東と西をつなぐ町
勇者一行が出発してから七ヶ月と一週間。ラザーヌディア王国。カーパティア山脈西側、カーパティア高原。
五月に入り、すっかり春の季節になった。
「なんか…………急に暑くないですか?」
草原を歩きながら、テルンは言った。その頬には汗が一筋垂れている。
「そこまでか?」
セヴァンが軽く応えた。
「ここは何回か通ったんだけど……五月辺りから急に暑くなるんだよね」
テルンを追い抜きながらレーゼンが答えた。
冬は氷点下をまわるが、夏は二十度以上まで気温が上がる。内陸に位置する広大なカーパティア高原の気候の特徴だ。
「雨も全然振りませんし…………」
「夏でも月に三日でも降れば良いほうだよ。降水量も夏と冬とでほとんど変わらない。どこか湿地か水場で汲むしかないよ」
そこまで言って、「いや……」と彼女は何かを思い当たった。
「ここからまっすぐ行けば、川にあたるはずだよ。大陸を横断する大きな川だ。名前は確か…………」
レーゼンはしばらく考え込む。
「なんだったっけ…………ダノ……いや、ラヌ…………今の時代はなんて言ったっけ」
「ダヌビウス川ですか」
「それだ」
ルチフがかわりに答えたのをレーゼンが丸をつけた。
「よく知ってるね」
速度を落として横に並び、セヴァンは言った。
「私は学校で習いましたよ。どこで役に立つんだと思ったらこんなところで役に立つとは」
テルンも横に並んで言った。
ルチフの知識はあの古本屋で買った「一冊でわかる! 中央諸国の歴史」と「中央諸国全史」その他もろもろの本によるものだった。
「俺は全く知らん。常に未知のところを歩いてる」
最後にディエンがいつものように素っ気なく言った。
「とりあえずその川に付けば水は十分に汲めるし…………確か、かなり大きい町があったはずだよ」
「それもまた百年前の情報?」
セヴァンが冗談半分で聞いた。
「最近は中央諸国にずっといたからね。そもそもそこから出るのが久しぶりなんだよ」
「本当に百年前のだった…………」
「でも今回はあの町とは違う。しっかりとした都市だ。それに、帝国の領域だよ」
×
『東と西をつなぐ町、東のペシュト』
町の入り口の看板にはそう書いてあった。そしてその下に、
『ビタロス帝国属州』
とあった。
その名の通り、この町には川の西側と東側の二つの町がある。勇者たちが足を踏み入れたのはその東側というわけだ。
二、三階建ての石造りの赤い屋根の家々が所狭しと立ち並ぶ街並みだった。その数は一〇〇〇を超え、人口も二〇〇〇〇を超える立派な都市である。
それも東側のペシュトだけの話で、西側の町も含めれば人口は五〇〇〇〇はくだらないだろう。
西のブダー町、東のペシュト町が中心のダヌビウス川によって分断されており、古代からそれぞれ発展を続けてきたという歴史ある町だ。現在は東西が何本もの橋によってつなげられており、二つの町で一つの都市として機能しているらしいが、ブダーとペシュトそれぞれの主や主権的なものは一応存在しているらしい。
主な行政や兵舎などの主要なものは西側のブダーにあるらしく、東側のペシュトは主に商業などが盛んであるという。
西のブダーには、この地一帯を支配する、帝国によって封された貴族の住む城があるらしいが、まだ町に踏み入ったばかりの勇者たちにはそれを知る由もない。
「すごく立派な町だ。城塞都市エリミネスにも負けないんじゃないかな」
背の高い家々が両側に立つ街並みをきょろきょろしながら眺め、勇者セヴァンは言った。
実際には、カルラーム側のエリミネスとラザーヌディア側のソリオヌスはどちらとも国のおひざ元である立派な都市で、人間の数や経済力で比べればこちらの方が多い。
しかしこのブダーとペシュトは帝国の属州のなかでも最も端っこの町のひとつであり、それを考慮すればこの発展具合はそれら二つの城塞都市と交易都市とも遜色ないであろう。それに歴史で言えば、こちらの方が圧倒的に勝っている。
「ここの町から川にそって南へ行けば、ビタロス半島に接する湾の近くまで行ける。それにたぶん、この町からそこまで行く商人の馬車がでているんじゃないかな。お金があればの話だけど」
慣れた様子で町を歩きながらレーゼンが言った。
「ビストリタさんから報酬をもらいましたが、それでも節約するに越したことはありませんよねぇ」
テルンも顔を上げて家を眺めながら言う。
「それに俺の誕生日もあるしな」
ディエンが軽く発言した。
「そういえば大体来週とか言っていましたね……それで今日がちょうどその週の中ほどですが。何かほしいものでもあります?」
テルンはディエンに近づいて言った。
「誕生日には何かものをもらえるのか?」
顔を上げて聞くディエン。
「そういえば、祝い方を聞いていませんでしたね。どんな感じだったんです?」
