竜殺しの英雄と腰
二人目の龍殺しの英雄として、勇者セヴァンはたたえられた。一人目はかつてその身一つで魔族の地までたどり着いたと言われる勇者「レヴァード」。町の外れから回収されたその像は、今度は町の中心に置かれることになった。
そしてその横に、再び街を救った英雄として、勇者セヴァンの像が建てられることになった。
今、町一番の彫刻家の工房で、勇者セヴァンのスケッチが取られていた。
ポーズは剣を地面について仁王立ちしているポーズで決定された。
「…………」
勇者セヴァンはかれこれ一時間、台座に立たされてずっと同じポーズで拘束されていた。そのセヴァンを職人は一時間、ずっと凝視してスケッチを取り続けていた。
気難しい顔でずっと眺め続けられているのは気持ちのいいものではないが、かと言って気難しい顔でずっと仕事をしている職人の邪魔をセヴァンすることができなかった。
「ありがとうディエン……」
セヴァンは視線をまっすぐ前に固定しながら、一時間前から部屋の片隅で一緒に待ってくれているディエンに言った。
「気にするな」
低い声でそっけなくディエンは言うが、ずっとそこで待ってくれていたのはディエン一人だった。
しかし他の仲間たちも薄情だというわけでもなく、それぞれにそれぞれの用事があり、 最後に残ったのがディエンというだけであった。
まず初めにテルンが町の教会に呼び出されて退出し、ルチフが町に出た蛇の魔物の対処に呼ばれ、最後にレーゼンが飽きて出て行った。レーゼンの無頓着ぶりは、全員が理解していたことだったので、セヴァンの心が少し傷つくだけですんだ。
「スケッチは終わりだ」
職人が気難しい顔で唐突に言う。
「一時間もお疲れだった。俺の職人気質に付き合ってくれてありがとうな」
職人さんはそそくさとスケッチ帳や筆記用具をしまい始めた。
「よかった〜〜〜ーーー…………お疲れ様でした……」
関節や筋肉がバッキバキになりながら、なんとか体制を崩して、剣を帯して、ゆっくりと台座から足を下ろした。
「大丈夫かセヴァン」
ディエンが近寄る。
「ありがとう……なん……とか……」
ぐいーっと大きく伸びをして、全身の筋を伸ばす。
「いきなりそんなにやったら体に悪いぞ。軽い柔軟から始めるべきだ」
「大丈夫……いたっ!」
セヴァンの体がピーンと伸びたまま動かなくなる。
「言わんこっちゃない。龍の件で無茶をしたんだ。もう少し休め」
「そう……だね……その通りだ……」
苦しそうな顔で、油を入れていない機械のようにギギギとゆっくりと体を戻していく。
セヴァンは龍にとどめを刺した後から、体力が大幅に低下していた。十中八九剣の方に何か仕掛けがあるのだろうが、結局のところよくはわかっていない。
唐突に、ドアが開かれて一人の男が入ってきた。ルチフだった。
「お待たせいたしました。もう終わりましたか」
相変わらずの見た目に合わない丁寧口調で、ルチフが丁寧にドアを開けて入ってくる。
「ああ……ちょうど終わったところだよ……」
腰に手を当てながらセヴァンが言う。
「何か怪我をしたんですか?」
さすが自然冒険者だからか、人間の体調にも人一倍敏感であった。
「一時間、ずっと同じ体勢でいたせいでね……急に伸びをしたから腰が……痛くなって……」
どうやら歩くにも辛い様子だった。これまでの勇者とは思えないほどの痛手のようだった。
「負ぶりましょうか」
淡々とルチフが言う。
「大丈夫だこれくらい……なんとか……痛っ!」
足を一歩 動かしただけで、体に激痛が走り、動けなくなった。腰の肉離れか骨折か。どちらにせよ大の大人でもまともに動けなくなって当たり前である。
「肩を貸しましょう」
「ありがとう……」
セヴァンはルチフの提案を甘んじて受け入れた。
✕
「肉離れですね」
宿屋の男部屋にてテルンが言った。
上半身裸で後ろ向きに座ったセヴァンの背中をテルンが診ていた。
部屋の中には他の男が全員集まっていた。
セヴァンの体つきはなかなかに良かった。しっかりと鍛えているのが目に取れる。腹筋は綺麗に六つに割れ、肩から上腕にかけての筋肉は綺麗な筋肉の起伏を描き、所々についた古傷は彼の努力と勲章を表していた。いつもの優しい彼の態度とは裏腹に、他人を守るために鍛え上げた肉体は、その百戦錬磨の厳しい戦いを物語っている。
それに彼はこの体でまだ十七だ。その年にしては十分すぎるほどである。
「肉離れは下手に魔法で治癒しない方がいいです。肉離れならほんの数日で治っていくでしょう。それまでは安静にしていてください」
「分かった。ありがとうテルン」
「一応治癒魔法で痛みを少し和らげます。歩けるくらいにはなるでしょう」
テルンの指先がぼんやりと緑に光り、それをセヴァンの腰に当てる。
「おお……すごい。本当に痛みが引いていくよ」
「これで終わりです。ただし完全に治癒したわけではありませんから」
「うん、ありがとう」
セヴァンがゆっくりと椅子から立つ。
するとその時、男部屋の扉がガチャリと開いた。
「ルチフちょっといい?」
入ってきたのはレーゼンだった。
テルンとセヴァンは驚いて声を上げた。
「レーゼンさん!? ちょっと今はまずいです!」
「レーゼンちょっと待って入ってこないで!!」
「え?」
そんなことはお構いなしにドアが全部開けられた。セヴァンは上裸の姿をレーゼンに がっつり見られた。
しかしレーゼンの視線は一瞬セヴァンの体に向けられた後、すぐにベッドの縁に腰かけていたルチフに移った。
「ちょっといい?」
「はい」
そんな淡々としたやり取りでルチフは部屋から出た。
その間テルンとセヴァンは時が止まったかのように硬直していた。
息が詰まるぐらい長い静寂が流れた。
セヴァンは再び座っていた椅子に腰をおろすと、今まで見たことないぐらい低い声で頭を下に向けて喋り出した。
「俺、体に魅力ないのかな」
しっかり年頃の男の子だった。めちゃくちゃ落ち込んでいた。
時が動き出したテルンが手をあーだこーださせながら慰める。
「私はセヴァンさんの体魅力的だと思いますよ!? ほら相手はエルフですし! 男の体ぐらい見慣れてるんじゃないですか!?」
「レーゼンが男の体見慣れてるのはそれはそれでなんか嫌だ…………最初にあった時そもそも誰かとパーティ組むの初めてだって言ってたしずっと一人って言ってたし……」
そもそも上半身の裸を見られた上に全くのノーリアクションだったことは少年のプライドと羞恥心を大きく傷つけたようだった。
もしこの場面を魔王が見ていたら、内心大爆笑していたであろう。いや、今宿屋の階段を降りている段階で、魔王は部屋の中の様子を聞いて楽しんでいた。
魔王は暇だった。
Good morning♪\(^ω^\)




