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勇者と、魔王の旅の始まり

 中央諸国のうちの一つ、ある程度大きな王国、カルラーム王国の神殿に、五人の冒険者たちがいた。


彼らは人類に敵対する存在を打ち倒し、人類の世界の全盛をもたらすと期待される勇者パーティーだった。


 一人目は橙色の髪を持つ勇者セヴァン。女神の祝福を受けた生まれながらの勇者。


 二人目は魔法使いレーゼン。伝説の純血のエルフの血を引く 魔法使い。悠久の時を生き、無限の知識を体得する神話の存在。


 三人目は僧侶テルン。聖教会学校の首席卒業、聖人テルン。歴代に名を残すほどの屈指の聖魔法の使い手。勇者の他に女神に愛されているもう一人の存在。


 四人目は戦士ディエン。工芸の民ドワーフの、屈強な肉体を持つ戦士。他の三人に比べればその栄光はやや劣るかもしれないが、彼の自慢の怪力は、旅の中で大きな役目を果たすだろう。


 五人目は新しい仲間ルチフ(職業なし)。勇者パーティーにただ一人。 飛び込み参加を果たしたイレギュラー。その肉体や、身にまとう 黒い鎧や、膨大な魔力は、彼がただものではないということを示しているが、彼がこの先どのように旅に関係していくのだろうか。


 このようにして勇者パーティー全員が、祝福を受けに 神殿に集まった。


 神官が神に祈りを捧げ、五人の 旅路が万全なものとなるよう祝福する。


 祝福が終わると、国王の御前に五人が侍り、国王の言葉を受ける。


「祝福を受けた五人の勇気ある者たちよ。見事南の魔族たちの王を打ち倒し、人間の世界に平和をもたらすことを期待している」


 こうして王の言葉のもと、勇者パーティーは出発した。壮大なパレードなどはなかった。勇者と呼ばれる者たちが魔王討伐に乗り出すのは、これで幾度目とも知れなかった。


 最強と謳われた勇者が一人、魔王に挑んで敗れた。至上の賢者と呼ばれた魔法使いが、魔王の部下のもとに膝を折った。かつて英雄王と呼ばれたある国の国王が、魔王に一つの傷もつけられずに敗走した。


 誰もが魔王の殲滅を願い、それと同時に誰もがそれをどこかで不可能だとも思っている。


 ましてただ祝福を受けただけの勇者、首席であるだけの凡人、祝福すら持たない小人、素性も何も知らない白いエルフと黒い男。


 当の勇者ですら、その民衆の雰囲気にのまれ、心に不安を抱いている。


 ただ、そうであったとしても、魔王討伐に声を上げることができたのは、彼が勇者であるから、だったのだろう。




 勇者たちが出発して六時間。王都近くのデカンタ高原。高い防壁に囲まれた王都を抜け、そこはすでに人のいない領域であった。


 太陽はすでに沈み、暗い空に星が爛々と輝いている。


 勇者パーティーは焚き火を囲んでいた。


「改めて自己紹介をしようか」


 勇者が切り出した。


「新しい仲間も加わったことだし」


 勇者はルチフの方を向いてにこりと笑った。


「僕の名前はセヴァン。十七歳。この旅の立案者とでも言えるかな。改めて、これからよろしく、ルチフ」


 勇者が手を差し出し、ルチフがそれに応えた。


「私の名前はテルンと言います。何か怪我を負った時は私に任せてください。どんな傷でも直して見せましょう。何か困った時でもいつでも相談してくださいね」


 テルンの差し出した手に、ルチフがまた応える。


 次に口を開いたのは、戦士ディエンだった。低くよく響くような声。


「俺の名はディエン。ドワーフだ。 おそらく前衛職になるだろう。それか何か重いものがあった時は俺に任せろ」


 ルチフがその手を握る。しっかりとして大きく、分厚い手だった。


 最後にエルフが口を開く。他の三人と違ってどこかそっけないような態度だった。


「私の名前はレーゼン。魔法職だから、 便利屋か後方支援みたいなスタンスになると思う。まあなんかあったら適当に話しかけてよ。できるだけ協力するから」


 細くひんやりとした手だった。魔王が知っているエルフそのものであった。


 ルチフは全員の顔を見回し、頭を下げた。


「よろしくお願いいたします。 私の名前はルチフです。 決まったような職業はありませんが、魔法も 戦闘も、その他の知識も、ある程度あります。皆様の方も、何かお困りのことがあったら、自由に話してください」


