エルフ&魔王VS龍
一週間後。勇者たちが町にも馴染んできた頃。
時は日没近く。
雪はなおも降り続け、今日も勇者たちは雪かきに勤しんでいる。怪我人がいなくなったので、テルンも参加している。
そんな中。
吹雪き続ける空の下、カーパティア山脈山頂の一〇メートル上、レーゼンとルチフがそこに浮いていた。
「……見える?」
レーゼンが落ち着いた声で聞く。
「気配を感じます」
「撃つね」
レーゼンが振り向き、持っていた長い実践用魔法杖で町の方へ向かって魔法を撃つ。これで人々は避難へ向かい、勇者たちはこちらへ向かうだろう。
「……速すぎる」
ルチフがつぶやく。
「え?」
「飛ぶのが速すぎる。音速に近い速度だ」
「そんな――――」
レーゼンがまだ何も見えない方向へと顔を向ける。どうやら魔力探知で龍を捉えたようだ。
「距離はまだ五〇キロくらいあるのに……すごい魔力量だ」
レーゼンが淡々と喋る。
「このままではあと五分もここへ来るのにかからない」
ルチフが淡々と呟く。
「これじゃ間に合わないね。結局私達が足止めか…………」
レーゼンが杖を構える。
龍はあれだけ速く飛べるものではない。あれだけ速く飛べば魔力も長くは保たない。
「本当に音速近い速度で飛んでる……あれ、撃ち落とせる? 私は無理かな」
「やってみます」
後ろへ飛ぶ。撃ち落とす場所は、山脈と町の間の雪原。
音速に近い速度の龍。一キロを飛ぶのに三秒と少ししかかからない。
すでに残り一〇キロ。
九……
八……
七……
六……
五……
龍がもう目視できるようになる。
四……
三……
ニ……
一……
――――ああ。やはり、私は正しかった。
紅を通り越して、黒く濁った龍鱗。
白くなり、光を失った盲た目。
ただ過去の自分が残した魔力を頼りに――――
身を翻し一瞬にして高度を上げ、指の先に集中した魔力を、龍の背に撃ち込んだ。そこを中心として魔法陣が展開され、龍の体を地面へと急降下させる。
十数秒後、雪煙と共に龍が地面へ叩きつけられ、数秒遅れて耳に轟音が届く。
「よくやったね、ルチフ」
「ありがとう」
龍が落ちた場所へ向かって急降下する。おおよそ山から数百メートルほどの距離だ。
この程度の落下速度では龍にはほとんどダメージはないだろう。
雪煙の中から龍の咆哮が聞こえる。
「龍を倒したことはある?」
髪を風に激しくはためかせながら、レーゼンが聞いた。
「何度か」
「私は一度もない」
地面に着地する。土煙からおよそ二十メートルほど離れた。
雪煙の中から、龍が咆哮しながら姿を表す。
その巨大な体躯は町の民家三つ分ぐらいでようやく釣り合うかというほどの大きさであった。その胴体の太さは軽く人間の二人分の身長を超えている。口を開けば、人間を縦に入れても余裕で飲み込むだろう。
四本の地面を掴む三本爪の手足と、独立した二対の翼――前方は主翼、後方は安定翼――が背に生えている。
何百年の時を生きたのだろうか。禍々しい魔力が体中から湧き上がっている。
それによって黒ずんだ鱗は、その性質と相まって、常に周りにその魔力をまき散らし、更にそれが自らを蝕んでいる。
「この龍、目が見えてない。それに鱗も黒ずんでいる」
レーゼンが杖を構える。
「ルチフ、分かる?」
「かなり高齢の龍です。生物学的には肉体の限界を迎えています。魔力的な要素に依存して、なんとか生きている状態です」
龍の喉元から赤黒い光が溢れ、それが口元までこみあがる。
龍の炎だ。
赤黒い火の球が、二人めがけて放たれる。
互いに別の方向へ跳んで回避する。
着弾点でそれは爆発し、雪もろとも地面をえぐり取る。
そして地面で残った炎が燃え上がる。
「炎にも見たことのないくらい魔力がこもってる」
レーゼンが杖を龍に向ける。
「〚アスファル〛」
白い魔力の奔流が魔法陣から放たれる。
それは龍の顔に直撃した。
「やっぱり龍は硬いね」
その鱗には傷一つついていない。龍の鱗には魔力を分散させる性質がある。これには〚リムホーク〛もうまく作用しないだろう。
かと言って貫通力の高い〚ラハドエラヴ〛はあの魔族と戦ったときに勇者一行の前で「分からない」と言ってしまったから使えない。
「ゴオオオオオオオオォオォォォォォ!!」
龍が本格的に怒り始めたようだ。その禍々しい魔力が更に勢いを増す。
龍の周りの雪が溶け始める。龍の体温が上がり、周りにまで影響を及ぼしているのだ。それに伴い、龍の全身が赤黒い光を帯びていく。
「また炎が来る」
