底なし沼と勇者セヴァン
勇者一行が出発してから七ヶ月と数日。ラザーヌディア王国。カーパティア山脈西側、カーパティア高原。
「なあ、レーゼン」
勇者セヴァンは言った。
どこか真剣な面持ちだった。
「……なに」
レーゼンはそっけなく答えた。
「……助けてくれ」
「えー……」
「頼むよ。仲間でしょ。頼むレーゼン。 こんなところで死にたくない」
「えー…………」
「お願い頼むよレーゼン! 僕には魔王を倒すという使命があるんだ!!」
「それくらい自分でできるでしょ。勇者なんだから」
「そう言われても……」
勇者セヴァンは沼にはまっていた。
昨夜起こった大雨によってできた沼に。
「見てくれよレーゼン。もう腰まで沈んでいる」
「ずっと見てるでしょ。かれこれ三十分ぐらい」
「だったら助けてくれよ」
「汚いから。何かやだ」
「でもこのままじゃ俺本当に死ぬよ!?」
「ならギリギリまで心の準備させて。エルでも綺麗でいたいんだよ」
「それ心の綺麗の方は大丈夫かな!?」
「ルチフに聞けば? 気配読めるんでしょ」
「いやきっとルチフなら見た瞬間に助けてくれてるよ!?」
「とりあえず待ってよ。底なし沼にはまってみるっていうのも悪い経験じゃないと思うよ」
「そりゃ人生に一度しかできない体験だよ。大概の人は死ぬからね」
「大丈夫だよ。私がいる限り何回でもやり直せるから」
「何でそんなこと言うの!?」
「別に私が底なし沼にはまったおっちょこちょいな勇者に罰を与えようと嫌がらせしてるわけじゃないっていうのは弁明させてね」
「なんかすごく怪しく聞こえるだがレーゼン」
「エルフの名誉に誓って嘘はついてないよ」
「僕もそうであって欲しいんだけどもね……」
「それにしてもそこなし沼って何で底なしなんだろうね」
「その議論は今必要かなあ……」
「もしそれが解明できればセヴァンを助けられるかもしれないよ」
「それでどう助けられるって言うんだい、レーゼン」
「底なし沼を消滅させる魔法とか作れるかもしれないね」
「僕の命が終わるまでに底なし沼の解析と魔法の開発が終わるならいい案だと思うよ。できるならね」
「救えるのはセヴァンの命だけじゃないよ。飛行魔法が使えない魔法使いの命がどれだけ救えるかわからない」
「まずは目の前の命を救って欲しいな、レーゼン」
「まだお腹辺りでしょ」
「一体どこまで沈んだら僕を助けてくれるんだい、レーゼン」
「首ぐらいまでかな」
「本当に頼むよ。手足すら動かせないこの恐怖を。どうか長く生きた賢明な君は一度それを体験していて恐怖を知っていることを僕は望むよ」
「何回かやればもうなれるよ」
「さすがに想定外の答えだったよ。長く生きた君が何回か底なし沼にはまっている可能性を考慮していなかったよ」
「服が汚れるのを勘定に入れなければ結構楽しいと思うよ。泥って意外と体にいいらしいし」
「さすがに僕の命のことは勘定に入れてくれ」
「だから最終的にはちゃんと助けるって」
「二度も自分の体を呈してまで僕たちを守ってくれたんだからそこは心配していない。でも問題は、何ですぐに助けてくれないかだ。 今すぐ助けてもそんなに変わらないじゃないか」
「そんなに変わらないって言うなら別に今すぐ助けなくたってそんなに変わらないじゃん」
「それは……その通りです」
「でしょ。諦めて最後まで待ってればいいよ」
「実を言うとレーゼン、ものすごく足がしびれてきたんだ」
「あるよねそんなこと」
「エルフってすごいんだね。今実感したよ」
「一回うつ伏せとかで沈んだこともあったよ。あぐらかいてる時に沈んだ時とか。正座で沈んだ時は地獄だったな。足が痺れてしょうがない」
「意外と沈んでいるんだね。さすが人生経験が豊富だ。なあ、そろそろ助けてくれないかい」
「だから 最終的には……」
「レーゼン。これは言わないでおいたんだが……これは名誉の問題だ」
「どうしたのそんなに改まって。本気で嫌だった?」
「本気で嫌かと言われれば最初から嫌だったさ。でもねレーゼン。ただでさえ勇者がうっかりミスで沼にはまった。その上沼の中で足がしびれた。自分で出られずに仲間に見守られた。そして……」
「そして、何」
「……察してくれないのかいレーゼン。君は女の子だろう」
「女の子かどうかは関係ないでしょ。 ……どういうこと」
「花を摘ませてくれ、レーゼン。頼む。後生だ」
「ああ……ごめん。〚リンショーホ〛」
「うおっ結構な勢いで引っ張り出されるんだねこの魔法……ありがとうレーゼン。僕はもう旅に出なきゃ」
「健闘を祈ってるよ」
勇者セヴァンは平原の向こうにかけて行った。
その後彼の姿を見たものは別にいないわけではなかったという。
ただ少しすっきりした顔をしていたそうな。
Yes!




