東と西をつなぐ町②
「――――で、衛兵においかれられたんだ」
じとりとした目で卓に着いたレーゼンは言った。
「聖教会学校は人の人格とか見てないんだね。集団教育の限界か」
そう言ってレーゼンはフォークを手に取り、パスタをとり始めた。
皿の端の方でパスタをフォークに巻きつけて、口に運ぶ。
「……スミマセン」
テルンは椅子の上で縮まって謝罪した。
「まあまあ本人もそう言ってることだし……」
セヴァンはなだめながら前に出された料理に手をつけた。
牛肉や玉ねぎ、パプリカなどを煮込んだ具だくさんのスープのようなものだった。
話題を変えようとセヴァンが言う。
「それにしても、見たことのない料理がこの店にはたくさんあるね」
セヴァンが食べているものはグヤーシュというこの地域一帯でよく食べられる伝統的な料理の一つである。
煮込み料理はセヴァンの故郷であるカルラーム王国でもよく食べられているので、それを注文したようだ。
「中央諸国語も伝わるし使ってる素材もあまり変わらないみたいだけど、国をいくつか隔てればこういう意外なところがこんなに変わるものなんだね」
「食文化は少し地域を隔てればめちゃくちゃ変わるものの一つだよ」
そういうレーゼンが食べるパスタはこの大陸においてほとんど全ての国々において食べられる主要な料理であった。
その理由は主に西の帝国の支配圏の拡大によるものである。支配者の文化はすぐに被支配者に伝わり浸透し、また独自の発展を遂げていくものだ。それは魔王が見ていて楽しいと思うものの一つだ。
「それにしても思ったんですが、帝国の支配下だというのにあまりそんな感じはしませんね」
唯一主食ではなくサラダを口に運びながら、ようやく立ち直ったテルンは言った。
「そういえばそうだね」
セヴァンが賛同する。
「名誉も悪評もよく聞く帝国だけど、そんな感じは全くないね。それほど帝国の色に染まっているようには見えないし、わざわざこんな遠いところにまで貴族を封して統治しているんだから厳しいものかと思ってたけど」
この二つの町は帝国の支配領域の最も端の一つ。だからこそ防衛線などを張っても良いと思うのだが、そんな気配は今のところない。
民の顔にも、魔王の耳に入るそこら辺でささやく話題でも町の統治にこれと言った文句はないことから、それほど厳しい統治はされていないことがわかる。
「最近の帝国の統治はゆるいんだよ」
「その最近って一体何百年のことだ」
何気なく言うレーゼンにディエンが指摘した。
彼はステーキを頼んでいた。豪快に頬張るものかと思っていたら、丁寧にナイフとフォークを使ってお行儀よく食べていた。
「ここに来たのはちょうど百年ぐらい前かな。もっと前までは多少殺伐としていたんだけどね」
「なんか感覚が……。エルフって百年前のことを最近って言えるんだ。体感時間どれくらいなの?」
セヴァンが聞く。
「別に体感時間は常人並みだよ。人間だって1ヶ月を長く感じるのに寿命は百年ぐらいあるじゃん。振り返って最近って思うだけだよ。それに国家単位だと百年って最近じゃん」
彼女はまた一口パスタを頬張った。
「多分 皇帝が変わったんでしょ。百年ぐらい前に。皇帝って意外と人間にしては長生きだよね」
「そうなの?」
セヴァンは手を止めて聞いていた。
「帝都が聖域に守られているおかげかな。帝都って巨大な聖域に囲まれて守られてるんだよ。テルンの聖域の中って動きやすいでしょ? それの超巨大なものが帝都を半円状にすっぽり覆ってる」
「そう言えばそうだね。気が付かなかったけど、龍と戦ったときの聖域は動きやすかったかも」
「俺もだな」
「そうですね」
セヴァンとディエンが順に頷く。
ルチフも同じ様に同意した。
「だから、あの中で住んでる人はものすごく健康体なんだよね。だから寿命が倍ぐらい長くなる」
「へえ。それはすごいな。住みたがる人が殺到しそうじゃないか?」
「あそこに恒久的に住めるのは一部の帝国の貴族だけだよ。それに立ち入りもものすごく厳しい。私だって耳がとがってるっていう理由で入るの難しかったんだからね」
「随分細かいな。そんなの気にするのか?」
「クリューヴって魔族いたでしょ」
「そう言えば彼女は耳が尖ってたね」
「おかげであの時は結構熱烈な歓迎を受けたよ」
レーゼンは嫌な思い出を思い出して憂鬱になったのか、目を細めた。
「まあつまりあそこに住んでいる皇帝は、百年近く皇帝だっていうことだよ。その皇帝の治世が今も変わってない。代々世襲で即位の風習を取ってるから、一人の治世がものすごく長い。それが 帝国を一〇〇〇年以上も存続させてきた理由の一つかな。もうあの子一二〇近いんじゃないのかな」
全員(ルチフ除く)が眉毛をピクリとあげた。
「あの子?」