レーゼンが防御魔法陣を展開する。
おそらく先程よりも数倍強力な火炎が来る。離れたレーゼンも自分も同時にまきこまれる威力だろう。
「防御魔法はつかえる?」
レーゼンが多少声を張り上げてルチフに尋ねる。
「魔族のものですが多少は」
ルチフの前に、六角形の障壁を組み合わせたものが展開される。
「来るよ」
放たれる龍の火炎。
しかしそれは先ほどのような球ではなく、もはや熱線のようであった。
二人の目の前にそれが当たる。
凄まじい魔力によって爆発が引き起こされ、雪と土が巻き上がる。
その直後、煙幕越しに横薙ぎの龍の火炎が襲い来る。
素早く魔法障壁を横へ向け、対応する。
一瞬障壁が焼ける音がし、火炎があたった部分が赤くなった。火炎の射線はそのまま向こうへ――レーゼンの方へと向かっていく。
なかなか強力な熱線だ。炎が混じった純粋な魔法でないだけに、一般的な人類の防御魔法では対処しにくいだろう。
「そっちは大丈夫?」
レーゼンの張り上げた声が煙幕越しに聞こえる。向こうも対応はできたようだ。
このままでは見えにくい。地面を蹴って飛び上がる。
「大丈夫です」
飛行魔法で飛び上がったレーゼンが横に見える。
龍は既にこちら二人を捉えている。目が見えていないはずなのに、その顔がしっかりとこちらを向いている。
「どうやって倒す?」
レーゼンが問う。
「待たないのですか」
ルチフが淡々と言う。
「倒すつもりでやるって言ったでしょ。攻撃魔法をちまちまぶつければ倒せるかな……」
「ガアアアアアアァァァアァッ!!」
龍の口から再び熱線が放たれる。
龍が首を振って横薙ぎに二人に当てようとする。
両者防御魔法を展開しながら身を翻して避ける。
レーゼンの防御魔法陣に火炎がかすり、ひびが入る。しかしなんとか防げてはいる。
「っ……このままじゃジリ貧だ。何かいい策はある? 三〇秒ぐらい稼いでくれれば威力の高い魔法を放てるんだけど」
「では三〇秒稼ぎます」
ルチフが飛行魔法で龍へ向かって飛ぶ。その近くに着地し、まずは様子を伺う。
口から煙が漏れ出している龍の顔はしっかりとルチフを見定めていた。殺気も感じる。
龍の体がまた光り始める。火炎放射の予兆だ。
ルチフが手を前に出し、魔法陣を展開する。
龍の口元に炎が到達すると同時、ルチフは魔法を行使した。
「〚リムホーク〛」
衝突する赤黒い炎と黒い魔力弾。
ゴバッと炎が横へ逃げる。地面に衝突したそれが、爆発を伴って粉塵を巻き上げる。
〚リムホーク〛に当たった分はそのそばから中和しているため、爆発が起こらない。
すこしこれを続ければ、龍の火炎放射は止まる。しかし三回も防がれて学ばない龍ではない。
炎を放ちながら龍が前に進み距離を縮める。
龍が近づくにつれて火炎の威力は高まっていく。
ものすごい熱量を感じる。しかしこの程度の熱では魔王の体はびくともしない。
しかし龍と何度も戦ったことがある魔王ならば、龍が学ぶことなど学んでいる。
龍が突然首を横へ大きく振る。ルチフの横から向こうの地面がことごとく炎と共に爆発する。
〚リムホーク〛が龍の顔に直撃するが、やはり損傷は与えられない。
龍は巻き上げられた土砂の向こうに身を潜めた。巨大な図体による素早い動きで雪や地面が巻き上がる。
次の瞬間、向こうから龍の巨大な尾が飛び出す。身をかがめてそれを躱す。
その風圧によって、巻き上げられた土砂が吹き飛ぶ。太い風を切る音が鼓膜を揺らす。
「これで十秒……」
足に力を込めて、飛び上がる。
眼下の龍の背に向けて、魔法陣を展開する。
「〚リムホーク〛」
当たったそばから〚リムホーク〛は砕けて消えていく。魔族の体も一瞬で消し飛ばした魔法だというのに、龍はびくともしない。
龍が翼を大きく広げ、飛び上がる。
「ゴオオオオオオオアァァッ!!」
体を大きくうねらせ、ルチフに向かって突撃する。
ルチフは魔法陣を消し龍に背を向け飛行魔法で上へと逃れる。龍は更に翼をはためかせ、ルチフをとらえようとする。
上へ上へと高度が上がる。龍の速度も上がっていく。
ものの十秒で、カーパティア山脈の頂上付近の高度まで到達した。
「あと十秒」
龍の方を振り返る。
地上のレーゼンが白い点で見える。何かの魔法陣を構築しているようだ。
「景気づけだ」
魔王は昇り来る龍へ向けて、魔法陣を展開した。
「〚リウォルト〛」
上昇していた龍の体が、まるで力のベクトルが反対になったかのように、下へ叩き落された。
「趣味も役に立つものだな」
