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晩餐の前

 ビタロス統一帝国全史――――


 魔王はその書物を手に取った。


 場所はプリムス伯爵城の諸国の一角。ウァレリアという女性に案内され、ここへやってきた。


 これがあれば帝国の全てを知れるだろう。


 魔王の国の最大の相手はこのビタロス統一帝国だった。

 魔族の国がある大陸に蓋をするように、帝国の領地が存在している。


 魔族の国が成立する何百年も前から、帝国と魔族の小競り合いは続いていた。


 ある時は帝国が滅ぼされかけ、ある時は魔族たちが大きな敗北を喫した。


 文明力に欠ける魔族と魔法力に欠ける人間。

 その間で程よいパワーバランスが保たれている。

 ように見えるが、実態はそうではない。


 ウァレリアとテルンが言ったように、帝国はその命運を何度も勇者に助けられ、存亡の危機を救われたこともある。


 いくら人間の文明力の発展が早くとも、魔族の圧倒的な生物的強さにはまだ及ばない。それに対抗するには特別な存在が必要というわけだ。


 その一つが勇者である。


 そしてそのうちのもう一つが、帝都を覆うように展開されている巨大な聖域だ。


 ただ範囲が巨大なだけではない。その効力は人間の寿命を伸ばすまでに及び、その中での魔の存在を一切許さない。


 一度帝都まで侵攻を受けた帝国は、かろうじてのところで展開されたその巨大聖域によって、帝国の滅亡を免れた。


 あれは魔王(あの頃はまだ魔王ではなかったが)も流石に驚いた。しかしそれももう一〇〇〇年前の話だ。レーゼンも生まれたか生まれてないかの話だろう。


 それにより、帝都は『古の聖都ヴェトゥス・ロクス・サーチェル』とも呼ばれている。


 あれによって代々の皇帝の寿命は伸び、帝国の治世は安定期を迎えた。


 その代の皇帝により、帝国の皇帝の就任の形式は大きく変わった。帝国滅亡の危機に瀕したのは、先代の皇帝の怠惰もあったからだ。ただ世襲の形を取るのみではならない、とその代の人々は強く思っていた。なにより皇帝もそう思っていた。


 今現在、帝国には五つの家が存在している。

 その五つの家から、帝国を治める皇帝が選出される。


 その家に生まれたものは、まず国に関して博識でなければならず、長い寿命の初期から教育を受けねばならない。


 そこから今度は帝国軍に籍を入れ、帝国の支配を裏づける実力をその目にし、その体で体験しなければならない。


 軍で数多の経験と研鑽を積み、その中で他の家の者よりも優秀であることを証明し、そして漸く国の頂点に立つという義務と特権を得ることができる。


 上記の、博識、軍事経験、研鑽は、先代の皇帝がすべて欠けていたものだった。


 一〇〇〇年前から今日までこの体制は変わらず、帝国は大陸の覇権を握り続けている。


 さて、その帝国のここ百年の歴史だ。


 魔王はビタロス統一帝国全史の『近代及び現代』の項目に目を通した。

 現帝国の支配領域は一〇〇〇年前から増え続け、大陸の大半を支配するにまでなっている。


 そのおかげで蓋をされた魔族たちは陸路で他の大陸に手を伸ばすことができなくなった。


 そのためかねてより激しかった国境付近の戦争が更に激化することになるのだが、あるときそれははたと止まった。


 魔王の台頭だ。これがちょうど一〇〇年前。

 そしてちょうどその頃に在位したのが、現皇帝である、ディヴィヌス皇帝インペラトル


 即位したのが二十代に達する前あたりだったから、今は一二〇近い年齢のはずだ。


 一度顔を見たことがある。

 この世の全ての祝福をその身に宿したかような存在だった。

 そしてもしかすれば、魔王の領域に届きうる存在。

 一〇〇年の間になにか仕掛けてくるだろうと魔王は思っていたのだが、ついぞ来ることはなかった。


 それについての情報を探すためにも本書を手に取ったのだが…………書かれていなかった。ただ、きたるべき魔族との闘争のために備えている、というようなことが書いてある。


 それは分かっている。あの皇帝が何もしないはずはない。何か大きな事を用意しているのだろうとは常々思っていた。だがまさか一〇〇年という人間にとっては途方もない時間用意し続けるとは思っていなかった。


