表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/59

走る勇者

 町から十キロメートルほどの林。吹き飛ばされた後三〇秒程度。


 勇者は木々の枝葉を手で避けながら、林の中を疾走していた。

 仲間たちは全員どこかへ吹き飛んで行ってしまったし、逃がしてくれたルチフに至ってはどうなったか全くわからない。


 その時、頭上に膨大な魔力を感じ、とっさに上を見る。


 ――追ってきたか?


 しかし違った。それは彼らを圧倒した魔族ですらなく、ただの技の一つが――しかも、ほとんどか細い線のようにしか見えない魔力の流れが――上空を通過しただけだった。


 その魔力砲に巻き込まれ、青い防御魔法と共に吹き飛ばされている黒い影――ほとんど点――を、勇者は確かに捉える。


 「――ルチフ!!」


 勇者はとっさに足を止め、幾分か地面を滑りながら急停止した。そしてその方向へと首を向け、行き先を見定めようとする。


 その魔力の粒子砲は、振り返った先に堂々と屹立する、彼らが超えて来た山へと向かっていた。


 そして勇者の目は、それが七合目あたりの白い岩肌へ、着撃したのを目にした。


 「ルチフ!!」


 届くはずのない呼び声を、勇者は発した。

 同時に、彼を無力感が襲った。


 彼は、ここにおいて、何もできなかった。


 ルチフが――レーゼンが、腹を貫かれた。それほどの魔法を肩代わりし、逃がしてくれたルチフが――また。


 そして、わからない。


 レーゼンやディエン、テルンがどこへと飛んで行ったのか、今どうなっているのか。ルチフが山へ衝突して、無事なのか。無事でないのか。


 孤独感。それが、彼をぞっと襲った、無力感を手伝ったのかもしれない。


 このパーティーには何も欠けるところはないと、勇者は思っていた。


 しかしそれがバラバラになってしまえば、自分はこうも無力なのか。


 ルチフはもしかしたらば、大丈夫かもしれない。あのルチフならば。

 しかし、あのレーゼンは、直に、実際に、腹の横を貫かれてしまっている。

 彼女が何百年生きているかはわからない。しかし、そんな彼女にとっても良いことではないのは確かだ。


 残念ながら、自分には魔力を感知するという便利な技術も、気配を察知するという気の利いた能力も存在しない。ならば、今目の前にある、目の前で起こった、確かに信頼できるこの目でとらえたものへと、向かわねば。


 そしてルチフならば、レーゼンを探し出して、助けてくれるかもしれない。


 セヴァンは全力で地面を蹴った。


 そしてそれを、全力の速度で繰り返す。


 自らを過小評価しやすい勇者セヴァンは、ただでさえ弱い(と思っている)自分の能力が、これ以上下がることを良しとせず、日々人外の領域へと向かう身体能力を鍛えていた。


 地面を飛ぶように、セヴァンは駆けていた。

 腰と頭が平行に来るほどにできるだけ姿勢を低くし、抵抗を少しでも下げ、加速する自分の下半身に上半身が置いて行かれないようにする。


 風を切る音が、彼の耳にびゅうびゅうと響く。


 両手を大きく振り、全力で走る。


 もしこの勇者が誰かを横切ったら、山を駆ける獣か、獲物のために超低空飛行をする隼かと思うかもしれない。


 「ふっ、ふっ」


 吐いた呼気が、一瞬にして後ろへと流れて行く。

 そして、とんでもないスピードで、顔に風が吹きつけ、肺へと直行する。


 風に攻撃されて何とか開いている目は、ぐんぐんと着実に大きくなるカーバティア山脈と、そのはるか上部に見える、雪崩れる雪を捉えていた。


 すこしずつ傾斜がついてくる。


 ある岩をまたぎ、一メートルほどの断層を飛び越え、窪地にある魔物の巣の上で弧を描き、更に駆けていく。


 「はあっ、はあっ!」


 山脈の下層の荒々しい岩肌が確認できるようになってくる。


 まもなくして、視界の全部を山脈が占める。

 そしてさらに厳しくなっていく起伏。

 それをものともせずに、体を躍動させて跳んでいく。


 目的の場所がぐんぐんと近いづいてくる。

 雪崩はまだ続いていて、すこしずつ規模を増しながら重力に従って斜面を駆けおりてくる。


 しかし今のセヴァンならば、それをものともしないだろう。


 この状況で、あるものを除けば。


 「エプレト・アウ・シャール」


 耳に響く、聞いたことのない音の節。


 山脈へと直行していた体が一気に強張る。


 とっさに前の斜面を蹴り、急激にスピードを落とす。地面が抉れ、土が飛び、それでも減速しきらず斜面に沿って坂を上がる。

 なおも前進し続ける体のために、続けて二三度それをくりかえし、坂の上で停止する。


 「はあっ、はあっ、はあっ」


 疲れがどっと襲ってくる。肺が急激に縮み、そして膨張し、空気を求め、それを幾度も繰り返す。


 ――今の声は。


 体中から汗が吹き出す。そしてその中には、おそらく、冷や汗も混じっていたであろう。


 たった数度、ささやくようにしか聞いたことがなかったその声は、しかし、絶望の感情を呼びおこすのに十分だった。


 気配を感じ、とっさに振り返った勇者の目には、その絶望の原因が映っていた。


 見開き切った目に、風が吹き、かねてから乾燥していた目が細まる。


 同じ風によって、ソレのたおやかな群青の髪がなびく。


 勇者は不条理を感じた。


 なんで、こんなにキレイで、美しくて、麗美な、こんな人が。


 なんでこんなにも、冷淡に、冷やかな、恐ろしい絶望を。


 あたえてくれるのか。


 金剛石がちりばめられた、深紅の紅玉を頂く頭環髪留めが、きらりと輝いた。


e aprat au shor

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