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魔王の傍観

 勇者たちがクリューヴを相手しているころから少し時をさかのぼる。


 魔王はカーパティア山脈七合目の着弾地点付近に空いた大穴の中で顔を起こし、山の下を見下ろしていた。


 いい景色だ。カーパティア山脈は特別高い山でもなく、標高は三千メートルあるかどうか。それに傾斜もなだらかだ。それ故、勇者たちがここを超えるのはそれほど厳しいものでもなく、特筆すべきものでもなかった。


 カーパティア山脈の全長は、およそ一五〇〇キロメートルをも超える。そのため、道行く冒険者はもちろんのこと、現地の人々にとってもその全貌は把握しきれず、把握しているのは物好きな製図家か、ここらをめぐる商人くらいのものだった。そんな数少ない者たちによって、カーパティア山脈は多く分けて三つに分類されている。


 カーパティア山脈の大部分を構成する、東部のスィネヴィア山脈。スィネヴィア山脈と合わせて三分の二を構成する、南部のトランシルヴァニア山脈。ゆるく曲がったスィネヴィア山脈の下に、横向きのトランシルヴァニア山脈が付くような格好になり、上空から見ると膝を曲げた人間の脚のようにも見える。

 そしてその足のかかとあたりから続く山脈が、最後のアプセニ山脈。


 二つの山脈(太ももとふくらはぎ)とアプセニ山脈には間があり、そこは高原となっていて、カーパティア高原と呼ばれている。


 そのカーパティア高原の北東部、スィネヴィア山脈西側の中ほどの位置に、今回の高い石垣に囲まれた町、ビストリタがあった。

 ビストリタから伸びる道は、町のすぐ前にあるブナの木々が生い茂る林に入り、そこから数十キロほどでカーパティア山脈へと到達する。

 つまり魔王はクリューヴの魔法によって、数十キロほども吹き飛ばされたことになる。


 傷一つない体と鎧についた雪や砂埃を払いながら、魔王は見事に大きく空いた穴から、体を起こし、外へ出た。


 眼下には、山頂付近の白い雪に覆われた木々や岩肌と、ふもとの向こうまで続くブナの森林があった。


 そこには、四人の勇者とその仲間たちの気配と、それぞれにつく四つの魔族の気配があった。


 その四つの魔族の気配のうち、一つが消滅する。レーゼンと相対していたものだ。


 おおむね予想通り、最初にレーゼンが、クリューヴの分身を倒した。いや、倒したというよりかは、いい感じに彼女が攻撃に合わせて、分身を消滅させたというのが正しいか。


 すると、魔王のすぐそばに、その気配がもう一つ現れる。


 振り返ると、大穴の下に、クリューヴの姿があった。

 そこで彼女は跪き、「ご期待に添えていますでしょうか」


 魔王は「立て」と言ってから、目を眼下の、残りの七つへむけた。


「私は特に、完璧を求めているわけではないのでね」魔王は淡々と言う。「お前のやることが何であろうと、私はそれを楽しむだけだ。だからお前への命令は解釈の余地を残してするし、お前が命令それの言葉の範囲から逸脱していない限り、私は何を罰することもない。それに魔族の中ではお前が一番従順で、一番命令を違えない」


 魔王は言ってから、少し言い過ぎたと後悔した。

 クリューヴは、魔王が唯一、いろんな意味で会話をするときに気を使う相手だ。


 背後で、頬を染めて、体を愉悦に打ち震わせている女魔族の気配がする。これだけの女は、魔王に出会うまでの数百年間、何をして生きていたのだろうか。


 クリューヴは異質だ。すべての物事には例外があるが、クリューヴはそれだ。


 魔族は、自分より力あるものに本能で従う。しかし、人間と近い知能を有す彼らには、それに対抗する理性や本能もある。

 力に従う彼らは、必ずしもその力の持ち主の内面にまで服従することはない。あくまで従うのは力であり、その力に逆らわないまでであり、心の中で反逆心を抱いたり、めんどくさいと思うことはいくらでもある。