 帝都、もとい聖都には迂闊に足を踏み入れられない。直接確認するすべはない。


 めぼしい情報はない。代わりに本書の最初のページにもどり、手をかけてパラパラとめくる。

 網膜に映るそばから頭へと吸収され、更に深いところへと活字が記録されていく。


 全部めくり終わる頃には魔王は全てを記憶していた。やはりどこにもめぼしいものはない。


 魔王はため息をついた。


「お気に召しませんでしたか?」


 控えていたウァレリアが、遠慮がちに聞いてくる。


「いえ、そんなことはありません。他になにか、帝国に関する書物などはありますか?」


「それでしたら、こちらに」


 ウァレリアが移動し、ルチフはそれについていく、

 そして、ある棚の前で足を止めた。


「あちらは歴史書でしたが、こちらには帝国の経済や国家としての体系の……政治などの本があつめられた棚ですね」


「ありがとうございます」


 棚の端から端まで。どこにどのような情報があるかわからない。片っ端から記憶する作業に入る。


 端の一つを手にとり、ウァレリアのために数ページ読むふりをし、最後にパラパラと最初から最後までめくってパタリと閉じ、元の場所に戻す。


 それを何十回も繰り返す。


 すべておわるころには、ウァレリアが凄まじいものを見る目つきでこちらを見ていた。まあ棚の端から端まで全て確認したのだから、それだけでも驚愕に値するだろう。


「ありがとうございました」


 それまでルチフは一言も発していなかった。時間にして一時間近くが経過していた。


「大いに役に立ちました」

「それは……良かったです」


 顔に疲れがでていたが、ウァレリアは微笑んで見せた。一時間立っていた彼女もきつかったことだろう。


「今は何時かわかりますか?」

「はい…………十六時三十分です」


 懐から懐中時計を取りだして、ウァレリアは確認した。


「晩餐会はいつからですか?」

「十七時から会が始まりますので…………あと三十分ということになります。よろしければご準備の方を」

「分かりました」

「では、こちらへ」


 見るに、礼儀や洋式などの文化はここ一〇〇年でそれほど変化していない。


 セヴァンは全くわからなかったようだが。


 帝国の最も変わりにくいものとして言語がある。これは現帝国の体制が確立した一千年まえから殆ど変化をしていない。魔族たちへ与えた言語はたったの一〇〇年の間に変化を繰り返しまくったせいで原型を殆ど留めていないというのに。


 ウァレリアに案内されて書庫を出る。

 木ばかりの空間から一転、大理石の摩天楼となる。


「どのような様式の服をご所望ですか?」


 ウァレリアが聞く。


 広大な領域を持つ帝国の文化は実に多様的だ。今まで独立した文化を持つ国々も吸収合併していったため、貴族の中でも様式は様々だ。


 帝国においては、帝国貴族ノビリタティスの様式が最も正式なものであると認識されているが、あれは帝国貴族にしか着用することが許されていない。だから統一的なものが存在せずにみな好きにしている。


「アングレスのスート(スーツ)はありますか?」


 帝国の領地の一つ、大陸の西の島にある国(領地)の様式だ。島の名前をアングレス群島またはアングレスとだけ呼ぶ。


「アングレス様式のもの……ですか?」


 ウァレリアが意外そうに聞き返した。

 アングレスの言葉でそれはスート、帝国ビタロス語でスイトと呼ばれている。


 アングレスの服は豪奢に着飾る大陸の様式とは違ってなかなか洗練されており動きやすく、アングレスにおいては上流階級から一般市民までもっぱら人気を得ており、少しの違いこそあれ、みな同じような服装をしている。