魔王は独りごちると、龍を追いかけ下へと飛ぶ。
最初よりは叩き落とす威力を抑えている。なので龍は空中で体制を整えようとしている。
二対の翼を広げ、風を受けて、体制を整える。
その龍の背に、ルチフは着地した。
それに気づいた龍が咆哮し、やたらめったらに急旋回を繰り返し、振り落とそうとする。
「背中を掻けないというのも辛いものだな」
魔王はもう一度、龍の背へ指を向けた。
「〚リウォルト〛」
龍が丁度、腹を地面に向けた瞬間に、魔法が発動した。
ゼロ距離で放たれた魔法により、龍は地面へと音速近い速度で叩き落される。
「二十七秒」
下へ向かって飛ぶ。
いくら鱗にダメージが入らなくとも、しばらくは衝撃で動けまい。最初に叩きつけた時も、龍はすぐには雪煙から出てこなかった。
「三十秒だ。きっかり稼いだぞ」
視線の先に、雪煙に向かい、魔法陣を向けているレーゼンがいる。
その口が小さく動く。
魔法の名を言ったのか、それとも何か別の事を言ったのか。
直径五メートルを超える大きな魔法陣。空中に浮かんでそれを展開していた。
構築された魔法式は特別複雑なわけでもないが、今まで魔王が見たどのような魔法でもない。恐らくは、レーゼンのオリジナル。
魔法陣に魔力が注がれ、淡く発光を始める。
煙のなかから龍が咆哮と共に顔を出す。
その瞬間、魔法陣の直径いっぱいの極太の白い魔力砲が放たれた。
魔力砲はやすやすと龍の全身を飲み込み、そのまま魔力砲と共に山脈の方へ吹き飛ばされていく。
ルチフはレーゼンの近くに着地する。
見上げると、その魔法の行使にはかなりの 気を使っているようで、珍しく顔に力を込めている。
魔力法はなおも放たれ続ける。そして視線の向こうで、魔力砲と龍が山に直撃したのが見えた。
魔力砲が収束し、魔法陣が消えていく。
レーゼンがゆっくりと降下する。
「これが今出せる最大出力かな。これで倒せてなかったらあとは待つしかないね」
龍が直撃した場所では崩れた雪による雪崩が起こっている。
ここは比較的平坦な場所だが、それでも少し山脈からの傾斜がかかっている。
「雪崩を起こすつもりはなかったんだけどなぁ……」
レーゼンが雪崩から背を向けた。そして走る。
「早く行かないと飲み込まれるよ。レンジャーなら分かってると思うけど」
「はい」
見たところ町までは届かないだろう。
「あ」
レーゼンが走りながら何かに気づいたようだった。
視界の先にはかなりの速度で走ってくる勇者他三人がいた。
レーゼンが口元に手を当てて叫ぶ。
「三人ともーーー! 雪崩が来るよーーー! 逃げてーーー!」
「え!? 雪崩!?」
「何ですか雪崩って!?」
セヴァンが目を丸くして叫ぶ。他のディエンとテルンも同じように驚いていた。
「龍と戦ってたら山に吹き飛ばしちゃってさぁーーー! だから早く走ってーーー!」
「なんかよくわからんけどわかった!」
「龍との戦いって覚悟はしてましたけどここまで大規模とは!」
三人がくるりと踵を返して向こうへと全力で走っていく。
テルンが他の二人に置いていかれてレーゼンとルチフに追いつかれる。
「どうやったら龍との戦いで雪崩が起きるんですか!?」
「全力の魔法を撃ったら山の方に吹き飛ばしちゃったんだよ。別にわざとじゃないからね」
「責任追及のレベルの話じゃない気もします!!」
そんなこんなで走りまくって、雪崩は山から一キロほどのところで止まった。
セバン、ディエン、ルチフはケロっとしているが、レーゼンは少し息を切らし、テルンはぜえはあと肩を揺らしている。
「みんなごめん……」
レーゼンが息を整えながらみんなに言う。
セヴァンがそれに答える。
「別に雪崩が起きたことなんて、被害者が出たわけじゃないし……」
「ごめん そうじゃなくて……龍多分倒せてない」
「えっ?」
セヴァンが呆けた声を上げる。
「あれで龍を倒せてないんですか?」
テルンが驚いて聞く。
「二次災害が大きくて私が大したことをやったように見えただけだよ。ルチフなら見てたでしょ。あれは龍を倒せるような一撃じゃない。それに」
轟音。
それと共に空に上がった火柱。
全てのものがそちらを振り返る。
それは山脈の近くから上がったものだった。
「魔力探知にまだ龍の魔力がある。龍はまだ全然戦える」
「マジかよ」
セヴァンが雲を突き破る火柱を見て、唖然とつぶやいた。
Thanks for reading! (I have no more to write here)




