魔王の夜
さて、なぜ戦争が始まったのか。
魔王たる私は何も知らない。
カーパティア山脈のときのクリューヴは、確かに何も問題ないと言った。
彼女が嘘をついているならば別だが、この戦争は、我々がクリューヴがいたあの町を出た後に始まったのだろう。
さて、魔王たる私にはいくらか心当たりがある。
老魔五柱(ハメ―シュエ・シャド)はもちろん一枚岩ではない。彼ら、もしくは彼女らは、魔王が現れるまでは全く敵対者同士で人間のような情を持たない彼らは、妥協や講和などする脳はない。
魔族はその姿かたちで人間をだませたとしても、同族たる魔族は騙せない。
魔族の戦争は人間のそれよりもよっぽど冷酷で残虐だ。
本当に、どちらかが死滅するまで終わらない。
幸運なことに、彼らには忠誠心というものがないので、負けを確信した魔族はすぐに寝がえり強い方と思った方へとへと転身することができる。そして同じ魔族である強いものはそれを深く理解しているので、すぐに受け入れ自らの懐に戦力として入れる。そこは人間よりも生き残る可能性が高いが、それ以外は全く認められない。
右も左もわからない魔族の子どもは何も役に立たないので殺されるし、自分の上司の魔族に自信を持つ魔族はそのまま殺される。
魔族は強さに縛られている。
もし自分の上司が敵の主将よりも強かったのなら、たとえ自分が死にそうになったとしても、両手を上げて寝返ることはしない。
それが、彼らの本能であり、生き方なのだ。
もちろん例外は存在するが、そもそもそんな例外は戦争になど参加していないし、その例外の中の変わり者がかつてしのぎを削りあっていた老魔五柱(ハメ―シュエ・シャド)の大半を占める。
クリューヴはいい例だ。まあ、彼女はその中でもよっぽどの変わり者だが。
さて、その五体の変わり者の魔族と、元帥と元首が、かつての魔族の領域を構成していた七体の魔族。
そのいくつかは、魔王に付き従うことに積極的ではない。
つまり、圧倒的な力を持つ魔王にすら本能に素直に従えない、変わり者だ。
その変わり者が、今回の騒動の原因である可能性がある。
そして何よりの問題は。
おそらく、この私が、魔族の国を去ったことが漏れている、ということだ。
私は国を出るさい、その事実を元首にしか告げていない。
そしてクリューヴは何かを嗅ぎ付け、なぜか私の居場所を特定した。
そして人間の領域に向かうさいは、細心の注意を払った隠蔽魔法を使い、飛行魔法で限界高度を飛び、その上たった原子一つの魔力の残滓すら残さずにやってきた。
私は国にいるときから、魔族を完璧に隠蔽して過ごしていた。だから、私が消えたことはまったく感ぜられていないはず。
もし消えてしまったことがばれるとしても、数年はかかるものと思っていた。しかし、たった半年足らずで、それが漏れた。
ローシュには話せないように魔法をかけ、クリューヴには釘を刺した。
となれば、事実を知るものが漏らしたということは考えにくい。
だから、誰かがその事実を自ら知ったということになる。
それは誰か。
不運なことに、私にはその心当たりがある。
魔王の下におけるナンバーツーであり、魔王軍を総括し、束ねるもの。
そして、老魔五柱(ハメ―シュエ・シャド)をも実力において凌駕する、戦力の総括者。
魔族の元帥。
その名は、メゲド。
魔王たる私は散々彼に手を焼かされた。
大陸で争っていた魔族の中で、一番最後まで魔王たる私に抵抗したのは彼だったからだ。
彼ならば、もし私が魔族の国を離れたと知ったのならば、簡単に魔王に背いて自らの道を行こうとするだろう。
ほかの私に忠誠のある老魔五柱(ハメ―シュエ・シャド)に敵対することもいとわずに。
魔族としての本能が半ば壊れている彼は、ある意味で人間らしい。
そして最も悪質でもある。
強さに付き従うというある程度の、唯一の組織性が機能しないのだから。
もちろん私の前に彼が出てきたとなったら、私が負けることはない。
だが勇者一行のルチフの前に出てきたとしたら、実力を隠しながらしのげる確証すらない。
この考察が合っていたのだとしたら、なんとも憂鬱だ。
私はため息をつく。
そして目を開いた。
暗い夜の部屋の中だった。
部屋の窓辺には二つのベッドが並んでおり、その一つに赤い髪の勇者セヴァンがすうすうと寝息をたてている。
私は部屋のテーブルの側の木の椅子に腰を掛け、本を膝に置いて眠っていた。
目を覚ました私は。ゆっくりと席を立ち、ベッドに横になった。
すでに一行はプリムス伯爵の領地を離れている。次に一行は大陸を横断する巨大な川、ダヌビウス川を下り、帝都のある半島近くまで下っていく。
果たして途中で何が起こるのか。
三千年生きた私ですら、たったの数秒後に何が起きるのか、確証を持って言えはしない。
私という存在以外のすべてを知る女神は、果たしてどのような未来を提示してくるのか。
私はそれを楽しみに、今日のベッドにもぐりこんだ。
また、明日。