 つまり、あまり高貴とみなされていないのだ。

 実際に、色は地味で、上下同じ素材を使い、紋章や装飾品もあまりつける余地はない。

 あまり貴族の前に出るような格好ではないのだろう。


「ないことはありませんが…………あまりよろしくないかと」

「そうですか」


 まあそうだろう。

 帝国の趣味にも合っていない。帝国の人間は白や明るいを好む。アングレスのスートは黒や紺や茶など比較的黒く地味な色を多用する。


「アングレス様式のスートではなく、帝国様式のスイトをおすすめしますが……」

「では、それでお願いします」

「かしこまりました」


 明るくめまぐるしい色でこの身を着飾るのか。すこし億劫になってきた。だが魔王から見て一番マシな服がスイトだ。着せ替え人形のような豪奢な服は苦しいしダサいと個人的に思っている。


 アングレスに流入した帝国の貴族服やドレスはどれも簡略化され、簡素で動きやすいものに洗練されていく。それがまた帝国へ逆輸入されて中下流階級の服装になることもある。


 恐らくはセヴァンたちはそのような服を着させられているだろう。


「こちらへ」


 ある部屋の前で立ち止まったウァレリアが扉を開き、中にルチフを案内する。


「あっルチフ」


 中には先客のセヴァンがいた。既に男性の従者によって寸法の計測を受けている。


「どうも、セヴァンさん」


 後ろで扉が閉じる音を聞きながら中へ入る。


 するとセヴァンとはべつの従者が近づいてきた。


「寸法を計測しますので、鎧をこちらに」

「分かりました」


 ルチフのいつも身につけている鎧は、黒い流線の意匠の施された鎧だ。黒曜石のような輝きを持つので魔王はこれを気に入っている。


 鎧を渡し、計測が始まる。

 体のあちらこちらを測られていると、セヴァンのが先におわったようだ。


 オーダーメイドするのかも思ったらそうではないらしい。流石に三十分程度では厳しいだろう。

 元あるものを利用してサイズを調整するようだ。


 魔王はTの字で両手を広げながら考える。


 あの貴族は何なのだろうか。どこか、ディヴィヌス皇帝インペラトルと似た気配を感じる。


 典型的な帝国貴族ノビリタティス。色素の薄い髪に白い肌。どこまでも清廉潔白な白い衣装。


 なにより、帝国の五家のなかで、最も格式の高いプリムス家。プリムスというのは、帝国ビタロス語で最初や、一番目を意味する言葉だ。


 さて、どう楽しもうか。





「いらないよこんなごうかなの」


 ある部屋の前を通ると、いつもの覇気のないレーゼンの声が聞こえた。


「そ、そういうわけには……」


 戸惑うウァレリアの声も。


「なんでそんな私に着ろって言うの? そんな豪華なもの着るご身分じゃないでしょ」

「ですが……レーゼンさまには」

「人種差別? 今更流行らないよ」

「そのようなおつもりでは……!」


 なにやら楽しそうだ。

 部屋の前で立ち聞きしながらそう思った。


「だからこんな豪華なのは必要ないって。コルセットきついし。一〇〇年前も痛い目にあったよ。なんで帝国の人たちはこんな…………」


 ドタバタとなにやら聞こえる。部屋の中で追いかけっこでもしているのか。


「プリムス閣下の御前ですから、なにとぞ……!」

「え〜〜〜〜〜〜〜〜」


 珍しくめちゃめちゃいやそうな声だった。


「せめて、アングレス様式のものでも……!」

「……はあ……」


 ため息が聞こえる。


「わかったよ、しょうがないな…………あんまりきつくしないでね」

「ありがとうございます……!」


 現在晩餐会の十分ほど前である。


 ルチフはすでにアングレス様式のライトグレーのスートに身を包み、会場に向かうところだった。我ながらいい出来だと思っている。


 果たしてレーゼンは間に合うのか? まあ遅れたとしてもあの貴族は怒らないだろう。