「祝われる奴ら全員で火を囲って舞ってた。その周りでも祝うやつらが踊ってるんだ」
「それは……難しそうな気がします」
テルンは苦笑しながら頬を掻いた。
「俺の故郷では祝い事と言えば踊りだからな。難しいなら無理は言わんさ。俺もそれなりの年だ」
やはりそれなりの年だったか、と魔王は思った。
べつに魔王としては焚火を用意して踊ってやってもかまわないのだが、テルンやレーゼンがやるのを想像できない。セヴァンはやりそうな気がする。だがまあ、この町の近くでそれをやれば、どこかしらの行政のお世話になるだろう。まだ自分の領域で行われるよその文化に厳しい時代だ。
いつの間にかいつも先頭に立っていたセヴァンが仲間たちを振り返る。
「とりあえずは宿を探す必要があるんじゃないかな。今回の当番はだれにする?」
記念すべき最初の当番だったテルンは自発的に叫びながら探しに行ったのだが、彼ももう野宿に慣れたのか
「そういえばそうでしたね」
などと言っている。まあ半年以上も経っていれば当たり前か。
「じゃ、私が行くよ」
全員の視線(魔王除く)がそこに集中した。
「レーゼン……?」
セヴァンが驚愕の目で彼女を見ていた。
「……なんだよ」
彼女もいぶかしげな眼で見返す。
「いや……ごめん。失礼だったね……」
セヴァンは何とか弁明をしようとしていた。
「その、なんというか……」
「珍しいですねぇレーゼンさん」
テルンはなんの遠慮もなく口走った。
「テルン!?」
「こういうのははっきり言った方が良いんですよ」
驚くセヴァンはテルンが諭した。
レーゼンの目が半目になり、じーっとテルンとセヴァンをにらんでいる。
「私だって自発的にやるよ。悪かったね。善意出して」
「ごめん……」
セヴァンからはなんとか言い訳しようとしていたらしい気配が少し漂ったが、とうとう観念して素直に謝罪に走った。
「いい成長ですね、レーゼンさん」
悪びれもなく言って見せるテルンにレーゼンのにらみは移った。
「最初に叫んでたくせに。野宿が快適になったのも私の魔法のおかげでしょ」
口調を荒らげたり、人間のように感情的になったりはしない。ただ、表情と語気が少し怒っていた。
「いや、まあ……それは」
「謝った方が良いぞテルン。女神の教えを知らんおれにもわかる」
ごまかそうとするテルンだったが、ディエンによって諭された。
「……スミマセン」
「もういいよ」
レーゼンはぷんすかして背を向けて、さっさと歩いて行ってしまった。
「おいおいテルン。お前の高等教育機関での学びは、何百歳も年上の女の子を怒らせる方法を伝授するものだったのか?」
歩きゆく一〇〇〇余歳エルフの背を見ながら、ディエンが言った。
いつにもまして辛辣な一言だった。この旅でレーゼンが怒ったのは初めてのことだった。
「いやまあ……それは……」
またもはぐらかそうとする聖職者。女神の教え自体は魔王も知っている。少なくともいやだったら謝らなくてもいいとはどこでも言っていない。
「そんなだから、あの町で女の子にモテないんだぞ」
「それは――――ッ」
大きな一言がテルンの心に突き刺さった。
がくっ、とテルンが石畳の地面に膝をつく。
ディエンはその想像以上のテルンのリアクションに驚いていた。
「私が一番気にしていることを――ッ」
「聖職者なのにか?」
「ぐはァッ!!」
テルンが石畳の上に転げ落ちた。
「ディエン、そこらへんにしておいた方が……ほら、口から血を吐いているよ(幻覚)」
テルンと旅をしてから七ヶ月、なぜだかたまに彼とその周りに幻覚が見える事態が生じ始めていた。
「だが悪いのはこいつだぞ」
「それはそうだけど……」
「ぐわぁぁぁっ!!」
テルンが石畳の上で転げまわり始めていた。
都の聖職者とは到底思えないふるまいだった。周りの通行人も驚いて彼を見ている。
「おかーさん、あの人」
「しっ! 見ちゃだめよ!」
「がはっ!」
などという具合であった。
この世に生まれ落ちてから三〇〇〇年。俗にいう天才というものを何度も見てきたが、どこかしら、彼らは周りと違うことがある。まあ実際は、それは周りの目を気にせずどこでも自分を貫き通すという性質が生み出したものだ。
テルンの場合はこれがそうなのだろうか。女神もこの男のこんな面があると知って祝福を与えたのだろうか……? と魔王はいぶかしんだ。
まあ少なくとも祝福されるに値するだけの特出した部分は持っているのだが……。
「おまわりさん、あの人です! あの聖職者の格好をした人が――」
「えっ衛兵!?」
道の向こうから、女の人に連れられてやってきた、鎧に身を包んだ衛兵がやってきた。
セヴァンが思わず声を上げる。
「あのへんなことをしている不審者を捕まえてください!」
「わかりました! 町の平和を乱すものは許さん!」
