龍の来る町
早速、セヴァンは町の人に、龍の情報を聞いていた。その際、決して人々を不安にさせないように気を使い、慰めながら会話していた。
テルンは負傷した人がいないか聞き、治療所へと案内されて行った。
ディエンとレーゼンは、ボロボロになった家やその瓦礫などの撤去のために歩いて行った。
ルチフはというと、町の中を歩き回っていた。
これらの倒壊した建物は、全て龍による仕業のはずである。それを確かめるために、ルチフは町のそこら中に残る龍の魔力、足跡、破壊跡などの痕跡を調べている。
龍には人類の種数ほどの種族がいる。そのほとんどすべてが、生態系の頂点に君臨する。それだけに、数も少ない。
その巨体を維持するためには、自前の魔力供給では足りず、他の魔力を生み出す生物を取り込む必要がある。彼らにとっては、食事と魔力補給の両方ができて一石二鳥である。
まあ、人間は数も多く基本的に弱いので、よく標的になる。龍は基本的に、人間にとっては険しい場所――山の奥や火山の近く、海の底など――に生息するため、龍はカーパティア山脈のどこかに住んでいると考えるのが妥当だろう。
まあ、妥当なだけで、そうでないこともある。
ここを一瞬通ったときには、どこにも龍はいなかった。それ以前に来た時も、カーパティア山脈のどこにも気配は感じられなかった。そして今も、気配も、魔力も、龍の膨大な魔力の片鱗すら、山脈の端から端まで認められない。
それだけではない。龍はこの山脈のどこも住処にしていない。龍の住処には、その魔力の残穢が濃く残る。長く住処にしていれば、それに応じて濃くなる。
魔王が以前に訪れたのは、二一六年前のことである。龍がそれだけ長く住めば、一瞬通りかかった時にも気づいていたはずである。
となれば、この龍は、どこか他の遠いところからきた、と考えられる。
つまり律儀に二一六年以上前からこの町に通い詰めていたことになる。
それになぜ、一度に町一つを食いつぶさないのか。成体の龍であればそんなことはわけないはずだ。それとも少しずつ食べて残りは取っておいているのか。
この町の住人は、一番最初に来た時は一二〇〇人ほどだった。それが今では三〇〇人以下に減っている。
魔力の残穢を見るに、最後に龍がこの街を襲ったのはおよそ一ヶ月前だ。その前にも半年から数年の周期でこの街を襲っている。
しかしそうなると、人口の増加を加味したとしても、二十六年食べ続けたとなれば、一度で襲って食べるのは数十人もいないことになる。
いくら人間が狙われやすいと言っても、ちっぽけな人間の魔力では、龍の腹を満たすには一度で一〇〇ほど必要なはずだ。
となるとやはりそうか。龍がこの街を襲ったのは、食事目的ではないということになる。
龍はこの街を破壊している。食事だけならばこれだけの破壊は起きない。その証拠に、龍が火を噴いた魔力の痕跡がある。食う前に燃やして殺してしまっては意味がない。魔力を取り込むには腹の中でなければ意味がない。
しかしならばなぜ龍はこの街を破壊するのか。それも何度も定期的に襲撃して、少しずつ破壊していくのか。
概ね見当はついている。しかし確信に至るまでには、勇者が集めた情報を聞く必要がある。
「ルチフ、どこに行っていたんだい?」
セヴァンが戻ったルチフに聞いた。
ルチフが壊れた街中を歩いていた時間は三十分ほどだったが、すでにセヴァンの周りにいた人々の顔からおおむね不安は消え去っていた。
「街を歩き回って、破壊状況や龍の魔力の残穢などを観察していました」
「そうだったのか。ありがとう。 何か分かったことはあったかい?」
セヴァンは微笑んでそう言った。
対してルチフは静かに答える。
