表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/59

勇者の剣VS魔族の剣

 ブナの木の間に舞う、二つの影。


 一つは赤く、一つは青い。


 金属音が響く。


 赤い影、勇者セヴァンの剣がきらめく。


 青い影、魔族クリューヴの剣が受け止める。


 クリューヴが剣をはねのける。セヴァンが振る。

 また受け止める。そしてはねのける。クリューヴはその勇者の一瞬を狙って剣を突く。

 セヴァンが剣を振って叩き落す。

 クリューヴの剣が奇妙な動きをする。セヴァンの剣から離れた瞬間、ぴたりと止まった。つまり剣が弾き飛ばされた勢いのままに動かず、そこで静止したのだ。


 一瞬の間もなく剣がきらめき命を刈り取ろうとセヴァンに向かう。


「――クッ!」


 左下から右上へ、大きく振って薙ぎ払う。

 剣と剣がぶつかり合い、高い音が響く。

 しかしやはり、クリューヴの剣はすぐにぴたりと止まる。


「――――っ!」


 剣が翻り、上から襲い来る。


 柄を渾身の力で握りしめ、受け止める。


「ぐ――――っ」


 金属音が響く。

 体中の関節が軋む。あらゆる体の節々が悲鳴を上げる。ものすごい重量が体にかかる。

 全身の力を使って、押されぬように押し返す。

 彼の足は、その重量によって土にめり込んでいた。


「ふふ――――っ」


 楽しそうなクリューヴ。


「ッ――――!」


 渾身の力で、剣を左下へ動かす。

 強い力をこめていたクリューヴの剣が、刀身に沿って下へと滑る。


「はっ!!」


 体を素早く捻り、剣を弾き飛ばす。

 するとクリューヴの剣はすぐには止まらなかった。


 剣を弾かれ、クリューヴが前のめりに姿勢を崩す。


 ビュッ と風を切る音。


 前に突き出たクリューヴの顔に刃が迫っていた。


 振り抜く。


 空気以外に手応えはない。


 斬れたのは、群青の髪の切れ端。すんでのところで体を剣の軌道の横へ反らし、避けた。

 あと少しでも遅いか、避けが甘かったとしたら、彼女のすらっとした長い鼻は赤い雫を滴わせていただろう。


 勇者は会心のチャンスを逃した。


「あっはは――――っ」


 不気味な微笑。女児のような笑い声。

 クリューヴのしていたのはそんな表情だった。

 頬を薄く染め、光のない目で、口をあけて笑っていた。

 

 髪を斬られたことも、自身の肉が切り離されそうだったことも、全て、彼女は気にしていないようだった。

 ただあるのは、ぎりぎりのところでの命の取り合いの悦び。


 それが、魔族というものだった。

 勇者は腹の底から湧き上がる恐怖が、一瞬にして四肢を満たし震わせたことを認識した。


 クリューヴが踏み出す。勇者が剣をとっさに構え直す。


 クリューヴは右薙の剣を放つ。それを受けて左へ流す。

 上段から袈裟に振り下ろす。剣を左に傾けて受け、右へ流す。


 そこから勇者が突く。

 しかし魔族は剣でそれを横に受けながら、懐に飛び込んだ。そのまま超至近距離で、刃が振るわれる。


 ――――避けられない!


 クリューヴの動きはあまりにも流麗で正確だった。死に恐怖した一瞬の硬直も逃さない。セヴァンの死はそれによって更に確実なものになった。


「ああ――――――ッ!!」


 喉から声が吹き出る。

 魔法を向けられるよりも遥かに現実的な、剣による死の恐怖が、逆に彼を突き動かした。


 全力で突きに伸びた手を引っ込め、全力で後方に跳躍し、全力で体を反らす。


 キイィ――――――ン


 一寸の眼前に迫った自分の剣の刃を、全力で押し返す。足が地面にめり込み、全身が軋む。

 そこまでして、やっと生存への切符を掴み取った。


 懐に飛び込まれて死を予感してから、半秒も経っていない。その中で彼は生と死の狭間を行き来していた。


「あッはぁっ!」


 魔族が愉しそうに嗤う。初めて目にした麗しい淑女とは対照的な、はしゃぐ少女のような。


「ぐッ――!?」


 ズズン、と、剣に尋常では無い重さがかる。体全身が地面へと押し込まれるような衝撃が足にかかり、思わず左膝が崩れ落ちる。

 その一瞬の隙がまた致命的になる。技でもなんでもない、力任せで作った隙が。


 ついに手が限界になり、クリューヴの力に耐えきれず、剣先が地面に落ちて突き刺さる。


 その瞬間にクリューヴの剣がセヴァンの剣から離れる。そしてその剣は喉元へ向かっていた。それに気づいたころには、すでに十センチもない所まで迫っている。

 剣が喉を掻っ切る寸前、地面を蹴る。

 脚が宙に浮き、頭が下がり、勇者はその場で後方転回(バク転)した。顎のすれすれ上を剣が通っていく。勇者はこの瞬間、鼻を斬られそうになったクリューヴの気持ちを理解した。