どうやらもう反論の余地は無いようだった。セヴァンは口を開きかけたところであきらめた。
そして犯人のテルンは、なぜか灰色になって地面にあおむけに倒れ伏していた。ぴくりとも動かない。
「ディエンテルンをかついで! 逃げよう!」
「まったくコイツは……」
ディエンがテルンをひょいと持ち上げて肩に担ぐ。
そして衛兵から背を向け、逃げる。ルチフはそれに追随した。
「待て! 逃げるな変質者! とその仲間たち!!」
「俺たちは何もしてないです!!」
走りながらセヴァンは弁明した。
「ならその者を置いていけ! でなければ同担の罪で逮捕する!!」
「ああもうテルンのせいで!!」
「この聖職者置いてかないか?」
隣を走りながらディエンが聞いた。
一瞬セヴァンの気配が逡巡した。
「ごめんテルン一瞬考えちゃった!」
なんとか、まだ伸びているテルンのために変質者扱いされる方を選んだようだった。
だが全身鎧をまとった衛兵が追いつけるはずもない。
角を曲がって曲がって曲がって、また曲がれば、衛兵はすぐにでも振り切れた。
「はあっ、はあっ、はあっ……まだ体力戻ってないみたいだ………」
「全部こいつのせいだな」
どこかの裏路地で、四人は足を止めた。
セヴァンは足をほうり出し、壁を背にして息を切らしている。
ディエンはテルン(まだ気絶している)を地面に置いた。幸いにも投げ出すようなことはしなかった。そこはディエンの無意識の優しさだった。
「これからどうする?」
ディエンはセヴァンに低い声で訊いた。
「赤髪の帯剣した男と兜をかぶった男、黒い高身長の男と聖職者の格好をした変しつ……男」
セヴァンは何とか自分の仲間を変質者と呼ぶことをこらえた。
「すぐに衛兵たちに話は伝わってるんじゃないかな……なんでこんなことに……」
彼は心底いやそうな顔をしていた。
しかし、やはりその気配にはどこかに嬉しさや楽しさが垣間見える。
「レーゼンはどこに行ったのかわからないし……あそこに戻れば衛兵にばれるだろうしな……」
町で分散行動をするとき、分かれた場所で再集合するという了解が自然に出来上がっていた。それをもとに話しているのだろう。
「そもそも誤解だし、話したらわかってくれるといいんだけど」
まだ少し呼吸が速いセヴァン。
「変質者的な行動をしたのは事実だろう」
「まあ……うん…………」
セヴァンは苦笑いをした。
「とりあえずレーゼンがどこにいるか突き止めないと……そうじゃないとさらに混乱してしまう。めちゃくちゃに走ってきたからあそこに戻れるかもわからない。ルチフ、頼めるかい?」
「もちろんです」
仲間の中でレーゼン以外に唯一五感以外の方法で位置を特定できるルチフをセヴァンは頼った。
少し集中するそぶりを見せたあと、情報を伝える。
「位置がわかりました。行きましょう」
「ありがとうルチフ」
「こいつは置いていっていいか?」
「持ってってあげてくれ」
ディエンはもう一度テルンを担いだ。なぜか一向に起きる気配がなかった。
今度はゆっくり歩きながら出発した。
「……あれ。私は何を」
「起きたか、すべての元凶め」
「ぐはっ!」
「まあまあ……これ以上はもうやめとこう?」
途中でテルンが目を覚まし、ディエンが下ろして悪態をつき、セヴァンがなだめるという流れが繰り返された。
先頭のルチフの後ろに三人が追随する形だ。レーゼンのいるところには歩いて十分程度のところ。
その間に魔王はいつものように思案を巡らせた。
先ほどレーゼンを探すために気配の探知範囲を広げたが、妙なものがあった。
妙なだけでまだ確信に至ったわけではない。だが妙だ。
その妙は、おそらく勇者一行がこの町にいる間はガンにはならない。三〇〇〇年の勘で魔王はそう思った。この町にも何か大きなことを仕掛けたりはしないだろう。
だが今後、必ず何かしらに引っかかる妙だ。
魔王とて完璧ではない。その妙の正体を確かめてみたいが、その妙は魔王の領域に踏み込んでくるものかもしれない。だからうかつには近寄れない。
魔王はまだこの人間の世界のことがよくわかっていない。なにせ一〇〇年間国づくりに集中していたのだから。一〇〇年で人間の世界は目覚ましい変化と進化を遂げる。国が一つ滅ぶことも一〇〇年ではざらにある。
一〇〇年前、この妙は存在しないはずだった。となると、一〇〇年の間に出てきたものか。
これでまた楽しみが増えたな。
魔王は三人に見られないように、ひそかにほくそ笑んだ。
Buda and pest
二回連続で日本語で失礼します。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
良ければご感想などいただければ作者は舞って喜びます。
良ければまた次回もお楽しみに。




