老魔五柱(ハメーシュエ・シャド)
前話の最後の方に、追加した部分がありますので、良ければそちらを先にお読みください。
まだあまり知られていないことだが、魔王軍と言う組織は人間の組織に似た階層構造をとっていた。
頂点たる魔王を雲の上の存在として、実質的に魔族の国を統治する『魔族の元首』があり、その下に魔王軍や政を掌握する組織が置かれている。
『魔族の元首』の下、魔王軍のトップに『魔族の元帥』がおり、さらにその下にいくつかの将校階級が存在している。
しかし人間のそれに形は似ているとはいえ、感覚は全く異なっている。
人間ならば、時と努力と運勢、場合によっては人間どうしのつながりによって、階級の昇進、降格がどうとでも左右される。が、魔族の場合は、もっと単純明快で、どうしようもないものに階級が支配されていた。
人間は弱い。すべての地球上に存在する動物全体でランキングを造るとすれば、人間は個体単位にしてしまえば、おそらくは下から数えた方が早い。
たとえば、百戦錬磨の人間と一般人がいるとする。その二人の人間がそれぞれ、たとえばライオンと戦うとしてみよう。
このばあい、百戦錬磨の人間と、一般人とで、結果は変わるだろうか。その上、その二人がたとえ力を合わせたとしても、結果を覆すのには望み薄である。
人間は武器や知恵に頼ってようやく実力を手にする。だから、人間社会の上下構造は不安定で複雑で、力の弱い者がその何倍も腕っぷしのある人間を支配したりするという現象が起きる。弱い人間にとって力とはつまり道具であり、それが財に結び付き、それで人間は階級を決めるからである。
しかし、そもそも力を持ち、それもライオンをものともしないほどに圧倒的で、道具に頼る必要もないほどに実力のるある生き物ならば、どうなるだろうか。
その種族にとっては、自らの力そのものが、支配力の指針である。
というか、そもそも人間以外のほとんどの動物がそのような社会構造を持つ。
人間は弱く、高い知能を得たため、そして道具を得たため、複雑な社会を持った。
しかし、『魔族』は、道具を得ても、文明を得ても、元来の生物的階級社会を変えることはなかった。
それらすべてを凌駕するほどの、力を彼らは持っていたからである。
そして、彼らの上下関係、魔王軍における階級は、すべて個人の『力』によって裏付けられる。
例えば『魔族の元帥」は、それ以下すべての魔族の力を超える実力を、それ個人で有している。その上である『魔族の元首』は、さらにその魔族の元帥を超える実力をその身単体に有している。魔王であれば、言うまでもない。
もし魔族の元帥、または元首を超える存在が現れたとしたならば、その実力にふさわしい階級のものと入れ替わりがなされるであろう。
そしてそれは、魔王とて例外ではない。
だが、下の取るに足らない階級の者たちならばともかく、元首や元帥ほどとなると、めったに入れ替わりはおきない。それは、彼らの実力がどれほどのものかの裏付けである。
元帥の下、(名目上としては)管理職である元首や元帥を除けば、魔王軍最高戦力、『老魔五柱』があった。
五体の力を持つ魔族。その魔族を頂点として、それぞれが独自の魔族配下を率いる機関。
元帥や元首より劣る、と評価してはいけない。彼らは魔王軍の中で、十本の指にも入る実力と、それに見合った強力な配下を持つのだから。
彼らは彼らの国のため、彼らの王に報いるため、最前において人間と争う。めったに前に出ない元帥と元首と違い、彼らの仕事こそが人類領域の侵略。
人類にとって、最も直接的な敵。
五体の王の下の魔族。
人類は未だ、魔族の国一〇〇年の歴史において、一度も勝ったことがない。
×
ひどく薄暗い部屋の中で、キングサイズのベッドに寝た、一人の女の姿があった。
群青の長い髪が、彼女の体、ベッド、その他に無造作に放り出されている。