 脚が地面につき、すぐに後ろへ飛んで距離を取る。


「――はあっ、はあっ」


 まともに呼吸もできなかった。一秒一瞬をめぐる剣のやり取り(殺し合い)


「あっふふっ」


 大してクリューヴは少しも疲労の気配すら見せない。無邪気に笑い楽しんでいる。


「若くても未熟でも、勇者は勇者なのね」


 剣でビュッと空を斬る。


「絶望してるけど、諦めはしない。心が折れても、目は光るのね」


 耳にその声は届いても、反応が出来ない。

 勝負の時はいつもそうだ。命のやり取りをするにおいて、それ以外の感覚に意識を割く余裕がない。


 ただできるのは剣を構えて振る、もしくは防ぐだけ。


 だんだんと麻痺してきた手で、柄に力を籠めなおす。地面に激突した左ひざが痛むのを我慢し、なんとか構えを取る。


 こちらはだんだんと、確実に力を削られていっている。何とか打ち合えているだけで、決して互角などではない。先の数度のやり取りでも、何かをほんの少しでも間違えれば終わりだった。

 かつてないほどに、自分の命が希薄に感じる。


 勝てない。


 どう考えてもそうだ。


 それが戦わない理由になるわけではないが、そんな戦いをするのはつらいことこの上ない。ただ命を求めてあがいているだけだ。


「はぁ――――はぁ――――」


 ため息のような呼吸。


 もう嫌だ。死にたくないし戦いたくない。それに殺し合いを楽しんでいる魔族なんかとやりたくない。

 体の節々が痛いし、筋肉にも疲労が溜まってきた。どれだけ頑張っても筋肉の疲労は呼吸だけじゃとれないし、人間であるならば休息を取らねばそれ以上の回復は見込めない。


「あぁ――――……」


 ついに諦めの声が口をついて出る。

 すると、体中が、急にずしりと重くなった。

 全身の関節が痛み、体が悲鳴を上げる。

 筋肉が鉄を縛り付けたように重くなり、全くいうことを聞かなくなる。


 動悸がする。ひゅっ、ひゅっ、と呼吸が変な音になる。少しは落ち着いたはずの呼吸が、肺を叩き、肺が痛くなる。


「うっ」


 頭痛。血の味。せりあがる胃。

 何キロも全力で走った直後のような最悪の感覚。


 脚ががくがく震え、手元の剣がずしりと岩のように重くなる。


 視界がぐらぐら揺れ、狭窄する。

 肺と、吐きそうな感触と、足の裏と、手以外の全てが感覚から消える。

 平衡感覚が消え、木々の匂いがなくなり――――そこで手から何かがすっぽ抜けたことを感じた。がしゃりと音が耳に入る。


 内臓が軽くなる。体が加速度を感じる。

 どしゃり。

 激痛を前半身が感じる。だが声を上げることもできなくなった。若干顔の筋肉が収縮しただけ。


 すべての疲れが、どっと体に襲い掛かってきていた。


 最後にとどめに意識が途絶える。勇者はもうピクリとも動かなくなった。


 ×


「まずいな」七合目の魔王はつぶやいた。「やりすぎたなクリューヴ」


 魔王の背後のクリューヴの本体が、後悔と悲壮の感情の気配を漂わせた。


「申し訳ありません」


 片膝をつき、跪いた気配。


 しかし結局のところ、クリューヴは命令を違えていない。そこが何とも彼女らしい。


「呼吸をしていないな」


 魔王は右腕に左ひじを立て、顎に手を当てて言った。


「残念だろうが、ここまでだ、クリューヴ」


 魔王はここで初めて振り返った。


 後ろの跪いた彼女は、顔を上げて、眉を寄せ、悲愴を漂わせていた。まるで残念がる子どものようだ。彼女はこういう所で幼い。


「もう勇者一行の前には立ち塞がるな。成長はこれまでで十分だ」


 彼女の眉が、少し危険な角度へ曲がる。このままでは泣き出しそうな様子だった。しかし、彼女は魔王の言葉には絶対に従う。

 だがこのままでは魔王もいい気持ちはしない。


「お前はよくやった。あとは私が魔族の領地についてから、また会おう。なに、すぐ会えるさ。たった数年くらいな」


 クリューヴの顔が、少し和む。

 褒められた子どものように。


 これならば、彼女の部下への八つ当たりも少しは和らぐだろう。


「それじゃあ、また」


 魔王は手を上げる。


 すると彼女はもう一度顔をさげ、「ごきげんよう、魔王様メレハ・シュディーン


「ああ」


 魔王は、指をパチンと鳴らした。

today is sunny

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