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英雄の出立

 勇者一行が出発してから六ヶ月。ラザーヌディア王国。カーパティア山脈の麓、カフレゲル町。


 長かった冬が終わり、町の人々が雪かきから解放されたことに喜んでいる中、勇者一行は町から出る準備を整えていた。


「もうこの宿屋には何ヶ月も世話になってるからな。離れるのが口惜しいよ」


 部屋の布団のシーツを整えて立ち上がり、勇者セヴァンは行った。


 部屋の掃除をあらかた 終わらせ、防寒着に身を包み、出発の準備は万端であった。


「セヴァン、俺のハンマーの手入れセットどこにあるか知ってるか」


 ディエンが低い身長でベッドの下を覗き込みながら聞いた。


「確か剣の手入れに使っていたよな」


「ああ、それなら棚の上においたよ。はい」


 ベッドのそばの棚の上から、セヴァンがやすりや布巾などの手入れ用具の入った小さな木箱をディエンに手渡した。


「ありがとう」


 ディエンはかぶっていた兜を少しずらし、その中に木箱を入れた。ディエンはちょっとした用具はかぶっている兜の中に入れる。それは勇者一行の中では周知の事実だった。本人的には兜の中にまとめて敷き詰めている長い髪がクッションとなるのでちょうどいいという。


「そういえばルチフは?」


 セヴァンはいそいそと防寒着を着ているテルンに聞いた。この部屋にはルチフの姿が見当たらなかった。


「ルチフさんなら確かレーゼンさんの部屋に行っていましたよ」


「最近あの二人に何かあったのかな。よく同じ部屋で喋ってるみたいだけど」


 するとテルンがピクリと口角を上げて反応し、セヴァンに近づいた。


「な、なんだよ」


 たじろぐセヴァンの肩に手を回し、ニヤニヤしながら話し始めた。


「嫉妬ですか?」


 心底楽しそうな声だった。


「いやそんなことあるわけないだろ!」


 とっさにセヴァンは否定する。


「お気持ちは分かります。魅力的な異性が魅力的な男性と話しているのは、大層嫉妬と自身の喪失を感じるものです。私は恋などできない身ですが、お気持ちは深く理解できますよ」


「やめてくれっ!」


 拘束するテルンの手をはなそうとセヴァンは試みるが、何故か聖職者の比較的細い腕を解くことができない。


 セヴァンの体力は既に戻っていたが、こういう話をする時は、何故かテルンが絶対的優位に立つようになっている。


 そしてそんな二人を何も言わずに見るディエン。彼は彼でこのやり取りを楽しんでいたし、ある程度見たら毎回止めていた。


 それを見るも何もしないのがルチフで、見もしないのがレーゼンである。なのでこの場にいなくともその流れは変わらなかった。


「む」


 ディエンがちょうどテルンを止めようとした時に、ドアが開いた。


「ルチフか」


 相変わらず無愛想だが怖くはない表情をしながら、ルチフが部屋に入ってきた。


「レーゼンさんは準備が整ったそうです」


 一瞬、場の空気が凍りついた。


 誰もが同じ想像をしていただろうが、その中でディエンだけが口を開いてそれを出した。


「準備を手伝ったのか?」


 その先頭には「女性の」が入ったであろうことはルチフ以外の全員がわかっていた。


「いえ」


 短く答えたルチフに、全員がそれぞれの中でそれぞれの大きさで安堵の息をついた。


「私は見ていただけです」


 再び三人に衝撃が走った。


「何を見ていたんですか??」


 テルンが思わず口走った。


 聖職者にしては随分な好奇心だった。


「準備を見ていました。勝手に何かに触れてしまってはいけないので」


「そう……そうですよね」


 テルンははぐらかすように言った。


 全員ルチフがそのような欲求含め、ほとんど持ち合わせていない事はわかっていた。しかし男は気になるものは気になるものである。天才のテルンもまだ二十代前半の男である。いくら聖人とは言ってもまだ修行の身だ。


「私の方も準備は終わっています。いつでも出発できます」


 ルチフが言うと、他の者たちも自分たちの武器や荷物をしっかりと携えた。


「じゃあ、行こうか」




 町の中央の広場、勇者レヴァードとセヴァンの銅像が横に並び、それを取り囲むようにして人々が立っていた。


 青く錆びた、歴史を感じさせるレヴァードの銅像と、真新しいセヴァンの銅像。


 青い空の下で一番高い場所に登った太陽が、それを照らしていた。


 二度にわたる龍の襲撃を退け、町に安寧をもたらした六百年前の勇者と現代の勇者。


 全ての町の人々はその二人の英雄に感謝し、この銅像がある限り忘れることはないだろう。


 その銅像の前に立つ、勇者を含めた五人の英雄たち。勇者の龍殺しを補助し、町の再建に大いに貢献した仲間たち。


「みんな、ありがとう」


 勇者たちは町の人々が感謝の眼差しで見守る中、出発した。


 町の人々は口々に感謝の言葉や別れを惜しむ言葉を発し、勇者を見送った。


 これが初めての、勇者の国外での偉業であった。


 この偉業をはじめとして、勇者の名は永遠に残っていくことだろう。


 魔王はそう空想した。


 最後に町を出る前に、勇者は振り返り、人々に手を振った。


 町の人々は手を振り返し、勇者の姿が見えなくなるまで、ずっと見守り続けた。


Merry Christmas (a little early):-)

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