その寝ている顔はひどく安らかで、どこか幼さをかんじさせ、しかし、元の美しい顔立ちからか、やはりどこか大人びた雰囲気を感じさせている。
彼女の体を見てみれば、彼女は本来幼さからは無縁であるということがわかる。
すらりと伸びた長い脚も、芸術品のように繊細な腕も、絶妙な曲線を描く腰のくびれも、それと絶妙にふくらみ、しかし決して過剰に自己主張はせずにいる胸も、すべて、幼子に出せるような妖艶さではなかった。
彼女の身を包むつなぎは、彼女の髪と同じ群青色と乳白色の流線模様が表面を飾り、彼女の体に一体化するかのようにはりつき、その体の線を細部に至るまで強調していた。
彼女の目がゆっくりと開く。瑠璃紺の深い色の瞳孔が、一点の曇りもない眼球の中に、青い恒星のごとくぽつりと浮かんでいる。
彼女はするりと体を起こした。まだ眠気が残るのか、目はけだるげに半開きだ。二、三呼吸ほどおいてから、彼女は大きなベッドから体を起こし、立ち上がった。
部屋の中は沈黙に覆われている。そこにある刺激物はカーテンから漏れる光か、彼女そのものくらいのものだった。
さらりとくせで、群青色の髪に手櫛をかけると、するすると簡単に指はほどけていく。彼女の髪はなぜか、ごく一本に至るまで、一つも絡まっているものはなかった。
カーテンの前に立ち、手をかけてそれを開ける。
まぶしい光が瞳孔に飛び込み、思わず目を細めた。
ずっと向こうまで続く街並み。それを高い場所から見下ろしている。
この部屋の真下には、この部屋を一部とする背の高い建物の下層と、広い庭と、それを囲む壁と堀が見えた。
彼女は町の向こう側をじっと眺めていた。そこには背の高い山脈と、そちら側にある、町の入口の門とがある。
そして、そこから彼女のいる建物に続く一本道を、走ってこちらに向かってくる、鎧の兵士が見えた。
彼女はカーテンを閉じた。そしてつなぎの胸より少し高い部分をぽんと叩くと、つなぎがしゅるしゅると、薄く半透明になるほどに引き延ばされ、彼女の体をつたって、ゆっくりと地面に落ちた。
落ちた寝間着をまたぎ、ベッドの隣にある収納棚に向かい、手をかける。そこに、彼女の衣服がある。
いくつか中にあるなかで、黒を基調とし、関節や横腹部分などの裁縫部分が赤い線でなぞられた、軍服がそこにしまわれていた。それに手をかけ、彼女は取り出した。
着替えた彼女は、神秘的な寝間着姿とは違う、毅然とした雰囲気を身にまとう淑女となっていた。
彼女の部屋のドアがコツコツと鳴る。
「クリューヴ様」低い男の声だった。「お休みのところ、申し訳ありません」
そのとき、彼女――クリューヴはちょうど、軍服の最後のボタンをとめるところだった。
「今行く」
落ち着いた声で彼女は応えた。
ドアに立ち、それを開く。
「何事か、申しなさい」
彼女は目の前に立つ、兜を開けた状態の、鎧を身にまとった兵士に向けていった。
「はっ。申し上げます。この町――クリューヴ様の領域に、半年ほど前に出立した勇者一行が来訪しました。かねての御命令どおり、兵士たちで足止めをしております。いかがいたしましょう」
彼女は静かにそれに返した。
「私が相手をするわ。下がりなさい」
「はっ」
兵士は素早い動作で敬礼してから、扉を閉めてその場から去った。
クリューヴは、静かに扉の先を見透かすように、それを見つめていた。
「魔王様」
どこか、高い声色だった。
「お嬉しいです。あなた様のお役に立てることを。光栄に思います」
端正な顔の口の端が、わずかに吊り上がっていた。
「とっても、たのしみですわ」
どこか、無邪気で幼い表情で、魔王軍老魔五柱、クリューヴは言った。
Thank you for reading!! i could have written a good story this time !!