「龍が食事のためにこの村を襲っていたのかと思いましたが、そうではないようでした。龍が他の生物を食べる時は必ず生きた状態で口にします。そうでなければ魔力が取り込めないからです。しかしこの町には龍が火を吹いて街を破壊した痕跡があります」
「そこまでわかるのか。すごいね」
セヴァンは感心していった。
「いくつか龍が定期的な破壊に走った原因の見当はついているのですが、結論には至りませんでした。 そこで何か、セヴァンさんが町の人から聞いていないかと思いまして、戻ってきました。龍の種類や、どのような行動をしたかなど、教えてもらえますか?」
「分かった」
セヴァンが述べた内容は概ねこの通りであった。
その龍は紅い鱗を持っていたこと。
その龍は全長二十メートル超えの体躯を持っていたこと。
その龍は人間を食べるだけでなく、火を噴いたりその体躯で街を壊したりと、明らかに食事以外のそぶりをしたこと。
その龍は毎回ある一定程度街を破壊したら、西の方へ飛んで行くこと。
来る期間は少しずつ短くなっていること。
以上のことから、以下のことが分かる。
その龍の種族は紅鱗龍である。
その龍は成体である。
龍の主たる目的は、食事もしていて、破壊だけが目的でもない。暴れているだけのように見える。
「なるほど」
魔王は心底から思い当たってそれを口にした。
「原因が概ねわかりました」
ルチフは顎に手を当てていった。
「本当かい? すごいな、こんなにすぐに分かるなんて」
「以前も同じような状況を目にしたことがあります。私の考察が正しければ、その龍は正常な状態ではないでしょう。おそらく、一ヶ月以内にまた訪ねてきます」
「それは本当なのか?」
「はい」
「じゃあ、色々終わってみんなが来たら、説明してほしい」
「分かりました」
雪は三日間、振り続けた。
時は早朝。
どんどんと降り積もる雪のために、勇者一行と村の若い人、元気な老人たちは総出で雪かきをしていた。
「勇者様、筋がいいですねぇ」
腰が曲がった白髪の老人が、器用にスコップでザクザクと台車に雪を乗せていく。
「いやいや、年の功にはかないません」
そういうセヴァンも、さすが勇者の体力で、次々と疲れなしに雪をかいていく。
加えて、セヴァンは町の人が用意してくれた、防寒着を身につけていた。
「年の功なら、俺も負けんぞ」
そういうディエンを、人々は目を丸くして見ていた。
なぜならば、一輪の台車を前に傾けて地面に直につけて、そのまま押して雪をかきまくっていたからだった。そんな無茶な力技かと思いきや、地面に引っかかる様子も見せないので、意外と繊細な技であるようだった。
そのディエンも、赤色の防寒着を身につけている。
「それにしてもありがたいですなあ。まさか勇者様たちが、こんな村に滞在してくださるなんて」
雪をかきながら老人がセヴァンに言う。
「龍がもうすぐ来るのなら、見捨てるわけにはいかない。それだけです」
雪をかきながらセヴァンが微笑む。
「勇者様たちのおかげで町は綺麗になりましたし、みんなにもだんだんと活気が戻っていっています。感謝してもしきれません」
「お礼なら、僕ではなく他のみんなに言ってください。僕一人では、街の片付けの手伝いにもなれなかった」
勇者一行のおかげで、家々の残骸はほとんどすでに片付けられ、今では町の人たちの焚き火になっていた。テルンによって怪我人たちはほとんど治され、新しい家はディエンやレーゼンの手伝いによって作られた。
「それに……龍のことに関しては、ルチフがいてくれなければ、ここまではわからなかった」
セヴァンは白い雲がかかった天蓋を見上げた。
厚く広い雲の下、黒い影と白い影が認められた。
「彼が仲間になってくれてよかった」
上空一〇〇〇メートル。高度にしてカーパティア山脈の中腹あたり。
黒い防寒着と白い防寒着をそれぞれ身につけた、ルチフとレーゼンがいた。
「どう、ルチフ」
