エルフと魔王の逢瀬
「どこへ行くかも聞かずに付いてくるんだね」
ルチフの前を歩くレーゼンは振り返らずに言った。
「古本屋の時は聞いてたのに」
レーゼンが先に階段を降り終わり、出入り口へ向かう。昼下がり、人々が集まって食事をする時間であった。賑やかな声と食事のいい匂いは自然に気分をよくさせる。
もっともレーゼンがそれにいちいち感慨を覚えるかは、魔王には分からなかった。
扉を押し開けるレーゼンの背にルチフは答えた。
「前回は『どこか行く?』と聞かれました。なのでそれに答えるために『どこかとは?』と答えました。今回はそうは言われなかったので聞きませんでした」
外に出ながらルチフは言った。明るい日差しが網膜を刺激し、思わず目が細まる。人々の往来はそれなりに多く、食事をして満足したのか穏やかな顔をしている人々が多かった。
「……で、聞かないの?」
道の先を行きながらレーゼン聞く。
「何をですか」
「どこに行くか」
「ああ…………何処へ行くんですか?」
「ルチフって少し天然だね」
素っ気なく言われる。
「そうでしょうか」
「まあ自覚してないからこその天然か」
少しの間。その後レーゼンが言う。
「少し魔法について聞きたいことがあるんだよね。実験も兼ねて話したいから、町のはずれに行く」
「わかりました」
時間を飛ばして、数十分後…………
「……よし、ここらへんでいいかな。二キロ位は離れたでしょ」
手で日光を避け、小さくなった町の方を振り返って言うレーゼン。
手に短い方の魔法杖を出現させる。
「早速質問していい?」
「はい」
「魔法の杖……これ知ってるよね?」
「知っています」
魔法の杖は、ほとんどの人間が魔法を扱う時に使うもの。素手で魔法を扱うこともできなくはないが、繊細な「魔法」を使うには、杖が必要となる。例えるならば、魔法の杖はペンみたいなもので、素手で魔法を使うのは、指に炭をつけて字や絵を書くようなものである。
よって素手で魔法を使う事ができるのは熟練の魔法使いか魔族か、生まれつきによっぽどの才があるものである。
「素手で魔法を使ってるよね?」
泰然とレーゼンは尋ねる。
「はい」
「魔力の操作や放出ならまだしも、それで魔法を使うのは私でも難しいよ。しかもあの防御魔法。魔族の魔法って言ってたけど、かなり複雑な魔法式で構成されている」
レーゼンは杖手と反対の手を上に広げた。
するとそこに、豆粒ほどの小さな六角形の青い物体が現れ、少しずつ大きくなって手のひらに収まるほどの大きさになる。
「素手でできるのはこれくらいだ。ルチフが戦う時に展開したあの大きさで、しかも龍の炎に耐えるのは素手の魔法じゃ無理だ。それに複雑なだけに魔力の消費も激しい。なおさら杖がないと、実践のレベルで使うのは無理だ」
そもそも魔法の杖は魔力の制御をよりしやすくするためのもので、それは魔力、魔法の効率にも直結する。指よりペンを使ったほうが書きやすいしインクも少なく済むのと同じである。
「才能や努力でできるようになったと言えばそれまでだ」
防御魔法を手のひらから消し、手を下ろす。
「でも、流石にそれは異常だ。素手でそれだけの魔法を扱える人間を、私は一人しか見たことがない」
いつも適当なレーゼンの雰囲気が、少しだけ固くなる。
「ルチフ。あなたは本当に二十五歳? それだけじゃない。他にも色々と聞きたいし、試したい。いつまでかかるかはわからないけど、私に付き合ってくれる?」
魔王は頭の中で思考した。
いつかこの魔王を殺しにくるもの。そして魔王自身もその可能性があると思っている。三千年以上の人生が終わるなど全く予想も実感もできないが、もしそうだとしたら。
楽しく人生最後の戦いをするために、対策を講じる必要があるだろう。
「わかりました」
魔王がこたえるのには一拍もかからなかった。
「ありがとう」
レーゼンの手元から杖が消え、実践用魔法杖が代わりに現れる。
「じゃあ、やろうか」
杖をこちらに向け、その先端に魔力が集中し、青白い球となって視覚化する。
「【アスファル】」
魔法陣が展開され、それによって魔法が付与された球が、魔力砲となって放たれる。狙う先は、ルチフだった。
魔法が直撃したように見え、地面の雪が巻き上げられる。
しかしルチフはそれを防御魔法で防いでいた。
「私の攻撃魔法も防げるんだね。やっぱりそういう性質か……」
煙幕越しに、レーゼンのつぶやきがルチフの耳に入る。
杖の先に更に大きな魔力が込められる。数秒溜めたあと、魔法陣によって放たれる。最初のと比べて倍ほどの太さがある砲撃だった。
ルチフは防御魔法を一瞬で点検し、綻びがないことを確認してから、魔力砲を耐えるべく防御魔法の維持に意識を割いた。
しかしルチフに当たる直前、魔法がいくつもの筋に枝分かれし、防御魔法を回り込むように軌道を変えた。
直撃した魔力が炸裂し、更に大きな煙幕が広がる。
しかしそれは、一瞬にしてそれぞれ対応するように展開された防御魔法によって防がれた。
「展開速度も早いね」
レーゼンが杖を一振りする。すると、彼女の周りに五つの大きな魔法陣が展開する。
「じゃあ、これはどう防ぐ?」
放たれる砲撃。それぞれがそれぞれの軌道をとり、ルチフに向かう。
それはルチフを囲む半球状に構築された魔法障壁によって全て阻まれた。
「素手じゃ長くは保ってられないでしょ」
もう一度、五筋の砲撃が放たれる。そして間髪入れず、二発目、三発目と繰り出される。
