カーパティア山脈
勇者一行が出発してから三ヶ月。ラザーヌディア王国。カーパティア山脈の麓。
白い空から、更に白い雪が、しんしんと絶えず舞い降りてくる。
息は白く、鼻は赤くなる。
積もった雪に足を沈ませながら、勇者一行は最初の山場にたどり着いた。
目の前にそびえ立つ堂々たる山々は、右を見ても左を見ても、ずっと向こうまで続いている。
「…………無理だな」
セヴァンが山脈を見上げながら言った。
真っ白だった。現在一月。冬真っ只中であった。
「今までも寒かったけど……このまま登るのは自殺行為だ。ルチフ、どう思う?」
「私も同じ意見です。安全に山を超えるならば、少なくとも四月くらいまでは待つ必要があると思います」
「ポレシエ湿地を超えるのにも結構かかったけど……仕方ないか」
「はい。それに、この装備であれば、今まででも危ないくらいでした」
勇者一行の装備は、旅立ったときからほとんど変わっていない。季節は一月であるために、日中でも肌寒く、夜は毛布を二枚に重ねて暖炉に火をつけて、ようやく温まるくらいであった。
「どこか人里があればいいんだけど……」
「私、知ってるよ」
レーゼンが声を上げた。
レーゼンだけ、唯一服の上から毛布で体をくるんでいた。それなのに寒そうにしている。
セヴァンが目を丸くして聞く。
「知ってる?」
「ここらへんにある人里、知ってるよ」
「それは本当なのか?」
「だから知ってるって」
「ここに来たことがあるのかい?」
「ここに来るのは三回目ぐらいだよ。案内するからついてきて」
「さすがエルフ…………」
魔王もこの山脈には数回来たことがある。寒さには強いし走れば半日も超えるのにかからないが、たまにはこういうのもいいだろう。
しかし、この付近にある人里といえば、確か…………
「はっ……」
セヴァンが目の前の光景に、無意識に白い息を吐いた。
他の仲間はもちろん、レーゼンまでもが目を見開いて驚愕していた。
魔王は国を抜け出してここへ来るとき、一瞬ここを通りかかったが、それ以前に来たときより人間の気配が少なかったことが気がかりだった。どうやら概ね予想通りとなっていたようだ。
ここからでも人間の気配はちらほら感じるが、以前に来たときの三分の一もない。
街は半壊していた。
家々は崩れ、木造の家の残骸には焼かれたような痕があり、ここからでは家と呼べるものは確認できない。そこに、無垢の雪が降り注いでいる。
魔力探知ができるレーゼンと魔王以外の者は、既にそこが廃墟の街となったように見えただろう。
「レーゼン……」
セヴァンがその街を見たまま呼んだ。
「……何?」
レーゼンはセヴァンよりかは動揺が少ないようだった。
「あそこに人は……いるか?」
「少しは感じる……けど、以前に来たときの半分以下かな」
レーゼンが以前に来た時は魔王が訪れたときよりも後か前か。もし後であれば、あれから少しずつ人口が減っていったと言うことだ。前であれば、魔王が以前に訪れた時までは人口が順調に増えていたということである。
しかし、厳しい冬が来る山の麓の村である。それほど人口が増えるとは思えないし、国を抜け出すときにここを一瞬通った時に見た限りでは、それ以前に来たときと比べて家の数(壊れたもの含む)はほとんど変わっていなかったように見えた。
「行こう、みんな。あそこにいる人々が困っているかもしれない」
セヴァンが歩を進めていく。
あそこから魔の類の生き物は感じない。あれを蝕んだ存在は、外的要因かもしれない。
セヴァンの歩幅は少しずつ大きくなっていき、最終的には駆け出していた。最も近い家の残骸にたどり着いた時、セヴァンはようやく足を止めた。そして、その残骸を手当たり次第に退かし始める。
「何をやっているの、セヴァン」
追いついたレーゼンが息を少し弾ませながら聞いた。
「誰かが中にいるかもしれない」
セヴァンは手を動かしながら答えた。