白い髪を風にはためかせながら、大きなとがった耳を赤くしたエルフが聞いた。その右手には二十センチほどの魔法杖を持っていた。
ルチフはたっぷりと間を置いてそれに答えた。
「龍の魔力の残穢を感じます。やはり、何度も何度もここを通っている」
「だよね。それに、毎回寸分違わず同じルートだ。そうでもなければ、空中に残穢は残らない」
そのルートは、西から山脈を越えてやってきている。つまり、龍は西から来て、西へ戻っているということになる。
これは実際には龍が無意識で残しているマーキングである。魂と関わりがあるのだが、レーゼンは知らないようだ。
それでもこの龍は異質だ。本来は無意識のマーキングなだけに、龍自身でも元の道を辿れるかは分からない。何度も何度も同じルートを通っても、ようやく本能的に無意識に辿れる程度である。だから、このマーキングは、おそらく何十回と通った事により形成されている。しかも、寸分違わず。
魔王の考察が正しければ、この龍は――――
「ということは、龍は必ずこのルートを辿ってこの村に向かっていることになる。このルートを遡っていけば、龍がいる場所にたどり着けるかもしれない」
レーゼンが言った。
「しかしそれは現実的ではありません。龍は一度に数百キロを飛ぶ」
「そうだね……それに飛べるのは私とルチフだけだ。現実的じゃないね。やっぱり、待つしかないか」
「はい」
飛行の魔法を弱め、ゆっくりと降下していく。
その途中で、レーゼンがルチフに尋ねる。
「魔族について、どれくらい知ってるの」
「ほどほどです」
具体的に言えば、魔族の起源から知っている。
「魔族のことを、人間の一種だと思ってる?」
「思っていません」
「なら良かった。正しい認識をしている人間が、私以外にもいて」
セヴァンたちの近くにゆっくりと着地する。そこの雪はほとんどなくなっている。
「おかえり、レーゼン、ルチフ」
セヴァンがシャベルを片手に歩いてくる。
「調査はどうだった?」
「龍が何度も同じルートを使って、この村に来ていることがわかったよ。行きも帰りも同じ。西から来て西に帰ってる」
レーゼンがそれに答えた。
「対策は立てられそうか?」
それにはルチフが答えた。
「それについては、少し聞きたいことがあります。龍が来る時間です」
「それは、どうしてだい?」
セヴァンが首をかしげる。
「龍はあまりにも規則的なルートでこの村へやってきています。であればその時間も毎回同じであるかもしれません」
「それについては、私がお答えしましょう」
ルチフに老人が説明する。
「いつもはそれどころではなかったのですが、思ってみれば、龍は決まって日が沈む少し前にやってきます。そして日が沈んだ後に、龍は飛んで行きます」
「なるほど」
魔王の考察は今確信に変わった。
「それでは、毎日日没前に、龍がやってくるルートを山脈近くまで遡って、そこで監視をします。龍が来れば町の方の空に魔法を放ちます」
「そうか、ありがとう」
セヴァンが頷いて言う。
「こっちも避難経路を確保できるように急がなきゃな。最悪ここが戦場になるかもしれない」
「実際の戦闘場所はどうする?」
レーゼンが言う。
「さすがに山脈で戦ったら雪崩が起きるし。こっちに不利な状況だ。町と山脈の間には数キロくらい間があるから、そこで戦う?」
セヴァンが顎に手を当てて考える。
「そうだね……そこなら僕たちもすぐにかけつけやすい。龍がそこで止まってくれるとは限らない。僕たちが行くまで、足止めをしてくれるかい?」
「足止めか……できるだけ早く来てほしいな。相手は龍だし。できるだけベストは尽くすし、倒すつもりでやるけど」
レーゼンがどこか嫌そうに言う。
「ありがとう。僕もベストを尽くすよ。じゃあ、ディエンとテルンが来たら、情報を共有しよう」
Good good good!




