうですか」


 私は展開していた魔法陣をしまい込んだ。


 そしてエルフはそっぽを向く。

 危なかった。

 カマをかけてきたのだろうか、それとも本当に確信をしていたのだろうか。

 私の魂は今大いに揺らいでいることだろう。

 しかし表面では隠し通したはずだ。

 しかしなぜだ。なぜエルフに勘づかれた? このエルフは、そこまで長く生きているのだろうか。魂を知覚できるほどに。


「レーゼン? どうしたんだい?」


 勇者が振り返りこちらを向く。

 その片手には、溺れかけていた聖職者が青い顔をして船の端に捕まっていた。


「や、やりすぎですよディエンさん、ゲホッ、ゲホッ! うわぁ鼻の中に水が入って苦しい!」

「知るか、この聖職者もどき。死んだら神になんて顔を合わせるんだ。女の子に迫って殴られて溺れましたって言うのか?」

「いいすぎじゃないかな、ディエン……それで、レーゼン、大丈夫かい?」

「……別に、なんともないよ」


 彼女のその顔は、彼らの方を見ていなかった。

 私はエルフの魂に集中をした。


 揺らいでいる。彼女の魂も揺らいでいる。

 しかし、彼女が何を思っているのかまではわからない。魂はそこまで万能ではない。

 魂はあくまできっかけと記憶を司る単純な命令装置であり、複雑な思考は脳の仕事だ。

 そして、私はまだ人間の脳の構造を完全には解き明かせていない。だから複雑な思考を読み取る魔法は使えない。

 しかしもし使うとしても、今この場で、実力を隠したまま展開できるほど単純なものではない。


「……」


 レーゼンが、ルチフの目を見つめた。


「やっぱり、怪しいよね」

「えっ?」


 ざわり、と船上の空気が揺れた。


「みんな、ルチフのこと怪しいと思わないの?」

「な、なにを言っているんだ、レーゼン」


 セヴァンが動揺に抗議をする。


「ルチフが怪しいだなんて……今まで何か月も旅をしてきた仲じゃないか」

「いや、だって」


 レーゼンが抗議を続ける。


「何か月も旅してるくせにずっとそっけないし、表情筋も一つ動かさないし、そもそも人間かも定かじゃない。それに、魔族の出身て言うのも本当かどうかわからないじゃん。そう思わないの?」