「この中から人間の魔力は感じない。あるとしても、死体だ」
「じゃあ、どこにいる」
まるで魔物や魔族と戦っているときの、緊迫したような表情をしていた。いつもの柔らかい雰囲気の物腰は感じられない。
レーゼンがその気迫に押されて言葉に詰まる。その後すぐに、残骸が連なる町の奥の方を指さした。
「奥の方にいる。そこで人々が密集している」
「わかった。ありがとう」
バッとセヴァンが身を翻し、街の奥の方へとかけていく。
「セヴァンさん……!」
テルンが名を呼び、追いかける。
誰もが初めて見る勇者の姿だった。
「しかし、一体何がこの街に起こったんだ」
ディエンが比較的落ち着いた感じで、その長く伸びたヒゲを撫でながら言った。
「ルチフ、お前の見立ては?」
ディエンが背の高いルチフを見上げる。
「魔力の残穢を感じます。普通の人間のものではないことは確かです」
「普通の人間のものじゃない……?」
「いえ、少なくとも、人間のものではない、ということです。もし人間のものだとしたら、それは普通の人間ではありません」
「そういうことか……俺達も行こうか」
「はい」
その場に残っていた三人が、セヴァンの走っていった方向へと駆け出す。
見渡す限りの廃墟であった。人間の気配はかなり奥の方に感じる。およそ五〇〇メートルほど先。つまり、そこにある以外の家々は、すべて人のいない廃墟であるということだ。
次第に人々の気配が近づいてくる。
どうやらそこは広場のような場所で、そこに近づくにつれて人のいる、マトモな建物の数が増えていった。
足を止める。
視線の先では、セヴァンが人々に囲まれていた。
「勇者様!? 勇者様が来てくれた!!」
「よかった……! もう駄目かと……!」
騒ぐ人、喜ぶ人、涙する人、様々であった。
「落ち着いてください。大丈夫です」
セヴァンが人々の中心で皆を安心させようとしている。
人々の様子を見るに、命に関わることが起こったに相違ない。
「皆さん、この町に何があったか、教えてください」
すると、町の一人の男が叫ぶように説明した。
「龍だ! 龍が来るんだ!」
「龍……!?」
セヴァンが驚くと、また別の女の町人が言う。
「そうよ! 龍が飛んできて、この町を壊していくの……! もう何十人も犠牲になったわ……! 私の家族も……」
女は最後の方には泣き出していた。
「そんなことが……!」
セヴァンが驚愕の表情をする。
杖をついた老女の町人が、セヴァンに懇願する。
「どうか、あの龍を倒してください……! もう半分以上の人々が犠牲になっています……。どうか、どうか…………」
この老女も目に涙を浮かべていた。
するとセヴァンが、追いついたこちらに気が付き、振り向く。
「みんな……聞いていたか?」
ディエンが頷く。
「僕は、勇者として見過ごすわけには行かない」
セヴァンが真剣な表情で言った。
「力を貸して欲しい。龍を倒すために」
「もちろんです、セヴァンさん」
テルンが真面目な顔で首肯する。
「もちろんだ。それにしても、龍か」
ディエンも同様。
「別にいいけど…………龍か…………」
レーゼンはディエンと同じようなとこを言いながらも、どこか煮えきらない。
「構いません」
ルチフはこの旅で、まだ一度も否定を口にしたことは無かった。
しかし、おかしなものである、と魔王は思った。どこか、勇者の発言が他人行儀である。レーゼンに人間の居場所を聞きはしたが、自分だけでそそくさと走っていった。今の力を貸して欲しいという懇願も、まるで断られる可能性があるかのような言い草だった。
かつて似たような男を見たが、どうにも勇む心を持つ人間というのは、信頼されやすいが他人を信頼しにくいようである。いやそれとも、遠慮しているのか? まるで憧れの女性に対して片思いをしている、自分に自身がない男のように。
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