静かな町
「よう嬢ちゃん! ここらへんじゃみない顔だな。冒険者か?」
とある店の前に立つレーゼンに、店員の男が話しかけた。
「うん。ここって百年前にはなかった店だよね。気になってさ」
「あ? 百年前だ?」
「ああ、ごめんね。ほら」
レーゼンは自分の耳を指さした。
「んん……?」
「大きくてとがった耳。わかんない?」
「確かにでけえとは思ってたが……生まれつきの疾患とかかと思ってあんまり触れないようにしてたんだが」
「ちがうよ失礼な。エルフだよ、私」
「エルフ? おとぎ話の話じゃねえのか?」
「まだ細々と生きてるよ。現にここにいるし」
「へーそうか。そんな神話の妖精さんが、何をお求めで?」
店主は腕をくんだ。
レーゼンはショウケースの中に並ぶものを見た。
「このクレープ」
レーゼンはそのなかにある平べったいクレープのようなものを指をさした。その表面にはシュガーやチョコソースなどがトッピングされていた。
「ほう、長生きのエルフさんらしい選出ですなあ」
「どういうこと?」
「それはクレープじゃない。よーく見ろ。パンケーキでジャムを包んでるんだ。そしてその上にチョコソースをトッピングしている。千年以上前からつづく、この地域の由緒正しき料理だ」
「おいしそうだね。なんていうの?」
「パラチンタっつうもんだ」
「珍妙な響きだね」
「おっとこれは失礼。帝国語で話してたな。プラケンタ、っていうんだ」
「へえ。じゃあ一つちょうだい。百年前に来たときは食べたことなかったね」
「まいどあり」
店主はショウケースを開き、プラケンタを中から取り出し、薄紙の中に詰め込んだ。
「まあ食い方はクレープみたいなもんだがな。本来は皿の上でナイフとフォークで食うもんだが……観光客にはなぜだがこっちの方がウケがいいんだ。それにしてもエルフさま、百年間これくったことないってのは、人生百年損してるぜ」
「へえ。期待していいんだね? 千年生きる私の舌をうならせるって」
「おっとこれはハードルが高い。ほれ」
店主が薄紙に入ったプラケンタをレーゼンに手渡す。
レーゼンはお代分の銅貨を店主に渡した。
「まあそんな身構えて食うな。うまいもんは適当に楽しんで食え。千年生きるエルフさまに講釈垂れても仕方ないが」
「おいしいものは適当に楽しんで食べるっていうのは大体三百年前からやってるよ。じゃ、いただきます」
一口、レーゼンはほおばった。
むぐむぐ、と咀嚼する。
まずは表面のシュガーとチョコソースの味。それが噛むごとに少しずつ、パンケーキの中のジャムが解放されていき、全体で絡み合っていく。
それを楽しみ飲み込んで、レーゼンは微笑んだ。
「千年生きたエルフの舌をうならせたって売りに使っていいよ」
店主はにかっと笑った。
「そりゃあ最高の売り文句だな」
「うん。勇者パーティの魔法使いが訪れた店、の方が現実味あるかな。私勇者パーティの一人なんだよね」
「そいつはホントかい!?」
「そうだよ。今旅をしてる途中なんだけどね。どう? この売り文句」
「ああ、それもいいな。そっちを是非使いたいところだ」
「それじゃ、繁盛してね。百年後も食べに来るから」
「ほう。十年後とかじゃダメなのかい?」
「十年後ってすぐじゃん」
「エルフの感覚は難しいな。こっちからしたら一年でもだいぶ長いもんだぜ」
「人間の感覚は難しいよ。こっちからしたら一年なんてだいぶ短いよ。だってたったの三六五日じゃん。それが十個連なったらちょっと長いかもしれないけど」
「分かったぞ。多分百年が一年くらいなんだな、エルフは」
「多分そんな感じだと思うよ。じゃ、また百年後ね」
「おいおい……嬢ちゃん。俺はあと五十年だっていきれるか分からんぞ」
「じゃあ五十年後には来るよ」
「まあ……じゃあ頑張って生きるよ」
「じゃあね」
「ああ……じゃあな」
レーゼンは踵を返し、店から離れていった。
店主は指折り何かを数え始めた。
「今三十七……五十年後は八十七……厳しいな。今から帝国軍学校に入って士族にでもなって、貴族の側近として帝都で暮らせるようになれば……いやどうだろうな」
店主は近場では律儀で有名な男だった。
「……パラチンタを売って金を蓄えて……商売やって身分を整えれば……」
「っていうかなんでこんなに考えてんだ俺は。まあこのままパラチンタをチンタラ売ってもつまんねえけど」
すると、店の前に新しい客がやってくる。
「いらっしゃい」
店主は切り替えて接待を始める。
「どうも。この町に来るのは初めてなんだけど、これ、なんていうんですか?」