 レーゼンが、ジト目でルチフのことを見つめる。


「もしかしたら、魔族かもしれないよ」

「レーゼンさん、いくらなんでもそれは……」

「じゃあテルン、試してみてよ。聖域展開、できる?」

「そりゃ、もちろんできますが……本当に疑っているんですか、ルチフさんのことを?」

「仲間としては信頼できるよ」


 レーゼンははっきりと言った。


「でも、人としていまいち信用できない」


 その目が、キッとルチフをねめつける。


「でも、それってエルフにとって数ヶ月しか旅してないからとかじゃ……」

「うるさい」


 セヴァンの言葉を、レーゼンが珍しく、本当に珍しく、意思を持って切り捨てた。

 魂からそのような気配がする。


「レーゼン、どうしたんだい」


 セヴァンが心配そうに問いかけた。


「君らしくもないじゃないか」

「テルン、やるの、やらないの?」


 レーゼンはついにセヴァンを無視した。


「……分かりましたよ。それでは、〚聖域展開〛」


 テルンの両手に魔力が集中し、彼はそれを舟底にたたきつけた。

 その瞬間、そこを中心にして円球が出現し、舟にいる全員をとりかこむ。


「……」


 レーゼンが、(彼女なりに)厳しい目つきでルチフのことを見てくる。

 そして、その右手に、短い方の魔法杖を出現させた。


「〚アスファル〛」

「ちょ――――!?」


 テルンが止める間もなく、一瞬にして展開された小さな魔法陣、そしてその表面に集中したこぶし大の魔力が集まり、一瞬にして解き放たれた。

 それはまっすぐにルチフの頭を飲み込んでしまう。


「……」


 しかし、何も言わずに、ルチフの顔の前には六角形の平面防御魔法が展開されていた。


「……誤解は解けましたか」

「……」


 おそらく、〚聖域展開〛下でも、複雑な防御魔法が使えるのか、見たかったのだろう。

 エルフはなお、ルチフことを見つめていた。

 その瞳がルチフの向こうに見透かしているのは何なのだろう。

 ルチフそのものか、魔族か、それとも、魔王か……。


 レーゼンの魂が、静かに何かを考えているような気配を発する。

 観察している。それも、慎重に。かなり、ものすごく。


 テルンやセヴァンはもちろん、ディエンですら少しの動揺をしている。


 しかし、レーゼンの魂の気配は真面目そのものであった。

 彼女は本当に警戒している。

 ルチフが、万が一にでも偽装された魔族だった場合、今この瞬間、全員の命は潰える可能性があるのだ。

 なにせ、今までの仲間の手の内はすべて見られているのだから。


「……」


 そのまま、エルフのにらむ目が続く時間が流れた。

 それはかなり長く感じられた。傍から見れば、それなりに短かった可能性もあるが。


 そして、エルフのため息が、静寂を貫いた。


「魔族じゃないね」


 エルフはぐったりと肩を落とした。


「それだけは言える」


 その途端、はあ、と仲間たちの肩から一斉に力が抜けた。

 変わらぬ様子をしているのは、ルチフだけだった。


「お、お客様……?」


 そして、今まで口をとざしていた操舵手も、いよいよたまらなくなったのか声をあげた。


「そ、その……舟の中での仲間、割れ……? は、おやめください……その、困りますので」

「ごめんね。どうしても気になってたから」


 レーゼンはそっけなく言う。

 しかし、その魂の気配にはしっかりとした申し訳なさがあるようだった。


「ルチフ、目的ななんなの?」


 しかし、まだ怪しまれているようだった。


「……魔族の国を、壊すことです」

「魔王を討伐することじゃないの?」

「……」


 痛いところを突かれた。


「ねえ、ルチフ。あなたは、本当に私たちの仲間に加わりたいの? なんで、魔族の国を抜け出したのに、また私たちと旅をして、魔族の国に行きたがってるの?」


 言われてみれば、怪しいことこの上ない。


「れ、レーゼン……」


 セヴァンの慟哭にも似た呼びかけが響く。


「セヴァンも、テルンも、ディエンも」


 エルフの声は低かった。


「みんな、ルチフを信頼しているけれども。ごめんね。もし、あなたが潔白だった時のために、謝っておくけれども。私はあなたを、信じられない、人として。どうしても」

「そうですか」

「……やっぱり、何とも言わないんだ」

「正直、言われてみれば、かなり自分が怪しいとも思えますので」

「…………」


 いつも通りの感じか……というような顔で、レーゼンは見てくる。


「仲間としては、信頼しているけれども」

「ありがとうございます」


 自己矛盾を抱えている魂の気配だ。

 最も人間らしい感情。

 数か月の旅の間で、彼女は着々と、私に抱く信頼を持っている。

 それはどうしても実ってしまうもので、人が長い間一緒にいるときに、必ず芽生えてしまう、ある種の本能からやってくるもの。

 数ヶ月がエルフにとって短いとしても、我々は常に共に過ごしている。人間でも、三日という短い時でも、三日三晩一緒に人といれば、おのずと信頼してしまうに違いない。何か壊滅的な相性の悪さでもなければ。

 しかし、私は、魔王は、ルチフとして、この数か月間一度もパーティを裏切ったようなことは、本当に一度としてない。

 クリューヴの件は魔王として命じたことでもなければ、あの段階で勇者パーティを傷つけようなどとは考えてもいなかった。


 ルチフとして、仲間として。仲良くこそすれど、一度も悪いことなどしていない。

 人としては、疑うよりも、信頼してしまう方が先だ。どうしても、そうなる。

 エルフの心理にそれほど通じているわけでもないが、人間であるのならば、そうならざるを得ない。それを私は知っている。


「……確認だけど」

「なんでしょう」

「今のところ、私たちを裏切る気はない?」

「ありません」

「……そう」


 彼女が、なにがしかの口実が欲しいことは明白だった。

 しかし、私は嘘をついていない。私として、魔王として、ルチフとして。

 今のところは。


 本心を言ってしまえば……ここでの旅を終わらせるつもりは毛頭ない。


「れ、レーゼン。納得したかい?」

「……うん。ごめん」


 彼女は心底から謝ったようだった。


「ふぅ……」


 セヴァンは、安堵と疲れのため息をついた。


「レーゼンがルチフを怪しんでいたなんて知らなかったよ」

「正直、怪しいかと言えばめっちゃ怪しいがな」


 ディエンが遠慮なしにいう。


「ていうかパーティに飛び込み参加という時点で俺は仰天したぞ」

「でも、ルチフは悪い人間じゃない。そうだろう?」

「それは、私も同意です」


 テルンが横から口を挟んだ。


「彼が良い人なのは、聖職者である私が保証いたします」

「ほら、テルンもこう言っている」


 セヴァンはレーゼンに言い聞かせるように言った。


「だから、私は別にルチフを悪い人だとか思ってるわけじゃないって。ただ、信頼できない、それだけ。もしかしたらこの先信頼できるかもしれないし、そうでなくても旅は続けられる。それに、私もそれだけでパーティを抜け出したりしない。そうでしょ?」

「……うん……」


 セヴァンも、どこか納得しきらない様子だった。


「でも、今度何かやるときは、こんなに急にやらないでほしいな。いきなり舟の上で魔法を放たれたらびっくりするよ」

「それは、ごめん」


 エルフは素直に反省した。


 勘のいいエルフだ。

 たまたまなのかもしれない。もしかしたら確信があったのかもしれない。

 しかし、千年生きるエルフを侮ってしまったのは事実だ。これほどの長命種に会ったことはほとんどなかったのだから。

 もう少し、徹底する必要があるだろう。

 私の今の目的は、この旅を続けることなのだから。

 少なくとも、魔族の国にたどり着くまでは。

自由に書け。


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