 もし十の力を有す魔族がいるとして、一の力を有す魔族が一〇〇体いたとしても、その一〇〇体全員が十の力を持つ魔族に従いはすれど、反逆することはない。しかし、心の中では一〇〇の徒党を組み、十へと反逆しようとするものは、居ないでもない。だが、そもそも彼らは同じような力を持つもの同士で一〇〇も徒党を組むことはあまりない上に、死を覚悟してまでそれを実行する者はめったにいないだろう。


 その中の例外が、クリューヴである。彼女は、魔王に心の底まで心酔している。そして魔族の中では珍しいことに、人間でいう恋を知っている。


 魔王が死ねと言えば死ぬだろうし、クリューヴより力のある魔族と戦えと言えば戦うだろう。


 そういうわけで、彼女は異質も異質だった。五本の指にも入る。


「ご退屈――なさっておりませんか?」


 若干上ずり、震え気味の声で、後ろから話しかけてくる。

 退屈と言えば退屈だが、目の前のこれを楽しんでいないかと言われればそうでもない。変だと思うかもしれないが、三〇〇〇年生きた魔王には複雑な事情がある。


「そうだな――片手間に会話に付き合ってくれないか?」


 目を輝かせ、喜ぶ気配がする。


「もちろんでございます」


 できるだけ興奮を抑えている気配。


 彼女は彼女で、彼女の献身的すぎる態度に魔王がいささかうんざりしていることを認識しているのだ。


 魔王は口を開く。


「まずはこちらへ来い」


 すると、その隣から三歩後ろへ下がった位置に、クリューヴが侍った。


「私が魔王城を離れてから半年がたった。イリーシュやバルケーはどうしている」


 それはクリューヴ以外の老魔五柱ハメーシュエ・シャドのうちの二人の名前だった。


「あとはすべて元首ローシュと個々の管轄に任せている。私はもう政の何にも携わっていないが、それぞれの領地はどうなっている?」


 魔族の領域は、秩序を保つため、合計六つの領域に分けられ分割統治されている。うち一つは魔王の領域。その他五つはそれぞれ老魔五柱ハメーシュエ・シャドの領地となっている。クリューヴも、そのうちの一つを管理、統治しているのだが、今はこのざまである。


 先のイリーシュやバルケーも、そのうちの二つ。なのだが、彼、彼女らは似た実力を有し、それぞれ気性も目的も違う。すると何が起こるかと言うと、争いである。魔王が魔族の統一領域として魔族の国を建てるまでは、そこは七つの魔族の集団が独立して争い合い、しのぎを削り合う、群雄割拠の時代だった。

 それが、魔王と言う、超圧倒的存在の台頭によって、魔王の命の元に、争いをやめた。そして魔族の中から、実力によって魔族の元首シャドエ・ローシュ魔族の元帥シャドエ・マーシャルを選び、ある程度の力の階層構造をつけた。


 しかし、それも魔王がおらずしても成り立つかはまだ分からない。少なくともクリューヴは恐らく魔王が死のうがその命令に絶対服従だろうが、他の者では魔王が魔族の国にいないだけで、命を破り争いを始めるものがいるかもしれない。


 魔王の意図を察してか、クリューヴは少しうれしそうな雰囲気を漂わせ、答える。


「今のところ、すべてが順調でございます、我が君ミ・メルスト


「人間による侵略は?」


「今のところ、まだありません」


 人間とは魔族以上にお気楽な部分がある。魔族が統一された。これが何を意味するか、未だに理解していない王や重鎮がいくらでもいる。

 この一〇〇年で、魔族が沈静化したと言うところで安心し、気を抜くものさえいる。ただ魔族たち同士の争いの飛び火がなくなったというだけだというのに。


 カルラーム王国もそのうちの一つだ。でなければ勇者と言う才能を保持したものや、今やほとんど神話の存在と化したエルフ、国内最高級の僧侶職などが構成するパーティーに一週間分の路銀を渡しただけで送り出さない。国の中に魔族が出たという事実が、彼らの焦燥心に少しでも火が付けば良いのだが。ラザーヌディア王国も今回の件でかなり警戒を強める態勢に入るであろう。