赤い髪で腰に剣を携えた少年。
その少年はエルフと違って、中欧諸国語を話していた。
店主もそれに合わせて言葉を変える。
「冒険者さんですかい?」
「ああ」
「それでしたら、先ほど良い売り文句が出来ましてね。こいつはパラチンタっていう、特製のジャムを薄いパンケーキで包んで、うまいトッピングをのせた、千年前から続く由緒正しきスイーツですぜ」
すると、その冒険者の少年は興味深そうにショウケースの中のそれを眺めた。
「それだけじゃありません。これは、実は勇者パーティの魔法使いがかつて舌鼓をうったスイーツなんですぜ」
すると少年は目を輝かせた。
かつて、なんて言ってるが、さっきだ。
「へえ、それはすごい」
「どうです、冒険者として、ゲン担ぎとしてどうですか?」
「ああ、ひとつもらいたい」
少年は腰に下げた巾着から、一つ分の銅貨を取り出して店主に渡した。
「まいどあり。少々お待ちくださーい」
パラチンタを取り出し、紙袋に入れ、少年に手渡す。
「ありがとう」
さっそく少年はそれを一口ほおばった。
「これは……!」
「どうです?」
口を動かすごとに、少年の目は輝いていった。
「こんなに甘くておいしいものは初めて食べたよ……!」
「そいつは良い。そして一つ言っておきますがね、こんなに手軽に食べられるのは当店だけなんですよ。実はパラチンタっていうのは皿にのせてナイフとフォークで食べるものなんですがね、それだとかったっ苦しい。だから、おれはいろんな人が気軽に食べれるように、この店を出したんだ」
少年は素直に店主に賛辞の言葉を述べた。
にかっ、と店主は笑みを浮かべる。
「ま、もう十年以上売ってるんですがね。よかったら、お仲間がいたら紹介してくださいよ」
「ああ、もちろんだ。こんなにおいしいもの、食べないともったいない」
「お目が高い。当店はいつでも開けておりますぜ。すくなくとも、五十年先まで」
「それだったら、いつでも食べられる。そしたら、他にこの味を受け継ぎたいっていう人もいるんじゃないかな」
「そうなったら万々歳ですな」
「ありがとう、店主さん」
「仕事だ。当たり前です」
「じゃあ、ありがとうございました」
「こちらこそ、まいどあり」
少年は店から離れていった。
道を歩く中で、パクパクと次々に頬張っていく。
よほど気に入ったようだ。
「こんなに贅沢なものは初めて食べたな。帝国の属州ってやっぱり豊かなんだな。あれ?」
少年はぴたりと足を止めた。
「あれ…………レーゼン?」
少年は視線の先のエルフを見た。
とある店のショーウインドーをじっと見つめている。
少年のところからは光の加減で中身がよく見えなかったが、何か服のようなものを売っている店らしかった。
「レーゼン!」
声を上げるとそれに気がついたエルフが振り向く。
「セヴァンじゃん」
レーゼンは素っ気なく言った。
セヴァンはレーゼンの方へ駆け寄る。
「奇遇だね。君もこっちに来ていたのか」
「うん。百年経つと色々変わってるみたいでね」
「あれ、レーゼン、それ」
「これ? プラケンタっていうらしいよ。美味しいよね、それ」
「プラケンタ? パラチンタって聞いたけど」
「帝国の言い方だよ。私も初めて食べたんだよね。実は千年以上前からあるらしいんだけどさ」
「ならここで食べれて良かったよ。それにしても、甘くてぜいたくなスイーツだ。こんなに美味しいものは食べたことがない」
セヴァンはまたひとくち食べた。もう殆ど残っていなかった。
「帝国の貴族は砂糖大好きだからね。属州にもたくさん入ってくるんだよ」
レーゼンも頬張る。無表情だが、彼女はしっかりと口の中に広がる砂糖の甘味とジャムの優しい酸味を感じていた。
「他のみんなにも食べさせてあげたいな。いくつか買っていこうかな」
「勝手にすればいいじゃん」
レーゼンは素っ気なく言った。
悪意はないのだが、セヴァンは少し硬直した。
彼女的には、「好きにすればいいと思うよ」的な感じなのだろうが。
「私はこの店を見るよ」
「――どんな店なんだい?」
セヴァンはいつものレーゼンの無表情に悪意を感じないのを確かめてから聞いた。
そしてショーウインドーをちらりと見る。
「気になる?」
セヴァンの顔が一瞬にして赤く染まった。
「女ものの冒険服だけど」
「えっあっいや……!」
あわてて手を振るセヴァン。
ショーウインドーには体のラインがよく見える薄着の服が着せられた、マネキンが飾られていた。
胸周りと腰回りを覆い、腹と腿の下は大胆にもむき出しになっていた。