 プリムス家は魂を逆鱗で纏うとされる帝下貴族の中でも温厚な種族だ。はるか東に存在する数分の遅れでその人の人間性を疑うような人種ではない。


「ルチフ」


 不意に声をかけられて顔を向ける。


「セヴァンさん」

「やあ」


 どこか気恥ずかしそうに言う。

 彼も帝国様式のスートに身を包んでいる。赤を基調とした彼らしいデザインだ。


 この百年でスートが平民の正装の扱いのようになったのだろうか。帝国様式のスートというのは百年以上前は平民の正装などの扱いとは程遠いものだったが。


「似合っているね、ルチフ」

「ありがとうございます」


 頷いて言う。


「僕はどうかな? 変なところとか……」

「ありません。似合っていると思いますよ」


 そもそもセヴァンは姿勢がいい。そこらの貴族よりもだ。貴族というのは基本的に机に向かっているか座っているかしているために、そこはいつも動いている勇者の方が良い。それにプロポーションも良いので、他の貴族衣装と比べて体のラインが出るスートと相性が良い。


「ありがとう。いろいろ心配でね……」


 やはりどこか自信がなさげだ。


「なぜ僕がこんな歓迎を受けるのかもまだ分かってない。まだ何もしてないっていうのに」

「そうですか」

「ただ勇者って言うだけでもてなされるって言うのが、やっぱり……しっくりこないと感じるんだ」


 確かに貴族は生まれたその瞬間から、生物として違うような扱いを受ける。


「ルチフ、君はどう思う?」


 ここはひとつ、帝国貴族のあり方を講義してもいいかもしれない。


「そうですね…………」


 百年以上前に出会った一人の貴族はこのようなことを言っていた。確か三〇を過ぎたあたりの女貴族だ。見た目はかなり若かったが。


「たとえば貴族というのは、何かしらの事を成し遂げた者の一族であり、ビタロス帝国においてはその一族は、創立者の偉業を継ぐものとして認識されます。引き継ぐというのは名誉だけでなく、能力や家風、責任など…………」

「責任?」


 あまり帝国貴族に責任とは、イメージに合わないのだろう。


「はい。帝国において貴族はその高貴な身に相応の責任も負う、とされています。例えば、皇帝になる権利を持つ五つの家があるのですが、それは場合によっては皇帝になる責任とも呼ばれます。つまりその五家は生まれながらにして皇帝を目指すという責務を負っているのです。その代わりに、とは言いませんが、彼らは最も高貴な者たちとして扱いを受ける」

「そうか…………逆よりはよっぽど合理的に感じるね」


 セヴァンが口に手を当て、少しの間考え込む。


「責任か……なるほど。僕がこの扱いを受けているのも、勇者という責任を背負ってるから、とも言えるのかな?」

「いえ。実際に、彼らはそう考えているそうです」

「そうか。なるほど」


 セヴァンから合点がいったという気配がした。


 百年以上前の人間の話も使えるものだ。


 流石に帝都にいるとはいえ、もう死んだかもしれないが、まだ生きているとしたらまた会ってみたいような気もする。いい女だった。すくなくとも百年前までは。


「ありがとう、ルチフ。少し自信が湧いたよ」


 こちらを見てセヴァンが微笑んで言う。

 自信なさげな顔が消えていた。

 いつもの彼らしい目をしている。


「行こうか、ルチフ」


 打って変わって、彼の気配は楽しいものになる。


「はい。セヴァンさんはなぜここに? さきにいったはずでは」


 ルチフは自分から聞いた。

 ぎくっ、と歩きかかったセヴァンの背が動く。


「えっと……」


 ギギギ……と体にハリガネを入れたかのように振り返る。


「これだけ広い場所を一人で歩くのは初めてでね……」

「迷ったと」

「平たく言うと……その通りだ」



Suits is suit

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