 人間の世代交代は早い。長くてもこの時代では一〇〇年も生きない。だから、彼らは人生においてできるだけ何かをなそうとし、他の長命種と比べて文明の進化が速い。しかし、それに引き換え、人生における面倒ごとにはまた疎い。余裕がないのだ。そもそも生きることが苦痛であるならば、寄り道をしまくるが。

 望まぬ争いはその疎いものの一つである。魔族の撲滅など人間の多くは思ってもいない。それは不可能だからだ。正確には、彼ら一人の人生では。

 人間の特徴の一つに、高すぎる幻想にはやる気をなくすという性質がある。

 その壁を打ち破れるのは、自分を過信する傲慢な者か、純粋な子どもか、子どもの心をそのままに成長した大人か。そして、勇気ある者。


 その壁の向こうにある現実と言う更なる壁を、恐れない者。


 セヴァンは一つ目の壁は打ち破った。さて、その先はどうか。


 それを楽しみの一つに、魔王は勇者パーティーに入ったのだ。


 眼下のクリューヴの分身の一つの気配が、また消える。今度はディエンのところだ。

 見ると、その付近には大穴や倒壊した樹木が散乱している。


「力比べをしたな」


 魔王は相変わらず下を眺めたままに聞く。


「おっしゃる通りでございます」


「結果と感想は?」


「力だけならば、本来の私とでも良い勝負をするかもしれません」


「そうか」


 あの力はドワーフと言うだけでは少し強すぎる。本来は工芸の民ドワーフは争いをそれほど好まないし、その力も人間の数倍という所のはずだ。それは彼が中欧諸国と言う、彼の故郷とは遠すぎる場所へと来たことと関係しているのかもしれない。


「どうやられた?」


 クリューヴに聞く。


「あの戦槌せんついによって、上から叩き潰されました。重い一撃を受け流し、距離を取ったところに戦槌を投げられ、上へとはねのけたと思ったところに、それを跳んで手にした勢いのまま、空中回転しながら叩き落す一撃を入れられ、防ぎきれずに潰されました」


「それは面白い」


 魔王は思わず微笑み、肩を揺らした。

 気配でおおむね理解はしていたが。こういうことなら初めからしっかりと見ておけば良かった。

 やはり力任せのドワーフではない。戦闘技術とそれなりのセンスと、大胆な行動作戦に走る胆力もある。


 そういうことで、反省を生かして、今度はテルンに目をやる。


 戦闘能力と言う面では、彼が一番実力が低い。僧侶職が対人戦で剣を持った相手と戦えるだけで大したものだ。


 そういうわけで、彼はひたすら逃げていた。激しく息を切らしながら、森の中を走り抜けている。


 そしてその後ろから、それなりの速度でクリューヴが遊ぶような微笑みをしながら、追いかけている。


 逃げるだけが能ではない。彼は、彼を中心に、半径三メートルほどの〚聖域〛を展開しながら走っていた。

 クリューヴが追いつき、その中へ足を踏み入れると、途端に彼女の動きのキレがにぶる。

 しかし、鈍ったとしても、彼女は手を伸ばす。拳を握り、それをテルンへ突き出す。


 それを、テルンは両手を広げて作り出した、半透明の黄色いガラスのようなもので受け止める。


 クリューヴの手がそれを殴る。一瞬で拳を中心にひびが入る。


 ガラスが砕け散り、テルンが吹き飛ばされる。数メートル飛んだあと、背から地面をいくらか滑る。

 痛みに表情が歪む。

 一瞬、彼が展開してた〚聖域〛に不備が生じ、消えかかる。しかし堪え、体を起こし、また走る。


 殴ったクリューヴの分身は、その右拳を眺めていた。黄色いガラス体を殴った手だ。その手が、もやがかかったように半透明になり、そして、いびつな形に歪んでいる。まるで歪んだ粘土細工のように。しばらくすると、それも元に戻る。