「僕は、別にいいよ!」
セヴァンはようやく言った。
「そう。じゃあね」
レーゼンは素っ気なく言って、店の扉へと入って行った。
「速く離れよ……」
頬を赤らめながらセヴァンは撤退した。元来た道を遡る。
(あんな大胆なものが…………)
ショーウインドーに大体的に飾る、という形式がカルラーム王国にはそもそも存在しない。そしてセヴァンは一般的な思春期の少年だ。
一人でその近くを通るならまだ良かったかもしれないが、(見た目は)若い女の子が側にいることで羞恥心は跳ね上がる。
「…………」
とりあえず、今手の中にあるパラチンタを平らげて、気を紛らわそう。
セヴァンは小走りで歩きながら最後の一口にとりかかった。
「プラケンタを」
先程の店を通りかかったところにそれが耳に届いた。
「まいどあり!」
そしてあの元気な店主の声も。
注文している人は背しか見えないが、黒いスートに実を包む、背の高い人だった。
「みんなにも買っていこうかな」
食べ終わって空っぽになった紙袋をポケットに詰め込みながら、店へ入る。
ちょうど背の高いスート男が店主からプラケンタを受け取っていた。
「おっ! さっきの! どうした、おかわりか?」
店主はすぐにセヴァンに気がついた。
「はい、それもあるけど、仲間のみんなにも買ってあげたくて」
「ほーう、そりゃいい。お気に召したようで?」
セヴァンは大きく頷いた。
そう会話しているうちに、先程の男は既に店からはなれていたようだった。セヴァンはそれを気にもとめなかった。
男はブダー町の道を、プラケンタを頬張りながら、ゆっくりと歩いていた。空いた片手をズボンのポケットにつっこみながら。
「うまい」
男は誰にも聞かれないような声でつぶやいた。その声はこころなしか明るかった。
「魔族もこんなものを生み出せるようになればいいんだが」
魔王はまた一口プラケンタを頬張った。
ゆっくりとそれを咀嚼する。
魔王は女ものの冒険者服の店の前をとおりかかり、それに目をやった。
「エルフもあんなものを着るのか?」
店の中で服を物色しているエルフを見ていた。
冒険者ギルドの提携店の洋服屋のようだ。
どうやら女ものの下着を何やら真剣に見ているようである。
女性下着の専門店にでも行けばいいのではないか、と魔王は考えた。
しかし、それでは場所によって売るものが違う。
冒険者ギルドの提携店ならば、大陸どこでも似たような既製品が買える。そういうことで、レーゼンはこの店に来たのかもしれない。
「そういえば……」
魔王は店の近くで足を止めた。
クリューヴはどうだったか。
魔族は人間の文化を真似る。だから彼らの着る服も、人間のそれに近いものとなっている。
クリューヴが着ていた軍服は、この大陸の北のとある国の軍服に似ているものだ。
そして彼女は胸に下着を身に付けていた。
女性の魔族が胸下着を身に付けるのは何も珍しいことではない。体の構造は人間とほとんど同じである女性の魔族たちならばみんな体に気はつかう。
しかし、皆さらしや簡素なもので胸を固定するだけで、人間がするように意匠の凝らされたそれを身に付けることなどほとんどない。
しかしクリューヴは違った。あの時、服の上からの情報だが、クリューヴは意匠の凝らされた下着を身に付けていた。
果たして何のためだろうか。好きな男でもできたのだろうか。
しかし魔族の生態からして、彼らは恋をしないし、結婚どころか動物的なつがいになることもない。一時の欲求で交わることはあるものの、子孫もその時の偶然の産物で、その子供に愛着は生まれないし最初から子を望むこともない。
だから人間のように、好きな相手の気を引くために着飾ることはなく、ましてや誰にも見えない服の中の下着に気を使うことなどはない。
もしかすれば、クリューヴは魔王の前では見えないところまで気を使うべきだ、とでも思っていたのだろうか。
魔族も芸術や人間の美的価値観を理解することはあるが、見えないところまでわざわざ気を使う種族ではないはずだが。
ますますクリューヴのことが分からなくなってきた。魔王への恋とは、魔族の種としての価値観を捻じ曲げるまでに強大なものなのだろうか?
残念ながら、魔王はこの星に生れ落ちてから一度もそのような熱烈な恋をしたことはないので、クリューヴの気持ちは分からない。
考えているうちに、手元のプラケンタをすべて平らげてしまっていた。店の中のレーゼンの買い物も終わっていた。冒険者用の簡素で実用的な下着を購入しただけだった。
魔王は踵を返して、また町を歩き始めた。