「今、なんて言いました?」
「まるで知り合いだったかのような口ぶりだな」
三人がそれぞれ疑問を口にする。ちょうどいい感じに互いが互いの疑問を補うように口にしていた。
当のレーゼンはなぜそんなに驚かれたのかわからないみたいだった。
「……別に、知り合いってほどのものじゃ」
「一体どんな関係なんだい」
興味深そうにセヴァンは聞いた。
「そんなに興味あるの?」
「それは気になるよ。だって帝国の頂点に立つ人だよ。そんな人と知り合いだなんてすごいじゃないか」
「私も気になりますね。一度聖教会学校を卒業する時にお目にかかったことはありますが……」
「それは意外だな。不敬罪にはならなかったのか」
とディエン。
「私を何だと思ってるんです??」
う〜〜〜んと考え込むレーゼン。
「でも百年前の話だし……」
魔王としても興味は大いにある。ちょうど魔王が知らない話だ。文献を探せば当時の話は見つかるかもしれないが、人間にとって百年前の話は太古だ。当時の生の情報が見つかるかわからない。
彼女が言う話ならば正真正銘当時の生の情報だ。
「最近の話じゃないのかい?」
「悪知恵が働くね……」
困り顔をする。
レーゼンは数秒考えた。
そして決心がついたような気配を出す。
「分かったよ。話せば良いんでしょ。でもちょっとだけね」
「おおっ!」
全員が身を乗り出す。魔王も心で身を乗り出した。
「あれはね、百年前のこと…………」
「お客様、すみません」
店の店員が話しかけてきた。
全員の視線がそこに移る。
「お食事のところ申し訳ありません。行政の方から連絡がありまして…………」
「ど、どうしたんですか?」
ちょうどいいところで打ち切られたことへの戸惑いが収まる間もなく、セヴァンが返事をした。
「赤い髪の冒険者と、赤茶色髪の聖職者、兜とハンマーをつけた背の低い冒険者、黒い背の高い男…………が指名手配になっているのですが…………ちょうど同じような方々をお見受けしたので、お声をかけさせて頂いたのですが」
場は瞬時に凍り固まった。
有能な衛兵によってすでに街中にあの変態行為が知らしめられているようだった。
「その、よければ身分証明書などをご提示いただいても……?」
店員の方も半信半疑のようだった。これなら追手から逃れられるチャンスもあるかもしれない。
セヴァンは腰の帯に巻いた巾着から冒険者手帳を取り出して開き、店員に提示する。
「ど、どうぞ」
「ご協力ありがとうございます」
それを店員が受け取り、目を通す。するとその顔がみるみる青ざめていった。
「しっ、失礼しました!!」
その腰がバッときれいに九〇度に折り曲げられた。
「まさか勇者一行の方々とは思わず……!」
頭を下げたまま、顔を上げて恭しくその手帳をセヴァンに差し出す。
セヴァンがそれを戸惑いながら受け取った。
「大変なご無礼を働きました……どうかお許しいただきますよう……!」
「そ、そんな、気にしていないよ」
なぜならば事実なのだから。見逃してもらえてセヴァンが感謝したいくらいだろう。
「お許しいただき感謝いたします……! 今回のお代は結構ですのでどうか……!!」
ずいぶんと腰の低い店員だった。
「そういうわけには行かないよ。払うべきものはきっちり払うよ」
すると店員がまた顔を下げる。
「勇者様がそうおっしゃるのであれば…………!」
そしてまた顔だけをあげ、今度は仲間たちに目配せした。
「お仲間がたも失礼いたしました……!」
また顔を下げた。
「いえいえ、大丈夫ですよ、このくらい。あなたは市民としての役割を果たしたまででしょう」
モグモグとサラダを頬張りながらテルン。
その横でディエンが「マジかこいつ」という目で見ていた。
「美味しいねここのパスタ」
唯一対象外のレーゼンが我感せずという感じで言った。
「そう言っていただき感激です……!」
店員はまだ頭を下げていた。
そもそも気配から罪悪感を覚えていることがわかる。
最初の戸惑ったような様子を見るにそもそも、人に疑いをかけるのもためらっていたのだろう。それが本当に無実(実のところ有罪だが)の人であったのだ。
この時代には珍しい芯から心やさしい人間だ。
「かさねて申し訳ないのですが……よろしいでしょうか?」
店員が顔だけ上げて言う。
「なんだい? ていうか頭を上げてくれ」
そういわれてようやく店員は直立姿勢に戻った。
「その…………勇者パーティーを見かけたら、連れてこいと、お触れが出ているのです」
「え? それは誰から?」
「また別件のものですか?」
セヴァンに続いてテルンが聞いた。
「はい、別件です。お触れの主は……それが……」
店員は少しためらう態度を見せる。
「ブダー町とペシュト町を統治する帝国貴族、プリムス伯爵閣下です」
あ