絶え間なく魔法が直撃し、轟音と共に雪と粉塵が巻き上げられる。
「反撃しないの?」
魔法を止めずに淡々と言う。
「してもいいのですか?」
轟音の中だが、ルチフの声はレーゼンの大きな耳に届いた。
「いいよ。お互いに血を流さない範囲でね」
「では」
ルチフが地面を蹴り、砲撃の弾幕から飛び出す。レーゼンへ向けて、弧を描くような軌道で走る。
レーゼンは杖をそちらへと向け、五つの魔法を掃射する。
ルチフが跳び、回避する。
そして空中で手を広げ、魔法陣を展開した。
「〚ラハドエラヴ〛」
それはあの時魔族が使い、ルチフが知らないといったはずの魔法だった。
レーゼンは一瞬戸惑い、その貫通魔法から横へ跳んで回避した。
後ろへ一瞬目を向けると、見事にトンネルを掘ったかのような、太い穴が空いていた。
牽制目的でレーゼンが一発砲撃し、ルチフは飛行魔法で避ける。
「〚リムホーク〛」
空中から放たれる魔力弾の一斉掃射。レーゼンでは防げなかったもの。
「!」
魔王は目を見開いた。
〚リムホーク〛は、青白い魔法の壁によって防がれていた。
黒い魔力の弾丸はそれに当るごとに砕かれ散らされ、霧散していった。
それは魔族の防御魔法、だったもの。
六角形の連なりでもなく歪な形だったが、その魔法式は確かに魔族のそれと同類のものだった。
先ほどルチフに小さいものを展開してみせたのを見るに、おそらくはこの旅のどこかで解析し……いや、龍を倒した後のどこかで解析したのだろう。あれ以前にはレーゼンがじっくりそれを見る機会もないはずだ。それにレーゼンならば解析して一週間もあれば使いこなせる。解析が成功したのはほんの数日前といったところか。
「その魔法、使えるようになったの?」
双方が一旦攻撃と足を止め、レーゼンが聞く。
防御魔法が解かれ……というより、端から崩壊していくようにして消えていく。
「研究していたんです。レーゼンさんこそ、魔族の防御魔法を使えるようになるとは」
「私も研究したんだよ。だいぶ不格好になったけどね。龍の鱗みたいに、相手の攻撃魔法を分散する仕組みだよね。あってる?」
「合っています」
するとレーゼンが珍しく少し広角を上げて、自慢げな態度になる。
「昔読んだ古代の文献にさ、似たようなのがあったんだよね。人類の防御魔法の黎明期にさ、今の魔法陣の防御魔法の原型と、魔族の防御魔法に似た方式のが両方あったんだよ。当時はまだ魔力の操作技術も未熟だったから複雑過ぎた後者は発達しなかったんだけど、前者は結局現代で発展が頭打ちになって、攻撃魔法の進化に追いつかなくなってきたところに、この魔族の防御魔法が出てきて」
静かな声色だが、楽しそうにずっと喋り続けていた。
魔王が共感する部分も多々ある。古代に不要とされ滅んだ技術が、現代の技術でも再現が困難なものとして発見され、それが生まれ変わり、今までのものを凌駕する。この過程は中々に面白く、長年生きる中での一つの醍醐味でもある。
確か、人類の中で防御魔法を開発しようという動きが始まったのは、千年以上前、今はなき南の帝国の中での筈だ。その前まではマトモな魔法の防御はなかった。その中で色々な防御魔法の案が出たり滅んだりしたのはレーゼンの言う通りである。
その後、滅んだ南の帝国の跡地から、魔族がそれらの情報を見つけ、様々な魔法を研究検証し、今の魔族の魔法が形成されている。
魔族には人間のような立場のしがらみや金などの利潤概念はなく、一人でも食料調達や住居建設に困らない。だから、あとはいくらでも好きな魔法の研究に費やせる。全く役に立たないとされる魔法や、古代に滅んだ魔法まで。
色々としゃべくったあと、最後にレーゼンは自慢気に(と言っても嬉しそうに微笑む程度だが)言う。
「この魔法を広めれば、人類の防御魔法のさらなる発展につながる。まだ人類が簡単に使えるようにするには色々と改良が必要だけど、人類の戦力を大幅に上げること間違いなしだよ」
魔王にとっては思わぬ誤算だ。今のところこの防御魔法をまともに扱えるのはレーゼン位のものだろうが。しかしこの気の遠くなるほど複雑な、しかも人間のものとは基本から違う魔法式を、理解して解析して応用し、人間のものに合わせた改良まで施すとは。
「かなり複雑な魔法式ですよ。それに人類の魔法体系とはずいぶん違う。よく解析しましたね」
「趣味だからね」
千年も趣味を続ければ、一人で国家の研究機関を軽く凌駕できるものか。忙しない人間の言う「趣味」とは随分と様相が異なっていそうである。
魔王としても一時期魔法の研究開発を趣味としていた時期があるが、それほど長くは続かなかった。結局、魔王がその時点で最適最高の魔法を開発したとしても、それは人間や魔族たちによってそれ以上のものに進化する。今、レーゼンがやってみせたように。
自分で作るのも楽しいが、それが更に発展し、若しくは形を変え、進化していくのを見る方がよっぽど楽しい。
「どうする? まだ続ける?」
微笑みながらレーゼンは言う。
魔王は、珍しく微笑んで見せてから、静かに言った。
「ここまでにしておきましょう。それよりも、魔法の話をしませんか。レーゼンさんの長年の知識と話をしたいです」
レーゼンは満足そうにそれに頷くと、胸に手を当てて、少し胸を張って言った。
「もちろん良いよ。私にも、もっと魔族の知識を教えてよ」
Thank you feel reading----;-)