 勇者パーティーの他の全員は、それに微笑んだ。新しい心強い仲間ができたと思っているようだった。

 勇者パーティーの面々はかなりの実力があるだけに、ルチフにもしっかりと実力があることを見抜いていた。しかし、その奥にある強大な存在までは見抜けなかった。


「それにしても、初めての夜が野宿ですか」


 テルンは嘲笑気味につぶやいた。


「つい昨日まで教会のふかふかのベッドで寝ていたというのに……」


「僕やディエンは慣れてると思うけど、他のみんなはどうかな? これからは長い旅路になる。何年も何十年もかかるかもしれない。今のうちに野宿には慣れておくべきだ」


 勇者は自分とディエン以外の仲間たちに向けて行った。


「私は構わないよ。野宿には慣れてるから」


 魔法使いレーゼンがそっけなく言った。


「私も野宿には慣れています」


 ルチフが静かに言った。


「……となると、野宿が初体験なのはテルンだけか」


 セヴァンが笑って言うと、 テルンがとほほと肩を落とす。


「……まあ、勇者パーティーに入るからにはと、覚悟はしていました。どうか皆さん、私に野宿の手ほどきをお手柔らかに……」


 ははは、と勇者が笑い、フフ、と戦士が笑う。ルチフもそれに続いて微笑んだが、魔法使いは顔を変えなかった。


 こうして勇者パーティーの初めての野宿が始まった。場合によっては、どこかの町で宿を取れたりするかもしれない。


 しかし向かう先は魔王の国である。旅の途中では嫌でも野宿をしなければいけない時もある。ましてや、途中からは人間の領域ではなくなる。そういう意味では、ここでの野宿は最も難易度が低くて最も気楽な野宿となるだろう。


 あらかじめ用意しておいた毛布や 寝袋を取り出し、火を弱めて、見張りの係を決め、交代で眠ることになる。おそらく今後もこの形式の繰り返しだ。次からはこの初めてを思い出すことになるだろう。


 今回の見張り役は、ルチフ、セヴァン、ディエン、レーゼン、テルンの順番になった。


 見張り役は周りに気を使いながら、薪に少しずつ燃料をくべ、時間が来たら次の者を起こすことになる。


「じゃあ、みんなおやすみ」

「「「「おやすみ」」」」


 勇者セヴァンの言葉で、みんなが挨拶をし、ルチフ以外の全員が毛布や寝袋にくるまった。


 ルチフは誰かが寝息を立て始めたあと、息をついて大空を見上げた。悠久に瞬く無限の星々は、まるで勇者パーティーの旅出を祝福しているかのようである。


 正直言って、魔王に睡眠は必要なかった。星々ほどではないが、人間に比べれば悠久の時を生きる彼にとっては、人間のための習慣など必要なかった。しかし、彼とエルフの違いは何なのだろう。ルチフの隣に眠るこの白いエルフは、自分と同等かもしかすればそれ以上の時を生きているかもしれないのに、このように自分のすぐそばで、まるで少女のようにすうすうと寝息を立てている。それは、彼女が大地の生まれであるからかもしれない。


 地球の自転によって星々が少しずつ廻り、およそ二時間が経つ。ルチフは少し向こうで眠る勇者に近づいた。


 今この瞬間、魔王が少しでも変な気を起こせば、全ての旅路はここで潰える。しかし誰もそれに気がつかない。


「エヴァンさん時間です」


 ルチフが勇者の肩を軽く叩き、それを起こす。


「ん……」


 小さい身じろぎをしながら、勇者が目を覚ます。


「ありがとう、ルチフ。もうそんな時間か……」


 体が起ききっていないかのように、ゆっくりと体を起こす。


「おはよう、そしておやすみ、ルチフ」

「おやすみなさい」


 そうして勇者と軽い挨拶を交わし、ルチフは自分の寝袋にくるまった。


 さてどうしたものか。魔王に睡眠は必要ない。だがしかし、魔王は寝れないわけでもない。この世に生まれ落ちたその時は、確かに睡眠が必要な生物の体だったから。


 目を閉じて、意識的に脳の活動を制限する。すると少しずつ五感が抜け落ちて体が低活動状態になる。


 よかった、そして思い出した。これが眠る感覚だ。魔王であった一〇〇年間おそらく一度も眠ったことはなかった。


 昼夜問わず魔王として、自分の国を動かし続けた。特に辛いわけでもなかったが、しかし一〇〇年もしていなかったことをまだできるというのは非常に興味深く面白い。魔王はそう思いながら、意識の最後の手綱を手放した。

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