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野宿と宿と叫ぶ聖職者

 廻る廻る間に、月は沈み、星々は薄れ、光の権威である父なる太陽が目を覚ます。その起源よりその恩恵を糧に生きていた生物である人間は、その美しくも厳しい日光に、目を覚ますという形で答えずにはいられない。


 さて、勇者パーティーは初めての朝を迎えた。それは希望と安堵と、これからの旅に対する少しの不安があるものだった。


 最後の見張り番テルンは、一番乗りにその朝日の日の出を目にした。次に目を覚ましたのがドワーフの戦士ディエン。その次が勇者セヴァン。最後に魔法使いレーゼンと、新しい仲間ルチフの順番だった。

魔法使いレーゼンは、そもそも朝に弱く、ルチフは久しぶりの就寝で、起きる感覚がわからなかった。


 ルチフは勇者セヴァンに起こされた。セヴァンがルチフの肩を軽く叩いたことにより、五感が刺激されて意識の覚醒の目処がたち、ルチフは自ら起きることができた。


「おはよう、 ルチフ」


 勇者セヴァンが微笑んで彼に声をかける。 他の仲間たちが同じように彼に朝の挨拶をする。このように毎日の挨拶をするのは、彼らの仲を深めるための手っ取り早い手段だった。


「おはようございます」


 ルチフは起きたその瞬間からほとんど完璧に覚醒した意識で、みんなに挨拶をした。


 勇者セヴァンはそんなルチフを少し不思議そうに見つめていた。


「ルチフ、 目覚めいいタイプ?」

「ええ、多分」


 ルチフははぐらかすように言った。


 正直に言って、一〇〇〇年以上も生きていれば自分の身体の操作などそう難しいことでもなかった。だからあのエルフがより不思議だ。一度も自分の体を細部まで探求したことはないのだろうか。


 するとセヴァンがルチフに手を差し出した。 魔王は一瞬戸惑った後、その手の意味を理解してその手を握った。


 ルチフの体に寝起きのだるさはない。頭も逆に睡眠によってさっぱりとしていた。だから彼は自分の体をいたわられる理由を知らなかったのだった。


「ありがとうございます」

「こんなことで、いちいちお礼なんて言わなくていいよ。これからいくらだって言うことになるんだから」


 勇者は心底気持ちのいい笑みを発した。これほど気持ちのいい笑みを発せるものなど、そうそういないに違いなかった。


 さて、勇者パーティーは寝袋や毛布を各々片付け、一晩中灯っていた薪に別れを告げ、爽やかな蒼天のもと、二日目の旅路を開始した。




 勇者たちが出発して一週間。辺境の土地、ラルサーム村。ようやくまともな人の住んでいる村だった。方角のせいか、今までは ほんの小さな村にすら当たることはなかった。端的に言うと、一週間連続野宿だった。聖職者テルンは既に限界だった。


「宿屋ぁあああああああーーーーーッッッ!!!」


 テルンは村に入るや否や、他の全員を差し置いて村の向こうに走って行った。もはや聖職者ではなく砂漠の中でようやくオアシスを見つけた遭難者であるかのようだった。


「ははっ」


 セヴァンは少し楽しそうに苦笑する。正直セヴァンも限界が来ていた。


「あれじゃ救われる方の人間だな」


 ディエンが低い声で珍しく冗談を言う。皮肉かもしれない。


 魔法使いレーゼンもルチフもディエンもまだ大丈夫だった。人間の文明社会で暮らしていたかどうかの違いであった。


 夜は木の影や岩の影、林の中で虫や天候と戦いながらおちおち寝ていられない日々。体が汚れて洗おうと思えば、それをするには川しかなく、その川は文明人にとってはくつろぐには冷たすぎた。


 服がどれだけ汚れようとも、それを新しく作ってくれるものなどどこにもいない。勇者や僧侶はその身分のおかげで、一週間も続けて野宿をすることなど今まで一度もなかった。少なくとも三日に一回はお湯に体を休めることができたし、衣服は自らの家族や他の世話係の人々がやってくれていた。


 しかし、一週間ものそれに耐えたのは、やはり彼らの心の底にはしっかりとした覚悟と信念があったからであろう。


「宿はテルンに任せよう。その間、手分けしてして色々必要なものを用意しようか。僕は食料品とか日用品を見てくるよ」


 そういった勇者が歩いて行く。


 一週間にもわたる厳しい生活のせいで、何が不足しているかは嫌というほど理解していた。まずは新しい寝袋と毛布。武器の手入れ。予備の下着三着ほど。焼いただけではない美味しい食事。最後に暖かい風呂だった。


「俺は鍛冶ギルドを探して武器の整理ができるところを探そう」


 ディエンがそう言って街の中へと歩いて行く。この一週間で、ほんの数回ではあったが戦闘があった。そのほとんどにおいて、前衛のディエンが一撃のもとに魔物を屠っていた。小さな背中に背負った巨大な剣は、その力にものを言わせた戦闘スタイルのために、これ以上振れば折れてしまうくらいにボロボロになっていた。それもそのはず、これはディエンしか知らぬことではあったが、その剣はドワーフの技術で鍛えられた特別なものでも何でもなく、そこらで売っていたただの鉄の長剣だった。


 そして残ったのはレーゼンとルチフの二人だった。両者しばらく黙り込んでいたが、レーゼンが口を開いた。


「どこか行く?」


 顔はルチフの方には向けずに行った。その横顔は特に表情はなかった。


「どこか、とは?」


 思えば魔王初めての歳の近い女性からのお誘いであった。そのために「どこか一緒に行こう」、という意味には取れなかった。


「どこか行きたいところはある?」


 レーゼンは特に表情を変えずに繰り返していった。


「……ありません」


 一週間の旅が始まってから魔王に物欲は一つもなかった。


「じゃ、ちょっと手伝ってくれる?」

「何を……?」


 魔王は何かしてくれと頼まれたらまずその「何」を知らなければ気が済まないタイプだった。


「もし私が何か困ってたら自由に話してって言ったでしょ」

「あ……そうでした」

「じゃあ、ついてきて」


 そう言ってレーゼンは村の中へ歩いて行った。


「分かりました」


 ルチフは特に何も言わず それについて行った。

Have a nice day!:-)

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