最初の宿屋 最初の酒盛り
何の断りもなく宿屋を探しに行ったテルンの居場所は、レーゼンによる魔力探知で発見された。意外と 噴水広場から二〇メートルほどしか離れていない近い宿屋にいた。
「皆さん!! 旅の始まりから一週間を祝して! 乾杯!!」
「「「「「乾杯!」」」」
ノリノリのテルンが音頭を取り、飲み物の瓶が五人分重なり合った。
そこは宿屋の食堂だった。セヴァンが買ってきた食材に加え、宿屋が出している酒や食事も一緒に机に並んでいる。
すでに日は沈み、食堂は勇者パーティー以外でも賑やかになっている。
「美味しい食事! 新鮮な飲み物! 屋根のある家! まともな寝床! 当たり前って素晴らしい!」
テルンが嬉し涙を流しながら酒瓶を手にしている。どうやら聖職者のくせに酒は飲むし酒癖もあまり良くないようだった。
「まだ旅は始まったばっかだってのによく飲むもんだ」
渋い声のディエンが言った。
「これからどれだけ長い旅になると思ってるんですか! 飲んでなきゃやってられませんよ!」
すでに出来上がっているようで、際限なく酒をグビグビと口にしている。
「そうだね、テルンの言う通りだ。飲み過ぎは良くないけど、今晩は目いっぱい楽しもう」
そういう勇者の飲み物はオレンジジュースだった。それに気づいたかのようにテルンが聞く。
「そういうセヴァンさんはお酒を飲まないんですか?」
「僕はまだ十七だからね。少なくともあと一年は待たないと」
「えぇー? これから世界を救う勇者パーティーですよ? しかもあと一年って、もったいないですよ。 ほら一口、一口だけでもどうですか?」
「いや、だから未成年なんだって!」
しきりに酒を進めるテルンと遠慮するセヴァンの構図だった。
「テルン! 完全に酒を進めてくるうざい親戚のおじさんになってるぞ」
そこにディエンも加わってやんややんやと賑やかになっていった。
その三人を静観するエルフと魔王がりんごジュースとジンジャーエールをそれぞれ手にしていた。
「これからも賑やかな旅になりそうだね」
「そうですね」
レーゼンがブドウを一つ取って口に運ぶ。
「甘いな、しかも取れたてかな。ちょうど旬の時期だっけ」
そしてまた一つ口に運ぶ。
「いえ、旬には少しひと月ほど離れているかと」
「そうか、もう一〇月だっけ。これから寒くなるなぁ……」
レーゼンは寒いのが苦手なのか、少し憂うように言った。
ちなみに言うとぶどうの旬は八月から九月である。
するとレーゼンが何かに気づいたかのように口を開く。
「そうだ、ちょっと気になることがあるんだけど、聞いてもいいかな」
「何でしょうか」
今度はレーゼンの目はしっかりとルチフの方を向いていた。顔はあまり向きを変えなかったので、少し上目遣いのようになっていた。
「さっき話してた時に、まるで今までにもエルフと話したことがあるかのような口ぶりだったけど、エルフと会ったことがあるの?」
もしかしたら書店からの歩き道で「エルフのあなたならわかるでしょう」と言ったことを気にしているのかもしれない。
「はい、あります。レーゼンさんを除いて一度だけ」
「そうなの? 結構珍しいと思うけど」
それはエルフに会ったことがあるのが珍しいということなのか、エルフ自体が珍しいということなのかは分からなかった。まあどっちにせよ似たような意味である。
「私がいた南の辺境の地で、一度だけ」
「どんな感じだった?」
一週間しか過ごしていないが、珍しくレーゼンが興味を持っているように見える。本人からしても自分の種族であるエルフが珍しいようだ。
ルチフは少し思い出すように考えてから言った。
「目が細く赤い髪をした幼年に近い見た目のエルフでした。生きた年数はまだ一〇〇〇も超えておらず、少し未熟で傲慢なイメージがありました」
とは言っても会ったのは今から一〇〇年ほど前の話である。そしてあの時はあまりいい出会いではなかった。人間の傲慢な人格にエルフの力が宿ったかのようで、噂に聞くエルフの性格とはほとんど異なっていた。どちらかというとレーゼンは典型的なエルフの性格をしているように見える。比較対象が他に一人しかいないが。
「目が細い赤い髪をしたエルフ……」
何か思い当たるところがあるようだった。
「その子、性別は男?」
「おそらくは」
「私も同じ子と会ったことがあるかもしれない」
これは予想外だった。特段隠す気もないが、魔王、というよりルチフの年齢がレーゼンにばれるかもしれない。もしレーゼンがその赤い髪のエルフの年齢を知っていればの話だが。
「あまりいい出会いではなかったけれど……」
物思いにふけるようにレーゼンが言う。
すると視界に邪魔が入ってレーゼンが見えなくなった。
「お二人とも! 古本屋に行っていたんですか! 一体何を買ってきたんですか!」
視界に入ってきたのはやけに酒臭いテンションの高い赤茶の髪の聖職者だった。ルチフとレーゼンの間に入り、 がっしりと二人の肩に両腕を回している。
「主に生活魔法だよ。あんまりくっつかないでよ暑苦しい」
赤茶の頭の向こうから鬱陶しそうな声が聞こえてくる。
「ほう! 一体どんな魔法を!?」
そういえばいつのまにか増えていたもう二冊については聞いていなかった。
レーゼンはテルンの肩を押しのけながら答える。
「毛穴のケアをする魔法、体を洗浄する魔法、寝床に虫が寄り付かないようにする魔法」
するとテルンが大げさなリアクションをしてみせる。
「ええっ!? どれも出発前に欲しかった魔法……!」
「ちょうど今手に入って良かったと思った魔法もあるよ」
すると次の瞬間、レーゼンの手の中に二〇センチほどの魔法の杖が少しの発光とともに出現した。
「悪酔いを覚ます魔法」
この時初めてレーゼンの視線がテルンとしっかり合った。
テルンはえっ、という顔をしていた。
その杖は無慈悲にも、テルンの喉元に突きつけられていた。
テルンの顔の赤みがみるみるとけていき、とろんとしていた目がいつものようにシャキッと開く。どうやら魔法が発動したようだった。
そしてその顔がみるみるうちに絶望に染まっていく。
「そんなっ……一体酒を何だと思って……」
ようやく酒が抜けたというのにまた目の下に涙が溜まり始める。
「くそう……こうなったらやけ酒だ!」
酒が抜けたというのにテンションが先ほどと全く同じだった。条件反射とでも言うのだろうか。いつも酒を飲んでいるだろうことが目に見えて明らかになった。
「ははっ、結局さっきと変わんねえじゃん」
セヴァンが笑う。よく見ると顔が少し赤くなっている。見ないうちにもしかしたら酒が入ったのかもしれない。何が原因かは目に見えている。だってその隣でディエンが頭に手を当てて首を振っているのだから。どうやら超力自慢のディエンでも、荒ぶる聖職者を止めることはできないようだった。
「さあっ! もっと皆さん楽しみましょう! みんなで楽しむ最初のパーティーですよ!!」
結局この後悪酔いして、二日酔いで翌朝レーゼンの魔法のお世話になったのは、また別のお話。
It's hot in Japan these days...