 興味深そうに眺めていた目を戻し、だいぶ先の方へと走っていったテルンに向ける。そして、また走り出す。


「あれは何かわかるか」


 魔王がそれを見ながら聞く。


「女神の加護だと考えます」


「その通りだ。どのような症状だった?」


 すると、クリューヴは少し考える(ような気配がする)。


「うまく説明できるかわかりません」


「大丈夫だ」


「自分の体の存在が、希薄になったような、そんな感じがしました。あの加護の壁を殴った後の手は、まるで自分のものではないような感覚がしました。しかし、しばらくすると、感覚が戻り、そして修復できるようになりました」


「そうだろうな」


 女神と魔族は対極にある。女神の力そのものが、魔族を傷つけ、否定する。


 しかしこれでは決着がつかなさそうだ。

 レーゼンとディエンにはあった決定力がない。一撃で人を殺せる、最低限度の力が、今のところ確認できない。関節をきめて首の骨を折るくらいが関の山だろう。


「ん――――」


 早々に発言を撤回することになりそうだ。


 視界の向こうのテルンを追いかけていたクリューヴが、急に足を止めた。

 彼女の足元が、明るく発光しているのだ。


 次の瞬間、光の槍のようなものがクリューヴを取り囲むようにいくつも地面から伸びる。彼女の足元の光を中心に展開している。


 槍のようなものは、上空で合流し、結果的に鳥籠のようなものを形作る。


「〚隔魔の檻〛!」


 テルンの声。

 見ると、クリューヴを振り返り、両手をそちらに向けている。


 檻の頂点に集合した伸びる光の槍。それが収束し、威力を強め、鳥籠の中の目標へ向かって襲いかかる。


 クリューヴの分身は、その柱と化した光によって、脳天から飲み込まれた。

 そして、そこから気配が消える。


「どうなった?」


 魔王はにやりと笑って聞いた。


「……消滅させられました」


 クリューヴは少々良い渋った。


「だろうな」


 知ってか知らずか。


 女神の魔法は、普通の魔族の魔力探知・・・・・・・・・・では、感知できない。

 人間的にわかりやすく言えば、人間には、「闇を探知する器官」がない、というのと同じだ。暗い明るいの度合いは、全ては目に届く光の量で判断される。だから目に届く闇の量は関係ないし、そもそも光がない状態が人間にとって闇なのだ。


 同じような理屈で、魔族や魔物には、女神の魔法を探知する機構がない。だからクリューヴでさえ、テルンの設置型の罠の魔法を探知できなかった。

 それを判別する方法は肉眼か、その女神の魔法をなにか別の方法で、自身に受容できる形に変換するか。


 この女神の魔法のお陰で、人間は魔族や魔物にある程度の有利の立場を得ている。


 まったくな女神だ。あれでは魔王となんら変わりないではないか。


 しかし、誰でも使えるというわけではなく、テルン程の者でも、即席ではあの程度が限界だ。それに一応魔法は魔法なので、本人の魔力を消費する。

 女神の魔法が真価を発揮するのは、大人数による儀式の行使によって形成される、大規模魔法の時でだ。

 勇者達がカーパティア山脈を抜けた後に向かうビタロス半島を中心とする帝国では、その「聖都」はそのような方法で構築された大規模魔法結界によって守られている。それも一〇〇〇年以上前の。


「あとは――――勇者か」


 女神は才能のある人間に無差別に祝福を与えたりなどしない。彼女なりに、その人間に期待をして、希望を抱いて人間を祝福する。

 いつか私を討ち滅ぼすことを願って、彼女は人間に期待を寄せ続ける。


 そんな女神が選んだ人間、勇者セヴァン。私を滅ぼせる期待を込めた、一人の人間。


 最強と呼ばれた勇者も、私の下に膝を折った。


 魔王の下の老魔五柱、クリューヴ。まずは彼女に勝てるか。




 勇者は、魅惑の魔女エシャンティン・レルと、激しい剣撃を繰り広げていた。

aiueonigiri

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